ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2004年5号
ケース
サントリー――SCM

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

MAY 2004 32 発端は企業風土への危機感 サントリーは九四年に、多くの日本企業に 先駆けてロジスティクス管理を本格化した実 績を持つ。
それまでは各事業部が担当してい た需給調整の業務を、ロジスティクス部門に 全面的に移管。
需要予測から生産部門への指 示までを一元的に管理できる体制を整えた。
その後は在庫削減やコスト削減で成果を重ね、 一躍、ロジスティクスの先進企業として知ら れるようになった。
同社の売り上げ数量(連結ベース)は、九 〇年代を通じて一貫して増え続けてきた。
九 三年の段階で年間六三〇〇万ケースを扱って いた酒類は、二〇〇一年には一億ケースを超 えた。
同じく一億三〇〇〇ケースだった飲料 (ノンアルコールの飲み物)も、二億五〇〇 〇万ケースへとほぼ倍増した。
苦境にあえぐ 日本経済を後目に、数量ベースでは極めて順 調に伸びてきたわけだ(図1)。
しかし、業績は必ずしも楽観できるもので はなかった。
取り扱い数量の拡大にもかから わず、九四年から九九年までの五年間でサン トリーの利益率は四ポイント以上も下落して いた。
いくつかの理由があった。
洋酒事業で経営基盤を築いた同社は、かつ てピーク時には売り上げの約七割をウイスキ ーなどから得ていた。
だが、こうした高級洋 酒の売上比率は九七年には二十二%になり、 二〇〇〇年には十三%と急減している。
これ トップダウンのSCMで在庫を半減 本音はブームに便乗した風土改革 2000年にサプライチェーン・マネジメン ト(SCM)の導入に着手した。
IT偏重に陥 ることなく、SCMブームを巧みに利用しな がら企業風土の刷新を図った。
トップダウ ンの推進プロジェクトと、工夫を凝らした 社内の啓蒙活動が奏功して、99年からの4年 間で商品在庫の半減に成功した。
サントリー ――SCM 33 MAY 2004 に代わって急増したのが飲料だった。
洋酒と くらべると圧倒的に単価の安い飲料に主力が シフトしたことで、従来とは異なる薄利多売 になったことが利益率を押し下げた。
スーパーやコンビニエンスストア、酒ディ スカウンターなどが台頭した影響も大きかっ た。
一昔前のサントリーは、メーカーの巧み な広告で消費者の購買意欲を引き出し、市中 の酒販店で製品を定価販売していた。
しかし、 価格訴求型の量販チェーンの台頭によって値 引き販売が常態化し、そこでは値引きの原資 にメーカーの販促費が充てられるようになっ た。
こうして増大した販促費も、同社の利益 率を悪化させる一因となった。
九〇年代前半に順調に減らした在庫も、九 〇年代後半になると再び増えてしまった。
九六年末の段階で三一〇億円分あった商品在庫 は、九九年末には五三〇億円にまで膨脹した。
九〇年代末のワインブームに乗って一年越し で製品の輸入量を急増させたところ、瞬く間 にブームが沈静化し、膨大な在庫を抱えたこ となどの影響が大きかった。
同社は九〇年代を通じてロジスティクスの 導入を進めてきたが、長い年月をかけて培わ れた?洋酒文化〞はそう簡単には変わらなか った。
ワインやウイスキーといった洋酒は、 極端な言い方をすれば年月を経るほど価値を 増す。
そこには「在庫は悪」とみなす現在の 風潮とは対極のメンタリティがある。
同社が ワインブームに乗って在庫を急増させてしま った根底には?企業風土〞ともいうべき難物 が横たわっていた。
この状況を重くみたサントリーは、二〇〇 〇年に抜本的な企業改革に乗り出した。
最初 は経営企画本部のなかで検討を進め、二〇〇 〇年一〇月に同部門の中に「SCM革新プロ ジェクト」を発足したのである。
スタート時 から同プロジェクトに携わり、現在も全社的 なサプライチェーン改革の旗振り役を務めて いるSCM推進部の中井敏雄課長は、当時の 状況をこう振り返る。
「お得意さまの変化によって販促費が急増 する一方で、当社の事業構造も急速に変わっ ていた。
販促費は減らせないため、利益率を 高めようとしたら原価や物流費を下げるしか なかった。
そこで、ちょうど海外で流行って いたサプライチェーン・マネジメント(SC M)に目を付けた」 こうしてSCMの導入を決めたわけだが、 サントリーが巧みだったのはここからだ。
す でに当時はSCMブームに踊った多くの日本 企業が、高価なソフトを導入して失敗してい た。
根本的な企業運営の仕組みを改めずにI Tを入れても、投資に見合う成果を得られな かったためだ。
