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湯浅和夫の
湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表
《第66回》
AUGUST 2013 58
ようとしたというわけではないということで
すか?」
編集長の質問に大先生がうなずく。 編集長
が続ける。
「それはやっぱり、自家物流コストをきちん
と把握しようという動機が弱かったとみてい
いんでしょうか?」
「まあ、そういうことだな。 算定が面倒な上
に、算定しても、実際に使いようがなかった
っていうのが正直なところだと思う」
すぐに女性記者がけげんそうな表情で聞く。
「実際に使いようがなかったというのは、ど
ういうことだったんですか? それは当時に
限ったことですか?」
女性記者の質問に大先生が答える。
「簡単に言えば、自家物流コストの削減が難
しかったってことだ。 だから、当時に限った
ことというわけではない。 それは今でも同じ
だ」
編集長が大先生の言葉にうなずきながら、女
性記者に説明する。
67《第136自家物流コスト算定は進まなかった
大先生に「自家物流コストの算定がなぜ進
まなかったのか」と問われ、編集長がちょっ
と考えて答える。
「うーん、無難な答えをすれば、算定するメ
リットがなかったってことですかね」
大先生が苦笑する。
「たしかに無難な答えだ。 まあ、間違えては
いない」
「算定が面倒だったってことはなかったんで
すか?」
女性記者が口を挟む。 大先生がうなずく。
「経理上の勘定科目から物流関係の部分だけ
を引き出さないといけないので、確かに、面
倒な作業だった。 ただ、自家物流コストを算
定しないと、物流コスト全体が分からないと
言われていたので、それなりにチャレンジした
んだけど、実際のところ、把握できる範囲で
算定しようとしたところが多かった」
「そうなると、自家物流コスト全てを算定し
その必要性は多くの人が認めながら
も、荷主企業による自家物流コストの
把握は遅々として進まなかった。 ター
ニングポイントは、石油ショックによ
ってもたらされた。 中東戦争を契機
とする原油の急騰と供給ひっ迫で日本
経済はパニックに陥り、企業は大幅な
リストラを余儀なくされた。 物流にも
本格的にメスが入れられることになった。
石油ショックのインパクト
■大先生 物流一筋三十有余年。 体力弟子、美人
弟子の二人の女性コンサルタントを従えて、物流
のあるべき姿を追求する。
■体力弟子 ハードな仕事にも涼しい顔の大先生
の頼れる右腕。
■美人弟子 女性らしい柔らかな人当たりで調整
能力に長けている。
■編集長 物流専門誌の編集長。 お調子者かつ大
雑把な性格でズケズケものを言う。
■女性記者 物流専門誌の編集部員。 几帳面な秀
才タイプ。
第 回
17
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「分かっているだろうけど、自家物流コスト
というのは、自社で保有している物流施設や
トラック、それに社員などにかかわるコスト
なんだ。 だから、コストを削減しようとした
ら、それらを減らさなければならない。 現実
に、それはなかなか難しい。 それは今でも同
じ状況にある」
編集長の解説に女性記者がうなずく。 編集
長が続ける。
「つまり、自家物流コストを算定しても、結
局、その削減はできないんだから、それなら
面倒な算定をしても意味がないってことだ」
「なるほど、それでは、確かに使いようがな
いですね」
女性記者が納得したような顔であいづちを
打つ。 大先生がうなずく。
「そう。 自家物流コストは、人や設備をほか
に転用できなければ、コスト削減に結び付かな
いからな。 自家物流コストまで入れると、物
流コストはどれくらいの大きさになるのかと
いうことは興味深いけど、事実上、その削減
は難しいとなると、算定しても管理のしよう
がない。 だから、当初、自家物流コストの算
定に熱心だった会社でも、結局やめてしまっ
たというところもある」
「なるほど、そういう途中でやめてしまった
企業があったことは分かりますが、実際、自
家物流コストの算定が進まなかったのは、使
いようがないからという論理的な帰結ではな
くて、面倒だとか、どうしたらいいか分から
ないといってやらなかったというのが本音だ
ったような気もしますね」
編集長の意見に大先生が同意する。
「うーん、編集長はなかなかいい読みをして
いる。 たしかにそうだ。 実際、そういう会社
の方が多かった」
新しい物流コスト管理論
大先生の言葉を聞きながら、編集長が何か
