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2020年5月号
特集

GE「インダストリアルIoT」戦略の教訓

はじめに  センサー、産業機器、輸送機器といったさまざまなモノ(Things)をインターネットに接続して「サービス」を提供するモノのインターネット「IoT(Internet of Things)」は2013年頃から注目され、メディアでも盛んに取り上げられてきた。
当初はIoTに対してバズワードであるなどの懐疑的な見方もあったが、現在はAIと補完的に連携して社会、産業、ビジネスを高度情報化して破壊的なイノベーションをもたらすものとして広く認知されている。
誰がIoTを先導し覇権を握るのか、国と企業がグローバルに入り乱れてビジネスと技術の両面で熾烈な競争が展開されている。
 米ゼネラル・エレクトリック(GE)は、このIoTの領域において「インダストリアルインターネット(インダストリアルIoT)」と名付けたコンセプトをいち早く打ち出し、産業の高度情報化による変革を先導した。
その同社が今、苦境に立たされている。
本稿では、まずGE本体の苦境とインダストリアルIoTの取り組み経緯を整理する。
そして時代を予見するコンセプトを打ち出しながら、思い通りのビジネス展開ができなかったGEの教訓を「産業用IoTプラットフォーム戦略」という視座から考察する。
(SOLE日本支部 鶴畑清臣) GEの苦境  図1はGEの2008年からの経営状態の推移を示している。
苦境の主な要因は、屋台骨である電力事業の不振と、成長エンジンとして位置付け、2010年頃から注力してきた産業用IoTを核とするデジタルサービス事業が、目標としていた2020年までに主力事業の一つとなる見込みがないことである。
 GEの電力事業の不振の原因は、次の3点に整理できる。
①火力や原子力発電から風力や太陽光といった再生可能エネルギーへの移行が進み、火力発電の競争力が低下していることに加え、世界的に電力需要が伸び悩み、火力発電所の新規設備導入が減ってきていること。
また成長が期待される再生可能エネルギー分野では、新興国の台頭が著しいこと。
②2018年9月に発生した最新鋭ガスタービンのブレードの不具合の対応で巨額の費用が発生した。
ユーザーはGEの技術力と信頼性に対する不信感を募らせた。
このことは2017年10月に就任したジョン・フラナリーCEOが1年余りで退任する要因ともなった。
10年以上続投するCEOが続いていたGEとしては異例のことであった。
③2015年に97億ユーロ(約1兆3000億円)で買収した仏アルストム(Alstom)のエネルギー事業ののれん代の減損処理を行った。
 GEは2018年12月期に上記の電力事業における巨額の損失を計上し、228億米ドルの最終赤字に陥った。
これを受けて格付け会社のスタンダード・プアーズ(S&P)グローバル・レーティングは、2018年10月にGEの格付けを「シングルA」から「トリプルBプラス」に引き下げた。
 「トリプルB」の定義は、「当該金融債務履行のための財務内容は適切であるが、事業環境や経済状況の悪化によって当該債務を履行する能力が低下する可能性がより高い」であり、「プラス」は格付け内での相対的な強さを示す。
 GEの格付けは2008年には「トリプルA」、すなわち「当該金融債務を履行する債務者の能力は極めて高い。
S&Pの最上位の個別債務格付け」にあったが、それから10年間で「トリプルBプラス」まで大きく引き下げられた。
時価総額はビーク時の6分の1となり、2018年には米国経済を代表する30銘柄で構成するダウ工業株30種からも外された。
 2018年10月にGE史上初の社外出身トップとなった現在のローレンス・カルプCEOは、財務基盤強化と負債の圧縮のために電力事業のリストラに加えて、石油サービス子会社、鉄道関連事業、さらには安定的に収益を稼げていたヘルスケア事業を売却した。
 その結果、GEの主力事業で残ったのは電力、航空機エンジン、再生可能エネルギー関連事業の三つのみとなった。
これら3事業の2018年12月期の売上高の合計は674億米ドル(約7兆3000億円)であり、9~10兆円規模の独シーメンスや日立製作所よりも小さな企業となった。
 産業用IoTを核とするデジタルサービス事業も見直された。
4億ドルのコスト削減を実施したほか、フィールドエンジニア向けのクラウドサービスを提供するサービスマックス(ServiceMax)の株式の90%を売却した。
