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APRIL 2004 72
人気商品発売日に初めての残業
二〇〇三年十二月某日。
年末の繁忙期であった。 十二月に入ると、
それまで一日四万件だった出荷件数が五万件まで増えたが、それでも夜八時、九時まで残
業することで対応できていた。 しかしこの日
は、八万件の出荷が見込まれていた。 二つの
人気商品の発売日が重なったためだった。 前
日に夜間作業を入れても追いつくかどうかと
いうほどの物量なのだそうだ。 一週間も前か
ら「この日は忙しくなる」と言われていた。
どれほど忙しくなるものなのか。 物見高い
アルバイトの身である私にとっては、待ちに
待った日であった。 朝、駅を降りて送迎用の
マイクロバスに乗り込むと、いつもは半分し
か乗っていない車内に立っている人がいる。 そ
れでも乗り切れない人たちはタクシーでセン
ターに向かった。 この日、師走の寒空は分厚
い雨雲におおわれていた。
朝礼では最後の檄が飛ぶ。
「今日ははじめから夜九時までのオペレーショ
ンが決まっているようなものです。 連日遅く
までの作業がつづきますが、今日もまたみな
さんに残業でご協力してもらわなければなり
ません」
見まわすと、いつもは一〇〇人ほど出勤し
てくるアルバイトが、この日は一五〇人ほど
に増えている。
ここでの残業は、各自が自主的に行うもの
で、強制されることはない。 毎日午後三時に、
その日の残業の時間が確定する。 残業する意
志のある者は、指定のノートに名前を記入す
るようになっている。
働きはじめて一カ月の間、私はまだ一度も
残業したことがなかった。 一日九時間の拘束
で、気力・体力ともに使い果たしたあとは、逃
げるように帰っていった。 しかしこの日は、怖
いもの見たさの心理も働き、はじめから残業
することに決めていた。
この日、私のピッキングの成績はよかった。
注文が二つの商品に集中していたから、当然
といえば当然だった。 朝一番に引き当てたピ
ッキングリストは、人気商品Aが六〇個、人
気商品Bが四〇個で計一〇〇個だった。 パレ
ット積みしてある商品を鷲づかみにしてカー
トに載せるだけでよかった。 一〇分ちょっと
で作業を終えると、成績は一時間あたり五〇
〇個超という表示が出る。 嬉しくて、頬がゆ
るんでしまう。 この調子で夜の九時までつづくのだろうか。
まさかの定時終了に憤り
しかし、午後三時の休憩に一階へ降りてホ
ワイトボードをみたとき、驚いた。 ホワイト
ボードには、「今日のオペレーションはシフト
定時でお願いします」と書いてある。 つまり、
残業はなくシフト通りに五時で終わりという
ことか。 アルバイトを集めすぎて定時で仕事
がこなせてしまったのか、それとも思ったほ
ど注文が伸びなかったのかは定かではない。 が、
あれだけ大騒ぎして定時で上がれとはどうい
ついに盗難事件が発生。 心待ち(?)にしてい
た事件は、年が明けてすぐに起こった。 どうも、
アルバイトが高額商品を盗もうとして御用となっ
たらしい。 しかし、同時にわれわれアルバイトの
作業がいくつものカメラで監視されていることを
知って愕然とした。
小型隠しカメラで泥棒ピッカーを“逮捕”
第3回
73 APRIL 2004
うことだ
! !
