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SOLE 日本支部の報告
SEPTEMBER 2013 102
電力自由化に向けた電力システム
改革が我が国でもいよいよ動き出した。
改革の柱は、一般家庭でも電力会社
を自由に選択できる「電力小売りの
完全自由化」と、自然エネルギー発電
会社や新しい電力会社の参入拡大を
狙いとした「発送電分離」の二つで
ある。
これまでも筆者らは、安全性を重
視しつつ経済性目標も達成している
アメリカ原子力発電業界の取り組み
を参照モデルとして、日本における発
電プラントを中心とする保全業務革
新のあり方を本誌で取り上げてきた。
今回はそこに電力自由化という視点
を追加して再度考察する。
(ファンディール 菊地徹・山田憲吉)
アメリカにおける電力自由化と
原子力発電業界への影響
一九七九年のスリーマイル島(TM
I)事故以降の、アメリカ原子力発
電業界の動向を表1に年表形式で整
理した。
アメリカではTMI事故の教訓を
原点として、「原子力規制」と「業
界」でそれぞれ改革が実行され、「原
子力ルネサンス」と呼ばれる状況を生
み出したというのが、従来からの筆
者らの見解である。
今回はこれに「電力自由化」とい
う軸を追加して、アメリカ原子力発
電業界の改革に電力自由化がどう影
響しているかを考察する。
米国では一九九〇年代に、安い電
気料金が米国経済の活性化のために
必要との観点から、電力自由化が進
められた。 連邦エネルギー規制委員
会は九六年に送電網の開放を義務付
け、また電気事業者から独立して送
電系統の運用を行う独立系統運用者
(ISO)の設立を推奨した。
そして九九年には、ISOより管
轄エリアが広く、広範な業務を行う
地域送電機関の設立を推奨した。 た
だし、小売市場の自由化については
各州の判断に委ねられており、現在、
原子力発電所が立地する三一州のう
ち、約半数は規制下にあり、残り約
半数が規制緩和下にある。
アメリカ原子力プラントの売却/買収
電力自由化の影響と保全業務革新
表1 TMI 事故以降のアメリカ原子力業界
外的要因
原子力規制
業界
規制改革
組織/業務改革
保全要素技術
NRC
電力各社
EPRI
NEI、
INPO
TMI 事故、電力自由化
電力自由化に伴う売却/買収、業界の再編
売却/買収プラント数
オンライン保守の拡大
プロセス/組織の確立、標準化、具体化推進
保守規制適用検討と連動したリスク評価の実践的手法確立資産管理研究
標準プロセスによる買収プラントの組織統合
SNPMを補完する一連の保守ガイダンス刊行
▽SNPM R4、プロセス文書
▽リスク情報活用政策声明 ▽INPO設立
信頼性重視保全の導入試行、簡略化手法検討→予防保全基盤確立
TMI事故の教訓に
基づく規制改革
▼TMI 事故▽保守規制公布
INPOによる自主規制活動継続実施(業界内パフォーマンス指標、プラント支援訪問)
▽保守規制発効
▽業界の正式代表をNEIに一本化
▽保守規制改訂(リスク評価を義務化)
▽原子炉監督プロセス(ROP)施行開始
3 10 19 4 2 1 5 1 3
模索期改革期成熟期
1979 1985 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008
設備利用率(%)
炉心損傷頻度(1/炉年)
100
90
80
70
60
50
79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07
1.0E-03
1.0E-04
1.0E-05
設備利用率
炉心損傷頻度
(年)
電力自由化を契機として、九九年
から二〇〇七年にかけて原子力プラ
ントの売却/買収が進んだ(表1)。
この期間に売却/買収されたプラント
の総数は四八であり、全米原子力プ
ラント総数の約半数を占める。
この期間に原子力発電運営会社の
シェアは大きく様変わりした。 最大手
のエクセロン社は、プラントの売却/
103 SEPTEMBER 2013
これらの電力自由化を契機とした
売却/買収プラントにおける業績改善
(保全革新)の取り組みを、以下に詳
細に考察する。
売却/買収プラントにおける
保全革新
表1の年表に挙げたアメリカ原子
力発電業界の改革(規制を含む)が、
電力自由化とどうかかわってきたか
を、いくつかの視点から分析する。
(1)オンライン保守の拡大
前述のとおり、設備利用率の改善
に最も寄与する要因は停止日数の削減
である。 電力自由化の実施を目前に
