ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2013年3号
道場
物流コストの大きさを知る

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

湯浅和夫の  湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表 《第66回》 MARCH 2013  56  編集長の問い掛けに大先生が頷く。
 「一応、部という位置付けになっているけど、 多くが、少人数だった。
中には、部長とスタ ッフ数名というところも珍しくなかった」  大先生の言葉に編集長が納得したような顔 で感想を述べる。
 「なるほど、時代の風潮として物流が関心を 呼んでいるから、とにかく物流部門を設置し ておこうという感覚ですかね?」  「まあ、そういうところもあったと思うけど、 経営者の思いとは別に、物流の担当を命じら れた人たちは、物流に対して熱い思いを持っ ていたと思う。
もちろん、全員とは言わない けど、少なからぬ人たちが熱心に物流に取り 組んだようだ」  「当然、物流コストの削減に取り組んだと思 うんですが、物流コストについてはどういう 認識だったんでしょうか? 運賃や倉庫料な どの支払額しか掴めていなかったと思うんで すが‥‥」  編集長が、素朴な疑問を呈する。
大先生が 67《第131先人たちの座談会  編集長が、ノートを繰る手を止めて、「お かしいな。
見つからない」などと呟く。
それ を見て、女性記者が「何を探しているんです か?」と聞く。
編集長が、悔しそうな顔で答 える。
 「当時の物流関係の部署名をメモしておいた んだけど、見つからない」  それを聞いて、美人弟子がコピーした資料 を差し出す。
 「一応、ここに部署名は列挙してあります。
物流管理室、物流管理部、物流部、輸送部、 業務部流通管理課など名称はいろいろですが、 特徴は、本社組織に新設されたということだ と思います。
実際の物流業務は、各地の営業 拠点や工場にある業務課や運輸課、倉庫課と いったところが行っていたようです」  「となると、それらの新設部署は、物流コス ト削減などを主として担っていたということ ですね?」  今からおよそ四〇年前、旧通産省 の産業構造審議会に設置された「物 流小委員会」でトータル物流コストの 実態調査が行われた。
その結果には 誰もが目を見張った。
それまで支払 い運賃や保管費として把握されてい たコストとは桁違いに大きな金額がそ こに示されていた。
事実を知らされ た経営陣は大きな衝撃を受けた。
物流コストの大きさを知る ■大先生 物流一筋三十有余年。
体力弟子、美人 弟子の二人の女性コンサルタントを従えて、物流 のあるべき姿を追求する。
■体力弟子 ハードな仕事にも涼しい顔の大先生 の頼れる右腕。
■美人弟子 女性らしい柔らかな人当たりで調整 能力に長けている。
■編集長 物流専門誌の編集長。
お調子者かつ大 雑把な性格でズケズケものを言う。
■女性記者 物流専門誌の編集部員。
几帳面な秀 才タイプ。
第 回 12 57  MARCH 2013 「うん、いい質問だ」と編集長を持ち上げる。
美人弟子が苦笑しながら、手元の資料を取り 出す。
 「それについては、ここに興味深い話があり ます。
物流を担当されていた方々の熱意を感 じます」  コピーされた資料を手に取り、編集長が「へ ー、座談会の記事ですね」と興味深そうな顔 をする。
美人弟子が説明する。
 「はい。
例の『流通設計』の一九七一年三 月号に掲載されたものです。
登場されている のは、学習研究社常務の小林幾蔵氏、サッポ ロビール関連事業部長の井上芳枝氏、三菱電 機物流推進本部の北沢博氏、資生堂企画部管 理課長の淵野剛氏の四人です」  「へー、当時の先進的な物流担当者たちです ね、きっと。
あっ、私の記憶では、確か先生 は、三菱の北沢さんとは懇意になさってたん じゃないですか?」  編集長の質問に大先生が頷く。
 「懇意にと言うほどではないけど、この何年 かあとに、北沢さんを訪問し、いろいろお話 を伺った。
それを契機に折に触れて話をする 機会があった。
どちらかというと、ご指導い ただいたという関係だ」  「そのお話も是非お聞きしたいですけど、そ れは改めてということで、この座談会ではどん な話が展開されているんですか? あれ、こ の表は何ですか、物流コスト表(上表)です ね?」 「桁が違うんじゃないか?」  編集長が記事の中から表を見つけて、興味 深そうな声を出す。
美人弟子が解説する。
 「それは、井上さんが示された表で、例の産 業構造審議会流通部会の中に設けられた物流 小委員会というところで、当時の通産省の諮 問を受けて、一年掛けて物流コストの算出を やった結果だそうです」  編集長が「へー」と言いながら、表を眺め ている。
