2023年5月号
特集

運送業の市場競争と労働環境:日米欧比較

多重下請け構造が非効率を助長  国土交通省の資料によると日本の営業用トラックの積載効率は一貫して低下を続け、2018年度には40%を切っている(図表1)。
これは同様の指標を計測している欧州と比較しても明らかに低い水準である(図表2)。
 一方でドライバー不足は深刻化している。
EC化率の上昇に伴い宅配貨物が増加を続け、サービスレベルの向上に対する要求も高まる中、輸送リソースが不足することで、早晩生じるであろう需給インバランスの問題が懸念されている。
 こうした状況を背景として、当社は経済産業省からの委託を受け、2021年3月に調査報告書「物流市場における競争環境や労働環境等に関する調査」を提出した。
同調査では幹線輸送を対象に、「なぜトラックの輸送効率が低いのか」「なぜトラックドライバーの時間当たり賃金が低いのか」という2点に焦点を当て、文献調査を行い、国内外の関係者へのヒアリングを実施した。
日本と米国、欧州との比較も行った。
 そこから、日本のトラック運送の輸送効率が低下を続けて、ドライバーが不足しているにもかかわらず、低賃金が一向に改善されない要因を、次の八つの類型に整理した。
①パレット等の輸送機器の導入コスト ②輸送事業者の事業規模 ③業界慣習と不均衡なパワーバランス ④荷主側のオペレーション改善に関するインセンティブ ⑤荷主のシステム投資に関する問題 ⑥輸送事業者のシステム投資に関する問題 ⑦輸送の効率化に有効なデータの不足 ⑧多重下請け構造による低マージン化  右の八つの問題はいずれも関連し合っているが、とりわけ「⑧多重下請け構造による低マージン化」は業界構造の根幹に関わる根深い問題である。
以下では①~⑦の問題との関連性も合わせて説明する。
 当社の調査によると多重下請け構造の各層が下請けに業務を委託する際のマージンは取引価格のおよそ10%である(図表3)。
実運送会社が例えば4次請けであれば、荷主が支払う料金の6割程度で輸送業務の一切を請け負っていることになる。
 一般トラック運送市場は、事業者の98%がトラック保有台数100台以下であり、10台以下が全体の半数以上を占めている(②輸送事業者の事業規模)。
規模が小さい事業者ほど立場が弱いため、不利な条件でも受注せざるを得ない(③業界慣習と不均衡なパワーバランス)。
 荷主は運送事業者に多少無茶な要望をしても対応してもらえるとの期待から、自ら情報システムに投資をしてオペレーションを改善しようというインセンティブが働かない(④荷主側のオペレーション改善に関するインセンティブ、⑤荷主のシステム投資に関する問題)。
 サプライチェーン全体のハンドリングコストが低下するパレットの標準化も、荷主の費用負担が増えるために進まない(①パレット等の輸送機器の導入コスト)。
一方、輸送事業者には、オペレーションの効率化に投資する体力がない(⑥輸送事業者のシステム投資に関する問題)。
 こうして荷主と輸送事業者の双方で必要な投資が行われないことから、物流のデジタル化が遅々として進まない(⑦輸送の効率化に有効なデータの不足)。
そしてデジタル化の大幅な遅れが、マッチングプラットフォームをはじめ、輸配送の効率化を加速するサービスの創出と普及を阻む要因となっているのである。
再委託の禁止に動いた米国政府  日本と同様に米国でも、運送業の多重下請け構造は従来から問題視されていた。
複数回の中抜きによって最終輸送業者が搾取されている状況が発生していた。
しかし、多重下請けに関する明確な法規制やガイドラインは存在しなかったことから、多数の中小事業者が政府に改善を要望していた。
 そこに多重下請けにからむ重大事故が発生した。
現地の報道によると、大手運送ブローカー(利用運送)のCHロビンソンは2009年に運送会社のドラゴンフライ(Toad L Dragonfly Express)に輸送業務を委託。
さらにドラゴンフライが個人事業主のドライバーに業務を再委託したところ、そのドライバーが免許失効中の状態でトレーラーを運転して3人の死傷者を出す交通事故を引き起こした。
 当時の米国の関連法では、利用運送事業と運送事業が明確に区分されておらず、輸送業務を再委託した場合には、書面上の輸送会社と実運送会社が一致しなかった。
事故が発生した際の責任の所在は不明瞭であった。
しかし、この重大事故では元請けのCHロビンソンの責任問題が取り沙汰されて世間的に注目を浴びたことから、政府の法制定への意識が高まった。
 その結果、多重下請け構造の解消と輸送責任の明確化を目的として、2012年に新法「Public Law 112-141(MAP21)」が制定された。
