ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2013年11号
特集
寄稿 “小倉イズム” は受け継がれたか 中田信哉 神奈川大学 名誉教授

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

NOVEMBER 2013  36 小倉イズムなど存在しない  二〇一三年九月二〇日、ヤマトホールディング スが主催する「羽田クロノゲート」のオープニン グ式典、祝賀会が同所で開かれた。
私も招待をい ただき、出向いた。
多彩な招待客でごった返す祝 賀会場では多くの知人に会い、来賓の顔ぶれから 見てもこれまでの物流関係のターミナル・オープ ンとはいささか異質だった。
 「感想はどうですか」と複数のヤマトの人から 尋ねられたが「規模だけならアメリカで流通セン ター、ターミナルを見ているので驚きません。
問 題はこれを中核にしたこれからの戦略とソフトで しょうね」と答えたのはまだ、私に答えるだけの 考えがまとまっていなかったからである。
 この東京ドーム四個分の広さの床面積を持つ最 新鋭のターミナルは、急増し続けるネット通販、 特にアマゾンへの対応を含めた宅急便の処理能力 の拡大と、立地的に考えて航空輸送、海上輸送、 陸上輸送を統合化した総合物流を可能とする一大 拠点となり、市場の幅を拡大するためのテイク・ オフ拠点ともなるのだろう。
 ヤマトが公表している資料によると、このター ミナルは「バリュー・ネットワーキング」なる構想 のベースとなる、とされている。
「止めない物流」 「多目的企業間物流」「一貫保冷・国際小口輸送 ネットワーク」「物流のビジュアル化」「デマンド・ チェーンの視点」の五つのエンジンを備え、小口 混載の集約、医療機器のメンテナンス・洗浄、各 種機器の修理やメンテナンス・アセンブル、保税・ 通関、オンデマンド・プリントなど多くの付加機 能を持つものである。
 早い話がバルク輸送や重量物輸送以外のあらゆ るものに対応できる。
特に調達物流領域への触手 が見て取れる。
創業一〇〇周年を一九年に迎える ヤマトにとってこのことは、一九七六年にスター トした宅急便に各種のソリューションを加え、機能・ サービスを高度化してきたこれまでの路線の延長 線上にあるのか、宅急便以前のヤマトが総合物流 企業であったことからそれへの回帰なのか、ある いは両方の融合かは分からない。
 クロノゲートへの投資額は一四〇〇億円、その 他を含めて二〇〇〇億円とも言われるが、年商約 一兆三〇〇〇億円、営業利益約六六〇億円を誇 るヤマトにとって無謀な過大投資とは言えないし、 その主力が増え続ける宅急便のセンター・ハブで あることから言うならそれほど投資額を問題にす ることはないだろう。
 そこで、巷間、よく言われるのがヤマトの経営 について「小倉イズムは守られているのか」とい う話で、これが今回のテーマである。
小倉イズム を「小倉昌男氏の経営に関しての考え方、やり方、 “小倉イズム” は受け継がれたか  「宅急便」の成功は、消費者を顧客として設定 したところにあった。
小倉昌男氏の時代には通販 会社の規模はまだ小さく、不特定多数の中小荷主 にベースを置いたコンセプトがうまく機能した。
し かし、市場環境は大きく変化した。
ヤマト自身も 以前とは比較にならないほど大きくなった。
中田信哉 神奈川大学 名誉教授 羽田クロノゲートの竣工式典には、石原慎太郎衆議 院議員や猪瀬直樹東京都知事など、政財界から約 1400人の来賓客が集まった。
中田信哉(なかだ・しんや) 1941年島根県生まれ。
64年慶応義塾 大学卒。
大手食品会社を経て、69年 流通経済研究所入所。
83年より神奈 川大学経済学部助教授。
89年同教授。
2012年同名誉教授、現在に至る。
『運 輸業のマーケティング : トラック業の市 場競争をめぐって』(日通総合研究所)、 『運輸業の市場開拓と競争―トラック 業のサービス・マーケティング』(白桃 書房)など著書多数。
PROFILE 寄 稿 37  NOVEMBER 2013 クロネコヤマト独走 特集 ズムと言えるだろう。
松下(幸之助)イズムが「や ってみなはれ精神」だというのと変わらない。
 「見えないものの流れを見る」というのも小倉 氏の考え方であったが、それは結果あるいは原因 を言うものであろう。
私は今年五月に上梓した『宅 急便を創った男 小倉昌男さんのマーケティング力』 (白桃書房)という本の中でも小倉イズムなどと いうことは一切言っていない。
宅急便の成功は総 じて小倉氏が持つマーケティング・センス、マー ケティング力によるものだ、と言った。
