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2022年3月号
特集

2022年度から始まる運賃交渉の新常識

業界の対応は完了している?  「残業時間の平均は月60時間以下、最も多い人でも80時間超えは例外的。
明日から2024年になっても構わないよ」──本稿を執筆するにあたって、日頃から付き合いのある運送事業経営者にヒアリングしたところ、そんな内容のコメントが相次いだ。
 確かに、厚生労働省の「賃金構造基本統計」を見ても、ドライバーの月間労働時間は、営業用大型ドライバーが211時間(所定内176時間+残業35時間)、普通・小型は207時間(所定内176時間+残業31)にすぎない。
 この統計はよく「ドライバーの労働時間は全産業平均(月175時間)と比べて2割長く、かつ賃金は2割安い」という指摘に使われるのだが、残業時間だけをみれば、大型トラックの35時間でも、24年問題で焦点となる「上限月80時間」の半分以下である。
 トラック運送業界の24年問題対応は、ごく一部の例外を除いて、既に完了しているということだろうか? いや、決してそうではない。
問題は「そもそもドライバーの残業時間はまともに把握されていない」ことにある。
 「ウチも、かつてはそうだった」と話してくれたある経営者は、当時は残業時間に「関心がなかった」という。
ドライバーに基本給の他に支払う手当てが、時間に応じた「残業手当」ではなく、運賃収入に応じたいわゆる「歩合給」だったためである。
 もちろん、運転日報はつけており、個々の運行の出発時刻や到着時刻は記録している。
しかし、給料の対象となる「休憩時間を除く労働時間」が何時間なのか、これをドライバーごとに集計したら月の所定労働時間をどれだけ上回るのか、ということについては、月々把握する必要がなかったのである。
 残業時間は不問のまま、よく働くドライバーであれば月80万円もの歩合給を払う──かつてはそれがトラック運送業界の一般常識であり、頑張れば稼げることが、ドライバーという仕事のやりがいとしても認識されていた。
 また、別の事業者からは、運転日報の記録から労働時間を切り出す作業の難しさを聞いた。
特に悩ましいのは「休憩」と「待機」の区分であるという。
「列に並んで進まなければならない場合は待機、車から離れることができれば休憩といった基準は承知しているが、実際にドライバーがどの状態にあったかということまでは把握できない。
ドライバーの自己申告に頼るしかない」という。
 この会社の業務は長距離主体で、1回の運行で複数回の休憩が記録される上、届け先や帰り荷の積み込み先はその都度違う。
ドライバー個々人によって判断に差も生じる。
この会社では休憩を正しくとることを特に厳しく指導し、ドライバーの評価にも反映させているが、ドライバーによっては自分に有利に記録しようとするかもしれないし、単純な入力ミスも発生する。
 データ自体がこうした問題をはらむ中で、労働時間および残業時間を正しく把握することは、なかなか容易ではない。
業界の統計やアンケート調査で報告される残業時間は、実態のごく一部分しかとらえていないのである。
 「歩合給」や「長距離手当」といった形での賃金の支払いは、現在も広く行われている。
数字で実態はつかめないものの、これらをメーンとする事業者もかなりの割合で存在すると考えられる。
そうした事業者においては今なお残業時間を管理する動機は乏しい。
 働き方改革で労働安全衛生法が改正され、19年4月から「労働時間の客観的な把握」が義務付けられたが、記録方法が紙からデジタルに変わっても、この状況に本質的な変化は生じていない。
トラック運送業界の24年問題への対応は、ドライバーの残業時間を適切に把握するところから始まると言えるだろう。
残業時間の把握が必要な三つの理由  ここで、あらためて考えてみたい。
残業時間が把握されていないと、運送事業の経営において何が問題になるのだろうか?  「法令違反だから」という杓子定規な答えはとりあえず脇において、問題を「安全面の問題」と、運賃交渉を主軸とする「対荷主交渉力」に関わる問題、そしてドライバーの採用・労働環境保全に関わる問題という三つの面から考えていくことにしたい。
 そのうち安全面の問題については、ここでは多くは触れない。
安全確保については、24年問題や働き方改革に先立って、1989年に施行された「トラック運転者の労働時間等についての改善基準告示」において、業界の特性をふまえた詳細な基準が示されている。
