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湯浅和夫の
湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表
《第66回》
FEBRUARY 2013 74
ません。 どういうものなんですか?」
女性記者が素直に聞く。
「まあ、簡単に言うと、産業集積の地方分散政
策ってとこかな。 昔、四大工業地帯というのを
習ったことがあると思うけど、わが国では、工
業地帯は、ほとんどが太平洋沿岸に集中してい
る。 それを地方に分散させていこうという話さ。
そして、高速道路と新幹線を整備して、それら
各地の工業拠点間を結ぼうという構想で、大胆
な政策だった」
大先生が頷いて、続ける。
「田中首相が地方出身で、地方の活性化が政
治家としての柱だったってことも背景にあると
思う。 それはともかくとして、大規模な公共事
業が展開され、景気が過熱状態に陥ったことは
確かだ」
「そうなんです。 そのようにして高度経済成
長がピークに達したときに、あのオイルショック
に襲われたわけです」
編集長がそう言って弟子たちを見る。 美人弟
子が頷いて応じる。
67《第130重厚長大から軽薄短小へ
編集長がコーヒーを片手に自分の取材ノート
を繰っている。 あるページで手が止まり、それ
をざっと見て、おもむろに大先生に話し掛ける。
「雑談ということで聞いてください。 私なり
にちょっと調べてみたんですが、いま話し合っ
ている七〇年以降、つまり七〇年代というのは、
日本経済の動きという点で非常に面白い時代で
すね」
何を言い出すのかという顔で、大先生が中途
半端に頷く。 隣に座っている女性記者が、ちょ
っと訝しそうな顔で編集長を見る。 編集長がそ
の女性記者に向かって聞く。
「七二年に田中角栄という人が総理になったん
だけど、知ってる?」
「はい、名前だけは‥‥」
「その人が政策として掲げて推し進めたのが
『日本列島改造論』なんだけど、聞いたことあ
るだろ?」
「聞いたことはありますが、詳しい内容は知り
オイルショックを機に日本経済は重
厚長大から軽薄短小へと産業の重心
を移していく。 この時期に日本企業
は物流組織の在り方を本格的に検討
し始める。 新しい経営管理の概念と
機能を組織の中にどう位置付け、そ
れをどう根付かせるか。 乗り越えな
ければならない課題は山積していた。
物流改革における最大の課題
■大先生 物流一筋三十有余年。 体力弟子、美人
弟子の二人の女性コンサルタントを従えて、物流
のあるべき姿を追求する。
■体力弟子 ハードな仕事にも涼しい顔の大先生
の頼れる右腕。
■美人弟子 女性らしい柔らかな人当たりで調整
能力に長けている。
■編集長 物流専門誌の編集長。 お調子者かつ大
雑把な性格でズケズケものを言う。
■女性記者 物流専門誌の編集部員。 几帳面な秀
才タイプ。
第 回
11
75 FEBRUARY 2013
「七三年の秋ですね。 第一次石油危機が起こ
ったのが‥‥」
「ご存じなんですか、あの混乱を? あっ、子
供心に‥‥」
編集長が弟子たちを見て、聞く。 二人は返事
をしない。 それを見て、女性記者が「実体験と
して経験されたのは先生と編集長だけですよ」と
断じる。 頷く弟子たちに編集長が「失礼」と小
首を傾げながら言う。 気を取り直すように、編
集長が続ける。
「まあ、石油危機そのものは置いておくとし
て、要するに、その結果、日本経済は大打撃を
受け、一気に不況に陥ってしまった。 ジェット
コースターさながらですね。 そして、これまで
とは違った産業構造が作られていく。 いわゆる
重厚長大型から軽薄短小型への転換です」
「そのケイハクなんとかというのはどういう字
を書くんですか?」
女性記者の問いに編集長が紙に書いて見せる。
女性記者が「へー」と感心したように言い、「な
んか語感として良くないですね」と呟く。 大先
生が頷いて答える。
「たしかに、それは言える。 ただ、その意味
するところは重要で、日本企業の真骨頂がそこ
にある気がする」
「そうです、私もそう思います。 軽薄短小こ
そ日本企業の技術力がもろに反映される世界だ
と思います」
編集長の言葉に頷きながら、女性記者が「具
体的にどういう意味をもつ言葉なのですか?」
と聞く。
新しい酒は新しい革袋に
体力弟子が「前にちょっと調べたことがある
んですが」と言って、説明する。
「かつて『鉄は国家なり』などと言われたよ
うに、高度成長期を引っ張ったのは、石油を大
量に使用する鉄鋼や造船、石油化学などの重化
学工業だったんですね。 これらを重厚長大型の
産業と言うようです。 軽薄短小というのは、こ
