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事例で学ぶ
現場改善
日本ロジファクトリー
取締役 石橋岳人
JULY 2004 70
なぜ残業が増えたのか?
「どうしてこんなに終了時間が遅いんだ?」
T社長は自社工場の業務報告を見て愕然とし
た。 以前はどんなに遅くても夜の九時には業務
を終了していた。 それがこのところは平均終了
時間が夜十一時だという。 生産量が増えている
わけではない。 むしろ横ばいか、やや微減傾向
にある。 現場から上がってきた増員要請の書類
を手に、T社長は本当に人員が足りないことが
原因なのか判断がつかなかった。
コンサルタントとして相談を受けた我々NL
Fは、「闇雲に工程の能力を上げても全体の生産
効率は改善しません。 そうではなく工程内で最
低能力の工程を改善すれば、今の問題は解決で
きます」とアドバイスした。 その言葉を受け、T
社長は社内のスタッフだけで改善チームを編成
した。 ヒントはコンサルタントからもらっても、
実際の改善方法は自分達で考えようという狙い
だった。
改善チームのメンバー六人は社長自ら選抜し
た。 つらい残業が続いている最中の改善活動だ
ったが、メンバーの中に俄然やる気を出したも
のが二人いた。 K主任とKリーダーである。 二
人はかねてから「このままのやり方で良いのか」
と自問自答し、自発的に改善課題の開発に取り
組んでいた。
改善チームがはじめに取り掛かったのは、「?
現状の生産工程は一日どれだけの能力があるの
か?」、そして「?どの工程がボトルネックにな
っているのか?」を確認する作業であった。 ま
た、これと並行して「すぐできる改善」として
梱包工程の改善にも取り組んだ。
生産活動の多品種少量化が進んだことに伴い、
工場の梱包工程では製品袋の付け替え作業の負
担が増していた。 商品アイテム数自体が増加し
ていることに加え、同じ商品でも午前と午後に
分けて製造するケースが増えてきたことで、袋
の付け替え回数は多くなる一方だった。 作業者
の負担が増すだけなく、付け替え時に巻き込みの不具合が発生して袋をムダにすることも少な
くなかった。
同じ商品の生産が一日二回に分散してしまう
のは、追加注文に対応するためだった。 そこで、
まずは午後に追加注文が入る可能性の高いアイ
テムについては、生産を午後に回すように作業
指示を変更した。 これによって袋の付け替え回
数は減り、梱包工程の作業軽減につながった。 袋
のロス枚数も着実に減少した。 しかし新たな問
題が発生してしまった。 作業の終了時間がこれ
までよりも遅くなってしまったのである。
付け替え回数を減少させようと生産をまとめ
すぎたため、とりわけ午後の生産工程に負荷が
かかり、生産工程の終了する時間を遅らせてし
第19回
食品加工会社のT社。 昨今の少量多品種かつ熾烈なリードタイム短縮要請に
何とか対応してきたが、生産現場では連日の深夜作業が続いており、スタッフ
は疲弊していた。 「このままでは現場が持たない」。 経営トップは現状打破を決
意。 「ザ・ゴール」さながらの改善活動に着手した。
「ボトルネックはどこだ!」を合言葉に
食品加工工場が挑んだ「ザ・ゴール」
71 JULY 2004
を実行した。
(1)生産まとめのルールの改良
先の梱包工程改善で設定した新しいルールで
あったが、修正を加えることにした。 前回は全
ての製品について、特性を鑑みずに一律でルー
ル設定をしたために非効率な結果を招いていた。
これを商品特性に合わせたルールに変更した。
それまでは、午後には追加注文がくるかもし
れない商品を全て「製造待ち」としていたが、
「?午前中でもまとまった量のある商品は製造」、
「?(傾向分析から)午後になっても少量しか増
えない商品については、たとえ午前確定分が少
量でも午前中の業務進捗度を見て製造判断を行
う」こととした。
(2)工程間の連携強化
生産能力を最大限に引き出せていない場合の
問題点は、設備ではなく、工程内での作業連携
にある場合が多い。 実際、この工場では各工程
の担当者は、自分の仕事の範囲内だけでオペレ
ーションを工夫しているに過ぎなかった。 後工
程の負荷や前工程からの情報を取得して事前の
準備をすることは皆無であった。
つまり、皆?早く終わらせたい〞というは思
いながらも、?どうやったら最後の仕事(最終工
程)が早く終わるか?〞という業務を鳥瞰した
視点ではなく、各自が各工程の頑張りで早く終
わらせようという、やや精神論の混じった部分