その点、サントリーはプロジ ェクトを発足したときからITの限界を明確 '93 300 250 200 150 100 50 0 (単位:百万ケース・標準瓶換算) (サントリーフーズ連結) 図1 90年代を通じて増え続けたサントリーの物量 '94 '95 '96 '97 '98 '99 '00 '01 ビックル ホップス〈生〉 樹氷 CCレモン ボスプラスワン デリカメゾン スーパーチューハイ S・マグナムドライ 膳 なっちゃん DAKARA PEPSI 133 ボスセブン 100 253 63 食品(飲料) 酒類 図2 SCM を社内に徹底するため「6つの課題」を明示した 需要予測・営業革新 商品・スペックの見直し 需給・購買の業務革新 製造・物流拠点再編 在庫削減 SCM情報の共有化 ・可視化 委託先・サプライヤー 購   買 生産・研究 事 業 部 ロジスティクス 営   業 流通・お客様 情情報報シシスステテムム( IT) 各部の連携が不可欠! に意識していた。
同社が狙ったのは、最初からSCMという 経営手法を利用して?企業風土〞を変えるこ とだった。
前述した洋酒文化の他にも、サン トリーには営業部門や生産部門が個別に動く という課題があった。
役員会で両部門の責任 者が同席しても、互いの戦略にはほとんど口 を出さない。
部門を超えて企業の全体最適を 追求したいというのが、サントリーがSCM の導入を決めた隠れた狙いだった(図2)。
三三〇億円のコスト削減効果 この動きは、二〇〇一年三月に佐治信忠社 長が就任したことで一気に加速した。
社長就 任と同時期にSCM本部を発足し、それまで は社内プロジェクトに過ぎなかった活動を全 社レベルで本格化した。
需給調整を担当して いたロジスティクス推進部と物流部もSCM 本部のなかに入れられ、これらと並立するか たちでSCM推進部が新設された。
約一五人の従業員からなるSCM推進部は、 スタッフ部門として主に二種類の業務を担当 している。
ほぼ半分の部員は、全社的なSC Mの推進に携わっており、社員の意識改革を 進めるための啓蒙活動やITシステムの構築 などに取り組んでいる。
一方、残り半分の部 員は、サプライチェーン全体という観点から 物流の実務を最適化しようとしている。
他に生産や営業の現場にもSCMの担当者 を配置した。
「各事業部門のなかにSCMし かやってはいけない人たちを置いた。
営業推進部長 とか生産推進部長などの 部門長も全員がSCMの 担当を兼ねている。
このた め私の日常的な仕事は、自 分の部下と一緒にやるの が半分、人事的にはまっ たく関係のない社内の人 たちとクロスファンクショ ナル的に動いているのが半 分という感じ。
具体的な 活動は事業部のマネージ ャークラスの人たちに進め てもらい、我々は側面か ら支援をするという役割 分担になっている」(SC M推進部の中井課長) SCM本部の発足から 半年後には、こうした動 きをさらに強化する社内 組織を新設した。
日常的 にサプライチェーン改革に 取り組むSCM本部とは 別に、経営に直結した「S CM委員会」を発足。
SCM委員長に社長 が就き、副委員長には経営企画部門のトップ が座った。
その下に営業や生産、情報システ ムなどの役員が連なるという体制である。
現 在、同委員会の副委員長を鳥井信吾副社長 が務めていることからも、典型的なトップダ ウンの組織であることが分かる(図3)。
この委員会は、狙い通りサントリーの風土 改革に大きな役割を果たした。
従来の経営会 議では互いに干渉しようとしなかった営業や MAY 2004 34 図3 トップダウンの体制を整えたことが成功につながった ●委員長 社長 ●副委員長 SCM本部長 ○経営企画本部長 ○カンパニー長 ○生産・営業・情報システム コーポレイト カンパニー SCM ボード会議 各事業部に SCM専任 メンバー SCM革新 プロジェクト (カンパニー軸) (機能軸) SCM委員会 カンパニー ビジネスサポート 社  長 調達開発部 SCM本部 情報システム事業部 食品カンパニー B&Rカンパニー W&Sカンパニー 外食・開発カンパニー 海外カンパニー 包材部 SCM推進部 ロジスティクス推進部 物流部 マケ/営業/生産 マケ/営業/生産 マケ/営業/生産 経営企画本部 グループ経営戦略会議 35 MAY 2004 生産のトップ同士が対話するようになったの である。
当初、「商品アイテムの見直し」を 進めたときには、アイテム削減によって効率 を高めたい生産部門が積極的に発言した。
次 段階で生産の小ロット化などを進める話にな ると、今度は柔軟な商品供給を求める営業部 門が口を出した。
いずれも従来のサントリー には不足していたやりとりだった。
経営レベルの意識改革の進展は、実務レベ ルの取り組みも後押しした。
トップダウンの 意志決定によって、およそ三七〇〇あったア イテム数の約三分の一をカットしたこともあ って、在庫は再び急減した。
前掲の通り九九 年末に五三〇億円まで膨れあがっていた在庫 を、二〇〇三年末には二七〇億円へとほぼ半 減することに成功した。
コスト削減も順調に進んだ。
二〇〇一年度 に約七〇億円強のコスト削減効果を出すと、翌二〇〇二年度には約一六〇億円を減らした。
二〇〇三年度にも約一〇〇億円を減らし、三 年間の累計削減額はおよそ三三〇億円にも上 った。
