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2022年5月号
特集

需要予測でサプライチェーンの未来を創る

需要予測がS&OPのベース  「S&OP(Sales and Operations Planning)」の概念は、日本の製造業にも2010年代から広がってきた。
S&OPとは、中長期の需給ギャップを可視化してリスクを社内で広く共有し、マーケティングや営業、SCM、ファイナンスといった各種機能をまじえた議論によって経営層の迅速な意思決定を支援するプロセスである[1]。
その本質は事業戦略のオペレーションとしての実行である。
 S&OPにおいて、経営層と営業や生産、物流などの各業務部門は、同じ予測数値を共有する。
しかし、社内の数字の統一のいわゆる“ワンナンバー”をS&OPの目的としてはならない。
ビジネス環境の不確実性が高まる中、従来のように一つの数字でサプライチェーンを動かしていくことには限界が見えてきている。
各社のビジネスモデルやサプライチェーン構造、戦略、既存の組織風土などを考慮して運用方法をアレンジしないと、ROAや在庫回転率の向上といった経営的な効果を創出することはできないことが指摘されている[2]。
 需要予測の精度を高めるためにS&OPを導入するという話も聞くが、これもまた順番が逆である。
需要予測をグローバルの平均的水準[3]以上にできる企業でないと、S&OPの推進は意味をなさない。
 S&OPの具体的なプロセスは、次の四つのステップに整理されることが多い[4]。
①デマンドレビュー ②サプライレビュー ③プレS&OPミーティング ④エグゼクティブS&OPミーティング  ①デマンドレビューとは、需要予測をベースに、未来のマーケティングプロモーションや環境変化の想定を加味した計画を精査するプロセスである。
筆者が所属する企業ではSCM領域のプランニングチームがこれをリードしている。
これはそのチームがSKU別の需要予測を専門的に担っているからである。
 古典的な多重指数平滑法をベースとした時系列モデルや機械学習AI、オペレーションズリサーチの手法などを駆使した需要予測を基にして、マーケティングや営業部門からの情報をデータ分析によって数値化して計画を作成、合意している。
ブランドやカテゴリー、場合によってはアカウント合計での需要予測と事業計画の乖離を確認し、マーケティングアクションの再考を促したりもする。
 ②サプライレビューは生産、調達部門が主導する場合が多い。
デマンドレビューで合意された需要予測に対し、原材料、最終製品の生産キャパシティや人員、ロジスティクスの制約を確認する。
 ここで可視化された先々1年半~2年程度の需給ギャップからリスクを評価し、ファイナンス部門も含めた関係者で議論するのが③プレS&OPミーティングである。
筆者は経験から、このミーティングのデザインが極めて重要だと感じている。
例えばグローバルにビジネスを展開している企業であっても、マーケティングは一部エリアに特化している場合が多い。
販売がローカルに完結するのであれば、その単位で意思決定ができるようにプレS&OPミーティングを設計するのが有効である。
 一方で、そうした企業でもサプライチェーンは世界で共有している場合が多い。
その方が効率的に資産を活用できるからである。
この場合、供給上の制約をエリア間で調整しなければならないが、それぞれの経営層では決定できないという問題が生じる。
そこで有効になるのが組織横断的な意思決定を担う④エグゼクティブS&OPミーティングである。
これにはCEOクラスが参加するのが望ましいとされている。
 しかし、基本的には、エリアや事業ごとのプレS&OPミーティングで迅速に意思決定していくことが有効である。
ここで重要になるのが、事前の需給データの分析である。
需要の背景を踏まえた上で、 ✓最新の市場変化や未来のプロモーション計画を反映したSKU別の需要予測 ✓ブランドやカテゴリー別の予測精度 ✓各種供給の制約 ✓中長期のSKU別の在庫見通し  などを解釈できるチームが意思決定のための情報を整理しておく。
専門的な知見が必要になるため、本格的にS&OPを設計・推進するのであれば、専属チームの設置が必要だと言われている。
 需要予測はこれまで、在庫や生産、ロジスティクス計画の立案に使われるSCMのトリガーとして認識されてきた。
しかし、ビジネス環境の不確実性が高まり、事業戦略を推進する迅速な意思決定が求められる中、S&OPの土台としての役割が注目され始めている。
 さらにS&OPも、1980年代に米国で提唱されて以来、在庫計画の基になる粒度の粗いコミュニケーションとして説明されてきたが、その概念自体が進化しようとしている[5]。
ここまで述べてきた通り、S&OPを需給のインテリジェンスと位置付けて、マーケティングやファイナンスといったSCM以外の領域にも価値を提供することが競争力を生み出し始めているのである。
 ちなみに筆者は自身がマネジメントするチームのパーパス(存在意義)を「需給のインテリジェンス機能として将来キャッシュフローの創出に貢献すること」と示している。
この進化のために強力な武器となるのがAIだ(図1)。
