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JULY 2004 20
ヤマト運輸の株価は二〇〇〇年一月に四〇
五〇円の最高値をつけた。 九八年後半の水準
と比較すると、実に三倍近い上昇だった。 九九
年はいわゆる「インターネットバブル」といわ
れる相場で、同社も電子商取引の発達で恩恵
を受ける銘柄の一つとしてもてはやされた。 そ
の時点での同社の成長性では説明のつきにくい
高い水準にあった。
しかしネットバブルがはじけた影響で、業績
は好調であったにもかかわらず、同社の株価は
二〇〇〇年度に大きく下落した。 さらに二〇〇
一年度、翌二〇〇二年度には利益成長率の鈍
化で、それまで同社についていた成長性のプレ
ミアムも剥げ落ちて、株価の低迷が続いた。
利益の伸び率が鈍化したのは、退職金給付
費用負担増が重くのし掛かり、これが利益を圧
迫したためだった。 また、景気悪化で輸送量全
体が低迷したことも響いた。
そして二〇〇三年度は株価が大きく変動した。
株式市場の低迷が続く中、短期的に高い収益
を上げようとする投資家が増え、目先ネガティ
ブなニュースが出ると思われる銘柄は空売りの
対象になった。 同社株もそのうちの一つだった。
この年、同社は「ネットワークの再構築」と
呼ぶ大手術に着手している。 手術の内容は三〇
〇〇カ所の集配拠点を二〇〇七年度までに五
六〇〇カ所に拡充するというものだ。 初年度と
なる二〇〇三年度は期初の想定よりもはるかに
速いペースで拠点を増やした。
しかしその影響で期中に業績を二度、下方修
正することを余儀なくされ、結果として株価の
乱高下を招いてしまった。 二〇〇三年十二月に
同社の株価はついに一二〇〇円を割りこんだ。
このように一年刻みで株価の推移をみていく
と、同社の株価は短期的な相場の流れを反映し
た動きとなっている。 ?二〇〇〇年度までは同
業他社よりも高い成長性を維持していたこと、
?それが鈍化したことでそれまでの株価プレミ
アムが失われたこと、?電子商取引が本格的に
普及した際に同社が受ける恩恵のポテンシャル
は膨大であること――などを考慮すると、長期
トレンドと照らし合わせた場合の同社の株価ト
レンドは、必ずしも間違ってはいなかったと言
えるだろう。
そして二〇〇三年度に一定の範囲内で株価
が乱高下したことは、今後の同社の成長性を疑問視する投資家や「ネットワークの再構築」を
評価しない投資家と、短期的に利益が悪化して
も、それが将来の成長につながるのであれば、
現在が買い時であると「再構築」を評価する投
資家の売り買いが拮抗したことを物語っている。
株式市場にとって「ネットワークの再構築」
はあまりにも突然だった。 この取り組みは拠点
数をほぼ倍増させることで、「宅急便」の取扱
個数を拡大するとともに、事務や作業を集約し
てコストを固定費化し、増収が利益率拡大につ
ながる仕組みに改めようというものである。
投資家にとって、同社が「ネットワークの再
構築」によって何を目指しているのか、分かり
にくかったに違いない。 日本経済はデフレと縮
第4回
ヤマト運輸
ネットバブル崩壊でヤマト運輸の株価はピーク時の半値以下にまで
落ち込んでいる。 二〇〇三年度は一定の範囲内で乱高下を繰り返した。
再び株価を上昇軌道に乗せられるかどうかは集配拠点を倍増させる「ネ
ットワークの再構築」の成否に掛かっている。
松本直子
日興シティグループ証券
株式調査部ディレクター
21 JULY 2004
小均衡が続いたことから、株式市場が評価する
のは拡大よりもむしろスリム化であって、拠点
数を増やして利益率を上げるという発想を理解
するのは容易ではなかった。
配送網の再構築で需要創出
つまり、再構築を評価するか否かは、ネット
ワークの密度を濃くすることで需要の掘り起こ
しが進むという考え方を受け入れられるかどう
かで決まってくる。 この新しいネットワークは