同社は、在庫管理や設備保全作業のスケジューリングなどの分野で実績のある有力企業で、GEが産業用IoT強化のために2017年に約1000億円で買収したばかりであった。
GEの産業用IoTの取り組み  GEが産業用IoTを核とするデジタルサービス事業に注力したのは、生前カリスマ経営者として知られてこの3月に亡くなったジャック・ウエルチ氏の後継者として、2001年から2017年まで16年間にわたってCEOを務めたジェフ・イメルト氏の経営判断によるものであった。
 2008年のリーマンショックでGEは、かつてジャック・ウエルチ氏が注力した金融事業で巨額の損失が生じた。
イメルト氏は負の遺産の処理に追われ、金融、放送、家電事業からの撤退を余儀なくされた。
この教訓から「製造業への回帰」を目指した。
 ただし、この回帰は、GEの原点であるアナログ的なハードウエア製造業へ戻るということではなく、ソフトウエアに徹底的に注力することで産業を変革し、高度情報化して、デジタルサービス事業を先導することであった。
その核を成すのが産業用IoTであった。
 イメルト氏がCEOを務めた16年間、GEの売上高はほとんど伸びなかった。
そのイメルト氏が唯一にして最後までこだわったのがデジタルサービス事業だったと言われている。
同氏のデジタルサービス産業への注力を示すものとして、次のような公の場での発言が残っている。
①2014年10月:明日の朝、起きたら、GEはハードウエア企業からソフトウエア企業になっているかもしれない。
全ての製造会社は、ソフトウエア会社への劇的な転身を図らないと生き残れない。
②2015年:GEはデジタル技術・ソフト分野で2020年に150億米ドル(約1兆8000億円)規模の売り上げを目指し、世界のソフトウエア企業のトップ10に成長する。
③「ソフトでハードの眠れる力を引き出し、顧客の価値を最大化する」  イメルト氏は、2010年に西海岸のシリコンバレーに産業用IoTを核とするデジタルサービス事業を展開するためのソフトウエア部門をゼロから立ち上げ、そのスタッフ数を4年間で1200人以上に増やした。
また、2015年には設立してわずか4年のソフトウエア部門を「GEデジタル(GE Digital)」として統括部門に昇格させるほど同事業に傾斜した。
 米国東海岸出身の伝統的製造企業であるGEがソフトウエア部門をシリコンバレーに設立した理由は、グーグルやフェイスブックなどからIT人材を確保することに加え、最先端のITビジネスのスピード感をもって、産業IoTを展開したかったためだと言われている。
産業用IoTプラットフォーム 「Predix」の課題  GEの産業用IoTへの取り組みは、2012年に発表した「インダストリアルインターネット」から始まった。
それはICT技術を活用して生産性の向上やコスト削減を支援する産業用向けのサービスであり、さまざまな産業機器から稼働データなどを収集してビッグデータを分析し、運用・保守や次の製品開発に生かすことにより、産業を高度情報化して、ビジネスモデルを変革しようとする取り組みであった。
 ドイツ政府が主導する「インダストリー4・0」は製造業に焦点を当てている。
ドイツ流製造業を「スマートファクトリー」に進化させてそれを世界標準にしようというコンセプトである。
それに対して、GEの提唱する産業用IoTは製造業だけではなく、エネルギー、ヘルスケア、製造業、公共、運輸の五つの領域を対象としている。
 このGEの産業用IoTの中核が図2に示す「Predix(プレディクス)」と名付けられたクラウドベースの産業用IoTプラットフォームである。
そのルーツは、GEが2013年に販売した、産業機器の稼働率向上と故障などの異常を予測するミドルウエア群「Predictivity(プレディクティビティ)」であった。
 ミドルウエアとは、コンピューターの基本的な制御を行うOSと、業務に応じた処理を行うアプリケーションの中間に位置するソフトウエアで、高度で専門性の高い機能やサービスを仲介し、OSとアプリケーションの機能を補佐する。
代表的なミドルウエアには、データベース管理システム(DBMS)やWebサーバー(HTTPサーバー)ソフトがある。
 GEはプレディクティビティを基に、プレディクスを開発してGEの主力事業である電力設備、航空機用エンジン、医療機器向の産業用IoTプラットフォームとして使った。
また、GEはこのプレディクスを自社の主力事業以外の産業でもIoTプラットホームとして展開しようとした。
 プレディクスは「Predix Cloud(プレディクスクラウド)」と呼ばれるクラウドサービスと、製造現場のコントローラーやゲートウエイ、センサーなどにインストールする「Predix Machine(プレディクスマシン)」というエッジ(クラウドとユーザー環境との接点)から構成される。