 24年問題対応との関係で、改善基準告示も見直しの議論が進んでいるが、その内容は波動対応や長距離運行時の柔軟性を考慮しつつも、全体としては、他産業並みの労働時間を目指して規制を強化する方向性である。
 運送事業者が改善基準告示を遵守すること、そのためにドライバーの労働時間の実態を把握して適合性をチェックすることが、安全確保に不可欠な基本事項であることはいうまでもない。
 以下、残りの二つの理由である「荷主交渉力」と「ドライバーの確保」、そして労働時間の把握・管理との関係を考察していくことにしたい。
 コロナ禍で荷動きが鈍り、一時は上昇傾向にあった運賃相場の下落が指摘されている。
燃料価格の上昇もあり、運送事業者としては運賃の値上げを申し入れたいところだが、思うに任せないという声が聞かれる。
 値上げ交渉で荷主から必ず求められるのは「値上げの根拠」である。
燃料費であれば、その費用が総運行原価の何%を占め、価格上昇がコストをどう変えているかという説明が欠かせない。
「燃料がここまで下がったら、元に戻す」という設定も求められる。
 ドライバーの残業時間の規制が厳しくなるという現在の環境変化は、荷主との運賃交渉における値上げの請求根拠として十分に説得力がある。
 分かりやすい例は、高速道路料金の請求である。
これまでは高速を使っていなかったが、今後は運行計画を確実に守り、残業を回避させる上で高速利用が必要ということを明示すれば、立派な請求根拠になる。
実際に「最近の交渉では、高速代は確実にもらえるようになってきた」という声が聞かれる。
 同じように、最近請求できるようになったとされる料金に「待機料金」がある。
待機料金は本来的に、「待機などあってはならないが、やむを得ず発生した場合は、時間に応じた料金を払う」という性格の費用である。
 乗務記録への記載が義務付けられた「30分を超える荷主都合の待機」は、正確に把握するとともに、料金を請求して是正を促さなければならない。
これは運送事業者の当然の権利であり、むしろ請求しないのは怠慢とさえいえる。
「時間」を運賃交渉のテーブルに  ここまで高速料金や待機料金といった運賃本体からはみ出す部分について話をしてきたが、実は運賃本体についても、運行時間は原価計算の根拠として最も重要な基本データである。
 かつて、昭和の時代には、トラック運賃は国の規制対象であり、当時の運輸省(現・国土交通省)によって原価計算に基づく標準運賃(タリフ)が提示され、数年ごとに改訂されていた。
1990年(平成2年)の規制緩和をもって運賃は自由化され、「平成2年タリフ」が、実質的には最後に提示された標準運賃である。
 それからちょうど30年後となる2020年に、「標準的な運賃(令和2年タリフ)」が告示されたことは周知の通りである。
令和2年タリフは、まさに、24年問題への円滑な対応支援のために時限付きの法改正に基づいて告示されたものだ。
令和2年タリフに示された運賃は平成2年タリフと比較すると1・3倍~1・5倍の水準になっている。
業界の中からは「高過ぎる」「非現実的」との評価も聞かれるが、ここで触れておきたいのは運行所要時間と運賃の関係である。
 令和2年タリフの根拠となる運行原価の基本的な計算は、昭和・平成のタリフとまったく同じ方法で行われており、その概略は以下の通りである。
①トラック一台当たりの費用を「距離に比例する運行費」とそれ以外の「固定費」に区分 ②運行費は走行距離で割り、固定費は年間の労働時間(所定内)で割って「時間あたり固定費」を設定 ③1運行当たりの原価の計算は、運行費/㎞、固定費/hを使い、その運行の走行距離と運行所要時間を単位原価に乗じて計算する ④運行所要時間の中で8時間を超える部分については、残業時の人件費単価(所定内人件費単価の1・25倍)を乗ずる  タリフの原価計算では、コストの大半が固定費に区分される。
左頁図の国交省運輸審議会資料内で示されている計算例(中部運輸局エリア、4トン車)では、1㎞当たり運行費が32・8 円/㎞、1時間当たり固定費は4594円/hである。
つまり、運行原価は概ね運行所要時間に応じて決まる。
運行原価に適正利潤を加えた「標準運賃」も運行所要時間の関数として理解してよい。
距離制運賃といえども、その計算根拠として最も重要なのは「時間」なのである。
「標準的な運行計画」の策定がカギ  「標準的な運賃」は基本的に、「運送事業者の適正な原価」に基づいて計算されている。
実際の運賃よりも非現実的に高いとされる理由は、一つは実際の運賃がコストベースではなく相場で決まっているためである。
そしてもうひとつには、単位原価の計算過程で人件費単価や年間総労働時間、間接費比率などについて、実際の値ではなくあるべき値としての「全産業平均」を使っているという事情がある。
