*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。
JULY 2004 32
チャンスを逃した梱包業
日本の物流市場には古くから梱包に特化した専門
業者が存在する。 彼らは主に家電メーカーや機械メー
カーの下請けとして「輸出梱包」と呼ばれる業務を手
掛けてきた。 国際輸送中に製品が破損するのを防ぐた
めに、木箱や木枠などで製品を包むという仕事である。
NECや富士通向けにサービスを提供する新開グルー
プや、東証二部に上場しているサンリツなどがその代
表格だ。
梱包業は産業区分上、「運輸に付帯するサービス業」
に分類されている。 過去には、そのことに業界自体が
反発していた時代があった。 「製造業」に認定される
ことは業界の悲願だったとも言える。 実際、梱包業者
は他の物流業者より生産に近い領域でサービスを提供
し続けてきた。 梱包の前工程となるメーカーの生産ラ
インの一部を担うなど、荷主企業との結びつきも強か
った。
一括元請けとして荷主企業の物流管理を担う3P
Lに業態を転換するのに、梱包業者はうってつけのポ
ジションにいた。 しかし現状では、それに成功したケ
ースはほとんど見受けられない。 伝統的な梱包業者の
多くは3PLどころか、?下請け〞的な体質を今も強
く引きずっている。
現在、梱包業者の大部分が経営的な苦境に立たさ
れている。 業績は軒並み悪化の一途を辿っている。 新
開の売上規模もバブル期の半分の水準にまで落ち込ん
だ。 生産拠点の海外シフトが進み、日本における輸出
梱包のニーズが年々減少する傾向にあることが大きく
影響している。
とりわけ深刻なのは、特定荷主への依存度が高い中
堅クラス以下の梱包業者だ。 彼らには、荷主のビジネ
スの好不調の波によって自社の経営が大きく左右され
るというリスクが常につきまとっている。 取引先が不
振に陥り、それに連動するかたちで倒産や廃業を余儀
なくされる梱包業者も増えつつあるという。
しかし環境の悪化によって、逆に奮い立つ梱包業者
も現れている。 梱包業の実態に詳しい武藤物流テクノ
ロジー研究所の武藤惠春代表は、「梱包の世界では荷
主と下請けという関係が強かった。 しかし最近のよう
に輸出梱包の仕事が減ってくると、梱包だけではとて
も商売が成り立たない。 そこで梱包業者は人材派遣や
保管、輸送といった周辺業務にまで手を伸ばすように
なった」と指摘する(三四頁インタビュー記事参照)。
老舗梱包業者の逆襲
長島梱包もそんな梱包業者の一つ。 同社は東京を
中心に事業を展開する、一九二六年創業の老舗梱包
業者だ。 年商は約五〇億円。 精密機器や大型機械な
どの輸出梱包を収益基盤としてきた。 しかしここ数年
は他社と同様、輸出梱包の低迷が続いているという。
同社は梱包のプロフェッショナルの育成に力を入れ
てきた。 社員には梱包管理士や包装管理士の資格取
得を奨励し、合格者には特別手当を支給するなどイン
センティブを用意している。 また、特集第一部でも紹
介したミシガン州立大学の包装大学院と積極的な交
流を続けるなど梱包技術のノウハウを蓄積することに
も熱心だ。 ちなみに長島祐司社長は同コースの卒業生。
こうして同社はこれまでに多くの人材と多額のコスト
を投入してきただけに、輸出梱包の不振が続いている
ことは大きな痛手となっている。
長島社長は「輸出梱包で扱う製品はどんどん小さ
くなっている。 一般的に輸出梱包は『立米(体積)い
くら』で料金が設定されている。 そのため、製品の小
梱包ノウハウで儲ける物流業
荷主企業との密接な関係を狙う物流会社たちが包装・
梱包業務を切り口とした改善提案に目を向け始めている。
本来、この分野で強みを発揮できるのは“梱包業者”と
呼ばれる物流企業だ。 しかし、彼らはそのノウハウを十分
に活かしきれていない。 (刈屋大輔)
第3部物流企業編
特集2 パッケージングで勝つ
33 JULY 2004
型化は収入減に直結する。 昔は割りと大まかな料金で
