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奥村宏 経済評論家
APRIL 2013 78
アベノミクスの三本柱
前回は「アベノミクス」について取り上げたが、それは
?日本銀行に圧力をかけて金融緩和政策を進める、?財政支
出を拡大させる、?民間活力による新たな成長戦略、という
三本柱であるとされている。
このうち?については、白川日銀総裁の後任に黒田東彦
(アジア開発銀行総裁)を、そして副総裁には岩田規久男(学
習院大学教授)を指名したことではっきりした。 というのは
黒田、岩田両氏はいずれも、以前から日銀による超金融緩和
政策を主張していたからである。 そして?の公共投資の拡大
については補正予算と二〇一三年度の新予算案を打ち出して
いるので、これもはっきりしている。 そこで問題は?の民間
活力による新たな成長戦略であるが、これまでのところ「規
制緩和」政策以外に何も打ち出されていない。
一九九〇年にバブルが崩壊して以後、日本経済は長期の
不況に陥り、「失われた一〇年」と言われた。 それがさらに
「失われた二〇年」になったが、今では、それがさらに「失
われた三〇年」になりそうである。
その間、一時的には景気が回復するかにみえても、長続き
せず、また不況に陥るということを繰り返してきた。
とりわけ二〇〇八年からの?リーマン・ショック?によっ
て世界的に金融恐慌が拡がっていったために、日本経済もそ
のあおりを受けて不況に陥った。
それだけに誰もが「新たな成長戦略」に期待しているのだ
が、これまでのところ、規制緩和政策以外にそれらしきもの
を安倍内閣は打ち出していない。
「規制緩和」政策を進めるというが、それは既に小泉内閣
の頃から進められているもので、なにを今さらという感じが
する。 「民間活力を利用する」というけれども、いったい民
間活力とは何かということがはっきりしない。
これではとても「新たな成長性略」とはいえない。
規制緩和政策とは何か?
規制緩和政策は、もともとアメリカのレーガン大統領によ
って一九八〇年代に進められたもので、これがイギリスのサ
ッチャー首相による「国有企業の私有化(プライバタイゼー
ション)」政策と並んで、新自由主義の二本柱とされた。
そして日本でもこれを輸入して、自民党内閣によって推進
されたが、果たしてこれは日本経済の成長に役立ったのか?
その後の景気の動向を見ると、それが日本経済の成長に役立
ったとはとても思えない。
というのも、この規制緩和政策は一九七〇年代の?石油危
機?以後、危機に陥っていた大企業を救済するためのもので
あったからである。
アメリカでは航空運賃の自由化から始まったこの規制緩和
政策は、やがて金融業界にまで及んで、それまで禁止されて
いた銀行と証券業の兼営の規制を緩めて自由化することにな
った。
これによってウォール街は一気に活気づいたが、しかしこ
れがバブルをもたらし、やがてそれが?リーマン・ショック?
へとつながっていったことは、誰もが承知しているところで
ある。
日本でもアメリカから輸入した規制緩和政策を進めてきた
が、これによって本当に経済は成長したのか?
誰が考えても分かることではないか‥‥。
政府が進めた規制緩和政策は、要するに危機に陥った大企
業を救済する以外のなにものでもなかった。
バブル崩壊後、日本では巨額の公的資金、すなわち国民の
税金を使って大銀行を救済したし、アメリカでも同様に巨額
の国民の税金を投下して大銀行や大保険会社を救済した。
それは規制緩和政策と並行して打ち出されたもので、いず
れも大企業や大銀行の救済のためであったが、それは経済成
長にはつながらなかった。
安倍内閣の掲げる規制緩和は大企業救済策に過ぎない。 し
かもそれは経済成長につながらない。 いま必要なのはむしろ
大企業解体政策である。
第131回 新たな成長戦略とは何か?
──アベノミクスの柱──
79 APRIL 2013
大企業のあり方を変える
そこで問題は大企業のあり方をどうするか、ということで
ある。
かつては日本経済を高度成長させた推進役であった大企業
が、今では日本経済の足を引っ張っているのである。
このことは日本についてだけでなく、アメリカについても
いえるし、ヨーロッパについてもいえる。
それを私は「法人資本主義の崩壊」という言葉で主張して
いるのだが、これまでの法人資本主義の原理は「会社本位主
義」であり、そこでは経営者と従業員が一体となって「会社
のため」に一所懸命に働いた。
経営者も従業員も「会社のために」一所懸命に働けば、会
社は大きくなり、日本経済は成長する。
これが日本経済の高度成長を可能にしたのだが、その構造
の原理となっていた「会社本位主義」が崩れ、それによって
法人資本主義の構造も崩れたのである。
そこで必要なのは大企業のあり方を変えることである。 一
九世紀末から二〇世紀初めにかけて成立した大企業体制が二
〇世紀末になって崩れた。 このことはアメリカでもヨーロッ
パでも、そして日本でもいえることであるが、これが世界的
な不況をもたらしているのである。
では、どうするのか?
それは大企業にメスを入れる以外にはない。
このことを私は一九九九年に出した『大企業解体』(ダイ
ヤモンド社)を始め、いろいろな本や論文で主張してきたの
である。
大企業をバラバラに解体して、それぞれの部門を独立した
会社にする。 そのことを具体的に東京電力について主張した
し、パナソニックについても主張したのだが、経営者も従業
員もそれに耳を貸そうとはしない。 そして「会社を守る」こ
としか考えていない。 これでは、この危機は突破できない。
大企業の救済のため
もっとも、多くの人は、「経済を支えているのは大企業で
あり、その大企業を救済し支援すれば経済は成長する」と考
えているのではないか?
確かに、日本の一九五〇年代から七〇年代初めにかけて
の高度成長は大企業が主体になって推進したものであり、そ
こでは大企業が成長することがすなわち日本経済の成長につ
ながっていたといえる。 ところが、一九七〇年代の?石油危
機?の頃から変化が起こったのである。 それは一口で言って、
「大企業体制の危機」である。
大企業、すなわち巨大株式会社が壁に突き当たり、それま
でのような成長をすることができなくなった。
もちろん、個々の大企業の中には依然として高収益をあげ
ているものもあるのだが、それが経済成長にはつながらない
のである。
なにより、それは雇用吸収力の面に現れている。 大企業は
かつてのような雇用吸収力を失っており、失業者が増大して
いる。 正社員の数を減らして非正規社員の数を増やしている
が、これは全体として経済成長に逆行することになる。
その一方で大企業を国民の税金で救済するということが大
規模に進められ、アメリカではGMやクライスラー、そして
巨大銀行が救済されているし、日本でも日本長期信用銀行
(現・新生銀行)や日本債券信用銀行(現・あおぞら銀行)
など多くの銀行が公的資金によって救済された。
こうして規制緩和政策と大企業救済政策とが並行して進め
られたが、それはいずれも大企業を救済したけれども経済成
長にはつながらなかった。
にもかかわらず、安倍内閣は「新たな成長戦略」として
規制緩和政策を進めるというのであるが、これが日本経済の
成長につながるとはとても思えない。 それは「新たな成長戦
略」ではなく、「古い失敗した政策」という以外にない。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷
大学教授、中央大学教授を歴任。 日本
は世界にも希な「法人資本主義」であ
るという視点から独自の企業論、証券
市場論を展開。 日本の大企業の株式の
持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判
してきた。 近著に『東電解体 巨大株
式会社の終焉』(東洋経済新報社)。
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