最適の取り組みしかできていなかったのである。
そこで、どうしたら全体の作業が早く終わる
のかをメンバーが話し合うことにした。 その結
果、前工程の状況や、次に何が流れるのかが分
からないことが自分たちの作業をやりにくくし
ていることに気づいた。
そして具体的な改善策としては、工程間での
情報伝達をスムースにするためにホワイトボー
ドを利用し、作業を行う商品の順番とそれぞれ
の終了予定時間、補足事項(特別の加工を要す
る等)を伝えるようにした。 口頭による伝達方
法を避けたのは、お互いの伝達タイミングがず
れてしまうことがあることと、記録に残らないこ
とで責任の所在があいまいになりかねないから
である。
また、当日の午後の「追加受注情報」によっ
て、各工程では作業スケジュールの組み替えや
「原料投入タイミング」の変更が発生し、それが
次工程の「待ち時間」を招いていた。 「追加受注
情報」は作業スケジュールを作成する管理者だ
けが把握し、各工程のスタッフは管理者から指
示があるまで変更内容を知ることができなかっ
た。
「追加受注情報」を確定と同時に全工程へ伝え
るようにすることで、各工程が?作業工程が変
更された今、自分は何をすればよいのか?〞を
考えて行動ができるようにした。 それまでは情
報不足の結果として待ち時間が発生していたが、
前工程の状況が見やすくなったことで、?自分の
行動予定を、より的確に立てる〞ことができる
ようになったのである。
もちろん、情報を与えるだけで全員がそのよ
うな動きができるようになったというわけではな
い。 K主任およびKリーダーが率先してメンバ
ーへ?何度も言い続ける〞という啓蒙活動を展
まったのだ。 生産をまとめることで当然、「製品
当たり生産効率」は向上する。 しかし午後に生
産が集中し、午前中にアイドルタイムが発生す
れば、一日トータルで見たときの「時間当たり
生産効率」は低下する。 生産工程の能力を把握
しきれていなかったことから、部分最適によっ
て全体最適を損なってしまったのである。
最初に見つけたボトルネック
梱包改善と並行して進めた調査によって、各
工程の能力を確認し、全体を見渡した結果、現
在の生産能力は最大能力の四〇%しか引き出せ
ていないことが判明した。 またボトルネックは生
産した製品を、最終工程となる梱包工程へ搬送
する「送り出し」ラインと呼ばれる自動搬送設
備にあった。 この調査結果は、改善活動に取り
かかる前に、K主任とKリーダーが感じていた
課題と同じだった。
梱包部門に送るラインで詰まった商品のステ
ータスは「梱包待ち」になる。 これが発生する
と、製造機械に原料を注入するタンクのバルブ
が開かない。 そのため次の製品の準備が遅れる。
先に示した「生産をまとめる」という施策は、こ
の「梱包待ち」の時間をさらに延ばすという悪
循環を招いていた。
「送り出し」の工程がボトルネックであること
が判明した以上、改善活動は「送り出し」の能
力を増強し、「送り出し」の最大能力に合わせて、
他のプロセスを同期化させるというアプローチ
をとる必要があった。 指標としては「時間当た
り生産量」を利用することにした。
具体的な改善の施策としては次の四つの施策
JULY 2004 72
開し、さらにはメンバーによる自主的なミーテ
ィングへと発展させたことで、それが可能にな
ったのだ。
この自主的なミーティングにはコンサルタン
トや上司は同席しないようにした。 メンバーが
自分の感じたことを伝えやすいようにという配
慮だ。 自分が出したアイデアが協議され、実際
に採用されて結果が出ることで、メンバーは自
信を深め、さらなる向上心を持つようになった。
(3)生産ラインの稼働時間の変更
工場の稼働時間は本社・営業と同様、八:〇
〇〜一七:〇〇であった。 しかし当日生産品の
受注が最終的に確定するのは一四:〇〇だった。
このため工場の本格的な稼動はどうしても午後
が中心になっていた。 午前中は一日の生産量の
二〇%程度に過ぎない確定注文分の生産や見込
み在庫分の生産、あるいは工程のチェック程度
の業務にあてていて、仕事の密度は高いとは言
えなかった。
受注締め切り時間の変更は、取引先の了承が
必要になるためすぐには手を付けられない。 そ
こで今回は工場稼動時間の変更を行った。 従来
からK主任は受注の絞め切り時間である一四:
〇〇から工場を稼働させるというアイデア持っ
ていた。 確かに理論的には、それが最も効率が
良い。
しかし、稼働時間の極端な変更は、工場スタ
