ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2004年7号
新米ピッカー
同僚ピッカーたちへのインタビュー

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JULY 2004 62 「居酒屋バイトより好き」 待ち合わせたのはJRのターミナル駅の改 札口。
三月下旬の昼下がり、空からは雪にな るかと思うような冷たい雨が落ちてきた。
Gパンにトレーナーという服装は、いつも 見慣れた格好だった。
喫茶店でコーヒーを注 文してから山口昇君は話しはじめた。
「大学に入ってから居酒屋や喫茶店でバイト していたんですけど、接客業が苦手だったん です。
初対面の人と気軽に話したりするのが うまくできなくて。
それで前から、倉庫での バイトなら人と話さなくてもいいかなと思っ ていた。
そしたら新聞の折り込み広告の募集 が目に留まったんです」 センターからほど近い町で生まれ育ち、地 元の大学で法律を勉強している三年生である。
物流センターで働きはじめたのは二〇〇三年 秋のこと。
授業のない土日に働いていた。
シ フトは、私と同じで朝八時から五時まで。
「ピッキングをはじめたときは、体力的にしん どかったですね。
八時間のシフトが終わった あとは、足が重くって。
家に帰っても、遊び にいく元気なんか残ってなかったから、フロ に入って寝るっていう感じでした。
喫茶店の バイトでも八時間ぐらい働いていましたけど、 こっちのほうが断然しんどいです。
歩く量が ぜんぜん違うから」 山口君とは土日の出勤日が重なることが多 かったので、自然と言葉を交わすようになっ た。
愛想のいい若者だと思っていたのだが、人 付き合いが苦手とは知らなかった。
聞いてみ なければ、わからないものだ。
しかしそんな山 口君でさえ、物流センターの希薄な人間関係 には驚いたという。
「オジさんよりオバさんのほうがツンとして いる人が多かったなあ。
とくに、三〇代、四 〇代の女の人。
オジさんなら仕事のわからな いところを気軽に教えてくれることが多かっ た。
でも、オバさんになると、あんたこんなこ とも知らないの、って感じでしたね。
それは 物流業者の社員の人も同じでした。
よく朝礼 でしゃべっている人いるじゃないですか」 ――藤井フミヤみたいに髪を真ん中でわけた 人? 「そう、その人。
最近になって、Vゾーン(高 額商品が入っているため鉄柵で囲われており、 入るためには専用のカードを必要とするエリ ア)のピッキングになったんです。
はじめての 日、朝礼の場所にその人がいたんで、カードを返して帰ろうとすると、だれに借りたの、ど うして借りた人に返さないの、ここに持って こられても困るんだよね、ってさんざん文句 言われてから、今回だけは預かっておくから、 って。
返す人が決まっているなんて聞いてな かったし、それに人を見下げたような態度に はむかつきました。
そんなことがほかに二、三 度あって、できるだけ近づかないようになり ました」 ――ピッキングにはどれくらいで慣れた? 「だいたい一カ月ぐらいですかね」 一カ月で慣れたって、一時間に一五〇個ピ 半年はつづけたいと思っていた物流センターでのアルバイト だったが、予定より1カ月早く切り上げて3月でピリオドを打 つことにした。
連日、商品を探して歩くうちに、またもや放浪 癖が頭をもたげきた。
そして海外へ向かう航空券を買ってしま った。
最終回となる今回は、同僚アルバイトたちへのインタビ ューをお届けする。
意外なことに、彼らは不満だらけの私とは 違い、このバイトが結構気に入っているのだという。
同僚ピッカーたちへのインタビュー 最終回 63 JULY 2004 ッキングできるようになったということだろう か。
私なんて、最後まで一五〇いくかいかな いかだったのに。
