*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。
JUNE 2004 24
物流には「流」と「留」がある
ご承知の通り、物流コストの削減と在庫削減は物
流管理の大きな課題である。 そこで、物流コストを正
確に把握すれば、改善の手がかりになるだろうという
発想から「ABC:Activity Based Costing
(活動基
準原価計算)」に関心が集まっている。 また材料の調
達からエンドユーザーまでのサプライチェーンの情報
を一元管理するSCM(Supply Chain Management
)
を導入したら良いとか、さらには3PL(Third Party
Logistics
)と称する物流専門業者にアウトソーシング
したら良いなどと言われている。 関連セミナーも花盛
りだ。
しかし、これらは物流コストを下げ、在庫を減らす
ための手段を挙げているだけに過ぎない。 実際にAB
CやSCM、3PLを導入しても、物流コストが下が
り、在庫が減るという保証はない。 本質的な問題は具
体的な課題を見出し、改善策を練り、それを実施する
ことである。 そのようなことを言うと、他に改善の方
法などあるのかというご批判が出るかも知れない。 結
論から言えば、方法はある。 物流には意外ともいえる
本質的かつシンプルな改善方法がある。
物流とは実際には「物留流」である。 モノは単に流
れているわけではない。 水道の蛇口を開けて連続して
流れ出る水と違い、実際のモノの動きは「流」と「留」
の繰り返しだ。 しかも、「留」が大きく、また「流」も
「留」も大きく変動しながら全体の流れを形作ってい
る。 このうち、「留」をなくすことを考えることで、物
流の無駄を省きコストを削減することができる。
SCMの本質も企業間の「留」をどう省くかにある。
ところが情報システムの高度化や物流業務の自動化に
は関心が高くても、「留」をなくすという本質に気が
ついていない人が多い。 「留」を減らすのにシステム
や物流機器などへの投資は必ずしも必要ではない。 必
要なのは何より知恵だ。 自動化、機械化に対する、知
的自動化(AI)、頭を使った自動化が必要なのだ。
私はコンサルタントとして現場に出向き、担当者か
ら注文情報の内容を聞いて、その場で簡単なアドバイ
スをすることが多い。 詳細にデータを分析したわけで
はない。 もちろん全く投資もしていない。 それでも、
ちょっとしたヒントだけで大きな改善効果の生まれる
ことが珍しくない。 その時点ではコンサルティング契
約を結んでいないため、私としては商売にならないの
だが‥‥。 いくつか具体的な事例を紹介しよう。
事例1 ピッキング作業の効率化
一般に物流現場では顧客から受けた注文のうち大
口の客先の注文から処理していることが多い。 大口の
客先の注文は種類も量も多い。 それだけピッキングに
も時間がかかる。 そのため現場のスタッフとしては大
口を先に片づけないと落ち着かないのである。
これを小口の注文からピッキングするように変える
だけで、作業の生産性は一〇%以上も上がる。 注文
伝票を小口の客から大口の客へと並べ替えて(ソー
ト)して、ピッキングリストを作り、ピッキングさせ
るだけで能率が上がるのである。
いずれにせよ同じ数量だけピッキングするのだから、
大口と小口のどちらから手を付けても同じだろうと考
えるのは間違いだ。 まさしく「留」に気付いていない。
例えば棚に「アイテム(I)1」から「I
10
」まで
の一〇種類の商品が横に並んでいるとする。 ある大口
客はそのうちの「I1」と「I5」、「I6」、「I7」
をそれぞれ一〇個ずつという注文であった。 そのピッ
キングは現場スタッフのAが受け持った。 一方、別の
注文情報分析でコストを下げる
物流改善の基本は注文情報の分析だ。 ただしアイテム
別の注文数を分析しただけでは、充分ではない。 誰(E:
Order Entry)が、何の種類(I:Item)を、何個(Q:
Quantity)注文したかという三つのキーファクターを使っ
