2023年3月号
特集
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海外論文 「サプライチェーン4.0」から「5.0」へ
イントロダクション
「インダストリー4・0」が世に初めて紹介されたのは、2011年にドイツで開催された国際産業見本市「ハノーバーメッセ」においてであった。
それが昨今では、世界経済フォーラムや各国政府の主要アジェンダの一つにまでになり、価値創造の源泉として、グローバルな競争市場に直接的な影響を及ぼしている。
4・0の波が否応なく押し寄せてくる状況を受け、さまざまな議論や実践が、世界各国の各産業セクターにおいて行われている。
この革命的現象が他の知識分野といかなる関係にあるか、さらに理解を深めるための研究も盛んだ。
その具体的テーマとしては、製品開発、パフォーマンス評価、インダストリー4・0における中小企業、生産計画および管理、経営戦略、組織構造、サービス化、持続可能性、リーン生産方式などを挙げることができる。
4・0とその破壊的技術がサプライチェーンに与える影響というテーマに限ると、今のところ研究例はまだそれほど多いとは言えない。
だがその中には、4・0の文脈おけるサプライチェーンを「サプライチェーン4・0」と呼ぶ一群の研究者たちがいる。
彼らの間には、サプライチェーンという文脈におけるインダストリー4・0は単なる技術導入以上の意味をもつ、というコンセンサスがある。
その意味するところは、そもそも4・0技術を導入する以前に、効率的な導入に必要な能力、すなわちインフラ、労働者のスキル、調整などを理解する必要があり、さらにはこうした技術がサプライチェーンの透明性、応答性、効率、柔軟性などのパフォーマンス向上と戦略目標に寄与するようにしておかなければならないということである。
インダストリー4・0はまだ緒に就いたばかりの段階である。
ところがこの新しい技術環境における人間の役割について既に懸念の声も上がっている。
Cimini(2020)らは、4・0技術が台頭する状況下における物流事業者の役割を考慮に入れつつ、サプライチェーンとロジスティクスという領域について議論を展開している。
今はまだ構想段階にすぎない「インダストリー5・0」という考え方は、ロボットが産業を支配するというパラダイムに抗するものとして登場した。
サプライチェーン5・0のフレームワークとコンセプトを、図表1に図示した。
4・0が可能にする高度に自動化された環境では、もはや人間には価値がなくなってしまう恐れがある。
ロボティクスとオートメーションを招来した先の産業革命により、世界の製造業にはパラダイムシフトが起きた。
5・0はまだ具現化していないとはいえ、4・0で確立された一連の技術が引き続き利用されることから、この新たな革命でも同様の事態が起きることが懸念される。
政策立案者やCEOは破壊的技術(人工知能、IoTなど)の実力を見誤っている。
こうした技術と人間の能力の間に適切な相互作用が生じれば、真のイノベーションと潜在力が発現することに気がついていない。
日本政府がインダストリー5・0と並行して提唱する「ソサエティ5・0」も、科学界や実業界からの注目を集めている。
「超スマート社会」とも称されるソサエティ5・0という用語は、2016年に日本の内閣府の総合科学技術・イノベーション会議が策定した第5期科学技術基本計画において初めて提唱された。
インダストリー4・0、インダストリー5・0、ソサエティ5・0の相互関係を明らかにしようとする研究もある。
Soltysik-Piorunkiewicz(2021)らは、インダストリー4・0が破壊的技術の活用に重きを置くのに対し、インダストリー5・0は、4・0の技術を用いて持続可能な人間中心の社会を実現することを目標とするソサエティ5・0を可能なものにすると論じている。
しかしながら、4・0の破壊的技術を取り込んでソサエティ5・0を作り上げることには相当な困難が伴う。
ソサエティ5・0は産業システムの技術的・組織的変革という枠に収まるものではなく、こうした技術を背景にして持続可能な環境が立ち現れてくるよう、社会と人間の在り方そのものの変革を目指すものでもあるからだ。
