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湯浅和夫の
湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表
《第66回》
MARCH 2012 62
で答える。 女性課員が、みんなの目を意識し
て、やや上ずった声で聞く。
「課長は、最初、物流にコンサルの先生が
入るという話があったとき、何と言うか、え
ーと、どちらかというと、非協力的な態度を
取っていたと思うんですが‥‥」
「えっ、何言ってんの、そんなことはなかっ
たよ。 それより‥‥」
業務課長が、女性課員の話を遮って、慌
てて話題を変えようとした。 そうはさせじと、
上司の企画課長がだめを押した。
「たしかに、そうだった。 記憶では、コン
サルなんぞにぐだぐだ言われたくねえというよ
うなことを言っていた」
「二人して何言ってんの。 おれを陥れよう
って魂胆だな」
「課長を陥れたって何もいいことはないと思
うよ。 なぜ、そういう態度を取っていたのか、
67「ロジスティクス導入という点で、
決定的だった成功要因として二つあ
ったように思うんです」
《第119
大先生への感謝の会が開かれた
年度末のある日、大先生がコンサルをして
いるメーカーのロジスティクス部長主催の宴
会が賑やかに開かれていた。 ロジスティクス
導入にかかわる大先生のコンサルがいよいよ
打ち上げとなり、部長が感謝の会を催したの
だ。 大先生一行三人とロジスティクス部員十
数名が一堂に会している。
宴もたけなわの頃、ほんのりと顔を赤くし
た企画課の女性課員が、テーブルの対角線
上に座っている業務課長に「課長、ちょっと
伺ってもいいですか?」と突然、声を掛けた。
一番遠くにいる業務課長に聞こえるようにと
声を張り上げたため、驚いたように全員が話
をやめ、興味深そうに女性課員を見た。
「聞きたいって、何? 何でも聞いて‥‥」
顔を真っ赤にした業務課長がご機嫌な風情
メーカー物流編 ♦ 最終回
ロジスティクス導入プロジェクトは、
ついに大団円を迎えた。 主だったメン
バーたちが一堂に会して取り組みを振り
返る。 物流の枠組みを超えた大きな改
革を成功に導いたカギはどこにあったの
か。 何がロジスティクスを機能させるの
か。 メンバーたちは今や自分の言葉で語
ることができる。
大先生 物流一筋三〇有余年。 体力弟子、美人弟子の二人
の女性コンサルタントを従えて、物流のあるべき姿を追求する。
ロジスティクス部長 営業畑出身で調整能力に長けた改革
のキーマン。 「物流はやらないのが一番」という大先生の考
え方に共鳴。
ロジスティクス部業務課長 物流部門では一番の古株。 現
場の叩き上げで、当初は改革に頑迷に抵抗していたが、大
先生の影響を受け、態度を一変させた。
ロジスティクス部主任 経営企画室主任の立場でロジステ
ィクス導入プロジェクトに参画し、その後、ロジスティクス
部新設と共に同部主任に異動。 人当たりは柔らかいが物怖
じしない性格。
63 MARCH 2012
おれも知りたいところだ。 この際、白状したら」
今度は、部長が迫った。 業務課長は、横
を向いて黙ってしまった。 ちょっとした沈黙
が漂ったが、それを業務課の若手社員が破った。
「課長の態度が豹変したのはですね‥‥」
「なんだ、豹変ってのは‥‥」
業務課長が、また遮るが、部長が若手課
員をフォローする。
「いいから、課長は黙ってなさい。 続けて
いいよ」
若手課員が頷いて、ちらっと業務課長を見
た後、思い切った感じで話を続ける。
「はい。 課長は、最初、物流現場の作業改
善のコンサルが入ると勘違いしたんだと思い
ます。 それで怒ったんです。 それが、ロジス
ティクスのコンサルだとわかってから変わった
んです。 ですよね?」
若手課員の問い掛けに業務課長が観念した
ように、小さく頷く。 企画課長が「そうそう」
と言って続ける。
「そのとおりだと思う。 誉めるわけじゃない
けど、業務課長は、物流における問題を正確
につかんでいたもんな」
「問題を正確につかんでいたってどういうこ
とですか?」
最初に質問した女性課員が興味深そうな顔
で聞く。 企画課長が説明する。
「よく物流コスト削減などといって、セン
ター内作業の改善だとか効率化などに目を向
けることがあるだろ。 もちろん、それはそれ
で必要なことなんだけど、実際のところ、コ
スト削減という点ではほとんど効果がないと
思う。 うちの場合、本当の物流の問題はそん
なところにはないんだ。 うちの物流における
一番の問題は在庫。 それも無管理状態の在庫。
これが物流における諸悪の根源と言っていい。
そうだろ、センター長?」
企画課長から突然振られて、独りで焼酎を