プレディクスマシンは、産業用機器が生み出すデータを1次処理し、産業用機器の生データを全てクラウドに伝送するのではなく、機器に近いエッジ側で絞り込む。
 そしてプレディクスマシンのもうひとつの役割は、クラウド上で開発した機能の一部を、エッジ側で実行することである。
例えば、プレディクスクラウドで開発した異常予兆を検知する機能をプレディクスマシンで実行し、緊急時のリアルタイムな対応を可能にする。
 プレディクスマシンはJava(ジャバ)という仮想マシン上で動作するプログラムで、オペレーティングシステム(OS)やハードウエアに依存しない。
このため、工場の既設の産業機器をプレディクスマシンに導入する「レトロフィット」ができる。
 プレディクスクラウドはオープンソースソフトウエア(OSS)の「Cloud Foundry(クラウドファンドリー)」で構築された「PaaS(Platform as a Service)」である。
開発エンジニアは、プレディクスクラウドが提供する各種の機能を従量課金制で利用する。
プレディクスクラウドには標準アプリが用意されている。
開発エンジニアは、それらのアプリを使用したり参考にしながらプレディクスクラウド上でそれぞれの産業用IoTのアプリを開発する。
 プレディクス上で提供されるアプリは、GEが過去に買収してきた企業のサービスを基に開発されたものが多い。
2016年に4億9500万ドルで買収した設備パフォーマンス管理の予知保全ソフトウエア開発で有力な米メリディウム(Meridium)、2017年に買収した在庫管理や設備保全作業のスケジューリングなどの分野で有力な米サービスマックス(ServiceMax)などがその代表例だ。
他にもキュリティ関連のカナダのワールドテック(Wurldtech)、機械学習や深層学習などのAI技術を有するベンチャーなど多数の企業を買収している。
 しかし、結果としてプレディクスを産業用IoTプラットフォームとしてさまざまな産業に展開する試みは、GEの思惑通りには展開できなかった。
その原因として指摘されているのが次の3点である。
①図2に示すプレディクスの構成は汎用的に見えるが、GEの主力事業である、火力発電、航空機エンジン、あるいは医療機器の「CT/MRI」のような超高額で特殊な機器向けに開発されたものであり、多くの企業にとっては使いにくいプラットフォームであった。
②GEには産業用IoTプラットフォームを外販するのに必要なノウハウや準備が乏しかった。
ユーザー側からはGE専用のプレディクスをごり押しされた、丁寧なマニュアルなどが準備されていなかったなどと指摘された。
③ ①に関連してプレディクスはプレディクティビティというミドルウエアを母体としているため、他の汎用的なIT系プラットフォームがカスタマイズによりシステムを構築することができるのに比べて、ユーザーが設計して構築しなければならない部分が多かった。
ある意味、GE内部向けの独自ツール的な部分が残っていた。
 プレディクスは、市場でデジタルツールやクラウドソフトウエアサービスの提供者との競争に晒されて伸び悩んだ。
2017年夏のジェフ・インメルト氏退任後にCEOに就任したジョン・フラナリー氏は、プレディクス戦略を軌道修正した。
人員の削減に加え、注力する領域を既存の顧客領域と自社の主力事業領域に絞る方針を打ち出し、原点回帰を決断した。
この見直しにはGEの屋台骨である電力事業の不振が影響したとは確かである。
 GEは2018年7月に米マイクロソフトとのとの大規模な提携を発表した。
米マイクロソフトのクラウド「Azure(アジュール)」をプレディクスの標準クラウドプラットフォームとして、プレディクスのアプリケーションと「アジュールIoT」「アジュール・データ・アンド・アナリティクス」などのアジュールが提供するクラウド機能をより深いレベルで統合するとした。
 両社は販売と市場開拓でも協働し、さまざまな業界の企業に産業用IoTソリューションを提供する。
この米マイクロソフトとの提携で、GEデジタルはプレディクスのアプリケーションに専念できるようになった。
また、非中核部分のソフトの売却が容易になったとの見方もある。
 GEにとってプレディクスの社外展開のつまずきは、想定外であっただろう。
プレディクスをプラットフォームとした「顧客のための産業用IoTソリューション」を展開しようとしたが、結果的には「自社のプレディクスありき」であり、「自社の都合」を基軸としたプラットフォーム戦略だとの指摘を受けた。