人とモノをつないで知識や情報を共有するために先進的な技術と製品を用い、そこから社会とビジネスの連鎖や価値を生み出す。
産業という面から言えば、4・0技術の利点をフル活用することで、骨の折れるルーティンワークから人間を解放する。
さらにソサエティ5・0は、社会的制約をいくつかを取り払うことにより、社会問題の克服にも貢献することになる。
インダストリー5・0では「コボット(Cobot:Collaborative Robotの略)」というコンセプトが重要な要素の一つとなる。
製造現場で人工知能・ビッグデータ分析・IoTその他の破壊的技術を応用してロボットをインテリジェントに動かすことで、生産性の向上と廃棄物の削減、そして持続可能という目標に迫ってゆくというものである。
5・0の目指すところは、何よりも製造環境における人間の役割を強化することである。
また、パーソナライズされた製品を大量生産して、顧客に高い付加価値を提供することもその一部である。
インテリジェントなロボットやシステムにより、サプライチェーンはかつてないほど大きな影響を受けることになる。
サプライチェーン5・0を特徴づける要素は、人とロボットの協働作業(コボット)、マスカスタマイゼーション、パーソナライゼーション、超スマート社会(ソサエティ5・0)などである。
インダストリー4・0がスマートファクトリーの基盤を形成するのに対し、5・0は社会的スマートファクトリーの時代であると言うことができるだろう。
インダストリー4・0とは異なり、第5次産業革命とも言うべきインダストリー5・0がサプライチェーンにとって何を意味するかについて、まだ共通認識と言えるほどのものは存在しない。
インダストリー5・0と4・0の関係性に迫る論文は既に存在するが、5・0とサプライチェーンというテーマについては全く未解明である。
しかしながらサプライチェーンは、サービスおよび製品を社会に届けるという必要欠くべからざる役割を果たす。
インダストリー5・0という現象が、サプライチェーンのプロセスとその関係者たちに何らかのかたちで影響を与えることは間違いない。
そうであるからこそ、インダストリー5・0とサプライチェーンの関係性を正しく理解することが重要なのである。
本稿は体系的な文献調査に基づいて新たな視点を獲得することを目指しており、この新しいアプローチを「サプライチェーン5・0」と呼ぶことにする。
また、次の三つを研究課題として設定した。
研究課題1──インダストリー5・0という概念はどのような要素から成り立っているか? 研究課題2──インダストリー5・0はサプライチェーンにどのような影響を与えるか? 研究課題3──サプライチェーン5・0とは何か? 以上の内容を踏まえた上で、以下ではインダストリー5・0・同4・0・サプライチェーンの相互関係について説明を加えていく(図表2)。
インダストリー5・0の構成要素 構成要素1──産業戦略 インダストリー5・0は大きく四つの要素から構成される。
「産業戦略」「イノベーションとテクノロジー」「社会と実現可能性」「移行問題」である。
さらに構成要素1「産業戦略」は七つのキーワード、すなわち産業・技術・開発・文脈・応用・影響・未来から成る。
この「産業戦略」は、構成要素2「イノベーションとテクノロジー」において技術の応用が展開されると、他の構成要素と関係するようになり、インダストリー5・0戦略の進展とともに、構成要素3「社会と持続可能性」に直接影響を与える。
しかしながら5・0には、主として4・0からのパラダイムシフトに起因する課題と実施上の困難があり、それらが構成要素4「移行問題」とリンクする。
5・0では、高度な産業オートメーションとクリティカルシンキング(批判的思考)のスキルを活用しつつ、人間とスマートシステムのコラボレーションが推進される。
これは人と機械から成る労働力の効率的な活用を目指すものであり、製造現場で働く熟練労働者の位置づけを見直すという意味合いをもつ。