控えた九〇年代後半、原子力発電会
社の多くは、オンライン保守(プラン
ト停止が必須の前提条件ではない保
守作業を運転中に実施すること)に
よって、プラント停止期間を大幅に短
縮する改善策を取った。 具体的には次
のような保守管理戦略を編み出した。
●プラントを機能設備グループと呼ば
れる機能単位に分割する。 この機
能設備グループを保全作業管理の
基本的な管理単位ととらえて、保
全戦略を組み立てる。
●通常作動しない安全系統は、四半
期に一度の頻度で運転中に一時的
に供用外に置き、機能試験を実施
かがえる。
●図4は、売却/買収プラントの稼
働率向上に向けた意欲的な取り組
みが、安全性を犠牲にしていない
ことを示している。
買収によって急成長し、現在全米で
一七プラントを運営している。 それら
は全て規制緩和された州に立地して
いる。
売却/買収プラントの
意欲的な業績改善
カリフォルニア大学バークレー校の
「エネルギー研究所@ハース」は、九
九〜〇七年に売却/買収された四八
プラントと残りの約同数のプラントの
業績を比較することによって、電力
自由化とそれに伴う売却/買収のプラ
ントの業績との相関を考察している。
図1から図4は同研究所が作成した
代表的な分析図である。
●図1は、原子力発電プラントの最
も基本的な業績指標、設備利用率
の比較である。 電力自由化が始ま
る直前の時期において、売却/買
収プラントの設備利用率は低迷し
ていたが、電力自由化の開始とと
もに急速に改善され、現在では非
売却/買収プラントよりもおおむね
良好である。 設備利用率の改善に
最も寄与する要因は停止日数の削
減であり、プラント停止が必須条
件である燃料交換や大型改造工事
以外の、プラント停止時の作業を
極力削減することで達成された。
●図2は、売却/買収プラントが、
停止時の作業削減に意欲的に取り
組んでいることを示唆している。
●設備利用率の改善に寄与する要素
には、他に出力増強もある(図3)。
ここでも、売却/買収プラントが
積極的に取り組んでいることがう
図1 設備利用率の推移図2 年間停止日数の推移
図3 出力増強の推移図4 スクラム回数の推移
設備利用率(%)
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
70
年
75
年
80
年
85
年
90
年
95
年
00
年
05
年
売却/買収プラント
他プラント
当初の認可出力に対する比率(%)
110.0
108.0
106.0
104.0
102.0
100.0
98.0
70
年
74
年
78
年
82
年
86
年
90
年
94
年
98
年
02
年
06
年
売却/買収プラント
他プラント
日数
50
40
30
20
10
0
99
年
00
年
01
年
02
年
03
年
04
年
05
年
06
年
07
年
08 年
09
年
売却/買収プラント
他プラント
一万時間あたりスクラム回数
0.00020
0.00015
0.00010
0.00005
0.00000
99
年
00
年
01
年
02
年
03
年
04
年
05
年
06
年
07
年
08
年
09
年
売却/買収プラント
他プラント
する。 この機能試験に合わせて『つ
いでに』保守作業を実施すること
によって、供用停止時間を極力削
減する。
●四半期は十二週から成ることから、
プラントを十二のブロックに分割。
各週それぞれ一つのブロックを主
な対象として保守作業を実施する。
各ブロックには複数の機能設備グ
ループを割り当てる。
●各ブロックを構成する機能設備グル
ープの組み合せは、一時的な供用
停止に伴うリスクの増加を定量的
に評価して適切に設定する。
このオンライン保守は、プラント停
止時に実施する作業量を大幅に削減
することによって定検停止期間を短
縮し、設備利用率を向上することに
よる収益性の改善を目的としたもの
であるが、経済的効果以外にもいく
つかの副次的効果をもたらした。
標準業務プロセスの確立
オンライン保守として各週に実施す
る保全作業の全体は、作業規模は別
として、意味的には定検時作業の全
体に相当する作業プロジェクトであり、
作業範囲の決定、個々の作業内容の
規定、スケジュール化、資材の手配
等の保全作業の管理が必要である。
管理すべき範囲の作業規模が小さ
くなり見通しが良くなったことによ
って、「十二週先見型スケジューリン
グ」と呼ばれるオンライン保守の標準
業務プロセスが、九七〜九八年ごろ