これにより利用運送事業と運送事業が明確に切り分けられて、運送事業者として受注した業務を再委託することは禁止された。
さらにブローカーの下請け運送を行う場合には、荷主とブローカー、実運送事業者の3者間で情報連繋することが義務付けられた。
 このMAP21が制定された2012年を契機に、米国のトラックドライバーの年収は上昇トレンドに転じた。
それまで横ばいで推移していたものが、年平均2%のペースで上昇するようになり、2019年には12年比で18%増となった(図表4)。
また米国のトラック事業者数、トラック台数、ドライバー数はいずれも増加する傾向にある(図表5)。
 一方、欧州(オランダ)のトラックドライバーの年収も年平均2%で上昇を続けている。
2019年には09年比で20%増となった(図表6)。
ただし、ドライバー数は減少している。
とくに40代以上のドライバーが離職しており、2016年以降は減少ペースが加速している(図表7)。
一方、16年以降、運賃は急上昇している。
 法規制によって多重下請け構造を解消した米国の取り組みは、日本も長期的には参考にできるだろう。
ただし、利用運送事業と運送事業を完全に切り分けて、運送事業者の再委託を禁止するという方法を、そのまま日本に導入するのは現実的とは言えない。
日本は利用運送の事業規模・事業者数が限られている上、運送事業者も傭車の利用を前提に物量の波動に対応しているため、無理に導入しようとすれば大きな混乱が避けられない。
最低運賃保障で運送業の階層を減らす  多重下請け構造の解消という根本的な問題解決は長期的目標と位置づけ、当面は下請けの階層を減らすことに取り組むことが現実的であろう。
まず短期的には、荷主とトラック事業者間の受発注管理を可視化する必要がある。
紙やファックスのやり取りでは取引状況や輸送実態を把握することは困難であり、荷主が実態を把握していないことが多重下請けを助長することになるからだ。
 可視化によって実態を把握した上で中期的には、下請け抑制の働きかけを実施する。
元請けが下請けに実運送を委託するよりも、自社運行したほうがメリットがある仕組みを政策的に採り入れる。
具体的には、最低運賃を保障する制度の導入を有効な手段の一つとして提案したい。
 2020年に国土交通省が公示した「標準的な運賃」は、「適正な原価と適正な利潤」に基づいて国が定めたトラック運賃だが、実勢相場からかけ離れており、強制力を持たないため、効果は限定的となっている。
 多重下請けが成立するのはむしろ、実勢相場を大きく下回る取引が横行しているためである。
企業体力がなく、交渉力に欠ける中小事業者が、荷主や元請けの過剰な値引き要求を排除できず、原価を度外視した料金で実運送を請けてしまう。
 現行の独占禁止法および下請法は、荷主企業とトラック運送事業者との関係で問題となる多くの行為を明示的に禁止している。
しかし、それにもかかわらず、現場では非対等な請負関係に基づく問題行為が続いているのが現状である。
 実勢相場を考慮した現実的な最低運賃を設定して、不当な取引を要求する事業者には厳しいペナルティを科すことで取引価格は適正化される。
その結果、荷主と運送事業者および元請けと下請けのパワーバランス、システム投資、人材の獲得など、冒頭に挙げた問題の多くが大きく改善へと向かう。
 また、個々の事業者および業界横断で取り組むべき変革も提案したい。
例えば、各企業が物流の需給バランスを考慮したサプライチェーンを追求することで、不必要なピーク対応や無駄な突発対応が抑制されて計画的な輸送が可能になる。
多くのクライアントのサプライチェーンの変革を支援しているアクセンチュアの経験からも、調達・生産・在庫・販売の各工程と物流が連動しておらず、他の工程で生じた遅れを、物流で無理やり解消させているという状況は珍しいことではない。
連動性のないサプライチェーンは物流を逼迫させるだけでなく、エンド・ツー・エンドで利益が損なわれ続け、輸配送コストの上昇を引き起こしているケースもある。
 荷主企業も輸送事業者に対して無理な要求を通せない状況になれば、自社のサプライチェーン戦略を見直し始めるはずである。
そして、物流が自社のサービスと利益を左右する重要なファクターであると気づくことになるであろう。
前述の「最低運賃保証」の仕組みが導入されるとなれば、その重要度は一気に高まるに違いない。
 一部のコンプライアンスを軽視する運送事業者の行為によって、他の事業者までが影響を受けてしまう状況から脱し、安定したサービスレベル、安全な労働環境、さらなる付加価値を提供でき事業者が日本の物流を支えることで産業全体が持続的に発展していくことを期待し、実現に向けてアクセンチュアとしても貢献していきたい。

月刊ロジスティクス・ビジネス

購読のお申し込みはこちらから