需要予測AIが目指す価値  需要予測にAIのモデルを導入するという話をよく耳にするようになった。
しかし、事例の多くは発売後しばらくの期間が経過した既存製品を対象にしている。
 ここで留意すべきは、それによってどのようなビジネス価値を生み出そうとしているかだ。
高度な時系列モデルを実装したシステムを従来から使いこなしている企業や、豊富なビジネス知見を持つプロフェッショナルが予測を担っている企業においては、単に既存のロジックをAIに置き換えるだけでは、新たな価値を創出できない可能性が高い。
 需要予測担当者の人員削減や中長期的な人事異動への対応というAIの活用目的も理解はできるが効果は限定的であり、そもそもそれでは夢がない。
そこで筆者は、需要予測AIは次の二つの方向性で価値創出を目指すのが良いと考えている。
・発売前時点における需要予測 ・より小さなセグメントにおける需要予測  新製品、特に発売前のコスト試算や原材料調達の段階での需要予測は、業界を問わず多くの企業で課題に挙げられる。
一方、既存製品は古典的な統計予測モデルでも十分な予測精度を出せる商材が多いものの、経験値を積んだプロフェッショナル人材の多い日本企業では改善の余地は限られている。
これまで筆者が需要予測のビジネス講座を介して200人近いSCMの実務家と議論してきた実感である。
 そこで筆者が2017年から取り組んできたのが、新製品の需要予測AIの開発である。
発売の半年程度前の時点で、発売から3カ月間の最終消費者の需要を予測するモデルだ。
 筆者のチームで試行錯誤を繰り返した結果、このモデルは19年に、マーケティング部門とのコンセンサスによって行う従来手法の予測精度を上回り、20年以降は億円単位の大きな効果を創出している[6]。
効果とは具体的には、品切れによる機会損失と過剰在庫の抑制による売り上げ、利益への貢献である。
これは需要予測AIで目指す価値を適切に設定できた結果であると考えている。
 さらに後者の「より小さなセグメントにおける需要予測」についても、昨年から取り組みを開始した。
ここでいう「小さなセグメント」とは空間的なエリアのことも指すし、時間的なフォーキャスト・バケットのことも指す。
「全国」ではなく「東京」、「月別」ではなく「日別」といったイメージである。
 顧客層という軸でも通常の「アカウント別」の需要予測からさらに進んで、より細かなレベルに属性を落とし込んだチャレンジが始まっている。
顧客別の需要予測は当然ながらマーケティングに直結し、ここでも新たな価値を創出できる可能性が高い。
 例えばある新製品に対する2人の顧客の購買確率が40%と20%だったとしよう。
この時、どちらをプロモーションの対象とするかは明らかであり、顧客別の需要予測を利用することでマーケティングの投資対効果を高めることができるはずだ。
さらに、プロモーションの方法を分類してデータを蓄積することで、顧客の特性別に有効な種類を特定できるかもしれない。
これも需要予測である。
 ここで紹介した、小さなセグメントにおける需要予測を、筆者は「エッジ・フォーキャスティング」と名付けた。
需要が発生するリアルな現場での予測という意味である。
 大きな粒度の予測では考慮する必要がなかった、日々の天候や特定エリアにおける人流、店舗の立地や商圏の広さ、個人の購買行動の特徴といった、細かく、大量のデータを駆使するエッジ・フォーキャスティングは、原材料や最終製品の生産以外の領域に新たな価値を提供する。
 例えば、エリア別の配車計画である。
トラックドライバー不足や労働時間に関する法律の改正、ECの拡大によってラストワンマイルの物流クライシスが叫ばれている。
エッジ・フォーキャスティングでロジスティクスの最適化を図ることに大きな価値があることは想像しやすいだろう(図2)。
需要予測AIでビジネス価値を生む  これら2種類の方向性、すなわち「発売前時点における需要予測」と「より小さなセグメントにおける需要予測」には共通点がある。
それは、需要の因果関係がより複雑であるということだ。
言い換えれば、需要に影響する要素が多いということである。
 従来使われてきた時系列モデルは、基本的に因果関係には対応できない。
一方、因果モデルでよく使われる重回帰分析は、変数が多いと多重共線性によって各要素の影響度の信頼性が低くなってしまう。
つまり、従来のロジックでは小さなセグメントにおける複雑な因果関係には精度高く対応できないのである。
 ビッグデータを扱うのが得意なAIを、そこに活用できると考えている。
ただし、需要予測AIは、単にデータサイエンティストを採用し、プログラムを書いてもらうだけでは成果を生み出せない。
既に述べた通り、まずは目標設定が一つの重要なポイントとなる。
 これに加えて、AIの導入に合わせて精度や機能を向上しなければならない要素がある。
それは「需要予測高度化のフレームワーク」に沿って整理することが有効だ。
筆者が海外論文[7]を基に、アドバイザーを務めるコンサルティングファームと共に設計したのが図3のフレームワークである。
 繰り返すが、需要予測のオペレーションは、高価なシステムの導入や外部からの人材採用だけでは高度化できない。
①予測に使うデータ、②ロジック、③システム、④予測のパフォーマンスをマネジメントするしくみ、予測を担う⑤組織と⑥人材という六つの要素を連動させてそれぞれ強化することで初めて高度化は可能になる。
