ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2004年3号
新米ピッカー
食パン&カップ麺でしのぐ同僚ピッカー

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

MARCH 2004 62 ウド課長のバイトいじめ 十一月某日。
「何度言ったらわかるんだよ、てめえ。
スケ ジュールをころころ変えるなって言ったばっかりだろうが!」 朝八時の就業前。
送迎バスを降りて配送セ ンターに入ると、事務所のほうから怒声が聞 こえてきた。
怒鳴っているのは荷主からこのセンターの 運営を任されている物流企業で人事・総務を 担当する上村課長だった。
その前で、三〇が らみのベテラン男性アルバイトがうなだれてい る。
「昨日は三時に上がるって言ったのに、何で 今日になってまた五時になるんだよ!」 「……」 「俺の言ってることがわからねえのか。
今日 はもう三時で帰れ」 たしかに二〇〇人もいるアルバイトを管理 するのは大変な仕事だろう。
しかし、みんなの 前で面罵する必要はない。
この上村課長は三〇代前半で、ぱっと見は お笑いコンビ・キャイーンの〈ウド鈴木〉に似 ていてひょうきんそうに見えるのだが、どんな ときでも決して目が笑っていない。
この男に対する私の第一印象は、EQ(心 の知能指数)が相当低そうだな、というもの だった。
アルバイト情報誌を見て、電話を入 れたときのことだった。
まず電話の対応がつっ けんどんであった。
さらに電話の最後に相手 の名前を確認したときだ。
情報誌には〈宮園・ 上村〉と二人の名前が書いてあったので、先 に書いてある方が役職が上なのだろうと見当 をつけて、「今、お話をうかがったのは宮園さ んですか」と尋ねると、「えっ、上村だよ」と 思いっきり不機嫌な声が返ってきた。
受話器 の向こう側で、顔を歪めたのがわかったほどだ った。
その前に名前を聞いていたのに忘れてし まったかと思ったが、名前が出てきたのはその 時が初めてだった。
キャリア VS ノンキャリ この男と面接をするのはイヤだな、と思いな がら出かけたら、幸いなことに面接の相手は 宮園部長だった。
四〇代の部長は、温厚で人 望もある。
すぐに、何か話があれば宮園部長 を見つけろ、というのがバイト連中の鉄則とな っていることを知った。
電話での?洗礼〞を受けていたので、上村課長がバイトを罵倒するのを目撃しても、驚 きはしなかった。
この配送センターの階級ピラミッドは四つ の層で形成されている。
トップはもちろん?荷 主さま〞だ。
荷主企業から常時、五〜六人の 物流担当者がセンターに詰めている。
次が物 流企業で人事・総務を担当する三人。
次が物 流企業の現場担当者約一〇人。
そして、底辺 に位置するのが二〇〇人のアルバイト。
物流記者時代、同じ物流企業の社員であっ ても、人事・総務と現場担当との間には峻厳 な区別があるのには気がつかなかった。
しかし、 ある朝、配送センターに入っていくと、べらん めい調の怒号が事務所から飛びだしてきた。
声の 主は、アルバイトにはめっぽう強い物流企業の人 事担当者。
どこの会社にも一人はいる「上には厚 く、下には厳しいタイプ」の典型だ。
見習い中の アルバイトの身としては、どうやってこの男との 関わりを避けていくのかが、これから円滑に働い ていけるかどうかのカギとなりそうだ。
食パン&カップ麺でしのぐ同僚ピッカー 第2回 63 MARCH 2004 ここで働き始めるとすぐに、両者の間には役 所でいう?キャリア組〞と?ノンキャリ〞の 違いに匹敵する差があるのを知った。
腹に一 物あるような上村課長は?キャリア組〞とな り、このセンターでは結構エライのだ。
明らかに人間的な欠陥を抱える男ではある が、これが社内で冷遇されるかというと必ずし もそうとは限らない。
こういうタイプの人間が 上に厚かったりすると、上からは「なかなかう いヤツ。
現場の管理も手抜かりなくやりよる わい」などと評価されて出世することだってあ り得るのだから、サラリーマン社会は奥深い。
この男も、そのへんの呼吸は充分にわかっ ているらしく、上司が一緒のときは怒鳴らな いのはもちろん、不機嫌な顔もしない。
おとな しさを演出しているつもりなのかと思わせるほ どに態度が違う。
配送センターの最下層のアルバイトの中で も見習いにすぎない私としては、なるだけ避け て通りたい男であることだけはたしかである。
初給与は八万円 十二月某日。
午後五時すぎに配送センターを出発する送 迎バスに乗り込んだ。
この日は給料日だった。
センターでは月末に締めて、翌月一〇日に給 与が支払われる仕組みになっている。
隣に座 った島田さんは、給与明細を見ながらホッと したような表情でこう言った。
「一八(万円)ありました。
これで何とか年 が越せそうです」 島田さんが週一日休んだだけで、一カ月ピ ッキングして手にした対価である。
