{literal} {/literal}

2005年2月号
判断学

中国の株式会社

奥村宏 経済評論家 中国の株式会社 第33回 FEBRUARY 2005 72中国の国有企業を改革するには、アメリカや日本のような株式会社にすればよいとする学者が多い。
だが株式会社制度はすでに「死に至る病」に取りつかれている。
中国企業は株式会社に代わる新しい企業形態を模索すべきだ。
中国金融学会での報告久しぶりに中国へ行 てきた 廈ア門モイ大学で開かれた中国金融学会の第一回大会で基調報告をするためである これまで北京や上海へは何回も行 たことがあるし 広州や西安 さらに延安にも行 たことがあるが 廈門は初めてである 北京や上海は二 三年も行かなければ変化が激しくてとまどうといわれるが 廈門の町にも高層ビルがたくさん建ち並んでいて まるで東京か大阪を思わせる 廈門大学のキ ンパスはきれいで 大きな建物の前には池があり その周辺には学生の寮が立ち並んでいる 中国金融学会では まずはじめにアメリカの学者が金融工学の手法で株式投資のパフ マンスについて報告し 次いで私が 日本の銀行合併について という題で報告した 一九九○年代末から日本では大銀行の合併や統合が進み みずほ 東京三菱 三井住友 UFJの四大メガバンクが生まれ さらに東京三菱とUFJが合併して三大メガバンクに集約されようとしているが この銀行合併が意味するものはなにか というのが報告のテ マである これを戦時中の三井銀行と第一銀行の合併による帝国銀行の誕生と戦後の再分離 さらに戦後における三菱銀行と第一銀行の合併挫折 そして第一銀行と日本勧業銀行合併など 具体的なケ スをあげて 日本の銀行合併の歴史は失敗の歴史である にもかかわらず日本の銀行経営者はこの合併失敗の歴史からなにものも学んでいない というのが結論である 報告が終わ たあと中国各地の大学から来た学者たちが名刺を持 てあいさつにこられたが 私の報告がどのように受け取られたのか わからない それにしても豪華なホテルで行われた学会とそのあとの食事に驚かされたものである チベ ト族の村学会での報告が終わ たあと 廈門大学の大学院生に対して 株式会社の危機について という題でレクチ をしたが これに対しては院生からいろんな質問がでた 院生たちの株式会社に対する関心の高さがうかがえたが 果たして私のレクチ がどこまで理解されたか 自信はない 私を招いてくれたのは廈門大学の金融学科の先生たちで 廈門の町や近くの鼓浪島などを案内してくれ さらに飛行機で成都 そして九寨溝キ ウサイコウまで連れて行 てくれた 成都は四川省の省都で 大きな町である ここは廈門ほどではないが それでも大きな建物が建 ており 朝 散歩していると通勤の人たちの自転車の群れに圧倒され 横断歩道を渡るのがこわいくらいだ もちろん車も多い 町にはかつて詩人の杜甫が住んでいたという家があり 観光地にな ている 成都からさらに飛行機で九寨溝に行 たが チベ トに近い標高三○○○メ トル以上の山の中に立派なホテルが建ち並んでいるのに驚いた 九寨溝は紅葉の名所ということで観光地にな ており 日本でもNHKで紹介されたことがあるという そのせいか 観光客が多く 日本人観光客にも出会 た 私は朝 早く起きるので 外国へ行 たときは夜が明けるとすぐに散歩に出る 九寨溝でもホテルの周囲を歩き回 たが 近くにはチベ ト族の村があり 女の人がエプロンの下から果物を出して これを買え と言う 一方で近代的なホテルが建ち並んでいるのだが その近くでこういう光景に接すると異様な印象を受ける しかし一方で高度成長しながら 他方では遅れた農村社会があるというのは一九六○年代の日本でも経験したことであり 別に不思議なことではない ただ その落差があまりにも大きいのにあらためて驚かされる このチベ ト族の人たちにと て近代化とはなにを意味するのだろうか 73 FEBRUARY 2005株式会社に代わる新しい企業では中国の株式会社をアメリカや日本の株式会社のようにすれば問題は解決するのか 多くのアメリカや日本の経済学者や経営学者は中国へ行 てそのように言うのだが 果たしてそれでよいのか