この削減額は従来通りのやり方だとい くらになっていたであろうコストに対して、 実際にいくらで処理したかと試算した数値に 過ぎないが、大きな成果が出たことは間違い ない。
成果は公表されている経営指標からも伺え る。
九〇年代末に三%前後で推移していた同 社の経常利益率は、二〇〇〇年には五・二% になった。
翌年は三・五%へと落ち込んだが、 二〇〇二年には再び五・〇%まで盛り返した。
むろんSCMの効果だけではないはずだが、 利益率を底上げするという当初の狙いは、そ れなりに達成していると言えるだろう。
SCMソフトで月次計画を週次へ もちろんサントリーのSCMは、組織改革 や企業風土の刷新だけではなかった。
マニュ ジスティックス社の需要予測ソフトを導入す ることで、サプライチェーン管理を高度化す ることも実践している。
新たなITの導入は 二〇〇〇年一〇月にプロジェクトを発足した ときから検討し始め、事業部ごとに段階的に 導入していった。
最終的に二〇〇二年四月に 全面稼働したのだが、特筆すべきは決してI Tに踊らされなかった点だ。
「以前は表計算ソフトを使ってやっていた 予測作業をシステムに置きかえた。
ただし、 正直な言い方をすればITは何でもよかった。
我々が実現したかったのは、計画の周期を月 次から週次に改めること。
従来はビール事業 MAY 2004 36 の影響で一〇日単位で月次の計画を見直して いた。
だが実態は月間の数字が見えてくると、 いきなり予測値を修正して数字を合わせてい た。
これを営業から生産にいたるまで、週次 で物事を考えるように変えたかった」と中井 課長は説明する。
ITの導入を契機に、いわば社内の意識改 革を進めようとしたのである。
SCMソフト を導入すれば否応なく週次で計画を見直す作 業が発生し、従来のように恣意的な数字の操 作もできなくなる。
そこではソフトは、あく までもツールという位置づけに過ぎない。
こ こからも同社のSCMが上手く機能している 理由を見出すことができる。
もっとも、すべてが順調というわけではな かった。
需給担当者や工場の負担ばかりが増 えてしまったという面もある。
このあたりは 今後もう一度、見直していく方針だという。
新製品の予測についても現状では誤差が大き く満足できる状態ではない。
だが過去の経験 から、新製品の予測が難しいことは分かって いた。
この点は、爆発的なヒットに備えてど こまで経営リスクを覚悟すべきなのかという、より高いレベルの問題と割り切りつつ有効な 対応策を模索している段階だ。
こうした課題を除けば、需要予測ソフトの 導入結果にはおおむね満足している。
予測精 度は、実績値との乖離を一五%以内に納める ことを目標に運用しているが、既存製品につ いてはほぼ一〇数%に収まっている。
SCM 本部がシステムを使って予測する数値とは別 に、営業部門に独自に予測してもらい、その 差違を各営業マンの賞与に反映させたという 工夫も、社内の緊張感を高め予測精度を向上 させることにつながった。
サントリーのIT活用で、より興味深いの は社内のイントラネットの使い方だ。
同社の 女性社員二人が作ったという「SCMナレッ ジパラダイス」というサイトは、SCMに関 する啓蒙と、全社的に知識を共有するための 仕掛けだ。
サイト画面には可愛いイラストが ちりばめられ、「おしえて! ぱんだ先生」と か「SCMってなあに?」などと言った、く だけた文言が並ぶ。
しかし、その内容はかな りハイレベルだ。
「おしえて!」では、SCM分野のベスト セラー『ザ・ゴール』を読み解くといった堅 いテーマを継続的に取り上げている。
在庫と は何か、なぜSCMに取り組む必要があるの か――そういった基本的な事項を社員に再確 認してもらう狙いがある。
サイトを通じて社 員がSCMの活動成果を数値で確認できるコ ーナーや、社 内で同じよう な悩みを持つ 他部署と自部 門をベンチマ ークできる評 価指標を掲載 しているコー ナーもある。
まさに、最近 ではあまり聞 かなくなったナレッジ・マネジメントを実践 しているのである。
多くの結果を出してきたサントリーの取り 組みだが、まだ手付かずの課題もある。
SC Mの本丸とも言うべき川下企業と組んだ業務 の最適化は、その最たるものだ。
調達サイド の取り組みはSCMに取り組む以前から手掛 けてきた実績がある。
SCM推進部としても 実験的なレベルでは取り組みつつある。
しか し、小売業をはじめとする川下企業との協働 は、まったく手付かずの大きな課題だ。
SCMの導入によってサントリーは、「や ってみなはれ」という言葉に象徴される活気 を保ちつつ、時代と市場の変化に対応できる 企業体質を育もうとしてきた。
一過性のブー ムに踊らされることなく、逆にそれを利用し てきた手法は見事だ。
同社の取り組みから他 社が学ぶべきは、そのしたたかな対応能力と いえるだろう。
(岡山宏之) SCM推進部の中井敏雄課長 サントリー社内のイントラネット

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