ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2012年3号
判断学
第118回 ダボス会議での議論

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

奥村宏 経済評論家 MARCH 2012  66       「資本主義の危機」  スイスのダボスで毎年一月に開催される世界経済フォーラム の年次総会が今年も開かれたが、そこでは資本主義の危機とい うことが問題になった。
 このダボス会議はアメリカやヨーロッパなどの大企業経営者 や有力政治家を招いて開かれるもので、それはまさに資本主義 のトップ会議だと言ってもよい。
そこで資本主義の危機がテー マになったというのだから、これは大変だ。
 このダボス会議に先立って、イギリスの有力経済紙である『フ ィナンシャル・タイムズ』が「資本主義の危機と経済思想の新 潮流」という特集記事を連載しており、そこでも資本主義が 危機に陥っていると主張している。
 さらにイギリスの有名な経済週刊誌である『エコノミスト』 はアメリカやヨーロッパ、日本などの資本主義国家が斜陽化し ているのに対して、中国やインド、ブラジルなどを始めとする 国家資本主義が擡頭しているという特集をしている。
 ダボス会議での発言はこのような動きの中で起こったもので あるが、資本主義の先導者たちが口を揃えて「資本主義の危 機」を訴えるという、まさに危機的な状況にいま世界の資本主 義は直面しているのである。
 では、どうしたらよいのか?  ダボス会議でもいろんな議論がなされたようだが、これに対 する解答は簡単には出てこない。
そこでアメリカからの参加者 からは、  「いま中国がしているのは、五〇年前にアメリカが世界に進 出したのと同じことだ。
世界はある程度アメリカナイズされた。
われわれはもっと中国化していい」 という意見が出たという(『朝日新聞』二〇一二年一月二八日)。
 アメリカが中国に追随していくしか道はないというわけだが、 それほど悲観的な見方が多いというのはまさに資本主義の危機 を告げるものである。
     新自由主義の破綻  一九七〇年代に資本主義は危機に陥った。
第二次大戦後、 アメリカをリーダーとする世界資本主義は壁にぶち当たり、大 企業が利潤圧縮状態に陥った。
石油危機がさらにそれを加速 させたのであるが、この資本主義の危機対策として登場した のが新自由主義であった。
それはF・ハイエクとM・フリー ドマンの理論によって資本主義の危機を突破しようとするも ので、国有企業の私有化(民営化)と規制緩和政策を二本 柱として推進された。
そのリーダーになったのがイギリスの サッチャー首相とアメリカのレーガン大統領であり、日本でも 中曽根首相らがそれに追随した。
 それは国有企業を民間に払い下げることで民間の大企業の 活動分野を拡げるとともに、民間企業に対する規制を緩和す ることでそれを活性化させようとするものであった。
 この新自由主義政策によって民間の大企業は息を吹き返し、 その利潤率も向上した。
 しかし、それは永続せず、二〇〇〇年代に入ると壁に突き 当たった。
そしてアメリカやヨーロッパの資本主義は停滞、あ るいは下降状態に陥った。
 それはなにより失業の増大となってあらわれ、そのことに 対する国民の不満が爆発することになった。
 二〇一一年九月から始まった「ウォール街を占拠せよ」と いう運動はそのひとつだが、資本主義の危機はそのほかいろ いろな面で露わになっている。
 ダボスに集まったアメリカやヨーロッパの有力政治家や大企 業経営者にとって、資本主義の危機が深刻な問題として認識 されるようになったのはこのためである。
 この危機は一九二九年の世界大恐慌以来のものであり、そ れが再現されようとしているという大恐慌再来説が、アメリ カやヨーロッパなどの経済学者や日本のエコノミストによって 叫ばれているのもそのあらわれである。
 世界の政治家や大企業経営者たちが口を揃えて「資本主義の危 機」を訴えるようになり、大恐慌再来説まで囁かれ始めた。
危機 に陥った原因はどこにあるのだろうか。
第118回 ダボス会議での議論 67  MARCH 2012         巨大株式会社の危機  前記の『世界金融恐慌』で私が主張したのは、これは資 本主義の危機というよりも世界の資本主義を支配している 巨大株式会社の危機である、ということである。
 抽象的に資本主義の危機と言っただけでは問題の本質は つかめない。
これは二〇世紀初めから世界の資本主義を担 ってきた巨大株式会社の危機なのだということである。
 株式会社があまりにも巨大化したために「規模の不経済」 になり、そして多角化によって事業の範囲を拡げすぎたため に管理不能状態に陥ったのである。
 株式会社は他の株式会社の株式を取得することで買収、合 併をし、さらに持株会社を作ってそれが多くの会社を支配す るというような形で巨大化していったのである。
 それによって巨大株式会社(ジャイアント・コーポレーシ ョン)が生まれたが、大きくなりすぎたところから危機に陥 った。
それはGMやクライスラーの倒産となってあらわれた が、シティグループやバンク・オブ・アメリカのような巨大 銀行が経営危機に陥るということにもなっている。
 そこでアメリカ政府はこれらの巨大株式会社を救済するた めに国民の巨額の税金を投入したが、日本ではそれより前に すでに銀行救済のために莫大な公的資金を投入していた。
 しかし、これは一時的な効果はあっても、問題の解決には ならない。
そこで起こってきたのが「資本主義の危機」と いう認識で、ダボス会議でいまそれが大きな問題になったと いうわけである。
 しかし、そこにはこれは巨大株式会社の危機であるとい う認識が欠けている。
だからせっかくの危機意識もその解決 策につながってこない。
ダボス会議の模様を伝えるマスコミ や評論家たちにもこの認識がない。
 これではいくらダボス会議で議論をしても問題の解決策に はつながらないのではないか。
      経済の金融化がもたらしたもの  資本主義の危機対策として一九八〇年代以後、もうひと つの対策がとられた。
「経済の金融化」(フィナンシャリゼー ション)ということである。
 不況対策としてアメリカやヨーロッパ、そして日本の中央 銀行が超金融緩和政策を打ち出し、大量の資金を民間に放出 した。
そして銀行や証券会社、保険会社などは金融工学を利 用することでさまざまな金融新商品を開発していった。
 このような経済の金融化を最も早く採り入れたのが日本で あるが、それがいわゆるバブル経済を生んだのである。
日本 ではこれが株価と地価の暴騰となってあらわれ、そして大企 業も個人も投機に狂奔した。
 これによって経済全体も活性化したようにみえたが、やが て壁に突き当たる。
というのも、上がった株価や地価はやが て反落するというのは当然の成り行きだからである。
 こうして日本では一九九〇年代になってバブルが崩壊し、そ れよりやや遅れてアメリカでも二〇〇〇年代になってエンロ ン、ワールドコムの倒産、そしてさらにリーマン・ブラザーズ の破産となってあらわれ、イギリスやフランスでも同様のこ とが起こった。
 こうして発生した金融危機はまさに一九二九年の世界大恐 慌の再来のように思われ、そこから「世界大恐慌再来説」が 経済学者やエコノミストによって主張されるようになったの である。
 そこで私は二〇〇八年に『世界金融恐慌』という本を七つ 森書館から出したが、これに対して榊原英資氏は「世界金融 恐慌などというのは大げさだ」と言っていた。
 ところがそれから数年もしないうちに当の榊原氏は、『通 貨で読み解く世界同時恐慌』とか『世界恐慌の足音が聞こえ る』などという本を出した。
ご本人はいったい何を考えてい るのだろうかと疑いたくなる。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『東電解体 巨大株 式会社の終焉』(東洋経済新報社)。

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