の対語です。 特徴は石油をあまり使わないとい
う点です」
体力弟子の説明に女性記者が「なるほど、そ
ういうことですか」と大きく頷く。 体力弟子が
続ける。
「つまり、石油危機を受け、石油をあまり使
わなくて済む産業への転換が進められたんです
ね。 それが、家電や自動車、コンピューターと
いった加工組立中心型の産業です。 これらの産
業を重厚長大に対応させる形で軽薄短小と呼ん
だようです」
「よく分かりました。 語感の悪さは否めませ
んが、日本の技術力とか日本企業の真骨頂が発
揮される場ということは分かりました。 それで、
編集長、それがどう関係するんですか? 物流
と‥‥」
女性記者が編集長を問い詰める。
「いや、まあ、そのように七〇年代の日本経
済は面白い展開が見られるので、それに伴って
物流もきっと面白いことがいろいろ起ったろう
なということで繋がるわけさ。 それに物流の話
は背景にある経済や企業の動きを知っておかな
くてはいけないし‥‥」
編集長の言葉に女性記者は納得していない顔
をするが、突然、大先生に質問する。
「ところで、そのような時代に物流はどんな動
きをしたんでしょうか? とくに、休憩前にお
話のあった物流の組織はどうだったんでしょう
か?」
大先生が頷き、話し始める。
「それじゃあ、本題に入ることにしようか。 ま
ず、物流組織だけど、それって、そもそも何の
ために存在する?」
大先生に突然問われて、女性記者が「えーと、
それはですね」とちょっと間を置き、「間違って
るかもしれませんが」などと前置きをして話し
出す。
「当然、組織ですから、目指すべき目的があ
るわけですよね。 物流の場合、物流のサービス
を良くするとかコストを下げるとか。 それをす
るためには企業組織の中にどのような部門をど
う位置付けるのが良いかということがテーマに
なったのではないでしょうか?」
「まあ、そういうことだな」
女性記者の言葉に編集長が頷き、続ける。
「ただ、当時は、物流が企業の中の新参者だ
ったがゆえに試行錯誤が続けられたってことだ
な。 こうあるべきだといった答えは出なかった
んですよね?」
編集長が大先生に質問する。
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「答えは出なかったというか、もともと、組織
には、これがいいといった答えはない。 それは物
流に限らず、時代も問わず同じ。 要するに、こ
うしたいということを実現するに当たって、最
も効果が出やすい体制を模索し続けるというこ
と。 現に、多くの企業の組織は変化し続けてい
る。 物流の組織も同じ」
「休憩前に、先生は、物流を行っている部門
にコスト削減など新たな役割を持った部署を付
け足して物流部などとしたところはうまくいか
なかったとおっしゃってましたが、それは、既
存業務に毒されて、新たな役割が希薄になって
しまうからということなのでしょうか?」
大先生が編集長の質問に頷く。
「毒されるわけではないだろうけど、日々行わ
れている物流活動においては、いろんな問題が
発生する。 それが、いちいち物流部長に挙げら
れたら、その対応に追われて、物流の仕組みを
作り直すという仕事などできはしない。 結果と
して、日々の物流運営を管理する部署になって
しまう」
「ということは、物流の仕組みを作るとかコ
ストを削減するという新たな業務を担う部署は、
物流を運営する部署とは別に設置しろというこ
とですか?」
「そのとおり。 さすが編集長だ」
編集長の意見に大先生が大仰に同意を示す。 編
集長が嫌そうな顔をして「論理的な帰結を言っ
ただけです」と言う。
「そう、その論理的帰結っていうのが重要な
多様な人材を集めた特別編成にするというのは、
これまた論理的帰結ですね」
「さすが、編集長は言うことが一味違う」
大先生の言葉に編集長が、今度は満更でもな
いような顔をする。 自分でもいい指摘をしたと
思っているようだ。 そんな編集長の顔を見なが
ら、女性記者が誰にともなく聞く。
「そうなると、目的がある程度達成できたら、
そのチームのようなものは解散してしまうとい
うことですね。 作られた仕組みの運営をライン
部隊が引き受けるということでしょうから、運
営状況を評価する指標のようなものも必要にな
りますね?」
「そういうことになる。 でも、実は、組織に
ついては大きな課題が一つ残っている・・・」
女性記者の質問に答えて、編集長が思わせ振
りに呟く。 女性記者が確認するように聞く。
「それって、当時の物流ならではの課題です
ね?」
編集長が頷きながら、女性記者の顔に人差し
指を向けて振る。 女性記者が「はいはい、本命
が来ましたねー」と言って、頷く。
「二人で何遊んでんの? トップを始めとす