先の産業革命であるロボティクスとオートメーションの時代には、世界の製造業にパラダイムシフトがもたらされた。
5・0の実現にはまだ時間がかかるとしても、この革命とともにいずれ同じことが起こるだろう。
5・0で着目すべき点の一つがパーソナライゼーション(個人化)である。
5・0における競争優位性の源泉は、カスタマーエクスペリエンス(顧客体験価値)と組織のアジリティ(機敏性)にあり、パーソナライゼーションおよび社会とのコラボレーションが5・0の重要な要素となる。
技術の活用ばかりに注目が集まるという傾向は依然として根強いものの、カスタマイゼーションとパーソナライゼーション、そして技術の向上という現代的課題は、人間の関与があってこそ成し遂げられるものである。
技術進化と人間の能力向上の両立を目指すインダストリー5・0は、こうした現代的課題から生まれた。
未来学者たちの間では、人間とロボットのコラボレーションやコワーキングによって、人間らしさやパーソナライゼーションを付加するというテーマに関する議論が始まっている。
カスタマイズされた製品・サービスを顧客に提供するということが、パーソナライゼーション時代を特徴づける。
ここでの眼目は、機械と人間を同時かつ効率的に活用しながら相乗効果が現れる環境を作りだし、より高いレベルのパーソナライゼーションを実現することである。
医療産業を例にとれば、インダストリー5・0によってパーソナライゼーションの範囲が広がり、患者の必要性に応じてさまざまなタイプの移植組織を作ることができるようになるだろう。
構成要素2──イノベーションとテクノロジー 構成要素の二つ目「イノベーションとテクノロジー」は、イノベーション・IoT・システム・ビッグデータ・人工知能、という五つのキーワードに関係する。
これらの技術は現行のインダストリー4・0時代に属するものであるが、5・0へと移行する環境を整えるための土台となる。
しかしながら、4・0技術と統合した新たな技術アプローチが必要であるとの見方もあり、そのプロセスにおいてはイノベーションという要素が鍵になる。
例えばJavaid(2020)らは、5・0の要素として次の17を挙げる。
・ビッグデータ ・協働ロボット(コボット) ・スマートセンサー ・IoT ・人工知能(AI) ・マルチ・エージェント・システムおよびその技術 ・デジタルエコシステム ・デジタルマニュファクチャリング ・複雑適応系(CAS) ・スマートマテリアル ・3Dプリンティング ・4Dプリンティング ・5Dプリンティング ・3Dスキャニング ・ホログラフィー ・仮想現実(VR) 認知能力を高める技術には、人工知能関連(コグニティブコンピューティング、コンピュータビジョン、知識表現、機械学習、レコメンダシステム、プランニング、スケジューリング、最適化アルゴリズムなど)だけでなく、What if シナリオ分析、ビッグデータ分析、クラウドコンピューティング、仮想現実なども含まれる。
Aslam(2020)らの議論では、5・0を特徴づけるものとして、デジタルスマート社会、仮想空間と物理空間の統合、IoT、拡張現実、イノベーションエコシステム、ブレイン・マシン・インターフェイス(BMI)、技術における人間中心主義、などが挙げられている。
イノベーションについて言えば、5・0が重視されるようになるとともに、イノベーション・マネジメントに注目が集まるようになってきている。
そこでの課題は、人間/ユーザー中心主義という観点から、イノベーション・マネジメントの仕組みを刷新することである。
構成要素3──社会と持続可能性 構成要素3「社会と持続可能性」は、社会・コンセプト・課題・持続可能な開発・組織の五つがキーワードである。
インダストリー5・0アプローチの導入で影響を受けるのは、その中でも特に社会と持続可能性という側面である。
ソサエティ5・0を目指す上で、インダストリー4・0の技術は決定的な役割を果たす。
持続可能性を中心的な課題とするソサエティ5・0は、破壊的技術を基盤とする社会であり、その目的を達成する上で重要な役割を果たすのが情報とデータである。