頷きながら、おもむろに感想を述べ る。
 「これは、大したもんだ。
支払額だけでなく、 自社で掛かっているコストも入ってますね。
売 上高に対する比率も高いし、販管費の三割か ら六割が物流コストだということか‥‥」  体力弟子が続ける。
 「その数字を見ると、物流コストというもの が、経営的に大きな存在だということが分か ります。
座談会の中でもたびたび指摘されて いますが、社内的には物流コストと言うと運 賃や保管料の支払額程度の認識しかなかった ため、物流コストを算出して経営陣に示すと 大変驚かれたようです」  編集長が「そうでしょうね」と頷く。
美人 弟子が続ける。
 「この記事の中に面白い話が紹介されていま す。
井上さんが算出した物流コストを見て、社 長が『これは桁が違うんじゃないか』と問い 掛けられたそうです。
それまで支払運賃だけ を見てきた感覚からすると、そんな感じだっ たようです」  体力弟子が続ける。
 「三菱電機の北沢さんもこんなことを言って ます。
『七〇年当時、家電や量産品の物流コ ストが年間で二〇〇億円、やはりびっくりし ますね。
二〇〇億円をどう本気になって管理 しているかと言われると、かなり心もとない わけです』と。
そして、『びっくりしたときに、 製品別物流コスト (注)ビールは酒税抜き計算 品目により最終需要者まで算入されているものと、販売業者までのものとあり、 各品目とも最終の算定範囲は同様ではない (出所)『流通設計』71 年3 月号119P(輸送経済新聞社) ビール 石けん・洗剤 出版物 紙(ライナー紙) 衛生陶器 電気洗濯機 ミシン 尿素 冷延鋼板 物的流通コストの構成割合(%) 物的流通コストの比率 包装荷役輸送保管情報合計対 売上高 対 総原価 対 販管費 42.5 52.2 27.3 2.5 21.7 52.6 11.6 43.0 35.9 4.6 4.8 17.7 20.1 3.3 1.5 3.0 10.2 15.3 44.4 37.1 45.9 61.8 59.9 38.9 73.6 35.7 36.5 7.5 3.4 6.6 15.2 3.4 4.0 11.0 9.5 9.8 1.0 2.5 2.5 0.4 11.7 3.0 0.8 1.6 2.5 16.5 12.0 4.3 9.7 7.9 10.4 5.0 11.6 − 18.8 13.1 4.5 11.5 9.3 12.0 6.0 13.5 − 47.9 38.9 63.2 58.6 31.9 30.7 12.1 49.9 − 100 100 100 100 100 100 100 100 100 MARCH 2013  58 初めてマネジメントが出てくるんじゃないです か』とおっしゃっています」  その言葉を聞き、編集長が大きく頷く。
 「なるほど、確かにそうですね。
当時、物流 の管理に当たって物流コスト算定が主要なテー マになったというのも分かるな。
コストの大 きさを見て、トップから管理領域として認め られたということなんだ」  「そう、財務会計上で容易に把握できるのは、 外部委託業者への支払額だけだから、その程 度なら物流などたかが知れていると見られて きたことは間違いない。
その認識を打破する にはコストの真の大きさを示すことが有効だっ たというのが当時の実情だったと言っていい」  大先生の言葉に、それまで黙って話を聞い ていた女性記者が質問する。
 「いまは、物流コストは、当然小さい方がい いはずですが、当時は、大きいほどいいって 感じだったんですね。
大きいほどインパクトが あったってことですか。
びっくりした時にマ ネジメントが登場するという言葉はすっごく面 白いです」 「一キログラム当たり売値」を調べろ  女性記者の言葉を受けて、体力弟子が楽し そうな顔で別の話題を提供する。
 「面白いといえば、メーカーは一キログラム 当たりの売値を調べてみるべきだという指摘 も面白いと思います」  編集長が小首を傾げながら聞く。
 「座談会では、もう一歩踏み込んで、経営 戦略に資する物流コストという指摘もありま す。
そこでは、りんごを例に出しているんで すが、たとえば、りんごを東京で売ろうとし た場合、一般品種では物流コストを考えると 採算が取れない。
そこで、東京進出のために 物流コストを十分負担し得るような高級品種 への転換が図られたという話です。
分かりや すく、りんごを例に出していますが、示唆に 富んだお話のように思えます」  「なーるほど、分かります。
逆に言うと、物 流コストを低く抑えられれば、それだけ取り 得る戦略の幅が広がるということでもあるん だ。
たしかに、そうだな。
うん、物流はやっ ぱり重要だ‥‥」  独り言のような編集長の言葉に大先生が苦 笑する。
 「それと、取引条件との関係でも物流コス トは大きな役割を果たしていた。
物流コスト を低くできる取引条件には割引をするという ルールが当時からあったんじゃないかな」  大先生の言葉に体力弟子が頷いて、関連す る話題を出す。
