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奥村宏 経済評論家
第23回 新生銀行と「はげたかファンド」
APRIL 2004 62
新生銀行の上場により、一種の政商とも言うべきリップルウッドは法外な利
益を得た。 その「はげたかファンド」弁護論が横行しているが、そこには長銀
を安値で売り渡した側の責任を問う姿勢が欠けている。
リップルウッドの儲け
新生銀行の株式が公開され、二月一九日、東京証券取引
所に上場された。 公開値五二五円に対し、買い注文が殺到
し、その日の前場は八二二円の気配値のまま終わり、売買
が成立しなかったが、そのあと八七二円という初値がついた。
一九九八年一〇月、日本長期信用銀行は経営破綻し、特
別公的管理を申請して国有化されることになった。 それから
一年半たって二〇〇〇年三月、アメリカのリップルウッド・
ホールディングズを中心にした投資ファンドが一二一〇億円
でこの長銀を買収した。 そして名前を新生銀行と変えて再
スタートしたのだが、リップルウッドなどが買収してからわ
ずか四年で株式を公開して上場したというわけだ。
長銀が国有化された段階で投入された公的資金は八兆円
に達したが、このうち四兆円から五兆円は損失となることは
ほぼ間違いない。 一方、リップルウッド・ホールディングズ
を中心にした投資ファンドは一二一〇億円で買ったものが、
わずか四年後には七〇〇〇億円にもなった計算である。 こ
れほどボロい話はないといってもよい。
これについて小泉首相は記者団の質問に答えてこう言っ
たという。 「日本の会社も買おうと思えば買えた。 (外資系金
融機関は)リスクをとった価値があったということでしょ
う」(『日本経済新聞』二〇〇四年二月二〇日)。
「リスクをとった価値があった」――それはそうでしょう。
わずか四年で六倍以上になるなんて話は聞いたことがない。
そんなリスクなら誰でもとりたいでしょうに。
これに対し日本商工会議所の山口信夫会頭は、同日の記
者会見で次のように語っている。 「日本の金融機関もうらや
ましいという気がしているだろうが、それは結果論。 当時は
引き受ける銀行がなく、やむを得ない」(同)。
引き受け手がないから引き受けたら、こんなに儲かる。 儲
けた方が勝ちだというわけだ。
「はげたかファンド」のバック
リップルウッド・ホールディングズという投資会社は一九
九五年に、カナダの投資会社で数々の買収を手がけたティ
モシー・コリンズが設立した会社で、アメリカの投資銀行、
年金基金、大金持ちの個人投資家などから資金を集めて運
用している。
経営が破綻した企業を安いコストで買い、再建のプロを
連れてきて再建させ、その株を売って儲けるという手法を得
意としており、別名、「はげたかファンド」と呼ばれる。 長
銀はまさにこの手法で手に入れ、まるで「はげたか」のよう
にうまい汁を吸ったというわけだ。
このリップルウッド・ホールディングズのバックにはボル
カー前FRB(連邦準備制度理事会)議長、サマーズ前財務長官、ルービン元財務長官などがあり、単にリスクを賭け
て儲けるのではなく、政治力をバックにしているのである。
このリップルウッド・ホールディングズは長銀を買収した
あと、日産自動車系のナイルス部品、日本コロムビア、そし
て宮崎県の大型リゾート施設、シーガイアを買収した。 また
イギリスのボーダフォンから日本テレコムの株式を取得した。
しかし何といっても新生銀行は大成功だった。 おそらくこ
れほどボロい儲け話は二度とないだろう。
リップルウッド・ホールディングズが長銀を国から買収し
たとき、長銀から引きついだ債権が二割以上減価したら政
府がそれを簿価で買い取るという、いわゆる「瑕
か
疵し
担保条
項」をつけたが、当時これが外資の「えげつない商法」とし
て話題になったものである。
そして新生銀行になってから、そごう向けの債権を他の銀
行が放棄するというのに対し、これを拒否し、そのおかげで
そごうが倒産したといういわく因縁までついている。
まさに「はげたかファンド」の本領がこういう形で発揮さ
れていたのである。
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売った側の責任