た「EIQ分析」で、データを料理する必要がある。
鈴木震 物流システム・コンサルタント
ロジスティクスの手引き
特 集
25 JUNE 2004
小口客の注文は「I1」と「I5」をそれぞれ二個ず
つだった。 担当するピッカーはBだ。
この時、大口客担当のAから先にピッキングすると
どうなるか。 ピッキングする種類も数量も少ないピッ
カーBは、後から作業を開始しても、すぐAに追いつ
いてしまう。 その結果、Aがピッキングを終えるのを
待つ、「留」が生じる。 逆にBから先にピッキングす
れば、Bはすぐピッキングを終えて先に進むため、A
は少しも待つことなくピッキングできる。 「留」がな
くなるのである。 (解説1)
トラックと乗用車が混在している道路では、乗用車
はスピードを上げたくても前のトラックが邪魔してス
ピードが出せない。 乗用車を先に出してトラックをあ
とから走らせば全体の流れがスムースになる。 航空機
に搭乗するときに、来た順序に搭乗させるのと後部座
席の客から搭乗させるとの差を考えればすぐわかるこ
とである。
このように、注文伝票の情報を料理して食べやすく
して作業員に与える方法を私は「データ・クッキン
グ」と名づけている。 この他にも素材に応じた様々な
物流データの料理方法がある。
事例2 アイテム数の削減
ある精密機械メーカーの営業所では約三〇〇〇ア
イテムの在庫を抱えていた。 いかにも多いように感じ
たので、まず一日に出荷する平均的なアイテム数を訊
ねると、一〇〇アイテム程度だという。 次に一カ月間
に出荷するアイテム数を訊ねると、五〇〇アイテム程
度だということだった。
・一日の注文アイテム数=約一〇〇
・月間注文アイテム数=約五〇〇
・在庫アイテム数=約三〇〇〇
この数字から以下のことが分かる。 すなわち在庫ア
イテム数三〇〇〇から月間注文アイテム数の五〇〇
を引いた二五〇〇アイテムは一カ月間全く注文がない。
次に、毎日同じアイテムの注文が来るのなら月間でも
一〇〇アイテムであるはずだが、実際には五〇〇アイ
テムが出荷されている。 ということは、月間の五〇〇
から一日の一〇〇を引いた四〇〇は、一月間のうち
一回か二回かしか注文のないアイテムだ。
・三〇〇〇
―五〇〇=二五〇〇
一カ月間全く注文がない=Cランク
・五〇〇
―一〇〇=四〇〇
一カ月のうち一回〜二回しか注文がない=Bランク
・一〇〇アイテム
ほぼ毎日注文がある=Aランク
一〇〇アイテムをAランクとすれば、四〇〇アイテ
ムがBランクであり、残りの二五〇〇アイテムはCラ
ンクと言える。 そこで、Cランクの二五〇〇アイテム
は中央の物流センターで在庫することにする。 その分、配送のリードタイムは長くなるが、宅配便や航空便を
用いればカバーできる。 配送費は高くなるが全国の営
業所の在庫が集約できれば大変なメリットである。
一方、四〇〇アイテムのBランク品には、Aランク
扱いすべきものやCランクに含むべきものがあるはず
だ。 これは一日のデータだけでは分からないので、さ
らに調査をすればよい。 結果として、このメーカーの
営業所では三〇〇〇アイテムの在庫を三〇〇アイテム
以下に削減することができた。 簡単なデータ分析だけ
で在庫が一〇分の一以下になったのである。
事例3 トラック積載率の向上
事例2で紹介したメーカーの改善の続きである。 こ
のメーカーでは中央の物流センターから営業所への配
シングル・ピッキング VS バッチ・ピッキング
ピッキングの方法は大きく二つに分かれる。 客先ごとに注文を処理する
「シングル・ピッキング」と、複数の客先の注文をアイテムごとにまとめ
てピッキングする「バッチ・ピッキング」の二つだ。 このうち本文中の話
は、シングル・ピッキング方式の場合を例にとっているが、バッチ・ピッ
キングの場合でも注文数量の少ないアイテムからピッキングすれば、上記
と同じ理由で「留」が発生しないため、能率よくピッキングできる。
バッチ・ピッキング方式は、一軒ずつピッキングするシングル・ピッキ