こうした技術的背景をもつソサエティ5・0では、産業システムの技術的変革と組織的変革を隔てる壁を取り払い、持続可能な環境の実現に向けて社会と人間という側面が重視される。
インダストリー4・0の出現を受け、ソサエティ5・0は持続可能な経済の安定にとって必須の指針となった。
デジタルマニュファクチャリングからデジタル社会へ、というのがインダストリー5・0およびソサエティ5・0というコンセプトの主旨である。
インダストリー4・0の社会志向と技術イノベーションは、より持続可能な開発を目指す5・0というコンセプトの基礎なのである。
構成要素4──移行問題 構成要素4「移行問題」のキーワードは、課題と実施という二つだけである。
インダストリー5・0を実現する上で解決すべき課題と実施という側面である。
4・0のパラダイムである技術偏重から、バランスの取れた人間中心主義への移行は、最も大きな課題の一つと言える。
4・0の破壊的技術を取り込みつつ5・0を確立するのは、容易なことではない。
新たなテーマの一つが人間とロボットのコワーキング、そして組織および人間関係という側面におけるその意義である。
人間とロボットの適切な関係を構築する上で重要な役割を果たすのが、心理・社会・倫理・学習・法律・規制などにかかわる問題である。
5・0を実現するにあたっては、教育とスキル、労働環境、生産性と賃金の関係、技術と余剰人員、最適な製品、持続可能性、ガバナンス、倫理など、取り組むべきさまざまな領域がある。
地域の成長政策の後押しなど、幅広い共有が必要な要素に左右されることも多い。
サプライチェーン4・0と5・0 最後に、前述の四つの構成要素に沿って、サプライチェーン5・0とサプライチェーン4・0の関係を見ていくことにする(図表3)。
まず産業戦略については、4・0のコンセプトが技術的な環境に偏っているのに対し、5・0では技術を評価する姿勢は維持しつつ、主として協働ロボットが可能にする技術と人間のバランスのとれた環境をも重視する。
また4・0は、透明性・応答性・柔軟性・廃棄物削減・効率などのパフォーマンスを向上させることだけではなく、マスカスタマイゼーションの優位性をも追求する。
一方の5・0は、これらのパフォーマンス向上を前提とした上で、さらに製品とサービスのマスパーソナライゼーションによる付加価値を追求する。
4・0のイノベーションとテクノロジーを構成するのは、IoT・ビッグデータ分析・3Dプリンティング・クラウドコンピューティング・ロボティクス・ブロックチェーン・拡張現実・人工知能などである。
こうした技術は5・0においても同様だが、その中でも特に人工知能が活用される。
5・0の実現は、4・0の技術的基盤があればこそと言える。
しかし、5・0には、ここに新たな技術的進歩が加わる。
協働ロボット、マルチ・エージェント・システムとその技術、デジタルエコシステム、複雑適応系、4D/5Dプリンティング、3Dスキャニング、ホログラフィー、インテリジェント自律システムなどである。
さらに、来るべき技術革新においては、イノベーションエコシステムのアプローチが重要性を増していくものと予想される。
社会と持続可能性に関しては、4・0における社会は受動的であり、その技術がごく自然に社会に影響を与える。
ところが5・0のアプローチにおける社会は能動的であり、達成すべき対象でもある。
この新たな産業革命の目的の一つは、「超デジタルスマート社会」の実現である。
その射程は企業の枠を超え、サプライチェーンと連動した社会へと拡がっていく。
加えて5・0では、4・0のように技術の影響だけを受けるのではなく、持続可能な開発が主要ターゲットの一つとなる。
5・0の技術・アプローチ・スマート社会の間の関係は、組織および社会に最も進んだ持続可能な環境を作りだすように設計されなければならない。
移行問題についてサプライチェーン4・0を論じている研究者たちは、調整機能とリーダーシップ、デジタルインフラ、戦略的整合性、人材のスキルとトレーニングなどを、全体的な課題として挙げている。
こうした課題は5・0においても同様だが、心理学的問題、労働者の安全、社会・倫理・学習・法律・規制などの課題など、その範囲と複雑さはいっそう増すことになる。
