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SCMの常識
講 座
▼講師 尾張俊一 ベリングポイント マネージャー
APRIL 2004 64
今回はSCMに関連するソリューションのひ
とつ、?プロダクト・ライフサイクル・マネジ
メント(以下、PLM).をご紹介します。
バブル崩壊後、長期低迷を続けてきた日本
経済も、一部では回復を見せています。 これま
で日本の製造業は、不採算事業からの撤退や
従業員のリストラ、そして徹底した製品のコス
トダウンといった、守りの取り組みを優先的に
実施し、企業体力をつけてきました。
今後は多くの顧客やマーケットに受け入れら
れる(売れる)製品仕様・製品品質を創造す
るための、攻めの取り組みへ転化する必要があ
ります。 このような背景からPLMが話題とな
り、多くの企業がその導入に向けた活動を推
進しています。
■■PLMの位置付け
各企業は、競争優位性を確保するために、
これまでも様々なマネジメント手法を研究し、
導入・実践してきました。 その代表的なソリ
ューションとしては、?企業の基幹業務を抜
本的に見直し、プロセスと情報連携を強化す
るERP、?在庫を減らし、低価格、短納期
で商品を提供するSCM、?顧客満足を向上
させ、重要顧客をつかんで離さないためのC
RMがあります。
そして次のステップとなるのがPLMです。
企業はPLMに何を求めているのでしょうか。
我々はPLMを?顧客ニーズを捉えた製品
を、タイムリーに市場へ投入し、また、市場
投入後も継続して収益を最大化するために、
企業のバリューチェーンにおける全てのプロ
セスを製品軸で管理する仕組み.と定義して
います。 そしてこのPLMの狙いは、?製品
戦略の最適化、?Time to Market
の短縮、?
高付加価値製品の創出、?製品ライフサイク
ルコストの削減、にあると考えます。
すなわち、マーケティング、開発・設計、生
産、調達、販売・物流、保守サポート、廃棄
に至る各プロセスを、企業収益の源である製
品やサービスを軸として管理することで、企
業価値を向上させようとする取り組み、それ
がPLMなのです。
■■製品戦略の最適化
PLMを推進する上でまず行うべきことは、
自社の製品がどのようなポジションにあり、ま
た、市場においてどこを目指すのかを見極める
ことです。 この評価で有効な手法としては製品
ポートフォリオがあります。 製品ポートフォリ
オをどのような軸を用いて評価するかは、企業
の価値観や企業戦略、製品コンセプトによって
違います。 ただし、明確な製品戦略を持ち、その実現のためのリソース(人、技術、設備、投
資予算など)をコントロールすることは、経営
トップが中心となり、全社的な仕組みとして確
立すべき課題といえます。
製品戦略に基づいてリソースを管理するとは、
どのようなことなのでしょうか。 それは、製品
企画から、開発の決定、量産への移行と発売、
生産中止などの、製品ライフサイクルにおける
主要なデシジョンポイントにおいて、それぞれ
の適切な評価基準を用いて、次のステージへ進
むべきか否かを経営として判断することです
(ステージゲート管理)。
当然、多くの企業は日々さまざまな分析や自
社製品の評価を行い、製品開発に対する経営
的判断を行っています。 ただし、読めない顧客
ニーズ、実績が評価しにくい研究開発、ますま
プロダクト・ライフサイクル・マネジメント(PLM)
理論編
〈第
11
回〉
65 APRIL 2004
す競争が激化するTime To Market
の短縮と
コストダウン、さらには品質問題、環境問題など、製品開発に対する課題は増大し、かつ
複雑性を増しています。
今、適切な評価・判断をくだせていたとし
ても、今後、製品情報の統合、製品開発プロ
セスの見直し、評価基準の明確化などに取り
組まなければ、製品戦略の最適化を実現する
ことはより困難になることでしょう。
■■Time to Market
の短縮
常に顧客の心を掴む製品を他社に先駆けて
市場投入し、先行優位を勝ち取るといった勝
利の方程式を実現すること、それがどれだけ
困難なことかは皆さんご承知の通りです。 限
られた時間の中で、一定の品質を保ちつつ独
創的な製品を開発しなければならない研究者
やエンジニア達は、常に多くのプレッシャー
を受けながら、夜遅くまで図面と向かってい
ます。 今、開発・設計領域における生産性向
上と開発リードタイムの短縮を、急務の課題
と認識している企業は少なくありません。
Time to Market
を短縮させるためのキーワ