楽しんでいた東京物流センターの所長が、慌
てて座り直し、答える。
「は、はい。 売れもしない在庫が送り込ま
れてきて、必要な在庫がまったく来ないとい
うのは本当に腹が立ちます。 正直、情けない
です。 ねえ?」
センター長が業務課長に同意を求める。 業
務課長が頷くのを確認して、センター長が続
ける。
「うちでは、かつてセンターの中に積んどく
だけの在庫がたくさんありました。 あっ、い
までもまだないことはないですけど‥‥これ
からは、そんなことはなくなると期待してま
す。 何と言いますか、売れもしない在庫を動
かしたり、保管したりするコストは、直感的
に見ても、ばかになりません。 作業における
無駄などとは比較にならないと思います。 作
業改善はそれなりにやってますから」
作業改善より在庫改善が先
センター長の言葉を聞いて、部長が業務課
長を見ずに、呟くように話す。
「なるほど、作業改善のコンサルだと早とち
りした業務課長が、そんなことより先に、こ
の在庫をなんとかせいって思ったわけだ。 そ
れで、そんな作業改善のコンサルなんぞはぶ
っつぶしてやるってうそぶいてたんだ。 うん、
たしかに納得できる話ではある。 なあ?」
部長の問い掛けに、みんなが楽しそうに頷
く。 業務課長が、もういい加減にしてくれと
いう表情で口を開く。
「ぶっつぶすなんて、そんな物騒なこと言っ
た覚えはないです。 まあ、その話は、もうい
いじゃないですか。 せっかく先生方への感謝
の会なんだから、もっと前向きな話をしまし
ょうよ」
部長が、大きく頷く。
「それはいい。 賛成だ。 それでは、その前
向きな話というのを課長から口火を切ってく
れる?」
部長の誘いに業務課長が頷き、ちょっと間
を置いて話し出す。 部長の指示に素直に従う。
何とか話題を変えたいという思いに突き動か
されているようだ。
「はい、それでは、私から一席。 えーと、
ロジスティクス導入という点で決定的な成功
要因として二つの要因があったように思うん
です」
業務課長の言葉にみんなが「おやっ」と
いう顔をする。 また軽く流すんじゃないかと
思っていたら、核心を突くようなことを業務
課長が言い出したのに驚いたようだ。 部長が、
MARCH 2012 64
用心深そうに聞く。
「まさか、二つの要因って、おれの根回し
と業務課長の恫喝‥‥なんてこと言うんじゃ
ないだろうね?」
「えっ、どうしてわかるんですか? さすが
部長は鋭い」
二人のやり取りに、いつものように主任が
収拾のために割り込んだ。
「そういう話はいいとして、課長が思う、
その二つの成功要因って何ですか?」
主任の諫めるような言い方に部長と業務課
長が苦笑いをする。 業務課長がビールを空け
て、話し出す。
「それでは、おれのご高説を披露するか‥
‥」
「是非聞きたいです」
企画課の女性課員が、身を乗り出す。 も
う引っ込みがつかなくなったと思ったのか、
業務課長が真面目な顔で頷き、話し出す。
「ロジスティクス導入ということでいろいろ
やってきたけど、突き詰めれば、第一に、生
産が週次生産に変更したことが大きな起動力
になったと思う。 まだ実験段階ではあるけど、
明らかに無駄な在庫はなくなってきたし、欠
品も減ってきている。 ロジスティクス導入の
成否は週次生産の導入にありと言っていいん
じゃないかな」
みんなが「たしかにそうだ」という顔で頷く。
「安全在庫を除けば、原則一週間分の在庫
しか持たないんだから、そこには無駄な在庫
企画課長の言葉を受け、主任が軽く手を
挙げ、「そうですね。 ただ、私は、もう一つ
感じたことがありました」と言う。
興味深そうに、部長が主任に先を促す。 お
もしろい話になってきた。 みんなが主任を注
目する。 ちょっと照れ臭そうな顔で、主任が
話し出す。 単刀直入な物言いだ。
「私は、車の両輪というよりも、三角錐の
ように思います。 そのもう一つは何かという
と、在庫責任です。 いままでは、営業が在庫
手配をしていましたが、これが、さっきも話
に出た諸悪の根源だったように思います。 い
つも部長がおっしゃるように『責任を負わな
い部署が在庫の手配などするな』ということ
です。 たぶん、在庫情報が取れて、週次生
産ができるようになっても、在庫責任が曖昧
だと、ロジスティクスは動かないのではない
でしょうか?」
「なるほど、たしかに、それは言えるな。
在庫についての情報が取れて、その情報をも
とに在庫に責任を負う部署が必要量を算定し、
それを生産部門が作るって関係にしろってこ
とだな」
業務課長が、主任の説を素直に認める。
女性課員が、大きく頷いて、質問する。
「営業さんとの関係でいえば、特売やお客
さん都合で通常出荷以上の出荷がありそうな
場合、その情報を提供してくれないと困りま