その中でも最大の課題は、技術偏重から調和のとれた人間中心という視点へのパラダイムシフトである。
(翻訳構成 大矢英樹)
それが昨今では、世界経済フォーラムや各国政府の主要アジェンダの一つにまでになり、価値創造の源泉として、グローバルな競争市場に直接的な影響を及ぼしている。
4・0の波が否応なく押し寄せてくる状況を受け、さまざまな議論や実践が、世界各国の各産業セクターにおいて行われている。
この革命的現象が他の知識分野といかなる関係にあるか、さらに理解を深めるための研究も盛んだ。
その具体的テーマとしては、製品開発、パフォーマンス評価、インダストリー4・0における中小企業、生産計画および管理、経営戦略、組織構造、サービス化、持続可能性、リーン生産方式などを挙げることができる。
4・0とその破壊的技術がサプライチェーンに与える影響というテーマに限ると、今のところ研究例はまだそれほど多いとは言えない。
だがその中には、4・0の文脈おけるサプライチェーンを「サプライチェーン4・0」と呼ぶ一群の研究者たちがいる。
彼らの間には、サプライチェーンという文脈におけるインダストリー4・0は単なる技術導入以上の意味をもつ、というコンセンサスがある。
その意味するところは、そもそも4・0技術を導入する以前に、効率的な導入に必要な能力、すなわちインフラ、労働者のスキル、調整などを理解する必要があり、さらにはこうした技術がサプライチェーンの透明性、応答性、効率、柔軟性などのパフォーマンス向上と戦略目標に寄与するようにしておかなければならないということである。
インダストリー4・0はまだ緒に就いたばかりの段階である。
ところがこの新しい技術環境における人間の役割について既に懸念の声も上がっている。
Cimini(2020)らは、4・0技術が台頭する状況下における物流事業者の役割を考慮に入れつつ、サプライチェーンとロジスティクスという領域について議論を展開している。
今はまだ構想段階にすぎない「インダストリー5・0」という考え方は、ロボットが産業を支配するというパラダイムに抗するものとして登場した。
サプライチェーン5・0のフレームワークとコンセプトを、図表1に図示した。
4・0が可能にする高度に自動化された環境では、もはや人間には価値がなくなってしまう恐れがある。
ロボティクスとオートメーションを招来した先の産業革命により、世界の製造業にはパラダイムシフトが起きた。
5・0はまだ具現化していないとはいえ、4・0で確立された一連の技術が引き続き利用されることから、この新たな革命でも同様の事態が起きることが懸念される。
政策立案者やCEOは破壊的技術(人工知能、IoTなど)の実力を見誤っている。
こうした技術と人間の能力の間に適切な相互作用が生じれば、真のイノベーションと潜在力が発現することに気がついていない。
日本政府がインダストリー5・0と並行して提唱する「ソサエティ5・0」も、科学界や実業界からの注目を集めている。
「超スマート社会」とも称されるソサエティ5・0という用語は、2016年に日本の内閣府の総合科学技術・イノベーション会議が策定した第5期科学技術基本計画において初めて提唱された。
インダストリー4・0、インダストリー5・0、ソサエティ5・0の相互関係を明らかにしようとする研究もある。
Soltysik-Piorunkiewicz(2021)らは、インダストリー4・0が破壊的技術の活用に重きを置くのに対し、インダストリー5・0は、4・0の技術を用いて持続可能な人間中心の社会を実現することを目標とするソサエティ5・0を可能なものにすると論じている。
しかしながら、4・0の破壊的技術を取り込んでソサエティ5・0を作り上げることには相当な困難が伴う。
ソサエティ5・0は産業システムの技術的・組織的変革という枠に収まるものではなく、こうした技術を背景にして持続可能な環境が立ち現れてくるよう、社会と人間の在り方そのものの変革を目指すものでもあるからだ。
人とモノをつないで知識や情報を共有するために先進的な技術と製品を用い、そこから社会とビジネスの連鎖や価値を生み出す。
