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物流指標を読む
MARCH 2012 78
貿易赤字でも日本は簡単に沈まない
第39 回
●日本の貿易収支がマイナスに転落
●所得収支は対前年比19.9%の増加
さとう のぶひろ 1964年 ●直接投資の伸びが所得黒字に貢献
生まれ。 早稲田大学大学院修
了。 89年に日通総合研究所
入社。 現在、経済研究部担当
部長。 「経済と貨物輸送量の見
通し」、「日通総研短観」など
を担当。 貨物輸送の将来展望
に関する著書、講演多数。
貿易立国の転換期
一月下旬に発表された貿易統計(財務省)によ
ると、二〇一一年におけるわが国の輸出金額は六
五兆五五五一億円(前年比二・七%減)、輸入金
額(速報値)は六八兆五一一億円(同十二・〇%
増)となり、その結果、貿易収支はマイナス二兆
四九六〇億円と、第二次石油危機後の一九八〇年
以来三一年ぶりの赤字に転落した。
貿易赤字となった理由として、輸出においては、
東日本大震災の発生に伴う生産停止、さらには円
高、欧州経済危機などの影響を受けて、自動車が
一〇・六%減、半導体等電子部品が一四・二%減
と大きく落ち込んだことがあげられる。 一方、輸
入においては、原発の稼働停止に伴う火力発電の
増加を受けて、液化天然ガス(LNG)が三七・
五%増と大幅に増加したほか、原油価格の高止ま
りなどにより原粗油が二一・四%増、石油製品が
三九・五%増となったことが主因である。
また、二月上旬に発表された国際収支統計(財務
省、日本銀行)によると、一一年における貿易収支
(速報値)はマイナス一兆六〇八九億円(前年比一
二〇・二%減)と、一九六三年以来四八年ぶりの
赤字となった。 また経常収支(速報値)は九兆六二
八九億円(同四三・九%減)と一九九六年以来一
五年ぶりに一〇兆円を割り込んだ。 (巻末※参照)
ちなみに、経常収支は、貿易収支、サービス収
支、所得収支(注:外国から得た利子・配当や賃
金などと、外国へ支払ったそれらなどの差額)、経
常移転収支(注:政府間の無償資金援助・国際機
関への拠出金といった資産の一方的支払い、出稼
ぎ外国人の母国への送金、海外留学生への仕送り
など)から構成されている。 これらのうち、サー
ビス収支および経常移転収支は恒常的に赤字が続
いており、一方、一〇年までは貿易収支および所
得収支が黒字であった。 そして、一一年について
は、所得収支は一四兆二九六億円の黒字を計上し
たものの、貿易収支が赤字になったため、経常収
支は大幅に減少したということである。
マスコミはこれらのニュースを大きく報じたが、
気になったのは、「日本はもはや輸出立国として
は生き残れない」とする報道が散見されたことだ。
たとえば、米国の「ウォール・ストリート・ジャー
ナル」は、一月二四日付の紙面で「輸出立国、日
本の時代の終わり」というタイトルの記事を一面
に掲載した。 その記事の概要は以下のとおり。
「何十年もの間、日本は、製造業の力と輸出志向
政策の組み合わせにより、世界の市場に自動車と
電気製品と半導体を大量に輸出してきた。 もはや、
それも終わりだ。 日本政府は水曜日に、日本が一
九八〇年以来の貿易赤字になることを発表すると
みられる。 もし円高がこのまま続き、世界的な需
要が弱いままであれば、日本ではこれから先も貿
易赤字が続くことがありうると、エコノミストたち
は警告している。 それは日本にとって不吉な事態
の進展である。 もし、貿易赤字が続けば、日本は
資本輸出国から資本輸入国に転換することになり
うる。 そうなると、経済規模に対する割合で、す
でにイタリアよりも大きな債務を抱える日本は、い
つかは借金返済のために苦労することになりうる。
今は超円高である一方、貿易赤字が続けば、円は
いつか下落するであろう。 円安は、日本の製造業
「貿易統計」財務省
「国際収支統計」財務省、日本銀行
79 MARCH 2012
宅ローンなどの負担が重くなり、景気に足かせと
なる。 政府は経常黒字のうちに財政再建の道筋を
付ける必要がある。 貿易赤字転落は、財政規律の
早期回復を促す警鐘とも言える」
日本の稼ぎ頭は所得収支
ウォール・ストリート・ジャーナルはともかくと
して、毎日新聞の記事は、消費税率を上げたい野