私のはじめ ての給与は十二日間働いて八万円を少し超え ていた。
私の仕事はくる日もくる日もピッキング。
棚 の間を右往左往しながら商品を探して歩く日々 がつづいた。
毎日のように声をかけてくる同年 代の男性がいた。
それが島田さんだった。
私 と同じくピッカーの一人であった彼は、いつも こんな感じで声をかけてきた。
「今日の調子はどうですか」 「やっと一日が終わりましたね。
でも体を動 かしていると時間がたつのが速いでしょう」 「今日は三〇〇とれましたか」 ここでのノルマは、一時間に一五〇個ピッ キングすること。
私がその一五〇個にも遠く およばないのは傍目から見ても明らかなのに、 その倍の三〇〇個ピッキングできたか、と聞 いているのだ。
しかしその表情に嫌味はなく、 人懐っこさがあふれていた。
髪を小泉首相のように後ろに流した島田さ んは、いつもボタンダウンのシャツにGパン姿 で、靴は黒のコンバースのローカットを履いて いた。
どんな職場でもすぐに溶け込めるタイプ なのだろう。
私より一カ月早く働きはじめただ けなのに、職場には多くの知り合いがいた。
私が近くの新興住宅地に住んでいることを 知ると、 「高級住宅地じゃないですか。
あそこにある 小学校の工事現場で働いたことがあるから知 っていますよ。
家賃はいくらですか」 十二万円という答えを聞いて、 「ボクのぼろアパートはその三分の一、いや 四分の一だな。
でもチョンガー(独り者)です から、それでもどうにかやっていけます」 ということは家賃三万円台のアパートに住 んでいるのだ。
「実は借金があるんです」 言葉を交わす前から、島田さんのことは目 に留まっていた。
昼休みになると、休憩室で カップラーメンと食パンをパクついていたから だ。
カップラーメンと食パンという組み合わせ である。
しかも毎日。
相当のカップラーメン好 きか金に困ってるかのどちらかであるのは、一 目瞭然だった。
ちなみに、私が食べているのは 毎朝センターでまとめて注文する五〇〇円の 仕出し弁当だ。
MARCH 2004 64 話をするようになると、すぐに島田さんが金 に窮していることがわかった。
朝は家で八枚 切りの食パンを二枚食べてセンターにやってく る。
昼はカップラーメンと残りの食パン。
夜は 野菜炒めと焼酎。
この繰り返しなのだ、とい う。
しかし、家賃三万円で収入が一八万円なら、 そこまで食費を切りつめなくても、やって行け そうなのだが……。
送迎バスが私が電車に乗る駅に近づいてき たとき、私はそう尋ねた。
「実は借金があるんです」 と、淡々とした声で答えが返ってきた。
私はよほど「どうしてできた借金なのか」、 「額はいくらなのか」と質問を重ねたかったが、 一瞬ためらった。
そのためらいゆえに、聞くタ イミングを失ってしまった。
聞きづらいことほ ど、あっさりと聞かなければ答えは返ってこな いものだ。
駅に着いたので私はバスを降りた。
島田さんは、別の駅までバスに乗っていく。
これまで、だれにでもずけずけと質問するこ とを仕事にしてきた私が、逡巡したのはどうし てだったのか。
おそらく、それは私の経済状況も島田さん と五十歩百歩だったからだろう。
前回、サラ リーマン生活を捨てて、放浪の末に蓄えを使 い果たした話をした。
それでも私が?高級住 宅地〞に住み、毎日のんきに五〇〇円の弁当 を食べていられるのは、ひとえに我が家が共稼 ぎであるからだ。
一人で生計を立てていたのな ら島田さんと大差ない生活を送っているはず だった。
以前から、だれにも頼らず一人で困 窮生活に甘んじている島田さんの方が、潔く 思えていたのだ。
結局、そうした引け目が、借 金の理由を聞くのをためらわせたのだろう。
そう考えているうちに、電車は私の住む町に到着した。
ピッキングミス率は〇・三% 十二月某日。
この日は朝から篠突く雨。
駅まで歩くうち にスニーカーはすっかり濡れてしまった。
数日 前から風邪気味だったのが、これで本当の風 邪にならなければいいのだが。
配送センターの朝は、朝礼からはじまる。
こ の日、現場担当の竹本さんは開口一番こう言 った。
「昨日は二〇〇件を超すピッキングミスがあ りました。
そのうち半分が、実際は指定され た棚に商品があるにもかかわらず、『在庫なし』 と報告したケースでした」 「へぇ〜」とアルバイトから声が上がる。
「『へぇ〜』と感心している場合ではありませ ん。
『え〜!』と驚いてください。
みなさん一 人ひとりのミスが後の作業に響いてきます。
ど うか確実な作業をお願いします」 このピッキングミスが、そのまま出荷される わけではない。
ピッキングが終わった商品はも う一度チェックされ、ミスを是正してから配 送へと回される。
このセンターからの誤出荷の 件数は、一日五万件の発送件数のうち一〇〜 二〇件だという。
一種類の商品しか入っていない棚もあれば、 違う商品が一緒に入っている棚もある。
ミス が発生しやすいのは、違う商品の入っている 棚だ。