ッフおよび工場に併設した物流センターとの兼
ね合い、事務所のセキュリティ上の問題等の制
約がある。 そのために今回は、部門別に開始時
間を一〜二時間遅らせて、九:〇〇〜と一〇:
〇〇〜に設定するという変更に留まった。 それ
でも、この稼働時間の変更によって、以下の二
つの効果がすぐに現れた。
?残業時間の減少
前述のとおり、これまで午前中の仕事は業務
の密度が高いとは言えず、手待ちになるような
時間が少なからずあった。 そして午後は物量に
応じて終了時間が延びるという状態だった。 今
回の開始時間の変更によって午前中の業務密度
は格段に向上した。 稼働時間の変更は一時間程
度に留まったため、生産の終了時間は二〇:〇
〇前後でこれまでと大きく変わらないものの、「時
間当たり生産性」は向上した。
?見込み在庫の削減に伴うロスの減少
以前は午前中の業務量を確保することと納入
リードタイムの関係から、見込み生産を行わざ
るを得なかったが、稼働時間の変更によって見
込み生産の分量を改善前の二〇%の水準に抑え
られるようになった。 見込み在庫量の削減に伴
い、量販店向けの納入が認められる出荷期限ル
ール(製造から七日以内であること)によるロ
スも減少させることができた。
(4)送り込み工程の強化
できるだけ投資を伴わずに改善しようという
のが、チーム発足時の考え方であった。 しかし
ながら、機械化された工程の能力は運用の変更
で改善するにも限界がある。 ボトルネックとな
っている送り込み工程の能力の向上には、一定
の投資が避けられない状況だった。
単純に現状で一本しかない送り込みのライン
をもう一本増設すれば能力は二倍になる。 しか
しラインの増設は投資額が大き過ぎるため却下
された。 続いて協議された案は、ラインに商品
を送り込む際のセンサーの強化であった。 これ
によって一品種あたり三分程度の送り込み時間
の短縮が見込まれた。 一日平均六〇品種の送り
込みを行っていることから、単純計算で三時間
の短縮だ。 その分、残業時間を短縮できるだけ
でなく、短納期納入依頼への対応力強化も図れ
ると判断し、投資にゴーサインが出た。
図1
生産量指標 推移
31,000
30,000
29,000
28,000
27,000
26,000
25,000
24,000
3,100
3,000
2,900
2,800
2,700
2,600
2,500
2,400
2,300
改善ミーティング
の開始
午前中生産品
の午後への
集中化
ボトルネック
改善施策
実施
第1週 第2週 第3週 第4週 第5週 第6週 第7週 第8週 第9週
生産量 時間当たり生産量
73 JULY 2004
そしてボトルネックは移動する
このような一連の改善策を打つことで、工場
の管理数値は良化していった。 (図1)しかし、
送り込み工程への投資によって得られた時短効
果は三時間ではなく、一時間にとどまった。 狙
い通り送り込み工程のボトルネックは解消され
たが、次の二つの新たなボトルネックが顕在化
したからである。 (図2)
(1)導入工程のボトルネック化
それまで原料投入から「送り込み」の前工程
までは「すぐにできる」という認識がメンバーに
はあった。 しかしながら、目の前のボトルネック
が解消されたことで今までは「すぐにできる」と
思っていた工程の能力が新しい制約条件になっ
てきたのである。
送り込み工程が改善されたことで製造ライン
は次々と製造品種を投
入することが可能にな
った。 しかし投入の順
番を間違えれば、原料
タンクの段取り替え作
業にムダが発生してし
まう。 原料タンクのと
ころで作業が滞れば、
当然ながら後工程のラ
インは待たなければな
らなくなる。 これまで
は最終工程が詰まって
いたため、導入工程は
比較的余裕があったが、
ラインがスムースに流
れるようになった今で
は、導入部分の効率が
生産効率を決めるよう
システム
システム
人材
ルール
人材
ルール
図2
工程生産能力
補助要素
投入
工程
選別
工程
梱包
工程
免失生産量
生産量
ブレンド
工程
最初の
ボトルネック
送り込み
(検査)工程
工程生産能力
補助要素
投入
工程
選別
工程
梱包
工程
免失生産量
生産量
ブレンド
工程
2番目の
ボトルネック
送り込み
(検査)工程
改善
効果
生産能力は最も
低い工程の能力
と同等となる
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になっていた。
限られた設備・時間の中で最大効率を発揮す