田首相(財務省と言った方が正しいか)の見解を
そのまま載せたような記事に映る。 記事の内容は
決してデタラメではないが、一般の読者に誤解を
与えかねないものとなっている点が気になる。
たとえば、読者はそうした危機が目前に迫って
いるかのような錯覚を受けないだろうか。 しかし、
危機が発生するとしても、それはまだ相当先の話
である。 すなわち、超円高が今後も長期にわたっ
て続き、製造業者が海外に逃げ出して、国内産業
が空洞化し、貿易収支の赤字が定着する。 さらに
は所得収支も減少し、その結果、経常収支が赤字
化する。 こうした流れが、毎日新聞が書いている
ように、わずか五年間で定着するとはまず考えに
くい。 単純明快な理由をひとつ示してみよう。
それは、足元の経常黒字は所得収支の黒字によ
るものだということ。 たしかに以前は、貿易黒字
が経常黒字の主因であったが、〇五年に所得収支
の黒字額が貿易収支のそれを上回り、以降、所得
黒字が経常黒字の主因に取って代わっている。 し
たがって、今後、経常赤字という状況に陥るか否
かは、所得収支の動向次第と言える。
ここ五年間における所得収支の推移をみると、
〇七年に一六・三兆円と最大の黒字幅を記録した
あと、円高の急進や世界的な景気後退等を背景に、
証券投資収益が減少したことなどを受けて、〇八
年〜一〇年にかけて減少したが、一一年は前年比
一九・九%増の一四・〇兆円と盛り返している。
次に、所得収支の内訳(一一年)についてみる
と、直接投資収益が三・八兆円(前年比三三・
七%)、証券投資収益が九・五兆円(同一五・
二%)、その他投資収益が〇・七兆円(同一八・
九%)となっている。 このように、足元における
所得黒字は証券投資収益の黒字に依拠する部分が
大きいものの、近年、直接投資収益のウエイトが
高まっている。 アジアへの直接投資が増加し、そ
こから得られる収益が増加しているからだ。 中国
経済のバブル崩壊という一抹の不安要素もないこと
はないが、平穏なら、直接投資収益は今後も増加
が期待できる。 また、米国一〇年債利回りなどが
既に低水準まで落ち込んでおり、今後の下落余地
は小さいことから、証券投資収益についても、当
面大幅に減少することはないのではないか。 した
がって、五年先までをターゲットとすると、所得
収支が一〇兆円を大きく下回ることは考えにくい。
また、サービス収支と経常移転収支の赤字額の合
計は三兆円前後であるから、貿易収支の赤字幅が
七兆円を超える想像を絶するような大赤字にでも
ならない限り、経常赤字に陥ることはない。 ゆえ
に、五年以内に経常赤字に転落することはないと
考える。
者たちを助けるであろうが、ますます輸入に頼る
ことになる経済にとっては大きな打撃となろう」
また、一月二五日の毎日新聞夕刊ではこう書い
ていた(注:筆者が一部要約)。 「一一年の日本の
貿易収支が三一年ぶりの赤字に転落し、巨額の貿
易黒字を積み上げてきた「輸出立国」は大きな転
換点を迎えた。 一一年の経常収支は黒字を確保す
る見通しだが、エコノミストの間では『経常収支
の赤字転落も間近』との見方もある。 (中略)
貿易赤字が定着すると、『経常収支も今後五年
程度で赤字に転落する』との予測もある。 経常赤
字は、海外から借金しないと日本経済が成り立た
ない状態を示す。 現在は国内の資金で買い支えて
いる日本国債も、海外投資家に買ってもらわない
とさばけない。 海外投資家から、巨額の財政赤字
を抱える日本の信用力は低いと判断されれば、日
本国債が売られ、金利が上昇するリスクが強まる。
そうなれば、企業の設備投資に必要な借入金や住
※ 貿易統計では輸出をFOB価格、輸入をCIF価格で計上す
るのに対し、貿易収支統計では輸出・輸入ともFOB価格で
計上される。 また、貿易統計では通関をもって取引を認識す
るのに対し、貿易収支統計では所有権の移転をもって取引を
認識するため、両者の金額には違いが生じる。
所得収支の推移と内訳
18
16
14
12
10
8
6
4
2
0
(兆円)
01
年
02
年
03
年
04
年
05
年
06
年
07
年
08
年
09
年
10
年
11
年(速報値)
その他投資収益
証券投資収益
直接投資収益
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