当時の財閥は明治政府の高官に取り入って官業を安く払
い下げてもらい、これによって財閥は大きくなっていった。
今回のリップルウッド・ホールディングズは国有化された
長銀を二束三文の安値で、しかも瑕疵担保条項つきという
おまけまでつけて買った。 それによって事業を行おうとする
のではなく、短期間にそれを売りとばすことで儲けようとし
ている。 その点が明治時代の財閥と違う点である。
問題はこのように安く国有財産を売って儲けさせた責任
はいったい誰がとるのか、ということである。 八兆円もの公
的資金を投じ、最終的には四兆円の損になるとみられるカ
ネで救済した銀行を、わずか一二一〇億円でリップルウッ
ド・ホールディングズに売ったのは誰か。
もし会社でこのような取引をした役員がいたとしたら、そ
れは取締役の忠実義務違反として株主から訴えられるだろ
うし、損害を弁償させられるであろう。
そこで長銀をこのような形でリップルウッド・ホールディ
ングズに売却することを決めた責任者は当然のことながらそ
の損害、少なくとも四兆円を国に賠償すべきである。
その責任者は誰か。 長銀の売却を決めた時の金融庁長官、
あるいは大蔵大臣、そして首相はいずれも辞めているが、誰
も責任のセの字も言わない。
法人資本主義は「無責任の体系である」――これは私が
三○年前に書いた『法人資本主義の構造』(日本評論社)で
主張したところだが、今回の新生銀行株の売り出しでそれ
がまるで絵に画いたようにあらわれている。
「リスクをとって儲けて何が悪い」と論者はリップルウッ
ド・ホールディングズを弁護するが、ではそれを売った側の
責任はどうするのか。 この責任論を全く欠いた議論が横行
している。
まさに日本は無責任天国であるというしかない。
おくむら・ひろし 1930年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷
大学教授、中央大学教授を歴任。 日本
は世界にも希な「法人資本主義」であ
るという視点から独自の企業論、証券
市場論を展開。 日本の大企業の株式の
持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判
してきた。 近著に『会社をどう変える
か』(ちくま新書)。
これは正当なビジネスか
このような「はげたかファンド」のやり方に対して多くの
国民が反発するのは当然だが、これに対して、これは
「法律の枠内で権利を行使し、利益を確保し、相当の対価を
得るという米国型市場原理主義を貫徹したに過ぎない」
「長銀の再生は、激しい変革を嫌う日本の経営風土では無理
だっただろう。 国策銀行を顧客サービス競走の火付け役に
変え、業界の体質を転換させる『手数料』だと思えば、投
資組合が手にする巨額の売却益も、法外ではないのである」
という意見がある。
二〇〇四年二月五日付けの『朝日新聞』の「私の視点」欄
に掲載された埼玉大学教授相沢幸悦氏の文章である。 リッ
プルウッドの手法は何らおかしくない、リスクをとって儲け
るのが何が悪い――先の小泉首相の発言と同じような内容で
ある。
一方、同じ『朝日新聞』は二月二〇日の社説でこの問題
を取り上げ「授業料は高かった」という見出しで、このリッ
プルウッド・ホールディングズのやり方について是認しなが
ら、「それにしても、長銀処理は高くついた。 今後の株価に
もよるが、最終的な国民負担は四兆円を超えそうである」と
も書いている。
リップルウッド・ホールディングズは「リスクをとった価
値があった」と小泉首相は言うが、このリスクはパチンコや
バクチのリスクとは違う。 公的資金という名の国民の税金を
使って長銀を国有化し、それを安く売ったことによるリスク
とその儲けである。 それは株式市場で株を買って儲けたのと
も違う。 政府から買って儲けたのである。
明治時代、政府は「官業払下げ」で国有財産を安く三井
や三菱、住友などの財閥に売った。 それによって財閥が大き
くなったのだが、当時これを政商と言って山路愛山などが批
判したことは有名である。
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