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MARCH 2004 48
「なんで物流の会議に呼ばれるんだ」
いぶかる幹部たちとの検討会が始まった
大先生の事務所の窓辺にさんさんと陽が当たっ
ている。 鉢植えの福寿草は花を開きはじめた。 春
の気配が漂い始めた二月のある日、クライアントの
本社で大きな会議が催された。 大先生の指示で実
施した物流ABCの算定結果をもとに、全国から
主だった幹部が集って検討会を行うのである。
事前に、万難を排して出席するようにと社長の
厳命が下っていたにもかかわらず、ある支店長は
「その日、大事なお客とゴルフに行く約束があるの
で‥‥」と代理出席を認めてもらおうと本社に電
話を入れた。 その支店長が、常務から「会社を辞
めるかゴルフに行くか自分で選べ」と一喝されたこ
とが、社内でちょっとした事件になった。 その噂が
広まるにつれて、幹部たちの不安と緊張は否応な
く高まっていった。
会議室はざわついていた。 久し振りの再会にあ
ちこちで挨拶が交わされ、親しげに近況を報告し
合っている。 ただし、会議室を覆う何ともいえない
重苦しさは拭えない。
会議は物流部が主催する形になっているが、な
んでおれたちが物流の会議に呼ばれるんだ、といぶ
かる支店長も少なくない。 会社が物流のコンサル
タントの指導を受けていることは、みんな知ってい
る。 そのコンサルタントから厳しい指摘を受けてい
るという話も耳にしている。 しかし、倉庫の改善く
らいで、なぜこんな大げさな会議を開くのか理解で
きないというのが幹部たちの本音であった。
コンサルタントが出てきて、物流について自分た
ちの責任を追求されることも恐れていた。 物流のこ
となど何も知らないからだ。 社長が高く評価してい
るというそのコンサルタントとは、いったいどんな
人物なのか。 会議に招集された幹部たちは、不安
と興味が入り混じった複雑な心境にあった。
もっとも今日の会議に大先生は出席しない。 弟
子二人がオブザーバーという形で参加するだけであ
る。 コンサルが主導するのではなく、物流部が主導
する社内会議の形でやれというのが大先生の指示
だった。 報告を受けるといった受身の立場ではなく、
自身の問題として会議の出席者に考えさせること
《前回までのあらすじ》
主人公の“大先生”はロジスティクスに関するコンサルタントだ。 現
在、コンサル見習いの“美人弟子”と“体力弟子”とともに、ある消費
財問屋の物流改善を請け負っている。 クライアントの大阪支店を舞台に
実施した物流ABCの結果は、関係者にとって驚くべきものだった。 数
字は冷徹だ。 調査結果を分析するうちに、大阪支店の関係者は営業に対
する考え方を180度転換することを余儀なくされた。 大阪支店の関係者
にとってこの経験は、闇雲な努力の誤りに気づき、やるべきことが見え
てきたという意味で一筋の光明でもあった。
湯浅和夫 日通総合研究所 常務取締役
湯浅和夫の
《第
23
回》
〜卸売業編・第
11
回〜
49 MARCH 2004
を意図していた。
会議室の中には、すでに社長と二人の弟子以外
の出席者が全員、着席している。 中央に座った進
行係の物流部長はいつになく緊張気味だが、不安
そうな様子はない。 むしろ自信ありげな雰囲気す
ら漂っている。 弟子たちと一緒に事前に周到な準
備をしたし、想定問答もしっかりと検討した。
今回の会議の名目は物流だが、実質は会社改革
のための会議だ。 物流部長の采配次第で会社の行
く末が決まる。 その重責を担うことへの自負が、物
流部長の態度にも少なからず影響を及ぼしている
ようだ。
会議開始予定の数分前に、社長が弟子二人と一
緒に会議室に入ってきた。 常務が立ち上がる。 そ
れに合わせるかのように全員が起立して社長たち
を迎えた。 三人の女性の登場で会議室に一瞬、華
やいだ空気が流れる。 同時に参加者の緊張感もぐ
っと高まってきた。
「全員揃ってます」という物流部長の報告を受け
て、「それでは始めてください」と社長が開会を促
した。 物流部長が頷き立ち上がる。 さあ、会議の
始まりだ。
「売上増にうつつを抜かすのは‥‥」
物流部長の言葉に参加者が気色ばんだ
物流部長が用意した資料は、大阪支店で実施し
た物流ABCの算定結果である。 参加者に提示さ
れたのは「顧客別採算分析表」、「営業担当別の採
算分析表」、「大阪支店全体の採算分析表」の三つ。
いずれの分析表にも、粗利と、ABCで計算され
た物流コスト、粗利に対する物流コスト比率が示
されている。
まず、配布された資料について物流部長が一通
り説明した。
「以上で、資料の説明を終わります。 なお一言付け
加えておきますが、この算定結果は大阪支店を対
象にしたものですが、本日、大阪支店についてどう