産業という面から言えば、4・0技術の利点をフル活用することで、骨の折れるルーティンワークから人間を解放する。
さらにソサエティ5・0は、社会的制約をいくつかを取り払うことにより、社会問題の克服にも貢献することになる。
インダストリー5・0では「コボット(Cobot:Collaborative Robotの略)」というコンセプトが重要な要素の一つとなる。
製造現場で人工知能・ビッグデータ分析・IoTその他の破壊的技術を応用してロボットをインテリジェントに動かすことで、生産性の向上と廃棄物の削減、そして持続可能という目標に迫ってゆくというものである。
5・0の目指すところは、何よりも製造環境における人間の役割を強化することである。
また、パーソナライズされた製品を大量生産して、顧客に高い付加価値を提供することもその一部である。
インテリジェントなロボットやシステムにより、サプライチェーンはかつてないほど大きな影響を受けることになる。
サプライチェーン5・0を特徴づける要素は、人とロボットの協働作業(コボット)、マスカスタマイゼーション、パーソナライゼーション、超スマート社会(ソサエティ5・0)などである。
インダストリー4・0がスマートファクトリーの基盤を形成するのに対し、5・0は社会的スマートファクトリーの時代であると言うことができるだろう。
インダストリー4・0とは異なり、第5次産業革命とも言うべきインダストリー5・0がサプライチェーンにとって何を意味するかについて、まだ共通認識と言えるほどのものは存在しない。
インダストリー5・0と4・0の関係性に迫る論文は既に存在するが、5・0とサプライチェーンというテーマについては全く未解明である。
しかしながらサプライチェーンは、サービスおよび製品を社会に届けるという必要欠くべからざる役割を果たす。
インダストリー5・0という現象が、サプライチェーンのプロセスとその関係者たちに何らかのかたちで影響を与えることは間違いない。
そうであるからこそ、インダストリー5・0とサプライチェーンの関係性を正しく理解することが重要なのである。
本稿は体系的な文献調査に基づいて新たな視点を獲得することを目指しており、この新しいアプローチを「サプライチェーン5・0」と呼ぶことにする。
また、次の三つを研究課題として設定した。
研究課題1──インダストリー5・0という概念はどのような要素から成り立っているか? 研究課題2──インダストリー5・0はサプライチェーンにどのような影響を与えるか? 研究課題3──サプライチェーン5・0とは何か? 以上の内容を踏まえた上で、以下ではインダストリー5・0・同4・0・サプライチェーンの相互関係について説明を加えていく(図表2)。
インダストリー5・0の構成要素 構成要素1──産業戦略 インダストリー5・0は大きく四つの要素から構成される。
「産業戦略」「イノベーションとテクノロジー」「社会と実現可能性」「移行問題」である。
さらに構成要素1「産業戦略」は七つのキーワード、すなわち産業・技術・開発・文脈・応用・影響・未来から成る。
この「産業戦略」は、構成要素2「イノベーションとテクノロジー」において技術の応用が展開されると、他の構成要素と関係するようになり、インダストリー5・0戦略の進展とともに、構成要素3「社会と持続可能性」に直接影響を与える。
しかしながら5・0には、主として4・0からのパラダイムシフトに起因する課題と実施上の困難があり、それらが構成要素4「移行問題」とリンクする。
5・0では、高度な産業オートメーションとクリティカルシンキング(批判的思考)のスキルを活用しつつ、人間とスマートシステムのコラボレーションが推進される。
これは人と機械から成る労働力の効率的な活用を目指すものであり、製造現場で働く熟練労働者の位置づけを見直すという意味合いをもつ。
先の産業革命であるロボティクスとオートメーションの時代には、世界の製造業にパラダイムシフトがもたらされた。
5・0の実現にはまだ時間がかかるとしても、この革命とともにいずれ同じことが起こるだろう。