る社内の物流への関心度、認識度について言っ
てるわけ?」
「あっ、さすが先生ですね。 鋭い」
編集長がここぞとばかり仕返しをする。 大先
生が「あんたに褒められても嬉しくないよ」と
言って、続ける。
「たしかに、当時、物流に取り組むに当たっ
んだ。 やっぱり『新しい酒は新しい革袋に』
と言うけど、これまであった部門に新しい役
割を持たせても、そして、いくら部門の位置
付けを格上げしたとしても、これまでの仕事
に染まってしまう。 それでは、他部門の連中
もこれまでの延長線上でしか見ない。 だから、
既存業務とくっ付けて新たな取り組みをやろ
うなどというのは本来的にうまく行くはずが
ない」
ハイブリッド型チーム編成
二人のやり取りを聞いていた美人弟子が言
葉を挟む。
「ここに『流通設計』という雑誌があります。
七〇年の秋に創刊されたものですが、当時物
流を担当されていた方々の座談会があったりし
て、興味深い内容が多くあります。 その中で、
組織について『日常の運営は既存のライン部隊
にやらせて、改善などはまったく別のところで
やった方がいい』という意見が出され、出席者
のほとんどがその考えに賛同しています。 形
としては委員会制やプロジェクトチーム制など
が推奨されてますね」
編集長が大きく頷き、なぜか親指を立てる。
「それは、うちの雑誌の大先輩です。 なるほ
ど、やはり、そういう考えですか。 たしかに、
物流部などといった部門内で何かやろうとし
ても、物流の場合、その中では手に負えない
課題がたくさん出てきますしね。 部のレベルを
超えた取り組みを迫られるのが物流なんだから、
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そのくせ、コスト削減は要求する」
「なるほど、そういう会社では特別編成のチー
ムを組むなんてこともできないだろうし、与え
られた部門の中で何とかやるしかなかったって
ことですね」
大先生が頷く。
「そう、これは物流に限らず、企業組織の宿命
だな。 たとえば、ある分野にいくら優秀な人が
いても、その分野に経営者が関心を持たなかっ
たら、何も始まらない。 その優秀な人は、まず
経営者の関心を引くという仕事に時間を取られ
てしまう。 それなら、逆の方がよっぽどいい」
「逆というと、ある分野に経営者が関心を持っ
ているけど、そこには優秀な人がいないという
ケースですか?」
「そう、経営者が関心を持っていれば、あれ
はどうなった、ちゃんとやっているかって発破
を掛けるだろ。 そうすれば、やらざるを得ない
から、確実に進んでいくし、それに伴って人も
育っていく」
編集長が大きく頷く。
「なるほど、経営者が関心を持った分野に優秀
な人材がいれば、最高ってことですね」
「本来、経営者が物流を何とかしたいと本気
で思えば、そこに優秀な人材を持ってくるもの
だ。 そういう企業も少なからずあった。 『なん
で、あんな優秀な人が物流なんかに』って思わ
れた人事が話題になったケースは結構ある。 そ
こで、社長が物流重視を宣言すれば、その人事
と相俟って社内の物流への見方が一変する。 そ
して、特別編成の組織を登場させればいいのさ。
これが最高のシナリオだな」
編集長が「たしかに、そうですね」と言って、
何か思い出したように、また取材ノートを繰っ
ている。 外は大分暗くなってきたが、まだお開
きにはなりそうもない。
ての最大の課題は、社内、中でも経営トップの
物流への関心度だった」
物流改革の最高のシナリオ
「でも、物流を何とかしようと思って部門を設
けたんでしょうから、関心や理解はあったんじ
ゃないでしょうか?」
編集長が大先生に聞く。
「まあ、本気で物流を何とかしようと思った
経営者ももちろんいただろうけど、隣もやって
るからという便乗組の会社も少なくなかったと
思う。 そういう便乗組では、物流部門は作った
けど、あとは知らんという経営者もいたようだ。
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大
学院修士課程修了。 同年、日通総合研究
所入社。 同社常務を経て、2004 年4
月に独立。 湯浅コンサルティングを設立
し社長に就任。 著書に『現代物流システ
ム論(共著)』(有斐閣)、『物流ABC の
手順』(かんき出版)、『物流管理ハンド
ブック』、『物流管理のすべてがわかる本』
(以上PHP 研究所)ほか多数。 湯浅コン
サルティング http://yuasa-c.co.jp
PROFILE
Illustration©ELPH-Kanda Kadan
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