思いついたような顔で、確認するように聞く。
「そうか、そういうこともあり、外部委託が
進んでいったとみていいのでしょうか?」
「そう、遊休施設があったりすれば別だけど、
その当時、物流に経営資源を投下するという
ところは少なくなっていたので、必然的に外
部委託が進んだことは確かだ」
「その当時というのは石油ショック以降って
ことですね。 その後も、外部委託は進んでい
て、今やアウトソーシングの時代って言われて
ますけど、そうなると、物流コスト管理とい
うもの自体が変わってきますね?昔のように、
自家物流コストの把握という切り口ではなく、
外部委託費の管理みたいなところに焦点が当
たる気がします」
「ほー、今日は、編集長は切れ味鋭いなー」
「またまた、分かり切ったことをおっしゃら
ないでください」
大先生が苦笑しながら、女性記者を見る。
案の定、女性記者が「編集長」と言ってに
らむ。 編集長が「冗談、冗談」と言って、続
ける。
「輸送や保管という個別の活動じゃなくて、
物流全般をアウトソーシングするとなると、荷
主にとっては、その費用をどう管理するのか
というテーマが重要になってくるはずです。 そ
れから、物流業者にとっては、受託料金をど
う設定するかということが重要になると思い
ます。 つまり、お互いに納得できる料金体系
が必要だと思うんですが、いかがですか?」
「いかがですかも何も、まったくその通りだ。
さすが編集長」
大先生が感心したように言う。 編集長が、そ
うでしょという顔で続ける。
「でも、もう行政がそういうコスト管理につ
いて指針を作るなんてことはしないでしょう
から、誰かが新しい物流コスト管理の本を出
すことが必要ですね。 そこで、私が言いたい
のは、先生が書かれたらどうですかってこと
です。 今の時代が求める新しい物流コスト管
理の本を‥‥」
「なんだ、そういう落ちか。 誰が書くかは別
として、そういう本が必要なことは確かだ。 お
れの考えはまた別の機会に述べるとして、話
を先に進めた方がいいんじゃないか。 そろそ
ろ石油ショックのころに入ろうか?」
大先生の提案に、なぜか編集長がうれしそ
うにうなずき、「はいはい、石油ショックです
ね」と言って、ノートを繰る。
「これこれ、あのですね、実は、石油ショッ
クについては、私もちょっと調べたんですが、
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興味深いことがいろいろあって、下手に深堀
りすると抜け出せなくなってしまいそうな気
がします」
「じゃー、下手に深掘りしなければいいんだ
よ」
大先生の言葉に編集長が「それはそうです
が」と言って、口ごもる。 大先生が続ける。
「だから、物流に絞り込めばいいってことさ。
トイレットペーパーや洗剤などの買いだめ騒動
まで話を広げると、収拾が付かなくなる」
石油ショックで何が起きたか
編集長がしぶしぶうなずくのを見て、女性
記者が割り込んできた。
「実は、私も調べました。 第一次石油危機
ですよね、一九七三年一〇月に起こった。 編
集長と違って、私が生まれるはるか昔の出来
事ですから実感がありませんが、調べていて
驚きました。 この第一次石油危機というのは、
日本経済の歴史の中ではターニングポイントに
なった出来事だったんですね」
「あのな、おれだって実感はないよ。 ただ、
第四次中東戦争の結果、石油価格が何倍にも
なってしまえば、それまでエネルギー源の大半
を石油に依存していた日本経済は立ち行かな
くなってしまうのは当り前さ。 石油依存の産
業構造からの転換が避けられなかった。 それ
が、おまえのいうターニングポイントさ。 それ
だけじゃなく、国民生活でも、省エネルギー
というのがキーワードになり、町のネオンが消
ってる?」
編集長が小首をかしげながら、思い切った
ように言う。
「実は、分かっていません。 経営のキーワー
ドですか、えーと、企業構造改革とか?」
「当たらずといえども遠からずという答え
を捻り出すのが編集長は得意だな」
「そうなんです。 でも、当たってはいない
んですよね」
女性記者の言葉に編集長が「おまえな」と
文句を言おうとするのを大先生が遮る。
「ほんとに二人は仲がいいな。 それはいいと
して、えーと、何の話をしてたんだっけ?」
「キーワードです。 当時の経営の。 それは何
だったんですか?」
女性記者が即座に答え、興味深そうに大先
生の顔をじっと見る。 大先生が戸惑った顔を
する。
「あー、そうだった。 いや、別に大したこ
とではない。 そんなに見つめられても困る」
「何照れてるんですか? 何なんですか、そ
のキーワードというのは?」
編集長に促され、大先生が、それまで黙