ードのひとつは、コラボレーションの充実で
す。 開発・設計業務は、創造的作業でかつ、
関連各社や関連部門との調整が多い分野であ
るため、各関係者との協業効率が開発リード
タイムや品質に多大な影響を与えます。
関係する領域とその関係者は、?受注設計
の場合の顧客とのコラボレーション、?部品
調達、部品設計における調達部門やサプライ
ヤーとのコラボレーション、?社内に複数存
在する開発プロジェクト間のコラボレーショ
ン、?量産のための生産技術とのコラボレー
ション、?量産以後のフェーズに関係する各
部門(販売・物流、保守・サービス、環境・
品質管理など)とのコラボレーション――に
大別されます。 それぞれに対し、?より良く安
全な製品を安価で素早く顧客に提供する.と
いう目的を共有し、協業を推進する必要があ
ります。
コラボレーションの具体的な例として、設
計部門とサプライヤーのコラボレーションを
考えてみましょう。 メーカーは安価な製品を
競業他社に先んじて市場投入するため、設計
段階からサプライヤーと協業する必要があり
ます。 つまり、部品市場に多く存在する汎用品は別として、サプライヤーから開発技術と
コスト低減の提案を受け、設計作業に共同で
取り組み、課題を共有することで、目標納期、
目標コストの達成を目指そうとしているので
す。
また、社内におけるコラボレーションも同
様に、例えば設計部門と生産技術部門で言え
ば、工程や量産効率を設計の早い段階で考慮
することで、設計変更や試作回数を減らすこ
とができ、結果的に開発リードタイムの短縮
に繋がります。
■■製品ライフサイクルコストの
削減と収益管理
一般的に、製品コストの七〇%から八〇%
回収
廃棄
保守
サポート
販売
調達 生産 物流
市場
発表
開発
設計
マーケ
ティング
設計部門
サプライヤー
調達部門
生産技術
営業部門
顧客
物流部門
環境コンプライアンス
ライフサイクルコスティング
開発・設計業務改革
コラボレーション
ボイス オブ カスタマー
製品ポートフォリオ
ステージゲート
情報連携
IT化
PLM
(Product Lifecycle
Management)
■製品戦略の最適化
■Time to Market短縮
■高付加価値製品の創出
■製品ライフサイクルコスト削減
他のソリューションとPLMの関係 PLMの狙いとキーワード
PLM
ERP
CRM SCM
APRIL 2004 66
は、製品の開発・設計段階で決まると言われ
ています。 これらは製造工程で発生するコス
トだけではなく、物流や保守サービス、環境
コンプライアンスに対するコストなど、ライ
フサイクル全体を視野に入れ、コスト低減の
ための創意工夫を製品設計に盛り込むことが
できないと、抜本的なコストダウンは難しく
なるということを意味します。
特に今後は、環境問題への取り組みと、そ
れに伴うコストアップの抑制が重要となって
きます。 これは製造部門だけではなく、物流
部門においても、環境と製品にやさしい梱包
仕様の作成や、回収・廃棄効率を考慮した製
品開発の推進という点で、設計部門とのコラ
ボレーションが必要となります。
これまで各企業は、製造、物流、保守サポ
ートなど個々の領域において、収益性の評価
やコスト低減活動を行ってきました。 しかし、
先に説明した製品戦略最適化のための評価を
実施するには、製品ライフサイクルすべての
業務機能に横串を入れ、製品(グループ)別
にコストや収益を管理、評価する仕組みが必
要となります。
ただし、この仕組みをすべての製品に対し
て共通的に実装することは容易なことではあ
りません。 例えば、共通費における製品別コ
ストの按分基準を定めたり、膨大な情報の連
携が必要となるなど、場合によってはこの活
動自体がコストを圧迫しかねないからです。 こ
の場合、製品戦略に応じたコストドライバーを見出し、製品別に個別の評価基準を設定す
ることで、必要最小限の情報管理を可能とし、
PLC(Product Lifecycle Costing
)がより
現実的なものになります。
また、製品軸でライフサイクルの収益を管
理するためには、クロスファンクショナルな
プロダクト管理チームを発足するなど、組織
面の改革(部門横断的な組織の立ち上げ)も
必要となります。
■■PLMを実践するための
ITソリューション
PLMを推進する上でのITソリューショ
ンとしては、SCMやCRMなどと同様に、
必要なシステムコンポーネントが標準で提供
されているソフトウェアパッケージを利用す
るのが一般的です。 以下に、PLM導入に必
要なパッケージソフトの機能要件について簡
単に説明します。
1
.