 ここではそのうちデータとパフォーマンスマネジメント、人材について、より具体的に需要予測AIと関連づけて説明しよう。
・予測のためのデータ  需要予測AIの精度は学習データによって決まるといって過言ではない。
予測の対象となる商材、サービスの需要の因果関係を説明できるデータを整理し、AIに学習させる必要がある。
しかし、この学習データが多くの企業で十分ではない。
企業のBI(ビジネスインテリジェンス)にはファイナンスやマーケティングの視点でデータが蓄積されているが、需要予測の目線とは異なるからである。
 例えば、マーケティングプロモーションの投資額であればすぐにデータを取り出せても、その質的な評価はBIに保存されているだろうか。
あるいは、エッジ・フォーキャスティングに必要な、顧客の属性とひもづいたID-POSは用意されているだろうか。
こうした需要予測AIのためのデータマネジメントが極めて重要になるのである。
・予測パフォーマンスのマネジメント  予測パフォーマンスのマネジメントは、需要予測AIの目標価値の設定がその一つである。
さらに筆者が「リバース・フォーキャスティング」と呼ぶオペレーションも重要だ。
人間には根拠の分かりづらいAIの予測結果を解釈し、関係者との議論をファシリテートするものである。
 通常の需要予測は、根拠となる情報に基づいて行う。
しかし、需要予測AIでは、先に結果が提示されるため、それをどう意思決定に使うかを示すことが必要になる。
それには需要の背景を熟知していなければならないし、AIの学習データを理解している必要もある(図4)。
 さらに需要予測AIは、環境変化や新しいマーケティングプロモーションの登場に合わせて、学習のフィードバックループを回し続けないと精度が悪化してしまう。
AIの予測結果の評価を基に、新たにどんなデータをセンシング、創造することが必要なのかを考え、AIの継続的な学習をリードすることが競争力になるのである。
・需要予測のプロフェッショナル人材  需要予測のためのデータマネジメントやモデルの選定、システムのデザイン、パフォーマンスマネジメントの実践などは、全て人によって行われる。
筆者はS&OPの成否はつまるところ、需要予測の知見とスキルを持った人材の育成にかかっていると考えている。
また、リバース・フォーキャスティングも、それを担う人材の知見とスキルにかかっている。
各社のビジネスモデルに合わせ、需要予測にどんなスキルが必要なのかを整理してジョブディスクリプションを設計し、それに沿った教育プログラムを整備することが重要である。
4種の需要予測で未来を創る  これらの要素をバランス良く強化することで、需要予測AIの精度が高まるだけでなく、新しいビジネス価値の創出を目指すことができる。
もちろんAIも不確実性に完璧に対応できるわけではない。
 そこで有効になる発想が「レンジ・フォーキャスティング」である。
一つの数字で需要を当てるという発想から脱却し、複数のシナリオを想定し、幅を持った需要予測でビジネスリスクを評価するのだ。
この「幅」は、サンプルデータの少なさに対応する信頼区間とは別物である。
統計的な不確実性に対応するものではなく、因果関係を踏まえた需要の不確実性に対応するものだ。
 直近の分かりやすい例は新型コロナウイルスの影響だろう。
その不確実性の高さは誰もが感じている通りだが、(1)感染が収束、(2)一定の規模で繰り返す、(3)さらに状況が悪化する、といったシナリオを考えることはできる。
 因果モデルが整理されて、さらに新規感染者数や緊急事態宣言の地域や期間を学習した予測AIが構築できていれば、各シナリオにおける需要を迅速にシミュレーションできる。
この需要の「幅」はそのまま品切れと過剰在庫のリスクを示す。
定量的に評価できるため、SCMでのリスクヘッジを具体的に検討することができるのだ。
 レンジ・フォーキャスティングの最大のメリットは、品切れによる機会損失や過剰在庫による利益の減少といったビジネスリスクを数字で評価できることだ。
これをマーケティングやファイナンスといった社内の複数の部門へ発信することで、それぞれのアクションの変更を促すことができる。
投資対効果の高そうなセグメントをAIで予測し、追加のプロモーションを実施したり、事業部別の予算配分を見直してコストをコントロールしたりすることもできる。
 ただし、このレンジ・フォーキャスティングも、先述の六つの要素の高度化によって実現する。
特に重要なのが予測モデルの整備とそのパフォーマンスマネジメント、それらを主導する人材だ。
未曽有の事態が発生してから動き出すのでは遅い。
平時から需要予測オペレーションの高度化を図っておかないと、有事の際の対応力、つまりはレジリエンシーが高くならない(図5)。
 不確実性の高い環境下では、関係者の納得感を醸成し、自分たちから環境へ働きかけていくという考え方が競争力を生む──「センスメイキング理論」[8]として知られている経営理論である。
筆者は、レンジ・フォーキャスティングはこの納得感の醸成に有効であり、需要予測でセンスメイキングする、という新たな発想が重要になると考えている。