増収がもたらされてはじめて機能する。
果たして本当に増収は実現可能なのか。 以下
で増収のポテンシャルについて考えてみた。
?自家用車からのアウトソース需要
近距離で荷物を比較的短時間に配達するサ
ービスが提供されるようになれば、これまで企
業や個人が自ら運んで
いた荷物がアウトソー
スされる可能性がある。
潜在需要がどの程度
か。 軽貨物自動車保
有台数が一〇〇〇万
台弱であり、うち運送
を請け負う事業者の保
有は一七万台程度し
かないと推定されるこ
と、さらに事業者は低
稼働率のトラックも含
めて平均で年間一台当
たり二〇〇万円程度
の収入を上げていると
推定されることなどか
ら、市場ポテンシャルは二〇兆円程度あると考
えることができる。
もちろん、軽トラックが運ぶ荷物が必ずしも
消費財小口貨物であるとは限らない。 しかし、
これまでの「宅急便」と同様、インフラが用意
されることで、利用者が利用の仕方を考えて活
用方法を広げていくことが期待できる。
?人の移動→物の移動による新規需要
高齢化とそれに伴う労働力不足による家事の
アウトソースといった社会的変化は、人の移動
を物の移動に置き換えることにつながり、これ
が新しい物流の需要を生みだすと考えられる。
重くてかさばる生活用品の宅配はすでにサービ
スとして誕生しているが、今後は買い物代行、
介護関連物資の配達、クリーニングの集配、さ
らに規制緩和が進めば、調合薬の宅配などにも
「宅急便」が利用される可能性もある。
例えば一世帯当り一週間に一度、こうしたサ
ービスを利用することが定着すれば、一兆二〇
〇〇億円程度のマーケットとなる。 家計への負
担は、自らが移動する際に支払ってきた交通費
の減少や商品の流通段階での合理化などで吸
収できると考えられよう。
?ダイレクトメール
企業―家庭―個人の間に密度の濃いネット
ワークが完成すれば、「宅急便」をより川下の
領域に拡大することも可能になろう。 川下への
領域拡大は、集配コストの上昇を招くものの、
荷物の重量当たりの単価が高くなるため、数量
を確保すれば収益性は上がる。 宅配便は特積み
よりも川下である。 宅配便でシェアの高いヤマ
トは特積み大手より高い収益性を持つことが、
ヤマト運輸の過去10年間の株価推移
そのことを示している。
ダイレクトメールの一人当たり受け取り数は、
米国が日本の七倍、欧州は二倍となっている。
ヤマトがメール便サービスで工夫すべきことは、
郵政公社とシェアを奪い合うことではなく、市
場を活性化して需要を創出することである。
同社はこの一年、長期的な成長のためのイン
フラ作りを進めてきたわけだが、この短い期間
で、すでに新規店舗の大幅増収やオペレーショ
ンの効率化という効果が働いてきていることは
注目すべきであろう。
マーケティングの具体的な施策についても、
新しい「宅急便」の利用方法の開発や、メール
便の販売窓口拡大などトップダウンでの需要活
性化も図られている。 今後、株式市場での同社
に対する評価は、取扱個数の伸び率が高まるか
どうか、より密度の濃いネットワークによって
新商品が生まれるかどうかによって左右される。
現在、ヤマト運輸の「宅急便」は、サービス
レベルが高いという評価はあるものの、市場で
は数社間での競争が存在する。 新しいネットワ
ークが新しい需要を生み出した時には、その部
分での競合は考えにくくなる。 その際には、参
入障壁の高いインフラビジネスとして、再び株
価に高いプレミアムがつくことになろう。
まつもと・なおこ
上智大学卒。 S
. G.
ウォーバー
グ証券、メリルリンチ証券等
を経て二〇〇〇年に日興ソロ
モン・スミス・バーニー証券
(現日興シティグループ証券)
に入社。 証券アナリストとし
て運輸・倉庫業界担当。
著者プロフィール
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