も受け入れてもらえたが、最近では材料費や人件費な
ど細かいコストの提示が要求される。 梱包業者の経営
環境は厳しくなる一方だ」と説明する。
取引先のメーカーが相次いで中国に生産拠点を移
管させているのを受けて、長島梱包では新たに上海に
拠点を構える計画だ。 それによって中国で生産される
日本や欧米諸国向け製品の輸出梱包を取り込むのが
狙いだ。 すでに複数の日系メーカーから将来の業務委
託を約束されているという。
ただし、中国でのビジネスは人民元での取引だ。 日
本における輸出梱包の落ち込みを補完できるだけの収
入源にはならない。 そこで近年では保管や輸送、流通
加工といった輸出梱包以外の事業の開拓にも力を注
いでいる。 その中でもとりわけ好調なのは流通加工の
分野だ。 通販商品などを倉庫で保管、在庫管理し、オ
ーダーに従って包装、梱包を施して出荷するトータル
物流サービスを提供している。
長野県松本市の事業所では二〇〇二年四月から革
製品を中心としたギフト商品の発送業務を請け負って
いる。 荷主はハンドバックやベルトなどを生産・販売
する大手メーカーだ。 センターでは商品の荷受け、検
品から出荷、エンドユーザーへの配送までの作業を一
手に引き受けている。 商品アイテムは一五〇〇。 在庫
量は二五万個に上る。 一日に平均で三〇〇〇件の出
荷を処理している。
こうして輸出梱包以外の経験を積むことが長島梱
包にとって貴重な財産となっている。 既存の梱包業者
に足りないとされてきたのは梱包業務以外での物流ノ
ウハウだった。 それを手に入れることができれば、梱
包業者でも3PLで先行する大手の物流企業に十分
対抗できる体制が整う。
「包装や梱包のノウハウという武器を持っていても、
トータルな物流の仕組みを提案できなければ、もはや
顧客には相手にされない。 ただ荷主企業にぶら下がっ
ているだけで梱包業者が生き残れる時代は終わった。
今後は梱包以外の部分でのノウハウの蓄積にも力を入
れていきたい」と長島社長は意気込んでいる。
日立物流の梱包ノウハウ
輸出梱包の大手荷主の一つである電機メーカーは、
各社とも歴史的に物流子会社をグループ内に設立し
てきた。 そして大半の電機系物流子会社は親会社の
物流管理だけを手掛け、現場作業は協力会社に委託
してきた。 梱包業者の多くがこの構図のなかに組み込
まれていたのは既に述べた通りだ。 そのなかにあって
日立物流は例外的な存在といえる。
同社も現場作業には梱包業者を利用してきた。 だ
が梱包のノウハウ自体は自分たちのなかに留め置き、
蓄積してきた。 九〇年には親会社の日立製作所で包装・梱包技術に携わっていた人材をノウハウごと吸収
した。 3PL業者として包装技術の構築に務める体
制がより充実した。
日立物流のエンジニアリング開発本部LE・投資
戦略部の松田考司氏は「包装や梱包に関する知識を
持った専門家を抱えている企業はごく一部に限られて
いる。 日立グループ向けの仕事で蓄積した当社の包装
や梱包のノウハウはライバル企業と差別化するための
一つの武器となっている」と強調する。
かつて日立製品の包装・梱包技術の開発を担当し
ていたのは製作所サイドだった。 社内に専門部隊を用
意し、主に冷蔵庫や洗濯機など家電製品向けの段ボ
ールや緩衝材の研究・開発に取り組んできた。 しかし
九〇年に関連人材を移管してからは、製作所から要
図1 3PL事業における包装技術の役割
3PL:顧客の物流業務のフルサポート
開発 設計 評価 生産 包装 輸送 保管 配送 回収
顧客コア事業
物流
コスト
日立物流のフルサポート
機能 フルサポート
(他社)
強度
サポート サポート
サポート
物流を考慮した企画
環境保全
差別化
3PLへ異業種(商社・IT・卸)から参入 競争激化
日立物流のエンジニアリン
グ開発本部LE・投資戦略
部の松田考司氏
JULY 2004 34
請を受けた日立物流が知恵を絞り、包装や梱包につ
いての改善策を提案していく体制となった。
荷主との共同作業のなかでノート型パソコンの梱包