すよね。 営業からの情報提供というのも柱に
なるように思うんですが、どうなんでしょう
などないし、いくつ作るかという数量決定も
かなり精緻になった。 週次にしただけで、ロ
ジがらみの多くの問題が解決したことはたし
かだ。 その意味では、週次生産の持つ意味は
大きい」
企画課長が、自分の感想を述べる。 それを
聞いて、業務課長が続ける。
「ただ、いま精緻にって話が出たけど、週
次生産をやるためには、当然、在庫の日次情
報が必要になる。 この情報が適時につかめな
いと、市場の動きに同期化させた週次生産な
どできない。 単に週次で計画すればいいとい
うことではなくて、市場で必要な製品をタイ
ミングよく作るために週次の生産をするわけ
だから当然だ」
ここまで話して、反応を窺うように業務課
長がみんなの顔を見る。 部長が「たしかに」
と大きく頷く。 それに元気づけられたように、
業務課長が続ける。
在庫責任の組織的な明確化も要因
「その意味で、出荷情報をベースに必要量
を算定する在庫管理のシステムと、その必要
量を作るための週次生産、これらの二つが車
の両輪の如く動いて、はじめてロジスティク
スが動くというように思うんだけど、どうだ
ろう?」
業務課長の問い掛けに、企画課長がすぐに
反応する。
「たしかに、そうだな。 同感だ」
湯浅和夫の
65 MARCH 2012
生のご指導によるものなんだけど‥‥」
「その意味では、営業は、ロジスティクス
導入においてあまり障害ではなかったという
感じですね」
主任の言葉に部長が頷き、同意を示す。
「そうだな。 在庫に関しては、おれの経験
でいえば、別に、営業は在庫手配をしたいと
思っているわけではない。 要は、欠品を出し
たくないだけなんだよ。 組織的には、欠品を
心配するのは営業の連中だけだから、その結
果、在庫手配が営業の支配下に置かれたって
ことだ。 在庫に関して管理部署ができ、そこ
で欠品を出さないように管理するから心配す
るなといえば、それで一件落着さ。 営業は在
庫にこだわりはない。 むしろ、在庫から手が
離れて喜んでいるはずだ」
企画課長が頷いて、確認するように部長に
聞く。
「ただ、もはや在庫処分を名目にした拡販
はできなくなったってことですね」
「そう。 でも、これについては、どこから
もクレームはきていないだろ?」
部長の確認に主任が頷く。 部長がにやっと
笑って、頷く。
「まともな売り方じゃないって自覚している
から、文句なんぞ言えるわけがない」
業務課長が妙に楽しそうに断言する。 部長
が、これまた楽しそうに頷く。
「しかし、よくここまで来ましたね。 もちろ
ん、先生のご指導があったればこそですけど、
それにしても、よくきたなというのが率直な
感想です」
主任が、これまでを振り返るような顔で呟
く。 それまで黙って聞いていた大先生が言う。
「ここまで来たのは、部長のリーダーシップ
のもと、みなさんが総力を結集して取り組ん
だ結果ですよ。 ねえ、業務課長?」
「えっ、また、そういう振り方をするんだ
から。 部長のリーダーシップに私が文句をつ
けるとでも思ってるんじゃないですか? 先
生も部長との付き合いが長いから、随分と人
が悪くなりましたね」
大きな笑い声が座を包む。 感謝の会はまだ
まだ続く。
*本連載のメーカー物流編は今回で終了です。 次号
から新企画を予定しています。 乞うご期待!
か?」
女性課員の質問に部長が答える。
「たしかに、それも重要だけど、それにつ
いてはあまり心配していない。 というか、そ
れを柱にしてはいけないんじゃないかな。 ロ
ジスティクスが営業に依存するようでは困る。
特別な出荷についての情報をくれということ
ではなく、情報が来なければ在庫は準備され
ないぞというルールの問題だから、情報を出
さなければ困るのは営業自身ということにな
る。 営業とは、そのようにルールの関係に持
っていこうと思ってる。 というか、これは先
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大
学院修士課程修了。 同年、日通総合研究
所入社。 同社常務を経て、2004 年4
月に独立。 湯浅コンサルティングを設立
し社長に就任。 著書に『現代物流システ
ム論(共著)』(有斐閣)、『物流ABC の
手順』(かんき出版)、『物流管理ハンド
ブック』、『物流管理のすべてがわかる本』
(以上PHP 研究所)ほか多数。 湯浅コン
サルティング http://yuasa-c.co.jp
PROFILE
Illustration©ELPH-Kanda Kadan
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