るには、各工程の正確な状況報告にもとづく早
期の修正が必要だ。 しかし、これまでは各工程
の責任者が各自の経験から判断する部分が大き
かった。 後工程の責任者は前工程の情報を結果
として受け取らざるを得ない状態だった。
「工程間の連携能力」がボトルネックであった。
ラインは一本の線として滞りなく移動するから
ラインなのであり、トータルの工程を最短で終
了するためには連携が当たり前にできることが
前提になる。 しかし現実のラインは各工程間で
?目詰まり〞が発生していた。
対策として、午後に確定する当日受注情報の
修正については、まず生産計画工程の担当者が
素早く処理し、導入工程の担当者と調整を行う
ことで、無駄な作業を極力少なくするようにし
た。
(2)職人化した人材
工場の開始時間を変更し、それに合わせて工
程ごとに開始時間を調整したことで、「負荷が減
った人員」と「負荷が明らかに増えた人員」が
出てきた。 例えば最終工程となる梱包作業には
前工程のスタッフを投入し易いものの、作業終
了時間も最後になるため前工程からの応援に回
されたスタッフの労働時間は長くなってしまう。
一方、特定のスキルを必要とする工程は、応援
できるスタッフが限られている。
ボトルネックをひとつずつ解消していくことで、
工場全体の生産効率は確実に上昇基調になって
いるが、メンバー一人ひとりへの改善効果を測
ってみると、まだまだ偏りがあった。 そこで工場
スタッフの配属方法を、各工程をローテーショ
ンさせるように変更した。
工場の生き字引的存在であるK主任から、K
リーダーが率先して各工程の作業ノウハウを引
き出しマニュアル化することで、他メンバーとの
共有化を図っている。 このローテーション制を
導入することで、工場スタッフの負荷は一時的
には高くなる。 しかし必要な施策だと全メンバ
ーが意識しているため、取り組みは着実に進ん
でいる。
コスト削減から品質向上へ
作業改善によるコスト削減に始まった改善活
動であったが、作業改善(生産効率改善)に一
つのメドが立ったことから、プロジェクトチーム
のミーティングのテーマは少しずつ変化してきて
いる。 コストに続いて俎上に上ってきたのは、や
はり「品質」である。
既に工場ではISOを始め、いくつかの規格
も取得しており、最低限のレベルはクリアして
いる。 しかし、今後の競争力確保のために品質
向上は避けて通ることのできない課題であると
して、プロジェクトチームの独自基準による「高
品質への挑戦」を新たな目標に掲げた。
そして、もう一つの課題が改善活動の物流・
営業部門への展開である。 これまでは工場内だ
けでの活動であったため、改善できることにも
限界があった。 他部門を巻き込んで改善できる
ほど、プロジェクトチームの対応力が高くなか
ったことも、全社的に展開できない一因となっ
ていた。 しかし一連の活動を通じて、チームの
メンバーたちは全社を対象とした改善をリード
するだけの力を蓄積したと自信を持てるように
なってきた。
一般に我々のようなコンサルタントは、改善
を進める際に、営業(得意先)から物流までを
視野に入れて施策を練る。 しかし、それによっ
て対象範囲が大きくなりすぎ、なかなか改善が
進まなくなってしまうようでは、成果は得られ
ない。
今回の改善も物流・営業部門を意識せずに進
めたわけではない。 しかしプロジェクトチームは
「変更しようのない制約条件は何か」を見極め、
その中で自分たちが「今できることは何か」を
考え改善を進めてきた。 まず工場が変わって見
せる。 それによって物流・営業への提案も以前
とは違い、しっかりと検討してもらえるようにな
ってくるのである。
『環境を嘆くのではなく、まずは自分(達)が変
わることで改善は成功する。 その結果、悪かっ
た環境も変わっていく』。 そんな物流改善の原則
を再認識したケースだった。
いしばし・たけと 一九七〇年生まれ 神奈川大学経済
学部経済学科卒。 大学卒業後、大手経営コンサルティン
グ会社へ入社。 その後日本ロジファクトリーの創業メン
バーとして『マーケティングから見た物流』をテーマに、
物流コンペティション企画運営、物流企業の品質管理・
改善および現場改善指導を行っている。 また、物流のみ
ならず、経営計画の立案や販売促進指導、提案営業指導
など幅広い業務に対応している。 九九年六月、取締役に
就任。 ishibashi@nlf.co.jp
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