 ただ、あえて言うなら小倉氏が語った「経営は 理論だ」という点である。
ここで言う理論とは経 営学やマーケティング論ではない。
「論理的」とい う意味である。
それは考え方として、帰納法によ るのではなく、演繹法によるものである。
 小倉氏は自らの経験と知識、他産業との比較に おいて、あるアイディアや方法を考えつくと、そ れを必ず検証し、根拠を導き出し、論理的構成を 作ってから実施する。
帰納法のような現状からの 積み上げで行うのでなく、理想的な到達点をまず 考え、それに根拠を与えていくという、いわばワ ーク・デザインである(中にはクール宅急便の氷 温のような失敗もある)。
しかし、これは小倉氏 独特の思考過程であり、他人がそれと同じことす るわけにはいかない。
イズムとは違う。
思想が踏襲されているか」と理解するなら、既に 小倉社長時代とは市場環境も大きく異なり(ネッ ト通販のこれだけの発展やアマゾンの出現を小倉 氏は知らない)、企業規模(年商で五倍以上の拡 大となった。
これも小倉氏は予想していない)も まるで違う。
変化して当然であろう。
これは経営 におけるパラダイム・シフト(基本的理念の上位 への転移)の問題である。
 ヤマトは宅急便開発で立ち直り、それによって 大成長をしてきた。
「宅配便の最大手」と言われ てきたが実際には日本の運輸から見た物流のフォ ロワー(追随企業)でもなく、チャレンジャー(挑 戦企業)でもなく、ニッチャー(特定分野の特定 企業)でもなく、リーダー企業(主導者)となっ ている。
リーダー企業にはリーダー企業なりの戦 略が必要である。
小倉氏時代とは戦略自体のあり 方は違って当然であろう。
 ただ、現在でもヤマトホールディング傘下のう ちヤマト運輸の売上高がグループ全体の八〇%以 上を占めている。
その大部分が宅急便関連である。
従って、宅急便を核とした企業と位置付けて良い。
そこで宅急便の開発者であり、基礎作りをし、成 功させた「小倉昌男式経営術」を経営思想と考え、 それが受け継がれているのか、ということが言わ れるのである。
 しかし、果たして小倉イズムなどというものが 存在するのであろうか。
よく「サービス第一(が先)、 利益第二(は後)がそうだ」という人がいるが、 そんなことは昔から船場の商人には当たり前の考 え方だったし、近江商人はこれで大を成した。
商 売の常識である。
小倉氏のものではない。
むしろ、「利 益第一、サービス第二」で成功したという方がイ 宅急便が成功した理由  私は宅急便の成功と発展は「顧客というものを 個人・消費者に設定したこと」だと考えている。
そもそも、昔も今も物流業、運輸業の顧客は「発 荷主」である。
それは発注者であると同時に運賃 などの支払い者でもある。
初めは小倉氏も「家庭・ 個人から出る荷物」をこれまでにない宅急便の新 たな市場と考えていたかもしれない。
それなら発 荷主が顧客である。
しかし、すぐに宅急便の発注 者は通販業者、百貨店、専門店、産直業者など の企業だと気が付いたはずである。
 現在でも宅配便の九割は企業発の荷物であり、 宅急便の場合も家庭・個人発の荷物は、個数で一 割、売上高で二割程度だろう。
後の八〜九割は企 業発の荷物であるはずである。
 しかし、そうであっても宅急便の顧客は「着荷 主」である家庭・個人だと考えてきた。
これはマ ーケティングで言う「市場標的(マーケット・タ ーゲット)」の設定であり、企業の「マーケティング・ コンセプト(根底にある基本の市場目的)」の確立 である。
そして、それは他社にはないものであった。
 もし、この設定がなかったら、おそらく宅急便 はヤマトの多くの事業のうちのワン・オブ・ゼム にとどまり、宅配便競争は混戦になっていたので はあるまいか。
着荷主を顧客と考えることによっ て、そこへ荷物(販売した商品)を届けねばなら ない企業も個人・家庭で絶対的信用とブランド性 を持つ宅急便を使おうとする。
個人・家庭への浸 透こそが発荷主に対する強力な販売促進となるの である。
それは取次店、特にコンビニエンス・ス トアでローソンを除くほぼ全てが宅急便のみの扱 『宅急便を創った男 小倉昌 男さんのマーケティング力』 1,800円(税込)白桃書房 NOVEMBER 2013  38 クロネコヤマト独走 特集 意とする経営の資源を伝って、企業を成長させよ うとする。
コア・コンピタンス経営である。
それ はそれで正しいが、そういう分野の市場は必ず、 飽和となるし、強力なライバルも登場する。
企業 は自社の体格に合った大市場を必要とする。
企業 経営の方向を変えねばならない時が来る。
その時 の「翔ぶ心」がビジネス・インサイトなのである。