「一カ月したら、ピッキングシートの数字を見 ただけで、迷わず体が動くようになりました。
シートによっては、一五〇でるようになりま したよ。
でも、毎回でる成績の数字には、不 思議な威力がありますね。
はじめ、六〇とか 七〇ぐらいからはじまるじゃないですか。
そ れから徐々に上がっていって、一五〇がでる ようになると、この数字を落としたらまずい んだろうな、って思うんですよ。
だれから言 われたわけでもないのに。
そして、知らず知 らずのうちに一生懸命ピッキングしている自 分に気づくことがありますね」 最後にどれくらいつづけるつもりなのか聞 いてみた。
「しばらくつづけたいですね。
居酒屋や喫茶店 より、全然こっちのほうがいいですよ。
今ま でで一番合っているバイトだと思ってます。
黙々とやる仕事なので」 ――友だちができないのも悪くないってこと? 「そうですね」 そうか。
それも悪くないか。
「当分は続ける」と仲良し主婦 「わたしたち、高校のバレー部から一緒なんで す。
結婚してからも地元に住んでいるんで、も う二〇年近い付き合いなんですよ」 そう話すのは一七〇センチを超える長身の 田嶋さんと、本田さん。
それを聞いて私は、な るほどな、と納得がいった。
たまたまバイト 先で知り合ったにしては、はた目から見ても 仲がよすぎると思っていたからだ。
朝礼も昼 礼も一緒なら、出勤日もほとんど同じだった。
「出勤日が同じなのは、今でもバレーをやって いるからなんです」 と田嶋さんがつづける。
「お互いの子どもたちが小学校に上がってか ら、地元のクラブでバレーを再開したんです。
バレーの練習がないときにセンターで働いて いるので、ほとんど一緒に行動しているんで す」 彼女たちが働きはじめたのは二〇〇三年の 春ごろ。
九時から三時までという?奥さんシ フト〞だった。
ここでは八時から五時以外に も細かくシフトがわかれているのだった。
三 〇代前半の地元の主婦というのは、センター の主力戦力の平均像といったところか。
二人と待ち合わせたのは、彼女たちの住む 町のファミレス。
時間は夕方六時。
バイトか ら帰って、夕飯を作ってきたのだという。
「子 どもたちは私たちが家にいないのに慣れてい るから。
主人はまだまだ帰ってこないから、こ の時間が都合よかったんです」(田嶋さん) ――どうして物流センターで働くようになっ たんですか? 「バレーの合間にできる仕事を探していたら、 たまたまこの仕事を見つけたんです。
毎週ス ケジュールを出せるのが、この仕事の一番の メリットですね」(本田さん) バレーのことを聞けば、のんびりした?マ マさんバレー〞とは大違いで、平日でも練習 もあれば試合もあるのだという。
彼女たちの 話しぶりからすると、現時点での優先順位は、 バレーが一番で家庭が二番、そして三番目が センターでのバイトとなっているようだ。
センターの主力戦力である主婦にとって、働 く曜日を固定することなく、一週間ごとにス ケジュールを組めるというのは大きな魅力と なっている。
たいていの主婦にとっては、家 庭や趣味といった働くこと以外が最優先事項となっているからだ。
――物流センターで働いてみてどうですか? 「午前中は苦痛じゃない。
でもお腹がすいて くると、だんだん作業のペースがゆっくりに なるの」(本田さん) 「でもお昼のあとは、今度はお腹いっぱいで苦 しくなる(笑)」(田嶋さん) 彼女たちはピッキングからはじめて、現在 はインバウンドの作業をやっている。
「ピッキングをはじめたころ、一時間に一五〇 なんて絶対ムリだって思った。
でもすぐにゲ (写真イメージ) JULY 2004 64 ーム感覚でやるようになって楽しくなった。
毎 回タイムを計るのは、自分への挑戦みたいで しょう。
あとで、インバウンドをやりはじめた らインバウンドのほうが楽しくなったけど、は じめのころはずっとピッキングでいいと思っ ていた」(田嶋さん) 「バレーのための体力づくりにもなるしね」 (本田さん) ――どれくらいで一五〇を超えるようになり ました? 「二週間ぐらいかな。