に確立した(図5)。
この標準業務プロセスからとらえ直
してみると、輻輳しているかに見える
定検時業務の管理も、本質的にはオ
ンライン保守と同じであることが分か
った。 これらは後にSNPMの作業
管理プロセスとして体系化された。 業
界標準プロセスの原型である。
標準組織体制の確立
オンライン保守の拡大によって、そ
れまで定検時に集中していた保守作業
が平準化されたことは、協力企業に大
きく依存せざるを得なかったプラント
保全作業を、自社社員主体の体制で
実施することを必然的に促進した。
アメリカ原子力プラントの組織体
制は、定検時のピーク業務を除けば、
自社社員主体でオンライン保守作業
を賄うことを基本目標として確立さ
れており、運転・保全計画・保全実
施・エンジニアリング・資材供給の
五つの機能組織から成る。
このうち例えば、エンジニアリン
グ組織の技術者は、各週の保守作業
計画に合わせて日常的に設備の稼働
状況を現場で観察し、保守作業の実
施に向けて運転部門や保全計画作成
組織との間で必要な調整を行い、
保守作業の結果について保全実
施部門の作業者と対話し、設備
の稼働状態の改善策を検討、起
案してマネジメントに提示する。
こうした部門間が密に連携し
た日常活動が、プラントの安全
性と経済性の追求に無形の効果
をもたらしていると考えられる。
(2)リスク評価
電力自由化を前にしたオンラ
イン保守の拡大を、規制との関
係でとらえる。
原子力発電プラントの保守の
有効性は、連邦規則の一部であ
る保守規則によって規制される。
保守規則は、九一年の公布から
五年間の検討を経て九六年に発
効した。 この間、業界側は、E
PRIを中心にPSA手法の適
用や設備信頼性評価技術に関す
る一連の実践的ガイド文書を刊
行するとともに、保守規則に対
処する業界ガイダンス文書をN
EI名義で作成してNRCと交
渉を進めた。
アメリカの原子力規制の特徴
は、第一にパフォーマンスベー
スであること、第二にリスク情
報の活用である。
前項で述べたように、電力自
SEPTEMBER 2013 104
図5 オンライン保守の作業管理
要員充当率
エンジニアリング保留
作業範囲生き残り
評価
隔離以来
調達エンジニアリング評価保留
ALARA 保留
運転手順書
保全手順書保留
部品オンサイト到着
作業範囲安定度
現場踏査
部品ステージング
隔離指示書
作業タスク準備完了
10
130
60120
33
1
95
22101
13
95
82
87
97
88
98
100
0
77
1
38
20231
18
107
96
96
98
100
97
0
50
76
00
38
00011
11
1
115
100
80
96
100
100
100
83
0
84
98
3
38
111002
179
7
105
88
95
98
80
99
100
100
96
98
73
81
0
23
100001
126
33
17
213
70
100
68
96
98
100
100
100
100
98
87
73
40
45
64
1
27
000221
42
22
3
133
94
74
96
100
100
100
00
98
82
66
95
83
0
23
13
00001
23
71
114
86
100
70
97
87
100
100
100
100
98
97
88
99
86
120
74
88
85
92
100
99
0
100
63
作業計画策定フェーズ
T-8
2011/3/21 2011/3/14 2011/3/7 2011/2/28 2011/2/21 2011/2/14 2011/2/7 2011/1/31
T-7 T-6 T-5 T-4 T-3 T-2 T-1
スケジューリング&実行準備フェーズ
Count % Count % Count % Count % Count % Count % Count % Count %
83
79 79
82
93
76
105 SEPTEMBER 2013
ルでレビューする。 これはエクセロン
の『設計は一つ、多数に導入』の原
則の基盤である」
「健全性報告書は、このアプローチ
の主要要素の一つである。 それを多
くの電力会社はたびたび実施された
エクセロンサイトのベンチマーキング
が実証しているエクセロンの強みとし
て認識している」
「健全性報告書」とは、プラント設
備の状態をエンジニアが定期的に評価
して可視化し、マネジメントを含む全
社で共有し、設備信頼性改善を推進
するためのソフトウェアツールである。