改善にも成功した。 もともと日立のノートPCの梱包
は、PC本体と付属品で別々の箱を用意し、それを
最終的に一つの段ボール(外装箱)に格納するという
スタイルだった。 外部からの衝撃を防ぐ緩衝材の使用
量も多く、そのためサイズの大きい外装箱の採用を余
儀なくされていた。
これに対して、日立物流はPC本体と付属品の箱
を一体化する梱包を提案した。 外装箱を緩衝機能の
あるモデルに改良することで、緩衝材の大幅削減を可
能にした。 旧モデルはPCを取り出す際、緩衝材も同
時に持ち上がってしまう仕組みだった。 ユーザーの利
便性を配慮して、それをPC本体だけ取り出せるデザ
インに改めた。 環境対応の意味合いでプラスチック製
の取っ手も廃止した。
日立物流のアイデアによって、ノートPCの梱包は
格段にコンパクトになった。 段ボールの使用面積を従
来に比べ一六・五%カット、梱包体積も同じく三五%
カットできた。 梱包サイズが小さくなったことで、輸
送用トラック一台当たりの積載率が高まったほか、倉
庫の保管スペース削減にもつながったという。
凍結しない「保温箱」を開発
毎年、日本ロジスティクスシステム協会(JIL
S)は「全日本物流改善事例大会」を開催している。
この大会で日立物流は二〇〇二年度に物流合理化努
力賞を受賞した。 応募した事例は「医療器材の寒冷
地用保温輸送システムの構築」。 日立物流は包装・梱
包を切り口とした物流改善の代表的な事例である、こ
の取り組みを通じて、ある医療機器メーカーとの結び
つきを強めることに成功した。
冬場の気温が零度を下回ることが多い北海道では、
薬品の輸送に凍結防止の目的で保温機能を備えたト
ラックを活用している。 凍結によって成分が変化した
薬品の使用で、医療ミスが発生することを避けるのが
狙いだ。 しかし、特定の薬品を輸送するためだけに高
価な保温車を導入するのは大きなコスト負担となる。
小口出荷にも対応できる低コストな輸送方法の開発
が求められていた。 そこで日立物流はカイロを発熱体として利用する
「保温箱」を新たに開発した。 この箱に入れて輸送す
れば、マイナス一〇度の外気温が四八時間続いても、
薬品の温度は零度を下回らない。 最終的に医療機器
メーカーは日立物流の改善提案によって従来に比べ輸
送コストを二五%削減することができた。
日立グループ外の企業を対象にした包装・梱包改
善の事例はこのほかにもある。 製品の積み付け方法を
見直すことで倉庫の保管効率を高めたり(図2)、前
掲の事例とは逆に温度の上昇を防止するための段ボー
ルの開発などにも成功している。
特集第一部でも触れたように、「包装・梱包」が物
流コスト全体に占める割合は五〜七%程度にすぎない。
そのため、荷主企業の物流マンや物流業者の担当者
図2 段ボール箱のコスト低減
積み上げ方向を変えることで必要強度は1/2以下になる
105kgf 45kgf
――武藤さんは「技術士」(経営工学部門・包装お
よび物流)の資格をお持ちですね。
「技術士の登録をしたのは一九八三年二月で、専
門科目は経営工学のなかの「包装および物流」で
す。 私が取得する以前は、この資格は生産管理の
なかの「包装」という科目でした。 八〇年代初頭
「製品を知らなければ梱包業はできない」
武藤物流テクノロジー研究所
代表 武藤惠春
35 JULY 2004
の多くはこれまで、コスト削減を模索するにあたって
「包装・梱包」ではなく、よりコスト比率の高い「輸
送」や「保管」を重視する傾向が強かった。
しかし最近になって、日立物流のように「包装・梱
包」を強く意識する企業が増えてきた。 「輸送」や「保
管」部分での改善アイデアのネタがいよいよ尽きてき
たことが理由の一つだ。 「包装・梱包」には手つかず
領域がまだまだ残されている。
同じ家電系の物流子会社の大半が「包装・梱包」の
業務を外部にアウトソーシングしたのに対して、日立
物流は「包装・梱包」を決して手放そうとはしなかっ
た。 結果として蓄積したノウハウが外販の拡大に大い
に役立っている。