IT系プラットフォームとの違い  このGEの事例から得られる教訓の一つは、自社専用に独自開発したプラットフォームを核としたビジネスは、自社の競争優位性が発揮できる限定領域にしか活用できないということであろう。
 二つ目の教訓として挙げられるのは、いわゆる“GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)”が「バーチャル」な世界で展開しているIT系プラットフォームと、産業機器を対象とした「リアル」な世界のプラットフォームとの違いである。
 両者の違いを、IoTという用語を1999年に初めて紹介した英国人ケビン・アシュトン氏が次のように端的に表している。
 「アイデアや情報は重要であるが、モノ(Things)はさらに重要である。
今日のITは人に起因するデータに大きく依存しているため、コンピューターはモノよりもアイデアを理解している。
無線ICタグやセンサー技術は人の入力データの限界に影響されず、コンピューターが実世界(リアルな世界)を観察・特定して理解することを可能にする」  GAFAに代表されるバーチャルな世界のIT系プラットフォームは、アシュトン氏が述べたように、基本的には人の入力データを処理することでサービスを提供する。
人が入力したデータをどのように関連付け、どのように処理し、どのように人にフィードバックして、どのようなアクションに結び付けるかという、一連の相互依存性のある基本的な処理単位に分解して、トランザクション(Transaction)として処理する。
 トランザクションの代表的な例は、企業の基幹業務である会計、購買、受注管理などである。
個人ベースであれば銀行の入出金、オンラインショッピングである。
GAFAはグローバルに共通展開できるプラットフォームにおける、これらの膨大なトランザクションに対するサービスを握ることで膨大な利益を上げている。
 他方、GEの産業用IoTプラットフォームは、人ではなくセンサーや産業機器、輸送機器といた「リアル」な世界のモノのデータを対象とする。
リアルな世界の特性は、「固有性」と「不確実性」である。
このうち固有性とは、業界、ユーザー、地域等で工場や機器(モノ)の操業・保守、問題や課題、産業用IoTの要件が異なることである。
 一方、不確実性は、リアルな世界のモノのデータを収集・活用することに起因する。
どのようなセンサーでどのようなモノのデータを取るか、あるいはどのようなセンサーでどのようなデータが収集できるか、データはどのようなタイミングで発生するか、データをどのように収集して伝達するか、また、どのようにデータを処理すれば有効で価値のあるデータや情報になるかなどの個々の処理を検討して解決する必要がある。
別の言い方をすれば、データはデジタルでも、一連の処理にはアナログ的な不確実性への対応が要求される。
 産業用IoTには「固有性」と「不確実性」の組み合わせ問題の解決が必須である。
そこでは業界、顧客、地域性に対する専門的な知識と経験に裏付けられたエンジニアリング力が何より重要となる。
プレディクスのような産業IoTプラットフォームは、産業用IoTを構築するための「固有性」と「不確実性」に効果的に応えるための手段と考えるべきである。
 GEは独自に開発したプレディクスという産業用IoTプラットフォームを中心に据えて、IT系のGAFAのようなプラットフォームビジネスをさまざまな産業に展開しようとした。
このGEのプラットフォーム戦略は、リアルな世界の特性である「固有性」と「不確実性」をある意味で無視することになり、提供者であるGEの論理に終始することになったと考える。
まとめ  GEの産業IoTプラットフォーム「Predix」を核とした産業用IoTによるデジタルサービス企業への変革は、GE本体の電力事業の不振に起因する事業再編によって大きな戦略転換を余儀なくされた。
GEは、IT系のGAFAが成功して莫大な利益を出しているプラットフォーム戦略を、リアルな世界を対象とする産業用IoTに持ち込んだが、思い通りの事業展開できなかった。
 GEの事例は、産業用IoTのソリューションやプラットフォームの提供者および産業用IoTを導入するユーザーに、産業IoTの実用化のための重要な成功要因を明確に示している。
また、GEが時代を先取りしたコンセプトを打ち出して、実際に産業IoTのビジネス化を推進したことが、IoTの価値をグローバルに認知させたことは大いに評価すべきである。
GEの産業用IoTにおける復活を期待する。

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