5・0で着目すべき点の一つがパーソナライゼーション(個人化)である。
5・0における競争優位性の源泉は、カスタマーエクスペリエンス(顧客体験価値)と組織のアジリティ(機敏性)にあり、パーソナライゼーションおよび社会とのコラボレーションが5・0の重要な要素となる。
技術の活用ばかりに注目が集まるという傾向は依然として根強いものの、カスタマイゼーションとパーソナライゼーション、そして技術の向上という現代的課題は、人間の関与があってこそ成し遂げられるものである。
技術進化と人間の能力向上の両立を目指すインダストリー5・0は、こうした現代的課題から生まれた。
未来学者たちの間では、人間とロボットのコラボレーションやコワーキングによって、人間らしさやパーソナライゼーションを付加するというテーマに関する議論が始まっている。
カスタマイズされた製品・サービスを顧客に提供するということが、パーソナライゼーション時代を特徴づける。
ここでの眼目は、機械と人間を同時かつ効率的に活用しながら相乗効果が現れる環境を作りだし、より高いレベルのパーソナライゼーションを実現することである。
医療産業を例にとれば、インダストリー5・0によってパーソナライゼーションの範囲が広がり、患者の必要性に応じてさまざまなタイプの移植組織を作ることができるようになるだろう。
構成要素2──イノベーションとテクノロジー 構成要素の二つ目「イノベーションとテクノロジー」は、イノベーション・IoT・システム・ビッグデータ・人工知能、という五つのキーワードに関係する。
これらの技術は現行のインダストリー4・0時代に属するものであるが、5・0へと移行する環境を整えるための土台となる。
しかしながら、4・0技術と統合した新たな技術アプローチが必要であるとの見方もあり、そのプロセスにおいてはイノベーションという要素が鍵になる。
例えばJavaid(2020)らは、5・0の要素として次の17を挙げる。
・ビッグデータ ・協働ロボット(コボット) ・スマートセンサー ・IoT ・人工知能(AI) ・マルチ・エージェント・システムおよびその技術 ・デジタルエコシステム ・デジタルマニュファクチャリング ・複雑適応系(CAS) ・スマートマテリアル ・3Dプリンティング ・4Dプリンティング ・5Dプリンティング ・3Dスキャニング ・ホログラフィー ・仮想現実(VR) 認知能力を高める技術には、人工知能関連(コグニティブコンピューティング、コンピュータビジョン、知識表現、機械学習、レコメンダシステム、プランニング、スケジューリング、最適化アルゴリズムなど)だけでなく、What if シナリオ分析、ビッグデータ分析、クラウドコンピューティング、仮想現実なども含まれる。
Aslam(2020)らの議論では、5・0を特徴づけるものとして、デジタルスマート社会、仮想空間と物理空間の統合、IoT、拡張現実、イノベーションエコシステム、ブレイン・マシン・インターフェイス(BMI)、技術における人間中心主義、などが挙げられている。
イノベーションについて言えば、5・0が重視されるようになるとともに、イノベーション・マネジメントに注目が集まるようになってきている。
そこでの課題は、人間/ユーザー中心主義という観点から、イノベーション・マネジメントの仕組みを刷新することである。
構成要素3──社会と持続可能性 構成要素3「社会と持続可能性」は、社会・コンセプト・課題・持続可能な開発・組織の五つがキーワードである。
インダストリー5・0アプローチの導入で影響を受けるのは、その中でも特に社会と持続可能性という側面である。
ソサエティ5・0を目指す上で、インダストリー4・0の技術は決定的な役割を果たす。
持続可能性を中心的な課題とするソサエティ5・0は、破壊的技術を基盤とする社会であり、その目的を達成する上で重要な役割を果たすのが情報とデータである。
こうした技術的背景をもつソサエティ5・0では、産業システムの技術的変革と組織的変革を隔てる壁を取り払い、持続可能な環境の実現に向けて社会と人間という側面が重視される。