速い人たちのやり方を 見て、カートに商品を並べるやり方をまねし たり、商品はカゴに入れるんじゃなくて手で 持ったほうがいいと気づいたり。
それから、ピ ッキングシートをボードにはさむのもダメ。
そ れも手で持たないと遅くなっちゃう」(田嶋さ ん) 二週間で一五〇とはすごい。
私は彼女たち がダメということをほとんどやっていた。
カゴ をさげて、ピッキングシートをボードにはさん で歩き回っていた。
どおりで落ちこぼれてい たわけだ。
――働いていて嫌なことはありませんでした? 「うーん。
あんまりないね。
あえてあげるな ら、いつも朝礼で怒っているおじさんかな(前 回書いた?檄オヤジ〞のことである)。
あの人、 集合場所に、みんながちゃんと並ぶようにっ て床にテープを貼ったでしょう。
あそこで並 んでいると、檻に入れられた動物みたいな気 になる」 ――でも、大きな不満がないのなら当分はつ づけるんですよね。
「辞める理由がないからね」(田嶋さん) 「そうね。
当分はつづけるよね」(本田さん) 「目標がある」と 40 代の松本さん 松本さんと待ち合わせたのは、四月上旬の 夕方。
都合のいい場所を聞くと、私の最寄り 駅まできてくれるという。
松本さんのシフト が夕方六時に終わるから、七時に落ち合うこ とになった。
駅ビルのとんかつ屋さんに入ると、定食と 一緒にビールを二本頼んだ。
いける口だと聞 いていたからだ。
四〇代前半で、がっしりし た体格の松本さんは、グラスを片手に話しは じめた。
「働きはじめたのは十一月中旬で、募集の条 件には年末までの短期とあったので、クリス マスまでぐらいやるんだなという軽い気持ち だったんです。
それが二カ月間の契約を二回 延長していまだに働いています。
こういうバ イトは結果的にたくさんやりましたね。
物流 センターも四、五カ所かな。
だから、やる前 から仕事の内容はわかってました。
ただ、ピッキングのスピードを計ったりす るのははじめて。
ほかのところでは、先輩に 怒られないようにやろうとか、流れ作業の足 を引っ張らないようにしよう、という程度で しょう。
それが一人ひとりの正確な数字がで るから、みんな一生懸命になって働く。
はじ めそれを見て、時給八五〇円でこんなにうま く使われていいのかなって思ったほどでした」 ――スピードを計るのが嫌だったってことで すか? 「私の場合は、人間関係にわずらわされるよ りは、数字のほうが割り切って考えられるの で気が楽なんです。
その数字を達成すれば、だ れにも文句を言われないわけでしょう。
新人 もベテランも条件は同じ。
もちろん、ベテラ ンのほうが慣れている分速いけど、自分が気にするのはあくまで数字であって、人の目で はなかった。
そこがよかった」 同じ時期に働きはじめてから、松本さんと は毎日のように顔を合わせた。
しかし、話を するようになるまでには二、三カ月はかかっ た。
決して無口ではない。
ただ、相手がどん な人間か、時間をかけて見極めるタイプなの だ。
思い返してみると、センターには松本さん のような物静かな人たちが少なくなかった。
最 初にでてくる山口君もそうだし、ほかに何人 もの顔が思い浮かぶ。
センター内の作業をと (写真イメージ) 65 JULY 2004 ことんシステム化して、人との交流を最小限 にとどめた職場は、知らず知らずのうちに似 たような人たちを引き寄せる磁場の働きを持 つようになったのだろうか。
性格的に合っているにしろ、ピッキング作 業は肉体的にきつかったはずだ。
私などは、商 品を入れるカゴを左手に提げているため、四、 五日働いきつづけたあとは、体が左にかしい でしまったような気がした。
しかし松本さん は、それも苦にならなかったと言う。
「体力的には大丈夫でしたよ。