このことを私はこれまで何回も中国の学者たちに言 てきたし 今回の廈門大学のレクチ でもそのことを強調してきた なによりもアメリカの株式会社 そして日本の株式会社が近代株式会社の原理から逸脱してしま ており それこそ もはや株式会社とはいえないしろものにな てしま ているのである それは株主総会ひとつをと てみてもわかることだ 近代株式会社制度が確立してから一五○年ほどの間に大きく変化し 個人大株主が会社を支配していた第一段階から 株式分散による経営者支配という第二段階を経て 機関投資家あるいは法人への株式集中という第三段階に移り 現在はその第三段階の末期で 株式会社の矛盾が露呈している 株式会社は 死に至る病 に取りつかれており 回復不能の状態にな ている というのが私の判断である 中国の学者や研究者たちに私が強調しているのはこのことである 中国はいま国有企業の改革に全力をあげているが それをアメリカ あるいは日本の株式会社のように変えていけば問題が解決すると考えるのは間違 ている なぜなら アメリカや日本の株式会社自体が病気にかか て もはや株式会社とはいえないものにな ているからだ そこで中国ではアメリカや日本のまねをするのではなく 株式会社に代わる新しい企業形態を考え出していくべきではないか 郷鎭企業が各地で行 ている実験のなかからそのような新しい企業を生み出していくことが必要ではないか 私はこのことを中国の人に強く訴えているのだが なかなかわか てもらえない おくむら・ひろし 1930年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷大学教授、中央大学教授を歴任。
日本は世界にも希な「法人資本主義」であるという視点から独自の企業論、証券市場論を展開。
日本の大企業の株式の持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判してきた。
近著に『三菱とは何か』(太田出版)。
中国株式会社の実態私はかつて北京や上海 広州で中国の国有企業 そして株式会社についての実態調査をしたことがある また上海と深の証券取引所 そして証券会社を訪れて 中国の株式会社についても調べたことがあるが われわれの常識と中国の株式会社 そして株式市場の実態はかなりかけ離れている 近代株式会社制度は一九世紀なかばイギリスで確立し それがすぐにフランスやドイツ アメリカ そして日本にも普及するようにな たが そこでは株主は全員有限責任で 株式会社の最高決議機関は株主総会であり それは株主平等 一株一票 資本多数決の原則で運営される そして取締役はこの株主総会で選出され それが会社の経営にあたる これが近代株式会社の原理だが 中国の株式会社の現実はこれとかなり異なる だいいち 株式会社と言うけれども その多くは国有企業や郷鎭企業が株式会社という形態をとり その株式の一部を公開しているというものである 郷鎭企業というのは町営企業 あるいは村営企業であるが 人民公社が解体されたあと人民公社が営んでいた副業としての事業を引き継いだもので これが中国各地で大きなウエイトを占めている 国営企業にせよ 郷鎭企業にせよ それは公企業であ て私企業ではない かりに株式会社形態をと たとしても それが公企業であることに変わりはない そこでは かりに株主総会が開かれたとしても国や町 あるいは村の政府が多数株を持 ているのだから 株主総会は形式的なものにすぎない そして経営者を任命するのは国や町 村政府であ て 個人株主が選ぶのではない また中国の株式はA株 B株という区別があ て 株主平等ではないし 株式の売買は自由ではない これでは株式会社といえないのではないか といわれても仕方がない シンセン『三菱とは何か――法人資本主義の終焉と「三菱」の行方』奥村宏著(太田出版)三菱を語ることは日本を語ることである――という視点から、著者の年来の主張である法人資本主義の終焉を、歴史を軸に具体的に検証する。
その結論にもとづき、最後には「三菱改造プラン」の提言までを行っている。
新 刊

月刊ロジスティクス・ビジネス

購読のお申し込みはこちらから