荷主にとって合理的な物流費の支払方法の
一つに、売上高の多寡に連動して、物流費を
上下させるというやり方がある。 物流費を変
動費にできれば、繁閑差の大きな通販会社な
どにとっては経営の安定につながるからだ。 そ
の有効な手段の一つが、センター内で働くア
ルバイトの比率を高めて、物量に応じて人数
を調整することだ。
このセンターの前年度(二〇〇二年度)の
売上高は約一五〇億円だという。 かりに商品
を八掛けで仕入れたとすると、粗利は三〇億
円。 それに対してアルバイトに支払う給与は、
時給八五〇円×八時間で一〇〇人働けば、一
日六八万円。 一年では約二億五千万円となり、
粗利の一割近くを占める。 アルバイトの給与
が変動費となることは、荷主にとっては望ま
しい。 記者時代に何度となく書いた話である。
そう書きながらも引っかかっていたのは、変
動費として扱われるアルバイトの心情であっ
た。 荷主の物量という自分の力のおよばぬ理
由で、働く時間が決まってしまうのだから、生
活も不安定になる。 その不満や怒りはいかば
かりだろうか。 今日のような日にこそ、日ご
ろの不満や不平が吹き出してくるはずだ、と
私は気持ちを切り替えた。 しかしホワイトボ
ードの前で憤まんやるかたない顔をしている
のは私一人だけだった。
わが朋友・島田さんを探して「残業確定と
いいながら、これはないですよね」と水を向
けても、「そんなものじゃないですか」と乗っ
てこない。 帰りのバスで隣りに座ったのは毎
日最後まで残業するので有名な五〇代の女性
だった。 彼女にも「結局、残業はありません
でしたね」と話しかけるが、「そうだったわね」
とそっけない返事が返ってきただけだった。
どうしたアルバイト!
まさかアルバイト同士で組合を作れ、など
と言うつもりはない。 しかし、だれか一人ぐ
らいガツンと文句を言う人間がいてもいいん
じゃないか。 こんな従順なアルバイトぞろい
なら、物流業者はさぞやりやすいことだろう。
バイトと雇用側のドライな関係
この日のことが、何となくわかってくるの
はしばらく時間がたってからのことだ。
ここでアルバイトは、時給八五〇円を稼ぐ
ためだけに自分の時間を面白くもない単純作
業に捧げている。 多少の不平不満があっても、
それも込みの時給なのだと自分を納得させる。
面と向かって文句を言わないのは、この仕
事に未練も執着もないからだ。 ここでは何年
働いても時給は八五〇円のままだし、全員が
二カ月ごとに契約を更新しなければならない
のだ。 どうして、そんな職場に執着や愛着を
持てるだろうか。 まして、職場への忠誠心な
ど一片でも見つけるのは至難の業だろう。 時
給八五〇円のアルバイトなど、どこにだって
あるのだから、我慢できなければ後腐れなく
辞めてしまえばいいだけだ。
荷主や物流業者がアルバイトを変動費とし
て都合よく扱うならば、アルバイトも低いモ
ラールしか持ちようがない。 表面では作業を
そつなくこなしながらも、どうやれば手を抜
けるだろうかという考えが、いつも頭のどこ
かで働いている。
物流業者もアルバイトにたいして期待して
いない。 前回の稿でも、ここでは一年もつア
ルバイトは一〇人に一人ぐらいだと書いた。 そ
れでも、物流業者にとっては毎週のようにア
ルバイトを雇い入れれば解決することなのだ。
ここではアルバイトとは、求人広告を打てば
陸続としてやってくる安価な労働力のことで
あり、使い捨て人材の異名である。
荷主の物流費を変動費にするということは、
それを請け負う物流業者にとっては、モラー
ルの低いアルバイトをだましだまし使うこと
なのだ。
高額商品ゾーンで盗難事件
二〇〇四年一月某日。
朝礼は大切な情報源である。
たいていはその日の入出荷量や作業上の注
意事項で終わるのだが、ときどきとんでもな
い情報が飛びだしてくるから油断ができない。
現場の担当者は、ハンドマイク片手に開口
一番こう言った。
「昨日センター長から説明がありましたとおり、
?Vゾーン.で盗難が発生しました。 つきま
しては、これまでお配りしていた?Vゾー
ン.に入るためのカードをいったん回収させ
ていただき……」
盗難?
ドロボー
!?
アルバイトが作業中
APRIL 2004 74
に、商品を盗んだということか?