こう言うつもりはありません。 恐らく、どの支店で
調査しても同じような結果が出ると思いますし、近いうちに全支店で調査を行いますので‥‥」こう言うと、物流部長は一呼吸おいた。 参加者
が動揺しているのが手に取るように分かった。 物流
部長の最後の言葉に反応したのではない。 配布資
料が如実に示す、驚くべき実態に動揺したのであ
る。 そこには主要顧客の収支が軒並み赤字だとい
う結果が示されていた。
その動揺を見透かすかのように、物流部長が全
員を見回した。 今日の会議の主役らしい落ちつき
ぶりだ。 ただ会議はまだ始まったばかり。 本番はこ
れからだ。 二人の弟子は『頑張れー』と心の中で
エールを送った。 それが伝わったかのように物流部
長は二人に向かって小さく頷くと、話の続きを始
めた。
「ここで今日の会議の論点を整理したいと思いま
す。 このあと、みなさんに議論していただきたいテ
ーマです。 一点ずつ議論していただきます」
会議室がざわつき、出席者の多くがメモを取る
態勢をとった。 満足そうに物流部長が続ける。
「まず、第一点です。 いま説明しましたように、物
流ABCによって顧客別の物流コストが出ました。
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この顧客別コストを顧客別の粗利と対比させたの
が物流コスト比率です。 ご覧いただいたように、こ
の比率が一〇〇%を越えている顧客が少なくあり
ません。 一〇〇%というのは、稼いだ粗利を全部
物流コストで食ってしまっているわけです。 そのう
えさらに、粗利以上に物流コストを費やしている。
ばかげた話だとは思いませんか?」
その問い掛けに誰も返事をしない。 出席者は社
内の序列では物流部長より上席の者がほとんどだ
が、物流部長はそんなことは意に介さない。
「大阪支店でお付き合いのあるすべての顧客につ
いて検証してみたところ、粗利に対する物流コスト
比率を四五%以下に抑えないと、利益が出ないと
いう実態が明らかになりました。 ちなみに大阪支店
では、この条件に該当する顧客は三割くらいしか
ありません。 当然、大阪支店は赤字です‥‥」
出席者の多くが、そっと大阪支店の関係者たち
の様子をうかがう。 だが大阪支店長も、その隣に
座っている営業部長も微動だにしない。 平然と頷
いている。 大阪支店での事前の会議で十分に議論
を重ね、すでに結果に納得していたからだ。
物流部長が全員に問い掛けた。
「このような実態は他の支店でも同じだと思いま
す。 この結果を見て、みなさんはどう思いますか?」
質問が漠然としているためか、またしても誰も答
えない。 反応がないことを予想していたのか、物流
部長は小さく頷きながら質問を変えた。
「恐らく、みなさんはこれまで物流のことなど考
えたことはないと思います。 本日の物流の会議に、
なぜ呼ばれるんだと思われた方もいるはずです。 で
も、物流のコストはわれわれ問屋にとってウェイト
の大きいものです。 お配りした資料の物流コスト比
率を見れば、その重要性について改めて説明する
必要はないでしょう。 利益を生み出すためには、物
流コストを見直すことが必要です。 売上増にうつ
つを抜かすのはやめるべきです‥‥」
ちょっと口が滑ってしまったのか、わざと言った
のか、最後の言葉に支店長たちが気色ばんだ。 すぐにある支店長が抗議した。
「われわれは売上を伸ばそうと毎日、懸命に努力
してるんだ。 うつつなど抜かしてない。 その言葉は
取り消してもらおうか」
社長の隣に座っている常務が何か言おうとする
のを社長が制した。 物流部長はちらっと社長を見
て、次に弟子たちを見ると不敵な笑みを浮かべた。
二人の弟子は顔を見合わせると小さく頷きあっ
た。 思い当たる節があったからだ。
物流部長は以前、大先生から「あんたは不用意
な発言が多い。 不用意な発言は議論を違う方向に
持っていってしまうから気をつけた方がいい。 ただ
し、活発な議論をさせる呼び水として、わざと刺激
的な発言をするという手はある。 これは、おもしろ
いぞ。 あんたはそういう役回りには適任かもな」と
言われたことがある。 どうやら物流部長は、今それ
をやろうとしているようだ。
さきほどの抗議に対して、物流部長は落ち着い
た口調で真正面から切り込んだ。 狙い通りに行け
ばいいが‥‥。
「売上を伸ばしたって、その結果赤字が増えたん
では経営として許されることではないでしょう。 そ
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れに売上増と言うけれど、あなたの支店も、会社
全体でも売上は増えていません」
「だから売上増を目指して頑張っているんじゃな
いかっ。 それがいけないと言うのか?」
「はい。 それがいけないんです」
一瞬、座が沈黙した。 反論した支店長からすれ
