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迅速に指針を発表
東日本大震災が発生してから早いもので一年が
経過する。 最近では東京大学地震研究所が、今後
四年以内にマグニチュード七級の首都圏直下型地震
が七〇%以上の確率で発生すると発表し、マスメデ
ィアを賑わしている。 これに限らず専門家の多くが、
近い将来首都圏や東海地方に大地震が起きると警鐘
を鳴らしている。
筆者は大地震発生の可能性については専門家でな
いため何とも言えないが、物流面に関しては、震災
が来ると想定される以上、そのための備えは十二分
にしておくべきだと考える。 東日本大震災発生時に、
物流が大混乱に陥ったことは記憶に新しい。 首都圏
や東海圏が震災にあった場合は、それ以上の被害に
見舞われると想定される。
こうしたなか、昨年十二月二日、国土交通省のア
ドバイザリー会議は『支援物資物流システムの基本
的な考え方(以下「基本的な考え方」)』を発表した。
今回は、この報告書の中身について考察してみるこ
とにしよう。
まず「基本的な考え方」が対象とする領域につい
国交省が支援物資物流に提言、
内容の高度化と周知を徹底し
より実践的な運用を図るべき
東日本大震災の教訓を受け、国土交通省が昨年十二月
に「支援物資物流システムの基本的な考え方」を発表した。
そのコンセプトや方向性は評価できる一方、現段階では周
知し切れていないのが実状。 さらに、具体的に実践して
いくためには内容のさらなる検討も必要だ。 関連予算の
確保やその配分、関係省庁との連携など、議論しなけれ
ばならないことが山積している。
第12 回
て整理しておこう。 「支援物資」とは、災害発生時
に供給されるもので、具体的にはパン、米、肉、野
菜、飲料水等の食料品、毛布、衣類、トイレットペ
ーパー等の日用生活用品等を指す。 提供される対象
は被災者、提供するのは、災害に備えてこれらを備
蓄している被災地地方公共団体、国、支援地方公
共団体、企業・団体、個人、海外(外国政府・国
際機関)等である。
東日本大震災では、支援物資は国内外から続々と
集まるのに、これを被災者に迅速かつ的確に届けら
れない事態がしばらく続いた。 こうした反省を踏ま
え、政府の東日本大震災復興本部が昨年七月二九
日に発表したものが、「東日本大震災からの復興の
基本方針」である。 その中で、「類似災害に備えて
の倉庫、トラック、外航・内航海運等の事業者など
民間のノウハウや施設の活用などソフト面を重視し
た災害ロジスティクスの構築」が謳われている。
その後、有識者一五人で発足したアドバイザリー
会議が、九月二二日、十一月九日、十二月二日の
計三回の議論を経て発表したものが「基本的な考え
方」である。 その具体的な内容は、表に示した通り
である。
この「基本的な考え方」は多岐にわたる様々な内
容をカバーするものであり、こうした総合的な指針
の重要性については異論を差し挟む余地はない。 作
成までに要した時間も震災からわずか数ヶ月で、迅
速に行われている。 国土交通省という立場から行い
得る、最大限の提言をしたものと評価できる。
しかし理念や考え方は大変意義深いものだが、そ
れを実現するとなると、この段階で止まっていては
ならない。 今後ここから個別・具体的にどう作りこ
んでいくか、さらに必要なものに関しては予算をど
う確保していくかなど、考えなければならないこと
が山積している。
「基本的な考え方」の骨子の一つは、「ネットワー
クの構築及び活用」である。 これに関して言えば、
例えば国と地方自治体の間の連携を図るには、実際
には総務省や経済産業省等の協力も不可欠になろう。
また東日本大震災の時に大活躍であった自衛隊や消
防、警察との連携も必要である。 これらは国土交通
省の権限外に位置するものであるから、各省庁・組
織横断の政府直轄のような上位組織を作ることも検
討すべきである。
民間物流事業者の能力の活用に関しても正しい方
物流行政を斬る
産業能率大学 経営学部 准教授
(財)流通経済研究所 客員研究員
寺嶋正尚
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向であり、まさにそうすべきであるが、実際に実施
するには乗り越えるべき課題も多い。 「基本的な考え
方」にも記されているが、まずはその委託費用をど
う賄うかという問題である。 国が負担するのか、地
方自治体が負担するのか、また民間物流事業者は本
業と支援事業をどう調整するのか、まだまだ多くの
点で議論が必要になる。
「情報通信手段が途絶しないよう、衛星通信機器
や自家発電機器を配備」という項目に関しても、確
かに情報通信手段を確保した上で、被災地のニーズ