それを現
行犯で捕まえたというのだろうか?
もし、あ
るべきところに商品がないだけならそれは日
常茶飯事で、その場合、?ミッシング商品.と
して処理するのだから、単に商品がなかった
というだけではないはずだ。 前日、体調がす
ぐれずに休んでしまったことをひどく後悔し
た。
現場担当者の話はその後、?Vゾーン.の
作業手順の変更から別の話題へと移っていっ
た。 私は「盗難の説明はたったそれだけなの
かよ」と情報量の少なさに不満を感じていた
が、周りのアルバイトはみな、クールな表情
でこの重大事件を聞き流している。
?Vゾーン.とは、二階のピッキングエリアの
中に、高さ三メートルの鉄柵で囲われた一画
のこと。 二階には、通常商品の大きさによっ
て、?ゾーン1.と?ゾーン2.に分けられて
いる。 それとは別に高額商品(Valuables)が
保管されているのが?Vゾーン.だ。
二〇〇人いるアルバイトの中で、ここに入
ることが許されているのは一〇人ほど。 新人
アルバイトには、外からながめることしか許
されていない。
昨年十一月に働きはじめたときから、いつ
かは盗難事件に出くわすだろ、と思っていた。
朝礼の集合場所に張ってある「在庫精度の
向上を目指して」という指示書の中の一文が、
ここでは頻繁に盗難があることをほのめかし
ていた。 曰く、
「在庫エラーの比率が高まったことで昨年
(二〇〇二年)一年間で、約二〇〇〇万円の
在庫が見つからないまま削除されました」
もちろん、二〇〇〇万円の中には、作業ミ
スで在庫が合わなくなった損失も含まれてい
るのだろう。 しかし、それだけではないことは、センターで働く全ての人間が気づいている。 こ
こでは、目に見えてセキュリティーが厳しい
のだ。 ?Vゾーン.を囲むいかめしい鉄柵だけ
ではない。 常時、数人の警備員が詰めており、
帰る前には所持品検査が行われるし、日に何
度かセンター内を巡回して不法行為が行われ
ていないかどうか監視する。
多くの人間が出入りするセンターなので仕
方ないのだろうが、はじめのうち私は、なん
だか毎日容疑者扱いされているようで面白く
なかった。 しかしセンターによっては、空港
に置いてあるような金属探知器のような機械
でチェックすることもあるというのだから、ま
だましな方なのか。
誰が二〇〇〇万円を負担するのか
今回の潜入取材のおもしろさは、質問がで
きない点にある。 ただ一介のアルバイトにす
ぎないのだから、記者のように何でも聞ける
立場にはない。 質問が禁じられていることは
不自由きわまりない。 が、同時に注意を払っ
ていると質問してもまともに答えてくれそう
もないような事柄も少しずつ見えてくる。
たとえば、記者としてこのセンターの取材
に訪れたのなら、盗難事件のことは耳にする
ことはなかっただろうし、もし、センター内
に張ってある「二〇〇〇万円の損失」の記述
が目に留まったとしても「単に在庫が合わな
いだけ」といなされるのが落ちだ。
それにしても、年間二〇〇〇万円の損失と
いうのは、半端な数字ではない。 売上高一五
〇億円のうちの二〇〇〇万円である。 アルバイトの月の給与を一五万円とすると、一年間
一〇人以上雇える金額である。
この数字に関して、疑問が二つある。 一つ
は、この損失を負担するのは荷主なのか物流
業者なのか、という点だ。 卸から入荷した商
品は、荷主に代わって物流業者が検品から、
出荷、配送までの作業を請け負う。 商品はセ
ンターに入荷した時点で、荷主の在庫となる
のか、それともいったんは物流業者の在庫と
なり出荷直前に荷主の在庫となるのか。
前者なら損失は荷主持ちとなり、後者なら
物流業者持ちとなる。 それとも双方が一定の
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割合を決めて負担しているのだろうか。