ング方式より能率が良いと決めつけるのは間違いだ。 実際、両者を比較す
ると、むしろバッチ方式のほうが能率の悪いことが多い。 もちろんピッキ
ング作業の効率自体はバッチのほうが上だ。 しかしバッチ方式では、ピッ
キングした商品を後から再び客先ごとに仕分ける必要が生じる。 したがっ
て、ピッキングだけでなく仕分けまで含めた作業効率を比較する必要があ
る。 この点が、あまり理解をされていない。
■■■解説1
JUNE 2004 26
送に、ジャスト・イン・タイムの考え方を適用してい
た。 つまり営業所では余分な在庫を自分で抱えないた
めに毎日、必要なものだけを営業所に出荷するよう物
流センターに指示していた。 この場合の横持ち用配送
トラックの積載効率は六五%だった。
在庫について、もっとよく考えるべきである。 営業
所に余分な在庫を置かないという考え方は一見、正し
いように感じる。 しかし実際は正しくない。 いったん
工場で作ってしまった商品は販売しない限り、どこへ
置いてもその会社の在庫である。 中央の物流センター
に在庫しようが、営業所に在庫しようが、会社全体で
見たときは同じだ。 在庫が減るわけではない。
営業所の在庫を減らすために明日にも売れると分か
っている商品を運ばないことに意味はない。 それによ
って配送トラックの積載率が下がるのであれば、むし
ろコストアップだ。 そこで数日以内に売れる見込みの
高い商品であれば、前もって配送してもいいことにす
ることで、トラックの積載効率を六五%から九八%ま
で向上することができるようになった。 つまり満載に
して運べるようになったのである。
ジャスト・イン・タイムや無在庫経営などの一般論
を鵜呑みにすると往々にしてこういうことになる。 現
実を見ていないのだ。 物流は会社によって、商品によ
って、特性がみな違う。 理論をそのまま適用するので
はなく、自分の頭でよく考えることだ。 それによって
意外な改善案が見えてくるものである。
事例4 繁閑差への対応
次に紹介するのは家電関係の配送センターの事例で
ある。 このセンターでは繁忙期となる十二月を前にし
た一〇月の段階で、既に毎晩七時頃までの現場スタ
ッフの残業が発生していた。 年末の十二月には通常の
三倍もの物量が集中する。 とても対応できないので、
マテハン設備を増強したいという話だった。
このセンターで扱っているアイテム数は約五〇〇。
そのピースピッキングを処理するために、デジタル表
示器付きのフローラックを利用していた。 これに追加
してフローラックをもう一セット導入することで対応
できないかというアイデアだ。 設備投資の前に、私は
データ・クッキングの必要を感じた。
調べてみると全注文件数の八〇%は五〇〇アイテ
ムのうちの上位三〇アイテムに集中していることが分
かった。 つまり三〇アイテムで全注文の八〇%の注文
を処理できるわけである。 それならばと、その三〇ア
イテムをパレット積みのまま床に並べることにした。
フローラックではなく、パレット積みされたケースか
ら直接、ピースピッキングさせようという発想である。
作業はベテランのピッカーと新人の二人一組のチー
ムで行う。 ピッキング作業自体はケースを見ただけで
アイテムを判別できるベテランに任せる。 そして箱入
れと検品を新人が処理する。 ピック・アンド・チェッ
ク方式だ。 これが大きな効果を発揮した。 実際、この
センターでは全くマテハン設備を導入しないで、年末
の三倍の注文量を処理することができた。
フローラックの導入を見送った理由は二つある。 繁
忙期以外には使わない設備に投資をするのはもったい
ないというのが一つ。 そして、もう一つがスピードで
ある。 三〇アイテム程度のフローラックは、基本的に
一人でしか作業できない。 これに対して、パレット積
みしたケースを床に並べるやり方は、同時並行で複数
のピッカーが作業できる。
フローラックに並べた三〇アイテムは注文量が多い
ので、補充も頻繁に発生する。 しかしフローラックの
背面からの補充は面倒で、しかもラックに「補管」さ
「補管」とは何か?
