ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2012年2号
判断学
第117回 “同族会社” の悲劇

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

奥村宏 経済評論家 FEBRUARY 2012  76       井川元会長の賭博資金  大王製紙の井川意高元会長が、子会社から勝手に一〇六億 八〇〇〇万円ものカネを引き出してマカオやシンガポールのカジ ノで使い、八五億八〇〇〇万の損失を会社に与えていたことが 判明した。
 それを受けて大王製紙は井川元会長を会社法違反(特別背 任)の疑いで東京地検特捜部に告発し、東京地検は井川を逮 捕した。
 この事件はおりからのオリンパスの損失隠しの不正会計と並 んでマスコミで大きく取り上げられた。
 これまでも会社の不正会計が問題になったケースはたくさん あるが、オリンパスや大王製紙はそのなかでも特別に目立った。
 それは日本の株式会社のあり方がいかにおかしなものになっ ているかということをさらけだしたものである。
 なによりも問題になるのは、これほど巨額のカネを会社から 引き出してカジノで使っていたにもかかわらず、誰もそれをチ ェックする者がいなかったということである。
 大王製紙の取締役や監査役はいったい何をしていたのか。
「子 会社のカネだから知らない」というのであれば、その子会社の 取締役は何をしていたのか。
そして子会社に対する親会社の支 配はどうなっていたのか。
 大王製紙は井川一族の同族会社であるというところから、取 締役や監査役は誰も井川一族に文句を言う人間はいなかったと いわれる。
 もしそうであるとすれば、同族会社とはいったい何か。
その ような会社の株式を公開して一般大衆に買わせてもよいのだろ うか。
 だがそれ以前に、そもそもそのような会社が株式会社といえ るのか、ということが問題にされなければならない。
 そういう意味で大王製紙の事件が提起している問題は重大で ある。
     誰もチェックする人がいない  一九四一年、井川伊勢吉によって創業された四国紙業とい う会社が、二年後の一九四三年に四国の製紙会社一四社を合 併してスタートしたのが大王製紙の始まりである。
合併した 会社はいずれも中小の製紙会社であったが、?王子製紙をし のぐ会社になる?というところから社名を?大王製紙?にし たのだといわれる。
 井川伊勢吉のあとを井川高雄が二代目社長として継ぎ、そ のあと間をおいて長男の井川意高が社長になった。
東大法学 部卒業というからエリートなのだろうが、?三代目のボンボン 社長?で、カネ使いが荒く、女遊びにふけっていたといわれ る。
 東大を卒業すると同時に大王製紙に入社し、一九九八年に 三三歳で副社長になり、二〇〇七年に社長になった。
その後、 二〇一一年四月に突然、社長から会長になったのだが、事件 が発覚して会長を退いたことはいうまでもない。
 井川一族の三代目として、始めから社長になるのが当然と されていたのだが、しかし株式会社としてこのようなことが 通るのだろうか。
 かつて松下電器産業(現パナソニック)の山下俊彦元社長 が「松下家の人間だからというので松下幸之助の孫が社長に なるのはおかしい」と発言し、松下家の三代目が社長になる のを阻止したことは有名である。
 同じように?井川家の三代目?だからというので井川意高 が社長になる時、なぜ誰も反対しなかったのか。
 「大王製紙には松下電器の山下元社長のような勇気のある 人間がいなかった」といえばそれまでだが、このような世襲 人事をそのまま黙って認めてきた大王製紙の取締役たちに大 きな責任がある。
 しかしそのような責任を感じている取締役は大王製紙には 一人もいない。
 持株比率からは圧倒的な大株主とはいえない一族に支配された “同族会社”。
その問題点は、創業家一族に反対するのできる人材 がいないことである。
それはもはや株式会社の態をなしていない。
第117回 “同族会社” の悲劇 77  FEBRUARY 2012         同族会社の末路  大王製紙の場合は松下電器産業にくらべると同族会社の 色彩がまだ濃いといえるかもしれない。
しかし大株主とし て井川一族が支配している会社とはいえない。
 にもかかわらず井川意高が子会社のカネを一〇〇億円以上 も勝手に引き出していたのはなぜか?  それは大王製紙、そしてその子会社の取締役や監査役の なかに誰もそれをチェックする人間がいなかったからである。
それが大王製紙の悲劇をもたらしたのである。
 今回の事件がおこったあと、大王製紙の取締役会は井川 意高前会長を特別背任で東京地検に告訴しているが、その 犯罪をチェックできなかった取締役や監査役の責任はどうな るのか。
 当然、その責任が問われなければならないし、大株主で ある愛媛銀行や投資信託、年金基金などは大王製紙の取締 役、監査役の責任を追及すべきである。
 この事件が発覚したあと大王製紙は井川家が持っている大 王製紙グループ三五社の株式を井川家から買い取る、という 方針を発表している。
 井川一族が果たしてこの要求をのむかどうかはわからな い。
しかし、もはや大王製紙が井川一族の会社として存続 することはできないだろう。
 今回の事件によって大王製紙は遅ればせながら井川一族の 同族支配会社から脱皮することになった。
かつて同族会社 であったダイエーや三洋電機をはじめ多くの会社は業績の悪 化を契機に同族支配から脱皮したが、それは他の巨大株式 会社に乗っ取られるという形で行われた。
 大王製紙の場合も果たしてそうなるかどうか、多くの人 がそこに注目している。
 それにしても同族会社とはどういうものか、ということ を教えてくれたのが今回の事件である。
      これでも同族会社といえるのか  大王製紙は果たして同族会社といえるのか?  大株主の状況を調べてみると、第一位の大株主は大王商工 で七・三%の株式を所有している。
二位は愛媛製紙、三位は カミ商事、四位は伊予銀行、五位はエリエール総業などとな っており、井川一族の名前はない。
 井川意高が所有している大王製紙の株式は全体の約一% で、これではとても同族会社とはいえない。
ただ、第一位株 主の大王商工や第二位の愛媛製紙、第三位のカミ商事、第五 位のエリエール総業などは井川一族のいわゆる?ファミリー 企業?と考えられ、井川一族がそれらの会社の大株主になっ ていると思われる。
 それにしても、これらの?ファミリー企業?の大王製紙に 対する持株を合計しても一〇%強で、これでは会社を支配し ているとはいえない。
 大王製紙に限らず同族会社といわれる会社の多くは同じよ うな状態になっている。
株式会社としてスタートした段階で は創業者である個人が大株主になっているが、二代目、三代 目になるとその持株比率は低下する。
 それはいうまでもなく相続によるもので、子どもの数が多 ければ多いほど分割されるから持株比率は下がる。
 それだけでなく、会社が大きくなるにつれて、増資や転換 社債を発行するから、それによっても創業者一族の持株比率 は低下する。
 あの松下電器産業の場合でも、松下幸之助が亡くなった段 階で幸之助の持株比率は三%足らずであった。
それを松下正 治が引き継いだのだが、そのほかに幸之助が認知した子ども がかなりあったので、松下正治の相続した株式はそれだけ減 っていた。
 こうして松下電器産業は大株主の状況からいって、もはや 同族会社とはいえないようなものになっていたのである。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『東電解体 巨大株 式会社の終焉』(東洋経済新報社)。

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