 しかし、いずれにせよ、これからの運賃交渉においては、タリフに準拠する計算方法で自社の運行原価をとらえることが、運送事業者にとって欠かせない理論武装になると筆者は考える。
自社の単位原価を計算し、これに基づく基準運賃を計算できるようにしておけば、運賃本体部分と運行所要時間との関係を荷主にクリアに説明できるようになる。
 標準的な運賃の計算根拠については運輸審議会のホームページに詳しい資料があり(※図の出所を参照)、全日本トラック協会のホームページには、会員向け限定だが分かりやすい「解説書テキスト」も掲載されている。
 自社の単位原価から基準運賃を計算する場合に、計算に用いる運行所要時間は、実際にかかっている時間ではなく「あるべき時間」である。
荷主都合の待機や時間指定への対応などは考慮せず、距離に応じて、最も望ましいタイミングで休憩・休息時間を取得するモデル運行を想定して「標準的な運行計画」を立てる。
 モデル運行は、例えば長距離の運行ならば、休息時間は分割せず、往路・復路共にしっかり8時間の「休息期間」を取る計画とする。
休息の時間帯も、極力、夜間に睡眠をとれるようにして普段と同じ生活リズムを保つ、眠くなりやすい明け方の運行は避ける、といった配慮をした「ドライバーファースト」の計画を標準としたいところである。
 標準的な運行計画を立て、その時間を自社の単位原価(1時間当たり固定費)に乗じることで、その運行の運行原価を計算できる。
これに利益を加えたものが基準運賃である。
このようにして計算した基準運賃は、相場より高いものになるかもしれないが、それが本来あるべき運賃の目安といえる。
 荷主には、本来的にはモデル運行を実践できる輸送条件を求め、条件の合わない部分は、「本来あるべき姿とのギャップ」としてとらえておくべきである。
「標準的な運行計画」があり、これに応じた原価計算ができていて初めて、個々の荷主の要望をどのように運賃に反映させるかを試算できるわけである。
 運行時間の実態を「標準的な運行」との対比においてつかみ、これを原価計算に結び付けていくことが、運送事業者の交渉力を向上させる。
24年問題対応をその契機として生かすべきである。
22年度を“労働時間管理元年”に  労働時間の把握・管理の必要性について、最後に「ドライバー確保」との関係をみておきたい。
 ドライバーが足りなければ、ドライバーの時短はできない。
他に乗務できる人はいないが、仕事は断りたくないという状況が長時間労働を生む。
ドライバーの確保は24年問題対応の具体策として重要である。
 「ドライバーの募集広告は給与総額目安しか書かれていないものが多いが、基本給、残業時間、手当内容といった基本条件を明示することで、応募者の層が広がった」──このように語る社長の会社では、他業界から転職してきたドライバーが活躍している。
 1人になれる、遠くに行けるというドライバーの仕事の魅力を積極的に評価する人が入社し、定着して、毎日が楽しい、転職してよかった、と言っている。
ドライバー経験者に嫌がられることの多い「泊まり仕事」や「バラ荷役」も、「そういう仕事がしたい」と応募してくる人がいる。
 ドライバーの世界の常識にとらわれず、幅広い人材を取り込むための環境整備は、ドライバー不足への抜本的な対策といえる。
雇用条件が整い、新卒の学生にも安心して選べる就職先となれば、採用の幅はさらに広がる。
雇用環境整備の基盤として、労働時間の把握・管理は必須なのである。
 「24年問題への対応は23年までに終えないと間に合わない。
月の上限が平均80時間といっても、実際に繁忙月にどこまで乗務できるか、閑散期はどうなるか、年間を通したリハーサルが必要」──ある社長のこの言葉は、非常に重要な指摘であると感じた。
 対策は24年に始めるのではなく、24年までに終えなければならない。
この社長の会社では、残業代の割増率が上がる「2023年問題」についても、22年に適用して経営に与える影響をみていくという。
 その意味で、22年はトラック運送業界にとって「労働時間管理元年」とするべき年といえよう。
労働時間の実態を把握するとともに、標準的な運行時間の姿を明確にし、実態とあるべき姿のギャップをつかむ。
これらは運送事業者が荷主交渉力を増し、ドライバーの労働環境を向上させていく上で欠かせない取り組みである。
 24年問題への対応がトラック運送業界の未来を拓く契機となることを期待したい。

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