記者時代、都内にある中堅物流業者の部長
にお世話になった。 都内の百貨店への納品代
行を仕切っていて、いつも仕立てのいいスー
ツを着ている人だった。 私がまだ「流通」と
「物流」の違いもはっきりとはわからなかった
ころから、根気よく業界の商慣習を教えてく
れた。
「いいかい、早田君。 われわれは複数のお客
さんから預かってきた商品を一括で百貨店に
納入する。 その際、われわれ物流業者と百貨
店との間に?朱引き線.という線を引く。 こ
こでお互いの立ち合いの元に商品を検品して、
その線を越えると、財の移動が完了したこと
になる。 そのあとで、商品がなくなっても破
損しても、それは百貨店側の責任だ。 利幅の
薄い物流業者にとっては、あとから損失を押
しつけられないようにするための自衛手段で
もあるんだよ」
しかし、このセンターのように物流業者が
荷主の懐深く入り込んだ3PL業務の場合、
両者をはっきりと分ける線は存在しない。 そ
うなると、二〇〇〇万円の損失の行方はどう
なるのか。
小型隠しカメラでバイトを監視
もう一つの疑問は、果たして盗難を働くの
はアルバイトだけなのだろうか、という点だ。
ここで働きはじめた初日、荷主のIT担当者
からアルバイトの作業工程を管理するための
パスワードを手渡されたとき、「これは、決し
て物流業者の人には見せないでください」と
しつこいくらい念を押された。
「別のセンターで、物流業者の人がアルバイ
トのパスワードを使って商品を勝手に動かし
たことがあったから」と爆弾発言をする。 次
にどんな言葉がつづくのかと思って私は黙っ
て聞いていると、「まあ、ここではそんなこと
はないと思いますけど」と逃げた。
二〇〇〇万円の損失が全部盗難による被害
だとすれば、相当な数の商品が無断でセンタ
ーから持ちだされたことになる。 一日平均五
万円強。 ここの商品の平均価格を二〇〇〇円
とすると、毎日二五個の商品が、厳しいセキ
ュリティーの網の目をくぐり抜けて持ちださ
れたことになる。 ちょっと、考えられない数
だ。
しかし、物流業者の社員なら、夜中にパレ
ットごと盗み出すことも可能だろうし、荷主
のIT担当氏ならもっとうまい方法を知って
いるのかもしれない。 もしかしたら、警備員
が盗難を働くことだってあり得るだろう。 ア
ルバイトの盗難事件だって、最低限の報告し
かないのだから、物流業者や荷主の人間が関
与したなら、アルバイトに報告されることは
まずない。 臭い物に蓋をするのは企業の常な
のだから。
翌日のお昼時、事情通の島田さんを見つけ
て、盗難事件について聞いてみた。 島田さん
はカップラーメンをすすりながら、こう話し
てくれた。
「センターに監視カメラがしかけてあるじゃな
いですか。 どうもあれはダミーらしくって、も
っと小型で性能のいい隠しカメラが回ってい
るらしいですよ。 その隠しカメラに盗んでい
るところが写っていて、御用になったらしい
ですね。 ボクは、あの人じゃないかと思って
いた人がいたんですが、今日も出てきてまし
たから、別の人なんでしょうね」
私はそれまで監視カメラが回っていること
にも気づいていなかった。 その日の午後、言われたとおりに天井近くを注視していると、あ
った。 白いプラスティックのケースに収まっ
た何台ものカメラがわれわれの作業を見下ろ
しているじゃないか。 これとは別に、小型の
隠しカメラまで回っているのか……。
ここでは、作業時間でがっちり管理される
だけでなく、カメラによる監視もついていた
のだ。 なんだかジョージ・オーウェルの世界
に迷い込んだようなシュールな気分になって
きた。
(文中はいずれも仮名)
センター内に仕掛けてある監視カメラはダ
ミーで、実は小型で性能のいい隠しカメラ
が回っているらしい
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