毎日八時間ピ ッキングがつづいても平気でした。
そんな時 に、ベテランの人で、足が痛くないですかと か、大丈夫ですか、とか気をつかってくれる 人がいるじゃないですか。
本当は全然きつく なかった。
でも、そう言うと感じが悪いかな と思って、かなり痛いんですって話を合わせ たくらい」 どうして四〇代でバイト生活をつづけてい るのだろう、またいつまでつづけるつもりなの だろう。
この聞きにくい質問はする必要がな かった。
松本さんが問わず語りに話してくれ たから。
「私には目標があるんです。
だから、毎日八 時間と決まっている仕事がいい。
そのあとの 時間と週二日の休みは、自分のやりたいこと に使えますから。
それで給料は月一五万ぐら い。
私には女房も子どももいませんから、こ れで充分なんです。
私が何かほかにやりたい ことがあるというのは、職場の人には話して ないんで、周りから見ると、いい年をして何 やってるんだろう、と思われているかもしれ ない。
それはそれで構わない。
でも、目標が あるとか、借金で首が回らないとか、何らか の事情がないと、この年で男が時給八五〇円 で働いてないでしょう。
あの職場には、私以 外にも何かを目指している結構人がいますよ。
休憩時間にそういう方面の本を読んでいる人 をよく見かけますし」 ほんの短期のつもりで働きはじめた松本さ んだったが、その実直な性格が受けてか、着 実に?出世〞をつづけている。
本人は、その 理由を、長くやると思われているからだろう、 と言う。
「夏は暑いから覚悟してください、とか、今年 の冬は去年以上に忙しくなりそうですよ、と か言われるようになりましたから」 物流業者が長期間働いて、職場の核となる ような男性アルバイトを探しているのには理 由がある。
現在一日五万件の出荷が、年内に は五割増となり、すぐに倍の一〇万件にまで 増えると予想しているのだ。
だから急いで中 核となるバイトを育てなければならない。
――でもいまの五万件でも精一杯でしょう。
セ ンターを動かすんですか? 「一〇万件までは、ここでやるつもりらしいで すよ。
今は、夜七時か八時で終わっているの を二四時間体制にすれば回るんだって話です」 二四時間体制で一〇万件をさばくのか。
す さまじい職場になりそうだなあ。
できればそ の時に、もう一度、今度は夜勤で働いてみた いものだ。
そんなセンターの思惑にあわせるつもりで はなく、松本さんは松本さんの理由で当分の 間、今の職場で働くつもりだという。
「自分の目標がかなうまで、どうせ同じような 仕事をするのなら、別のところで一から仕事 を覚えるよりは今のまま働きつづけるほうが いいかなあと思ってるんです」 松本さんの目標が何であるのかは、最後ま で教えてもらえなかった。
話の前後から、何 かの資格試験のようにも思えたが、あえて質 問を重ねることはしなかった。
* * 彼らの話を聞きながら、何度も自問した。
な ぜ私は、ここでの仕事を毛嫌いしてきたのか、 と。
ひとつは、長時間のピッキングが体力的 にしんどかったこと。
もうひとつは、大雑把 な性格ゆえに、単純ではあるが正確さを要求 される作業に向いてなかったこと。
そして最 後は、物流業者のやり方がことごとくずさん に見えて腹立たしかったこと。
今回の潜入ルポで一番興味深かったのは、 同僚アルバイトのしたたかさを目の当たりに したことだ。
一見すると短期の雇用契約にお いては、雇う側が有利になりそうだが、雇わ れる側は?辞める〞という切り札でそれをや すやすと覆す(一年もつバイトが一〇人のう ち一人もいないこのセンターでは、今回イン タビューした四人は例外にあたる)。
バイトが 長つづきしないセンターにおける敗者とは、言 うまでもなく物流業者なのである。
※文中いずれも仮名 (早田虔太郎)

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