 センスメイキング理論ではさらに、環境へ働きかけた結果として得られる反応を考慮し、自分たちの行動を調整していくことの重要性が指摘されている。
これと整合するのが、筆者が提唱している「アジャイル・フォーキャスティング」という概念だ。
常に市場の変化をモニタリングし、早期かつ迅速に需要予測をリバイスするという考え方である。
 この発想は、米国の調査で発見された、全人口の2%を占める「Super Forecaster(超予測者)」[9]の目立った特徴と整合していることも興味深い。
機密情報を持つ専門機関に劣らない予測精度を示した彼らには、常に予測対象に関連する最新の情報を追い求め、過去の予測に固執することなく、変化に合わせて予測をリバイス(修正)する傾向があった。
 筆者はアジャイル・フォーキャスティングには次の2種類のスピードが重要だと主張している。
・早期に市場の変化を察知する ・迅速に需要予測をリバイスする  これらを可能にするのは、需要の因果関係に関する知見と、予測のスキルだ。
また、このスピードを高めるためには、レンジ・フォーキャスティング同様に、予測モデルの日頃からの整備が有効だ。
環境の変化を表現するデータを投入するだけで、すぐに予測値に変換できるからだ(図6)。
 本稿のまとめとして最後にお伝えしたいのは、需要予測で未来を創造できる、ということだ。
既に述べてきた通り、不確実性の高い環境下では、従来の一つの数字による大きな粒度の需要予測は競争力を失い始めている。
 AIを使ってより小さなセグメントでエッジ・フォーキャスティングを行い、マーケティングやロジスティクスの最適化を進めることが、一つの目指す方向性になるだろう。
これにはAIの予測を解釈し、ビジネス価値への変換をファシリテートするリバース・フォーキャスティングが必要になる。
 複数のシナリオを想定し、ビジネスリスクを評価するレンジ・フォーキャスティングへの発想の転換も有効だ。
加えて、市場の変化を常にモニタリングし、最新の情報に基づいて予測を更新するアジャイル・フォーキャスティングを広く発信することで、マーケティングや営業、ファイナンスといった各種機能のアクション変更を促す。
 これら4種の需要予測がビジネスのレジリエンシーを高め、強い競争力を生み出すことになる。
その結果、当初の予測は良い意味で外れて、新たな需要が創造されているはずだ。
参考文献 [1]山口雄大.『新版 この1冊ですべてわかる 需要予測の基本』.日本実業出版社.2021. [2]Eric Wilson."Where to Begin? Practical Tips to Start S&OP Implementation". Journal of Business Forecasting, Winter 2021-2022, 5-6,18. [3]Chaman L, Jain."Benchmarking Forecast Errors". Institute of Business Forecasting & Planning, Research Report 13. 2014. [4]Gattorna, John."Dynamic Supply Chain Alignment: A New Model for Peak Performance in Enterprise Supply Chains Across All Geographies". Routledge. 2009. [5]デイビッド・シムチ=レビ & クリス・ティマーマンス. 渡部典子訳.〝サプライチェーンのデジタル化をシンプルに進める方法〟. Diamond Harvard Business Review, March 2022, p.104-113. [6]山口雄大.〝新製品の発売前需要予測におけるAIとプロフェッショナルの協同〟. LOGISTICS SYSTEMS Vol.30, 2021 秋号, p.36-43. [7]Ann Vereecke, Karlien Vanderheyden, Philippe Baecke and Tom Van Steendam."Mind the gap – Assessing maturity of demand planning, a cornerstone of S&OP". International Journal of Operations & Production Management, Vol. 38. No. 8, pp. 1618-1639. 2018. [8]Karl E. Weick, Kathleen M. Sutcliffe, David Obstfeld. "Organizing and the Process of Sensemaking". Organization Science. 16.(4.):409-421. 2005. [9]ポール J.H.シューメーカー, フィリップ E.テトロック.〝不確実な時代における競争優位の源泉 超予測力:未来が見える組織〟.Diamond Harvard Business Review, January 2017, P.39-48.

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