こうしたITの標準化と活用が、組
織/プロセスの統合に大きな役割を果
たしていることは言うまでもない。
*****
東日本大震災による原子力発電所
の事故を契機に今後の電力システムの
あり方を検討した経済産業省電力シ
ステム改革専門委員会は、本年二月
の最終報告書の中で、電力システム
改革の動機を次のように述べている。
「東日本大震災による原子力発電
所の事故やその後の電力需給のひっ迫
を契機に、これまでと同様の電力シ
ステムを維持したのでは、将来、低
廉で安定的な電力供給を確保できな
くなる可能性があることが明らかに
なった」
今年七月八日、原子力発電所の新
規制基準の施行が始まった。 ハード
ウェアに注目した安全対策だけでなく、
組織や文化のあり方を含むロジスティ
クスの観点からのアプローチも重視す
ることが重要であると、筆者らは考
える。 そしてアメリカにおける電力自
由化と原子力発電への影響の実際は、
電力自由化による経済的インセンテ
ィブが、原子力安全と競合するので
なく、保全業務革新という全体の構
図からそれを補強するものになり得
ることを示している。
ントが、安全を犠牲にすることなく、
非売却/買収プラントよりも業績を向
上させていることを示していた。
買収プラントの前身の経営体の企
業文化、組織体制、業務プロセス、
さらにはそれらを支援するIT基盤
の統合は、一見すると買収企業にと
って容易なことではなく、売却/買
収に伴う組織統合はハンディキャップ
を負った事業であると思われるが、事
実はその逆である。 推定の域を出ない
が、こうした業務プロセスの標準化や
組織の見直しに注力することが、本
質的に重要なプロセスや組織体制を抽
出し、業績改善につながるという好
結果を生んだものと思われる。
表2は、ある企業の保全部長名で
公布された、企業文化の確立に重点
を置いた、職員向けのメッセージであ
る。
エクセロン社は、電力自由化を契
機に原子力プラントを買収することに
よって発展した原
子力発電運営会
社の代表例である
が、業界内で次
のように評価され
ている。
「プロセスは、
エンジニアリング
が推進し、上級
マネジメントレベ
由化の実施を控えてオンライン保守が
拡大する中、NRCが個別のプラン
ト構成事例を精査したところ、オン
ライン保守時のプラント構成がリスク
管理上好ましくない状態にある事例
がいくつか見つかった。
その結果として、従来勧告ベース
であった保守作業前のリスク評価を義
務化した二〇〇〇年の保守規則の改
訂に至った。 この規則改訂後、各電
力会社は保守作業実施前のリスク評
価を業務マニュアル化し、業務プロセ
スに組み入れて実施している。
表1に破線で示した全プラントを対
象としたプラント個別のリスク評価は、
九一年に始まった。 現在も継続して
いると思われる。 規制側と業界側の
共同事業の代表的な事例である。
(3)プロセス・ITによる組織統合
先述の図1から図4は、電力自由
化の波の中で売却/買収されたプラ
※ S O L E(The International Society of
Logistics:国際ロジスティクス学会)は一
九六〇年代に設立されたロジスティクス団体。
米国に本部を置き、会員は五一カ国・三〇
〇〇〜三五〇〇人に及ぶ。 日本支部では毎
月「フォーラム」を開催し、講演、研究発
表、現場見学などを通じてロジスティクス・
マネジメントに関する活発な意見交換、議
論を行っている。
次回フォーラムのお知らせ
次回フォーラムは2013年9月9
日(月)、東京・浜松町の商工会館
6Fで開催する。 「事業改善と技術経
営」などの研究発表が予定されてい
る。 このフォーラムは年間計画に基づ
いて運営しているが、単月のみの参
加も可能。 一回の参加費は6000円。
お問い合わせは事務局(s-sogabe@
mbb.nifty.ne.jp)まで。
表2 保全マニュアルの例
構成
はじめに
1. 保全の標準と実践
2. 安全性
3. 手順書の使用と厳守
4. 自己チェック、同僚間チェック、検証
5. 放射線管理基準
6. 工具および安全機材の適切な使用
7. 対話
8. 作業の文書化
9. 訓練と資格
10. プラントの物の状態
11. プロ意識
12. 生産性
13. ヒューマンパフォーマンス
14. 異物排除(FME)
15. 自己評価/継続的改善
16. ポリシー
17. 運転経験の利用
18. 作業管理プロセスの支援
19. 構成管理
20. 作業前概要説明会/作業後反省会
21. 個人の責任
|