 既にヤマトには企業規模や利益率の維持におい て「宅急便に頼る経営」「不特定多数の取引先に 依存する経営」からの脱皮が求められているはず である。
大企業との力関係における対応も必要と なる。
 ビジネス・インサイトの考え方の「新しい経営 方向」も必要かもしれない。
マーケティング・コ ンセプトを「力、資金、技術、システム、設備、 ネットワークに基づく大企業対応」と「高度なサ ービスと思いやりと便利性に基づく家庭・個人対 応」の二本立てにしていくことになるのか。
それ は「あぶ蜂取らず」とか「二兎追うものは一兎も 得ず」になるのか、あるいは巧みな戦略によって 見事に両立できるのか。
ヤマトは今、創業一〇〇 周年を六年後に控えて正念場を迎えている。
 現場のデリバリー担当者たちは家庭・個人に向 かい、経営者は大企業を念頭に置くという形にな ってはいけない。
その上にある新しいコンセプト が必要である。
創業一〇〇年はヤマトにとって第 三のターニング・ポイントではなかろうか。
アマ ゾンのようなものの登場とネット通販市場の急拡 大をどう考え、どう対応していくか、また、AN Aのような航空輸送企業との関係を基本コンセプ トの中に新たに導き入れて、上位のコンセプトを 作る必要があるだろう。
主、主力荷主というものは存在していない。
荷主 企業が大企業であってもその量から言えばワン・ オブ・ゼムでしかない。
小倉氏が社長時代の通販 企業というのはいわゆる中小企業である。
これが コンセプトの下部にあるものである。
 これは佐川急便も同じである。
もともと、佐川 清氏時代の佐川急便は中小企業の付加価値の高い 小口荷物を「高サービス、高運賃」で輸送する企 業だった。
後に「佐川物流サービス」など大口荷 主対応のサービス展開をしたが基本コンセプトは 不特定多数(への個別対応)に存在していた。
考 え過ぎかもしれないが「アマゾンからの撤退」「ハ マキョウレックスとの提携中止」はこのコンセプト に理由の一端があるのかもしれない。
 アマゾンのような巨大企業が取引対象となり、 調達システムを含めた大企業とのシステム統合が 入ってくると、不特定多数の中小荷主をベースに 置いた基本コンセプトは変わらざるを得ない。
そ れは企業規模がここまで拡大した以上、避けるわ けにはいかない変化だろう。
ここにビジネス・イ ンサイトの考え方が出てくる。
 石井淳蔵氏が著した『ビジネス・インサイト』(岩 波文庫、二〇一〇)に示されているが、ビジネス・ インサイトとは「企業がマーケティング・コンセプ トを大きく変えたり、それまでと異なる方向へ向 かおうとする瞬間の認識、洞察、思考」を指す。
石井氏はこの中で「宅急便開発における小倉昌男 氏の(成功への)確信」を取り上げている。
それ は創業者である小倉康臣氏が作り上げてきたコン セプト、方向性をガラリと変えるものであった。
 石井氏は商売の中で言われていた「『強み伝い』 の経営」ということを指摘する。
企業は自社の得 いとなっていることからも分かる。
 真の顧客を家庭・個人に置くという考え方を小 倉イズムだとするなら、それは今も企業文化とし てヤマトの経営に受け継がれているかもしれない。
その切れ端を私は一一年三月十一日、東日本大震 災時とその後のヤマトの行ったことに見たような 気がした。
自発的な社員たちのボランティア活動 もそうだろうが、ヤマトは復興と再生支援として 一一年度の一年間、国内宅急便扱い一個につき一 〇円をヤマト福祉財団を通して寄付することにし た。
この結果、寄付総額は一四二億三六〇〇万 円になったという。
これは純利益の四〇%にもな るが、額を問題とするのではない。
 宅急便一個につき一〇円ということである。
誰しも被災地に支援をしたいと考えている。
従っ て、宅急便を取次店に持って行った時、家庭にお いて宅急便が届けられた時に「自分が今、一〇 円を寄付した」と思うだろう。
「会社の儲けの中 から一〇〇億円を寄付した」というのとは根本 的に異なる。
個人や家庭をベースにしていなけれ ば出てこない発想である。
多分、これ以外にも個 人や家庭を対象とした企業行動は行われているだ ろう。
もし、こういう企業文化があるならここ で言う小倉イズムが貫かれていると言って良いか もしれない。
コンセプトは変わらざるを得ない  ただ、経営のコンセプトは変わらざるを得ない 場合がある。
それを「ビジネス・インサイト」と いうキーワードで見ていきたい。
宅急便は当初か ら意識の上で個人を対象としていた。
いかに発荷 企業であってもそれは不特定多数であって主要荷

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