「物流業者はもともと輸送から先の部分をカバーす
るのが役目だった。 それが現在では生産などサプライ
チェーンの上流部分まで対象領域を拡大することが要
求されている。 包装や梱包部分にもきちんと対応でき
ない物流会社は顧客から仕事を任せてもらえない」とLE・投資戦略部の鹿島伸之技師は指摘する。
「保温箱」の取り組みも同社が営業ターゲットとし
て重視してきた医療業界での実績が実を結んだものだ。
相手が持っていないノウハウを武器に懐に入りこみ、
日常業務を通じて医療業界での経験を積んだ。 ギブ&
テイクの関係を重視してきたからこそ、同社の3PL
事業は開花した。
これまで梱包業者は自分たちのノウハウが荷主サイ
ドに流出することを嫌がる傾向にあった。 商売のネタ
が荷主企業側に取り込まれるのを恐れたためだ。 確か
に梱包業者には現場でしか得られない技術と経験があ
る。 しかし、それを隠すのではなく、一時的には自ら
の収入を減らす改善であっても荷主の立場から積極的
に提案していくことで新たな展開が開ける。
特集2 パッケージングで勝つ
はちょうど物流が脚光を浴びていた時期で、この
ときに経営工学部門に移されたんです。 いわば私
はこの資格の第一期生みたいなものなのですが、専
門は工業包装あるいは輸送包装です」
――資格の名称として「包装」と「物流」が同列
で並んでいるのに意外な印象を受けます。
「もともと包装というのは非常に幅広い概念です。
素材の話から、包装のための機器、包装試験、包
装評価など内容は多岐にわたります。 それが時代
ととも物流とかロジスティクスまで拡大しようとな
って、ますます領域が広がった。 もっとも私が資
格を取得した頃は、物流領域で包装といえばほぼ
輸出梱包の技術を指していたんですけどね」
――武藤さんは「梱包」と「包装」という言葉を、
どう使い分けているのですか?
「意味的にはほぼ同義です。 昔は輸出梱包とか梱包
荷役、梱包技術という言い方をしていましたが、こ
れも今では包装という括りでやるようになっている。
最近では輸出梱包も輸出包装と言い換えるように
なっています」
――しかし、社名に梱包という言葉を入れている
会社がいまだにあります。
「かつて輸出で使っていた木箱の世界の名残なんで
しょうね」
――梱包業は国土交通省の管轄ですが、陸運事業
のような事業規制がありません。
「その通りです。 でも昔から梱包業として営業を
するときには、米軍のミリタリー規格に対応でき
るとか、JIS規格に準じてやれるとか、荷主の
要請に応える必要があった。 事業規制こそありま
せんが、専門性が高く、それなりの技術がなけれ
ばできない仕事なんです」
――荷主の生産部門に隣接する事業者として、従
属的な関係になってしまっている会社も少なくあ
りません。
「昔は荷主と下請けという関係がどうしても強か
ったんです。 でも最近のように輸出が減ってくると、
梱包だけではとても商売が成り立ちません。 そこ
で人材を派遣するとか、保管するとか、運ぶとい
った周辺業務まで手掛けるようになってきた。 で
も中には、今でも梱包に特化してやっている会社
もありますよ」
――梱包専門でやろうとしたら、荷主の系列に入
るような関係がないと難しいのでは?
「たしかに特別な信頼関係がないと無理でしょう
ね。 というのも梱包というのは、製品の特徴だと
か、脆弱度、特殊性など特殊な要件を理解してい
ないとできない仕事です。 どうしても転倒などの事
故は発生しますからね。 いちいち新しい業者を教
育するより、知っているところに任せた方が荷主
にとっても有利です。 その点は昔も今も変わりま
せん」
(聞き手・岡山宏之)
むとう・よしはる新開運
輸梱包(現新開)に入社後、
包装の専門化を志した。
1968年の包装管理士を皮
切りに、包装士、防錆防止
管理者など多数の関連資格
を取得。 84年には同分野
で最高ランクの資格とされ
る技術士(経営工学部門、
包装および物流)を取得。
取締役を最後に新開を退任
し、現在は武藤物流テクノ
ロジー研究所の所長。
|