って聞いていた弟子たちを見る。 美人弟子が、
にこっと笑って、答える。
「多分、減量経営という言葉だと思います。
私も実感はありませんが、調べたところ、そ
の石油危機により日本経済が大幅に落ち込ん
だ上、石油価格上昇によって企業の収益はか
なり悪化したようです。 そこで、緊急避難的
されたり、テレビの深夜放送が自粛されたり
した。 経済だけでなく、国民生活でもターニ
ングポイントだったってわけだ」
編集長が饒舌になってきた。 自分が調べた
ことを人に聞かせたいようだ。 まだ続けよう
とするのを大先生が遮った。
「せっかく調べたんだから何とか話題にし
ようとする。 その性格は考えものだな」
「ほんとですよ。 気を付けた方がいいです
よ」
女性記者に指摘され、「おまえに言われた
くねえよ」とむっとした顔をする。 女性記者
が大先生に向かってにこっとする。 大先生が
呆れた顔で二人を見る。 編集長が場を取り繕
うように、大先生に質問する。
「物流も大きな影響を受けたと思うんです
が、まず荷主の物流部門にはどんな影響があ
ったんでしょうか? やっぱりコスト削減要
求が強まったんでしょうか?」
「そうだな、非常に大きな変化が起こった。
物流管理という点では新しいステージが幕を
開けたと言っていい」
「へー、どんなことが起こったんですか?」
女性記者が興味深そうな顔で聞く。
「さて、何が起こったか?」
大先生が焦らすように言う。 編集長が「お
れは知ってるぞ」とでも言いたげな顔で大き
くうなずく。
「編集長は分かってるんだ? それでは、そ
のころの経営のキーワードは何だったかも知
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なかったんだ」
「いや、私は、むしろ国民生活の方を中心に
調べたものですから‥‥。 そっちの方が面白
いですし‥‥」
女性記者が何か言おうとするのを編集長が
慌てて止める。 美人弟子が「確かに、国民生
活に起こった出来事の方が面白いですよね」と
フォローする。 「ですよね」と編集長が大きく
うなずく。
「そういう状況ですと、物流への影響も大き
かったはずですね」
女性記者が、改まった感じで大先生に聞く。
大先生が編集長を見て質問する。
「さて、物流では何が起こったか、編集長の
当らずといえども遠からずの答えは何かな?」
編集長が、わざとらしく「うーん」と言っ
て天井を見て、ちょっと間を置いて答える。
「物流施設の廃棄などできないから、うーん、
物流をやらなくなった‥‥なんてことはない
な。 あっ、人の減量ですね、きっと。 物流業
者に人もろともアウトソーシングした、なんて
ことはその当時はないか‥‥」
「なに、ぶつぶつ言ってるんですか。 びしっ
と答えを言ってください」
女性記者に発破を掛けられ、編集長が「そ
うは言っても」とつぶやいた途端、何かに思
い当たったように、「そうか」と大きな声を出
す。
「ほー、分かったようだ。 それで?」
大先生に促されて、編集長がうなずいて答
える。
「もしかしたら、それは、物流子会社の誕生
じゃないですか?」
「ピンポン。 今度は当った」
大先生が大きな声を出す。 弟子たちが拍手
する。 女性記者が「当ったんですか」と意外
そうな顔をする。
「へー、物流子会社の生みの親は減量経営だ
ったんですか‥‥」
編集長の驚きの混じった言葉に大先生が大
きくうなずく。
な措置として、一時帰休や資産売却、さらに
投資の抑制、在庫の圧縮、雇用調整などが進
められたようです。 つまり、固定費の徹底的
な引き下げが行われたわけです」
「なるほど、ヒト、モノ、カネという経営資
源を減らしたってわけですね。 それで減量経
営か‥‥」
物流子会社の生みの親は減量経営
編集長が納得したような声を出す。 大先生
がちゃかすように言う。
「あれ、編集長は、いろいろ調べたって言う
けど、減量経営については調べた中に入って
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大
学院修士課程修了。 同年、日通総合研究
所入社。 同社常務を経て、2004 年4
月に独立。 湯浅コンサルティングを設立
し社長に就任。 著書に『現代物流システ
ム論(共著)』(有斐閣)、『物流ABC の
手順』(かんき出版)、『物流管理ハンド
ブック』、『物流管理のすべてがわかる本』
(以上PHP 研究所)ほか多数。 湯浅コン
サルティング http://yuasa-c.co.jp
PROFILE
Illustration©ELPH-Kanda Kadan
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