配送センターでは在庫の「保管」を、備蓄用のReserve Storage/Inactive
storageと、ピッキング用のActive Storageに分けて考えるこ
とが重要だ。 ピッキングエリアに保管する在庫量を制限すれば、ピッキン
グ作業の動線を短縮できる。 そのため筆者は「保管」を、「補管」と「動
管」という造語によって使い分けている。
■■■解説2
27 JUNE 2004
れた状態なので残りの在庫量にも目が向かない。 これ
に対してパレット積みから直接ピッキングする方法は、
補充作業が自動化されたも同じだ。 (解説2)
EIQ分析とEIQ法
アイテム別の注文頻度ではなく、顧客別の注文件
数に着目した改善方法もある。 一般に一日に注文を
受ける客先の数が一〇〇〇件以上になる場合には、全
体の三〇〜四〇%の客先が一〜二アイテムの注文し
かしていないということが多い。 このとき、注文デー
タをデータ・クッキングして一種類しか注文していな
い客先の注文伝票とその他の注文伝票を分けてピッキ
ングさせるだけで効率が違ってくる。 一種類だけの注
文のピッキングならミスも少ない。
このように注文伝票の分析とは、注文件数「E:
Order Entry
」、アイテム数「I:Item
」、数量「Q:
Quantity
」の分析であることから、私はこれを「EI
Q分析」と名付けている。 これまでのABC分析やP
OSデータ分析は、アイテム数(I)と数量(Q)の
二つをキーファクターにしている。 これに対してEI
Q分析は、誰(E)が、何の種類(I)を、何個(Q)
注文したかという三つのキーファクターを用いる。 キ
ーファクターが二つから三つに増えると分析する情報
量は単純に三倍になる。 これによって分析結果も大き
く変わってくることが少なくない。
例えば一般的なPOSデータの分析では、一〇〇
個売れたアイテムと一〇〇〇個売れたアイテムがあれ
ば、一〇〇〇個売れたアイテムを売れ筋とする。 果た
して事実であろうか。 一〇〇個売れた商品が、実は一
〇〇軒からの注文であり、一〇〇〇個売れたアイテム
が二〜三軒からのまとまった注文であった場合はどう
か。 本当の売れ筋は注文件数(E)を加味して分析
しないとわからない。 しかし顧客サービスが重視され
る物流管理においても、客先の注文軒数(E)を含め
た分析の大切さに気付いていないことが珍しくない。
おかしな話である。
EIQ分析の具体的な活用方法はABC分析、度
数分析などの一般の分析手法と変わらない。 ただし、
一つだけ活用のコツがある。 もともと物流のデータは、
一〇%〜二〇%は誤差のうちとも言える変動をしてい
るデータだ。 従って、過度にデータの正確さにこだわ
る必要はない。 それよりもマクロな数字をフレキシブ
ルに読み、諸事勘案して最適と思われる判断を下すこ
とが大事だ。 「よい加減」がコツなのだ。 (解説3)
データの活用とは「見よう。 読もう。 考えよう」だ。
データは眺めているだけでは意味を持たない。 データ
を読んで、考えなければならない。 同じ分析結果でも
読み方、考え方で答えは全く違ってくる。 従来の理論
的常識では、こうした考え方は受け入れられないこと
も多い。 しかし最近話題となっている複雑系の思考は同じスタンスを採っている。 複雑な物流問題の検討に
は有効に機能する考え方なのだ。
このような考え方を私は「EIQ法の考え方」とし
て位置付け、「EIQ分析」を含めて「EIQ法」と
名付けた。 EIQ法は当初、配送センターシステムの
計画手法として開発したものだが、ロジスティクス、
物流問題のシステム・アプローチの手法として、また
在庫削減、物流コスト、ベンチ・マーキング、販売予
測、共同物流などの物流改善や物流諸問題の検討に
も欠かせない手法である。 詳しくは私の主催する「E
IQ研究会」のホームページ(http://www.eiq.jp
)
を参照されたい。 同研究会では配送センターに関する
メールによる質問も無料で受け付けているので活用し
て欲しい。 (eiq@estate.ocn.ne.jp
)
ロジスティクスの手引き
特 集
すずき・しん物流システム・コンサルタント。
1946年、東北大学機械工学科卒。 47年、物流
機器メーカーに入社。 73年、同社取締役開発部長。
80年物流システム・コンサルタント業務開始。
1990年物流技術研究所所長。 2000年、EIQ研
究会創立。 2001、工業標準化に貢献の功により
通産大臣賞を受賞。 著書に「オーダーピッキング
ハンドブック」(流通研究社)、「配送センターシ
ステム」(成山堂)などがある。
PROFILE
ABC よりYBC(良い加減基準原価計算)
物流管理の場合、ABC(Activity Based Costing)を使ってアクテ
ィビティ(活動)ごとに細かくコストを算出しても、手間がかかる上にム
ダに終わる可能性が高い。 それよりも作業全体のコストを「良い加減」で
包括的につかんだほうが、より効果的だという意味から、私はABCをも
じって「YBC (Yoikagen Based Costing)」を提唱している。
同様に「データ・クッキング」は、ITメーカーなどが喧伝している「デ
ータ・マイニング」を意識したものだ。 いくらデータをマイニング(採掘)
しても、生で食わされたら腹を壊す。 料理して美味しいご馳走を食べさせ
なければ能率は上がらない。
■■■解説3
|