インダストリー4・0の出現を受け、ソサエティ5・0は持続可能な経済の安定にとって必須の指針となった。
デジタルマニュファクチャリングからデジタル社会へ、というのがインダストリー5・0およびソサエティ5・0というコンセプトの主旨である。
インダストリー4・0の社会志向と技術イノベーションは、より持続可能な開発を目指す5・0というコンセプトの基礎なのである。
構成要素4──移行問題 構成要素4「移行問題」のキーワードは、課題と実施という二つだけである。
インダストリー5・0を実現する上で解決すべき課題と実施という側面である。
4・0のパラダイムである技術偏重から、バランスの取れた人間中心主義への移行は、最も大きな課題の一つと言える。
4・0の破壊的技術を取り込みつつ5・0を確立するのは、容易なことではない。
新たなテーマの一つが人間とロボットのコワーキング、そして組織および人間関係という側面におけるその意義である。
人間とロボットの適切な関係を構築する上で重要な役割を果たすのが、心理・社会・倫理・学習・法律・規制などにかかわる問題である。
5・0を実現するにあたっては、教育とスキル、労働環境、生産性と賃金の関係、技術と余剰人員、最適な製品、持続可能性、ガバナンス、倫理など、取り組むべきさまざまな領域がある。
地域の成長政策の後押しなど、幅広い共有が必要な要素に左右されることも多い。
サプライチェーン4・0と5・0 最後に、前述の四つの構成要素に沿って、サプライチェーン5・0とサプライチェーン4・0の関係を見ていくことにする(図表3)。
まず産業戦略については、4・0のコンセプトが技術的な環境に偏っているのに対し、5・0では技術を評価する姿勢は維持しつつ、主として協働ロボットが可能にする技術と人間のバランスのとれた環境をも重視する。
また4・0は、透明性・応答性・柔軟性・廃棄物削減・効率などのパフォーマンスを向上させることだけではなく、マスカスタマイゼーションの優位性をも追求する。
一方の5・0は、これらのパフォーマンス向上を前提とした上で、さらに製品とサービスのマスパーソナライゼーションによる付加価値を追求する。
4・0のイノベーションとテクノロジーを構成するのは、IoT・ビッグデータ分析・3Dプリンティング・クラウドコンピューティング・ロボティクス・ブロックチェーン・拡張現実・人工知能などである。
こうした技術は5・0においても同様だが、その中でも特に人工知能が活用される。
5・0の実現は、4・0の技術的基盤があればこそと言える。
しかし、5・0には、ここに新たな技術的進歩が加わる。
協働ロボット、マルチ・エージェント・システムとその技術、デジタルエコシステム、複雑適応系、4D/5Dプリンティング、3Dスキャニング、ホログラフィー、インテリジェント自律システムなどである。
さらに、来るべき技術革新においては、イノベーションエコシステムのアプローチが重要性を増していくものと予想される。
社会と持続可能性に関しては、4・0における社会は受動的であり、その技術がごく自然に社会に影響を与える。
ところが5・0のアプローチにおける社会は能動的であり、達成すべき対象でもある。
この新たな産業革命の目的の一つは、「超デジタルスマート社会」の実現である。
その射程は企業の枠を超え、サプライチェーンと連動した社会へと拡がっていく。
加えて5・0では、4・0のように技術の影響だけを受けるのではなく、持続可能な開発が主要ターゲットの一つとなる。
5・0の技術・アプローチ・スマート社会の間の関係は、組織および社会に最も進んだ持続可能な環境を作りだすように設計されなければならない。
移行問題についてサプライチェーン4・0を論じている研究者たちは、調整機能とリーダーシップ、デジタルインフラ、戦略的整合性、人材のスキルとトレーニングなどを、全体的な課題として挙げている。
こうした課題は5・0においても同様だが、心理学的問題、労働者の安全、社会・倫理・学習・法律・規制などの課題など、その範囲と複雑さはいっそう増すことになる。
その中でも最大の課題は、技術偏重から調和のとれた人間中心という視点へのパラダイムシフトである。
(翻訳構成 大矢英樹)
