ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2013年5号
特集
第3部 イ──輸出拠点の存在感衰えず 物流現場脅かす「失業率0.5 %」

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

MAY 2013  30 二週間で退職のケースも  「なかなか人材が集まらない」「気に入らないこ とがあればすぐに辞めてしまう」──。
タイに進 出している企業関係者の多くが、異口同音に人手 不足の悩みを打ち明ける。
中でも、労働集約型の 物流業界は、トラックドライバーやフォークリフト のオペレーターなどが思うように確保できず、業 容拡大に支障を来しているところもある。
 郵船ロジスティクスの現地子会社「郵船ロジス ティクス(タイランド)」は、自動車メーカーの増 産などに伴い、陸送や倉庫保管のニーズが増加し ているが、佐藤実・前社長は「労働力の流動性が 高まっていてドライバーや庫内作業員の人集めに 大変苦労している」と打ち明ける。
 せっかく新規に採用できても、研修期間の二週 間を終えるとそのまま辞めてしまい、他社に移る ケースもあるという。
採用担当者は現地の人材派 遣会社を活用するほか、同社で働いているドライ バーのつてを頼って知り合いに声を掛けてもらっ たりして、人手探しに奔走している。
中島祥友・ 企画グループ部長は「特にドライバーは安全運転 の技術と経験が必要とされるだけに、頭数さえ揃 えば誰でもいいというわけにはいかない」と悩ま しげだ。
 自動車関連産業向けの海上・航空フォワーディ ングなどを手掛けている日新の現地子会社「タイ 日新」も状況は厳しい。
営業担当の生田博一副社 長は「トラック輸送や在庫保管の問い合わせが増 えているが、トラックの台数に加え、ドライバー 自体も足りておらず、顧客のニーズに対応しきれ ていない」と明かす。
 二〇一一年の大 洪水後、被害に遭 った日系企業の復 旧に伴う臨時輸送 や倉庫保管の緊急 対応を迫られたた め、一時は日系 物流企業の間でタ イ国内のドライバ ーや庫内作業員 らの争奪戦となっ た。
その当時に比べれば混乱は落ち着いてきたも のの、人手不足自体は抜本的には改善されていない。
 タイ日新も支払う運行手当を増やすなどの対策 を講じている。
しかし、運転手が一カ月勤務して 給料を受け取ると、その金額を他社と比べてより 良いほうに移るなど、長続きしない事例が頻繁に 起こっている。
生田氏によれば「ここ一年で大ま かに言って一〜二割人件費が上がっている感じだ」 という。
 タイで長年陸送業務を展開している川崎汽船の 現地子会社「泰国川崎汽船」も、トレーラーの運 転手などの人手不足に悩まされているという。
増 田光雄総合物流部長は「運転手確保のためにい ろいろなところに頭を下げて回っている。
超売り 手市場なのでどちらが雇い主なのか分からないよ うな状況だ」と苦笑する。
 日系物流企業のある現地法人の関係者は「三〇 代以上の世代は辛抱強く仕事に取り組んでくれる が、二〇代は中流階級が増えていて、好景気の中 で育っているので働き口があることが当たり前。
ちょっと仕事がしんどかったり、面倒くさかった 物流現場脅かす「失業率0.5 %」  経済の活況を背景に、直近で0.5%と完全雇用に近 い歴史的な低失業率が続き、日系企業で人手不足が常 態化。
特に労働集約型の物流業界はトラックドライバ ーやフォークリフトのオペレーターなどの確保に悩む。
従業員への待遇改善で人材流出を最小限に食い止めよ うと模索が続く。
           (藤原秀行) タイ日新の 生田博一副社長 郵船ロジスティクス(タイ ランド)の佐藤実・前社長 3 タ イ──輸出拠点の存在感衰えず 31  MAY 2013 特 集 中国物流 一二年四月に約四割上昇し、今年一月からは全国 一律でバンコクと同じく三〇〇バーツ(約一〇〇 〇円)に設定されている。
地方圏では一一年当時 の水準から二倍に達したところもある。