開発プロジェクト管理
限られたリソースの中で、決められた開発
コスト、納期を遵守しつつ、高度な品質を確
保するためには、各開発プロジェクトの管理
やプロジェクト間の連携を管理する仕組みが
必要となります。
開発プロジェクトをマネージするプロジェ
クトリーダーは、過去の開発プロジェクトの
実績を基に、リスクの少ない開発計画を立案
し、担当者毎に割り振られた各タスクの状況
を監視し、遅延が発生した場合は関係部門と
の調整を速やかに実施する必要があり、また、
設計者や設備などのリソースを設計部門全体
として管理することや、開発に関わる各種費
用を管理することも必要となります。
これらを支援するのがプロジェクト管理シ
ステムで、必要とされる主な機能は以下の通
りです。
●マスタースケジュール、進捗管理
●リソース管理
●開発コスト管理
●ドキュメント管理
2
.電子ワークフロー
製品企画、開発・設計業務の生産性を向上
させるためには、?成果物の作成.、?審査.、
?承認.、?差し戻し.といったいくつかの業
務パターンを、関係部門を含めてスピーディ
に滞りなく実行し、また、ボトルネックとな
っているタスクを改善していく必要がありま
す。
このためには主要プロセスを電子ワークフ
ローで運用し、電子化によるスピードの向上
や停滞タスクの可視化、また、タスクリード
タイムの分析による改善ポイントの洗い出し
と評価を実施する必要があります。
●担当別タスクリスト
67 APRIL 2004
●ワークフロー制御
●モニタリングと通知
3
.
3DCAD、ビューイング
開発・設計業務において3DCADの導入
は、その設計生産性や品質の向上、コスト低
減、リードタイム短縮、コラボレーション促
進などの点で、必要不可欠なものになりつつ
あります。 例えば、3Dデータを利用した試
作シミュレーションを行うことで、試作金型
費用の削減や試作リードタイムの短縮が可能
となります。
また、顧客や仕入れ先業者とのデザインレ
ビューでは、3Dビューアーを利用した形状
把握や、留意点や課題を共有するマークアッ
プ(目印、コメント)機能などが有効となり
ます。
4
.
製品情報、部品情報管理、構成情報管理
当然ではありますが、PLMの中核となる
情報は製品情報です。 製品情報とは顧客向け
の仕様情報(カタログ)から、各業務機能に
跨った品番の属性・構成情報など(設計BO
M、拠点別製造BOM、販売BOM、サービ
スBOMなど)、大変多くの情報(データベー
ス)とシステム間連携が必要とされます。
また、開発・設計部門においては、流用率
の向上や標準化の促進のため、部品やコンポ
ーネントの分類とシステム検索機能の充実が
必要となります。 5
.
ドキュメント管理
設計者は、過去の設計情報、最新の技術動
向、環境に関する規制、検証テクニックなど、
数々の情報をもとに作業を遂行しています。 つ
まり必要な情報を見つけ、いち早く利用でき
ることが、開発リードタイムや生産性、品質
の向上に寄与するのです。 また、各設計者の
技術スキルを全社で共有することは、経験が
少ない技術者の底上げを行うことにもなりま
す。
PDM/PLMのパッケージでもドキュメ
ントを管理して、検索を容易にする機能はあ
りますが、ナレッジマネージメントシステムと
併用して、全文検索、カテゴリー検索機能な
どを強化する方法もあります。
6
.
システム間の連携
PLMを実現するためのシステムは、常に
新しいシステムとは限りません。 むしろ、現
在いくつかある製品情報に関するデータベー
スを有機的に結合して利用する方がシステム
構築スピードや費用の点で有利な場合があり
ます。 また、ここ数年でEAI(Enterprise
Application Integration
)ツールも充実して
おり、システム間の整合性も容易に保てるよ
うになってきました。
以上、PLMの概要について簡単に記述し
ました。 PLMは製品をライフサイクル全般
に渡って管理するという全社的な取り組みで
あることから、トップマネジメントの理解と
専門家の分析によるスコープの判断やアプロ
ーチの選択が、導入に際しての成功要因にな
ることを指摘しておきます。
講座SCMの常識
おわり・しゅんいち大手通信機器メーカーや建
設機械メーカーなどのグローバルERP導入プロ
ジェクトに参画。 製品情報管理や生産計画管理な
どの領域におけるBPRおよび、システム化全体
構想の立案を行う。 現在は、大手自動車部品メー
カーのPLM導入プロジェクトにおいて、開発・
設計業務改革の支援活動に従事。
PROFILE
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