に合致した支援を展開していくことが望ましいのは
言うまでもないが、本当にできるのだろうか。 想定
される避難所は、地域の小中学校や、市区町村の公
民館等だろうが、それら全てに情報化の準備をして
おくことは現実的ではない。 むしろそういう場合
には、上意下達の形、いわゆるプッシュ型の仕組
みで、ロジスティクスの専門家がガンガン指示・管
理していった方が費用と効率の面から見ても望ま
しいかも知れない。
予算は十分ではない
そして何より思うのは、そもそもこの「基本的
な考え方」が、知る人ぞ知る存在に過ぎないという
ことである。 新聞や雑誌などマスメディアでの取り
扱いは極めて小さいし、国土交通省のホームページ
を見てもさほど大きな扱いは受けていない。 もちろ
ん「基本的な考え方」の詳細は今後詰めていく必
要はあるが、全体的な方向は正しいものであるの
だから、現段階から、
より実践的なプロモー
ションの在り方が議論
されるべきだろう。 特
に、有事の際に実際
に避難所等において実
務を担当する市区町
村やNPOの職員に対
しては、常日頃から
そのコンセプトや具体
的な手順が、あらかじ
め浸透されていなけれ
ばならない。
国土交通省は昨年
十二月、「災害に強い
物流システム」の構築
に向け、地域ブロック
ごとの協議会を立ち上げた。 大災害が想定される四
つのブロックに分け、それぞれの担当局を決定した。
「首都直下」は関東運輸局、「東海」は中部運輸局、
「東南海・南海」は近畿運輸局、「南海」は中国・四
国・九州各運輸局といった具合である。
こうした動きを支えるべく、一二年度の政府予算
案では、「災害に強い物流システム構築事業」に一四
〇〇万円が計上された。 協議会の運営コストや、広
域物資拠点施設の整備等の費用にあてがわれるもの
と思われる。 しかしこの予算額で足りるのだろうか。
物流関連全体では四兆五四七六億円が計上されてい
る。 もう少し災害関連に重点を置き、潤沢な予算を
充当することも政府には検討してほしいところだ。
東日本大震災を経て改めて学んだことは、物流は
我々の生活にとって不可欠だということである。 首
都圏に人口が偏るわが国においては、首都圏直下型
地震が起きた場合、阪神・淡路大震災や東日本大震
災とは比較にならないほどの被害が想定される。 産
業界ひいては日本経済そのものに甚大な影響を及ぼ
す可能性が極めて大きい。 それを少しでも小さくす
るために、災害時の物流のあり方を議論し、そのた
めの準備をしておかなければならない。 「基本的な
考え方」に関しては、ここで終わることなく、より
具体的かつ実践的な内容になるよう、今後の動向に
大いに期待したい。
てらしま・まさなお 富士総合研究所、
流通経済研究所を経て現職。 日本物
流学会理事。 客員を務める流通経済研
究所では、最寄品メーカー及び物流業
者向けの研究会「ロジスティクス&チャ
ネル戦略研究会」を主宰。 著書に『事
例で学ぶ物流戦略(白桃書房)』など。
「支援物資物流システムの基本的な考え方」の内容
●支援物資における主な問題点
・地震発生当初、地方公共団体の業務に物流事業者・団体が参加していなかっ
たことなどにより、円滑な輸送や物資集積拠点運営等に支障をきたした
・被災地情報、物資関係情報等が途絶えた
・市町村自身の被災等により国・県・市町村の間の連携が十分ではなかった
・大量の支援物資が送り込まれたことから、物資集積拠点の機能が低下
・避難生活が長期化する中で、ニーズに合わない支援物資が在庫として滞留
●その他の問題点
・インフラの損壊により、円滑な支援物資の輸送に支障
・東日本を中心に燃料油不足が発生し、支援物資輸送車両の燃料も不足
●「支援物資物流の基本的な考え方」の策定
【支援物資物流の主要改善策】
・早期の段階から国・地方公共団体が実施するオペレーションに物流事業者、
団体が参加するようにし、その能力を最大限発揮できるようにする
・現行の災害時協力協定内容について不足がないか確認し、必要に応じて内
容の見直し、追加の協定締結を行う
・避難所・行政機関施設、物資集積拠点等において情報通信手段が途絶し
ないよう、衛星通信機器や自家発電機器を配備
・必要な情報項目や単位を整理し、発注様式を統一することにより、物資に関
する情報を円滑に交換できるようにする
・訓練の実施等事前の備えの徹底・物資集積拠点運営においては、物流事
業者の能力を最大限発揮できるようにするとともに、拠点として備えるべき機能
や配置のあり方について検討したうえで、リストアップしておく
・災害対策基本法の指定公共機関・指定地方公共機関について必要に応じ
て物流事業者が団体を新たに追加することを求める
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