 現地物流企業の首脳は「地方でも一定の収入を 得られるようになったため、無理をしてでも都会 のバンコクに出てきて働こうとするインセンティブ が弱まった。
タイでは四割近くが農業に従事して いて、仮にほかの仕事に就いても条件が気に入ら なければまた農業に戻ることができるという受け 皿がある」と解説する。
タイ郵船ロジの中島氏は「引 き上げがあった一二年ごろから人を集めるのがさ らに難しくなった」と指摘する。
 バンコク日本人商工会議所が昨年十一〜十二 月、会員企業を対象に実施した調査(約三八〇社 が回答)によれば、最低賃金の一律三〇〇バーツ 引き上げについて、「影響が大きい」と答えた割 合は三一%に上った。
対応について複数回答で尋 ねたところ、「機械化の推進」(四九%)、「従業 員の採用抑制」(二六%)、「販売価格引き上げ」(二 六%)などと続い た。
人件費の上昇 が日系企業にとっ て無視できないこ とを浮き上がらせ ている。
 特に自動車関連 産業が多いタイ中 部のチョンブリ、 東部のラヨン両県 では、自動車メー カーが増産に動い りするとすぐどこかに移ってしまう。
日本の物流 会社は仕事がないが、タイでは仕事がどんどん来 るのに人がいない。
運転手や庫内作業員だけでな く、業務を管理するマネージャークラスもいい人 材がなかなか定着しない」とため息をつく。
企業年金や健康診断でアピール  タイの失業率は一〇年以降、一%を下回る状況 が続いて労働需給が逼迫、一二年十二月はわずか 〇・五%にとどまっている。
ASEAN加盟国の 中でも、タイよりも一人当たりのGDP(国内総 生産)が大きいシンガポール(一・八%)やマレ ーシア(三・三%)を下回り、その低さが際立っ ている。
既に隣国のミャンマーやカンボジア、ラ オスから労働者が流れ込み、タイ人の代わりに建 設工事などの現場を支えているのが実態だ。
 さらに、現政権が一日当たりの最低賃金額を大 幅に引き上げたことが人手不足に拍車を掛けている。
たり、大型倉庫が相次ぎ開発されたりしているこ ともあり、作業員の人手不足が深刻化していると いう。
日系の物流企業は従業員の待遇改善に力を 入れ、離職者を最低限に食い止めようと懸命だ。
 タイ郵船ロジは、従業員に支払うボーナスを見 直しているほか、ドライバーへの安全運転の研修 に力を入れている。
ドライバーにとっては自分の スキルを高められるメリットがあるため、中島部 長は「人手のつなぎ止めに効果がある」と明かす。
 タイ日新もドライバーへの運行手当を積み増し ているほか、昨年には、会社が支払う企業年金の 掛け金を従業員が希望する形で運用、増やすこと が可能な確定拠出年金(401k)を導入した。
健康診断も実施するなど、福利厚生を手厚くし、 賃金面以外の部分でも他社より優位性を出して従 業員の流出を防ごうと工夫を凝らす。
 日本通運の現地子会社「タイ日本通運倉庫」も、 コンテナ輸送などを担うドライバーについて、即 戦力の採用だけでは必要な人員を維持するのは難 しいとして、免許取得や安全運転習得などを支援、 教育することに力を入れる方針だ。
同社の有川裕 之社長は「経験者を雇うために給与を無尽蔵に上 げるわけにはいかず、さじ加減が難しい。
人材教 育に投資して育てる代わりにある程度はうちで働 いてもらえるような仕組みを考えていかないとい けない」と頭を悩ませている。
 ジェトロ(日本貿易振興機構)バンコク事務所 の浅野義人ディレクターは「例えば従業員向けの 食堂がきちんと設けられているか、トイレがきれ いに清掃されているか、といった職場環境の基本 的なことが人材をつなぎ止める上で重要な意味を 持つこともある」と語る。
泰国川崎汽船の 増田光雄総合物流部長 タイ日本通運倉庫の 有川裕之社長 2002 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 (年) 平均失業率の推移 6 5 4 3 2 1 0 (%) 出所)各国政府の公表統計を基に作成。
マレーシアの2012年は未公表 マレーシア 日 本 タ イ シンガポール

購読案内広告案内