大きな商品の陰に隠れて、小さな商品 が見えなかったり、商品名がややこしてくて複 数ある商品から見つけきれないときに、実際 にはあるのにもかかわらず「在庫なし」と報告 することがある。
また、商品名が似かよってい る場合に間違った商品を取ってきたり、正しい商品であっても個数に過不足が生じたりす るミスもある。
このセンターでのピッキングミスは、平均一 五〇件。
五万件のうちの〇・三%だ。
この日 の朝礼でピッキングミスの話が出たのは、それ が二〇〇件、〇・四%となったからだろう。
朝礼後、私は二階に上がって作業を開始し た。
金属製のカートを握っている掌がやけに 冷たく感じる。
風邪が本格化する前兆である。
私の風邪は、悪寒からノドにきて、熱が出る というパターン。
カッターシャツ一枚の島田さ んを見つけて、寒くないか、と声をかけた。
65 MARCH 2004 「下にトレーナーを着てるから大丈夫です。
そ れよりも懐が寒いっす」 と、朝から貧乏ギャグで笑わせてくれる。
カートを押しながら、朝礼の話を思いだし ていた。
昨日のミス二〇〇件のうち、私のミ スはどれくらいあったのだろう。
見当もつかな い。
物流企業は、アルバイト全員の成績を毎 日集計しているのだが、その数字がアルバイト に開示されるのは、一、二カ月に一回だとい う。
平均で〇・三%のピッキングミスという ことは、一回一〇〇個のピッキングを三回す れば、どこかで一回ミスを犯している計算にな る。
「どうしてそんなにミスが多発するんだ」と いう声が聞こえてきそうだ。
「たかが、ピッキ ングシートに書いてある通りの棚を見つけて商 品を取ってくるだけの単純作業だろう」と。
たしかに、子どもにもできそうな単純作業 である。
これが一時間だけの作業なら、集中 力も持続できて、ほとんどミスも発生しないだ ろう。
一日八時間でも、おそらく大丈夫。
し かし週五日間続いたら、どうなるだろう。
それ が一カ月ならどうなるか。
しかも一時間に一 五〇個という達成不可能にも思える条件がつ いてくるのだ。
単純作業の精神的苦痛 毎日同じ作業をやっていると、昨日と今日 の区別さえ曖昧になる。
永遠に続くように思 える単純作業の中に身を沈めていると、緊張 感や集中力はすり減っていき、惰性にとって かわられる。
同じ労働であっても、新聞社に いたころとは意味合いが大きく異なる。
ここで の作業に自己実現や達成感を見いだすことは 難しい。
ピッキングに限らず、ここで働くアルバイト はみな単純作業に従事している。
そんな中で 人は何を考えながら働いているのだろうか。
それはマラソンランナーの心理と似ている。
スタートラインに立ったランナーは、四二キロ 先にあるゴールを目指す。
しかし、いきなり四 二キロ先はあまりにも遠いから、頭の中で五 キロ、一〇キロ、二〇キロと小刻みに目標を 立てながらゴールへ向かう。
配送センターで八時に働きはじめたアルバ イトにとって、終業の五時もまたあまりに先の ことに思えるから、一〇時の休憩、十二時の 昼休み、三時の休憩――と、二時間先を目指 すことで心の負担を軽くするのだ。
ここでは、午前と午後に一〇分ずつ休憩が ある。
昼休みの一時間は時給の対象外だが、二 回の休憩は、時給が払われている時間帯であ る。
そのことを家人に話すと、「気前のいい職 場でよかったじゃない」と言われた。
私もはじ めはそう思ったが、すぐにこの休憩が労務管 理上の重要なノウハウであるのがわかった。
たとえば、この休憩をなくしたらどうなるか。
作業時間は八時〜十二時と、午後一時〜五時 までとなり、四時間連続の作業となる。
同じ 八時間労働であっても、精神的な苦痛は倍加 する。
しかもこの間、コンピューターによって 作業が監視されているのだから、おちおちサボ ってもいられない。
ただでさえ、単純労働のアルバイト定着率 は低い。
十一月に私と一緒に入った約一〇人 のアルバイトのうち、半数は一カ月もたたずに 脱落した。
ここで一年続くアルバイトは、一 〇人に一人ぐらいだろう。
その上、一〇分休 憩をなくせば、定着率はさらに低くなる。
そんなことを考えているうちに、その日最初 のピッキングが終わった。
作業が終了した旨 をコンピューター端末に打ち込もうとすると、 おかしなメッセージが出てきた。
どうも、作業開始時に名前と作業内容を打ち込むのを忘れ たまま作業をはじめていたらしい。
風邪で熱が 上がってきたために、集中力が途切れるどこ ろか、思考が停止する寸前のようだ。
この後、 作業開始の入力忘れが二回もあり、午後にな ると他人のカートに自分のピッキングしてきた 商品を積み込もうとしてしまった。
まともな作業手順さえ守れないでいたこの 日、果たして私はどれだけのピッキングミスを 犯したのだろうか。
考えるだけでも恐ろしい。
(文中いずれも仮名)

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