ば、ありえない返事だった。 助けを求めるかのよう
に仲間の支店長の顔を見る。 振られた支店長が戸
惑いながらも反論を試みた。
「でも、われわれは社長から売上目標を与えられ
ている。 それを達成しようと頑張っているんだ」
ちょっと不用意な発言だった。 この言葉に再び
常務が身を乗り出して何か言おうとしたが、それよ
り先に物流部長が答えた。
「同時に利益目標も与えられてるはずです。 そっ
ちはどうなってるんですか? どっちの目標が大事
だと思ってますか?」
「もちろん、利益も大事だ。 ただ、利益の源は売
上にある。 だから売上を上げることに‥‥」
ようやく常務が口を挟んだ。
「さっきから、物流部長が売上を上げても赤字に
なるばかりだと言ってるだろ? 確かに昔は、売上
を上げれば利益は後からついてくるなどと言ってい
たが、それは利益が必ず付いてくるという前提があ
ったからだ。 この前提が崩れたんだから、売上を増
やすことだけに‥‥そう、うつつを抜かすのはもは
や論理的ではない」
物流部長がにやっとした。 出席者たちは黙って
うつむいてしまった。 常務の言葉で冷静に考えざる
を得なくなったようだ。
「みなさんに考えていただきたい、第二点ですが
‥‥」
「ちょっと待ちなさい」
議論を続けようとする物流部長を、突然、社長
が制した。 みんなの視線が社長に集まる。 社長が
IllustrationELPH-Kanda Kadan
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立ち上がると、参加者は居住まいを正した。
社長の熱弁が意識の共有を生んだ
そして会議は意外な展開をみせた
「ご存知のように、当社はいま厳しい状況にあり
ます。 この状況を打破するために、つい最近まで売
上の確保に腐心してきました。 これについて、もち
ろんみなさんを責めるつもりはありません。 私が先
頭に立ってきたのですから。 でも、状況は一向に改
善しませんでした」
「そんなとき、経営者の会合で、あるコンサルタ
ントの先生の講演を聞く機会がありました。 その先
生は講演の冒頭に『ここに、売上の大きいお客は
大事なお客だと思っている方がおられたら経営者
を辞めた方がいい』とおっしゃったのです。 私はお
話を夢中で聞きました。 そして、自分がいかに誤っ
た発想に囚われていたかに気づかされたのです。 そ
して、すぐにご指導をお願いしました。 物流の改善
ではなく、会社の改革をお願いしたのです」
ここまでを一気に話すと社長は参加者を見回し
た。 みんな神妙に聞いている。
「その先生にはいろいろ驚かされました。 それに
ついては別の機会にお話しますが、ここでは、みな
さんに先生に何度も何度も言われた二つの言葉を
知って欲しいと思います。 それは、『論理的に考え
ろ』、『数字をベースに検討しろ』という言葉です」
全員が、社長の言葉をメモしている。 なぜかオブ
ザーバーとして参加している弟子二人までメモして
いる。 ちょっと間を置いて社長が締め括った。
「よろしいですか。 利益を出すために何をすれば
いいか論理的に考えてください。 そして、それを考
えるときに、みなさんの前にある数字をしっかり見
てください。 その数字はみなさんに何を語っていま
すか? 会社にとって売上は重要です。 でも、利
益はもっと重要です。 利益を出すために何をすれば
いいか、利益を出す売上を確保するために何をす
ればいいかを考えてください。 私の言いたいこと、わかりますね?」全員が大きく頷く。 ようやく意識の共有化がで
きたようだ。 参加者の様子を確認しながら、社長
が会議の予定にはなかったことを言い出した。
「今日は、せっかくみなさんにお集まりいただい
たのですから、是非、ご紹介したい方がおられます。
みなさん‥‥」
そう言いながら、社長が会議室の扉を手で示し
た。 みんながそっちを向く。 扉が開いて、なんと大
先生が現れた。 何も知らされていなかった弟子たち
と物流部長は「あっ」と驚きの声を上げた。
社長と常務が足早に大先生の方に向かう。 大先
生がゆっくりと会議室に入ってきた。 社長と常務
の様子をみて、参加者たちも慌てて立ち上がる。 司
会をつとめる物流部長すら驚いている状況を目の
当たりにして会議室の雰囲気が一変した。 開始直
前の重苦しい緊張感がとたんに蘇ってきた。
(次号に続く)
*本連載はフィクションです
ゆあさ・かずお1971年早稲田大学大学
院修士課程修了。 同年、日通総合研究所入
社。 現在、同社常務取締役。 著書に『手に
とるようにIT物流がわかる本』(かんき出
版)、『Eビジネス時代のロジスティクス戦
略』(日刊工業新聞社)、『物流マネジメント
革命』(ビジネス社)ほか多数。
PROFILE
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