 「これは、北沢さんですが、商取引の大ロ ットがそのまま物流に反映するようなロット 取引は、やはり安くしていいと思うと指摘し ています。
ただ、その後に、『ところが、契 約は大ロットでも納品はバラバラの単位の取引 をロット取引と勘違いされている場合が時々 ある。
そのへんにも、物流コスト認識の甘さ  「一キログラム当たり売値ですか? それ と物流コストを比べるわけですか?」  「物流コストと比べるというよりも、それ で物流コストの負担力を判断しろということ のようです。
たとえば、ビールは酒税を外せ ば一キログラム当たり四〇円くらいで、化粧 品なら二〇〇円を超えるだろうと言ってます。
この数字が低いところほど物流に熱心に取り 組めという主張です」  「なるほど。
でも、それなら、トラック一 台に積める製品の販売額でも分かりますよ ね?」  編集長が自分の考えを言う。
体力弟子が頷 いて、続ける。
 「そうなんですが、例えば値引きが横行す ると、昨年と同じ売上でも、量は増えてい ますから、物流コストは高くなります。
その 場合でも、一キログラム当たり売値を出せば、 物流が悪いわけではないということが分かる というようなご意見もあります」  「なるほど、やっぱり、これは先生がしょ っちゅう指摘されてますが、物流コストの責 任帰属の明確化ということに関連するんで すね。
当然ですけど、物流事始の時代から、 それは重要なテーマだったってことだ。
まず、 物流コストを漏れなく把握する、次に物流コ ストの責任帰属を明確にするというのが、物 流コスト管理の王道ってことですね?」  編集長の言葉に美人弟子が違った見方を披 露する。
59  MARCH 2013 ずですね。
どうですか?」  「うーん、そう言えないこともないな。
たし かに、そういう感じがする‥‥」 失われた四〇年  女性記者と編集長のやり取りを見ていた美 人弟子が何か思い出したように頷いて話し出 す。
 「そう言えば、最近あるメーカーで、在庫配 置に関して、支店や営業所管轄の在庫は多い 方がいい、多ければ営業担当に売る圧力を掛 けられるからという話を聞いたのですが、こ れについて、当時の座談会で答えが出されて いました」  美人弟子の発言に編集長が興味を示す。
 「答えって、どういう答えですか?」  「在庫で営業に圧力を掛けるということは、 その座談会の頃からあったようなんですが、北 沢さんのところで、それは間違いだという証 明をしたそうです」  「へー、証明ですか‥‥なんか実験でもした んですか?」  「実験ではないんでしょうが、東京を半分 に分けて実証したそうです。
発言内容を要約 して読みますね。
『私どもでは東京を半分に区 切りまして、南半分は販売会社の倉庫に物を 全部運び込んでいるんですが、北半分は共同 倉庫を使ってます。
つまり、南半分の販売会 社には在庫という物理的圧力が掛かりますが、 北半分は共同倉庫ですから物理的圧力は掛か らないんです。
それで、どっちの方が売り上 げが伸びたかと言ったら、有意差はちっとも ないんです』ということです」  「へー、それは驚いた。
販社倉庫と共同倉庫 という物流の違いから実証できたってわけで すね。
そうなると、さっきのメーカーは『失 われた四〇年』ということになってしまう」  「失われた四〇年か‥‥すごい話になってき た。
その続きは場所を替えてやろう」  大先生の言葉にみんなが頷いて、待ってま したとばかりに一斉に立ち上がった。
がある』とおっしゃってます」  「はーん、そういうようなのはいまでもあり ますね。
まあ、その話に限らず、物流コスト について正しい認識をしていないと、ビジネ スにおいて大きなロスを生み出してしまうって ことだ、うん」  編集長が一人悦に入っている。
大先生が、「さ すが編集長だ、いい指摘だ」と褒める。
編集 長は「またまた」と言いながら、満更でもな さそうな顔をする。
そんな編集長を見て、女 性記者が突然編集長に問い掛ける。
 「でも、お話をお聞きしていると、今も四〇 年前も変わらないという感じが無きにしも非 ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大 学院修士課程修了。
同年、日通総合研究 所入社。
同社常務を経て、2004 年4 月に独立。
湯浅コンサルティングを設立 し社長に就任。
著書に『現代物流システ ム論(共著)』(有斐閣)、『物流ABC の 手順』(かんき出版)、『物流管理ハンド ブック』、『物流管理のすべてがわかる本』 (以上PHP 研究所)ほか多数。
湯浅コン サルティング http://yuasa-c.co.jp PROFILE Illustration©ELPH-Kanda Kadan

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