ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2004年8号
道場
物流サービスとコストの関係

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

AUGUST 2004 58 「私は何をすべきなのでしょうか?」 今日の相談者は新任の物流部長だ お盆休みを直前に控えたある日の午後、大先生 の事務所に二人連れの相談者がやってきた。
その 日の午前中に電話で「二人で行ってもよろしいで しょうか。
その場合、料金はどうなるのでしょう か?」という問い合わせが入ったのに対し、女史が 「何人でもどうぞ。
料金は変わりませんから」と返 事をした案件である。
来客の一人が「物流部長」の名刺を差し出した。
もう一人は「主任」という肩書きを持つ若い物流 部員だ。
どことなく聡明な雰囲気を持つ部長が、話 し始めた。
「実は、私はこの四月に物流部長になったばかり です。
それまでは営業にいました。
工場の管理部門 にいたこともあります‥‥」 「それが突然、物流部などに回されて、何をして いいかわからず困っている?」 大先生がいきなり話を先回りする。
部長はちょ っと戸惑いながら、隣に座っている若い部員をちら っと見て答えた。
「おっしゃるとおりです。
彼が、困っている私を 見て、先生にご相談するのがいいと薦めてくれたの です。
彼は先生のご本やご講演で先生に傾倒して おりまして‥‥先生のファンです」 大先生は黙って頷いている。
ファンなどにはまる で関心がないらしい。
ファンだと言えば何か反応し てくれると思っていた部長は、当てが外れて次の言 葉が出ない。
主任もつなぐ言葉がないらしく、うつ むいたままだ。
それを見て大先生がぼそっとつぶや いた。
「オレの本を読んだり、講演を聞いたりしてるな ら、何をすればいいかくらいわかるんじゃないの?」 痛いところを突かれたという様子で、主任はます ます下を向いてしまった。
何か言いかけた部長を制 するように、大先生が話題を変えた。
「前任の部長から、業務についての引き継ぎはし てるんでしょ?」 頷きながらも自信なさげに部長が答える。
「はぁ、これまで何をしてきて、いま何をしてい る、という説明は受けましたが‥‥」 《本連載について》 主人公の“大先生”はロジスティクスに関するコンサルタントだ。
コ ンサル見習いの“美人弟子”と“体力弟子”とともに企業を指導してき た。
「サロン編」と題した前号からは、大先生の事務所で起こるエピソ ードを紹介している。
通称“大先生サロン”と呼ばれる相談コーナーに はさまざまな客が訪れる。
相談者の悩みに対して、その場で大先生がア ドバイスを与えるという設定である。
コンサルタントと相談者の対話を 通じて、日常の業務のなかに埋没しがちな「本来の物流管理」のあり方 を浮き彫りにする。
湯浅コンサルティング 代表取締役社長 湯浅和夫 湯浅和夫の 《第 28 回》 〜サロン編〜 〈物流サービスとコストの関係〉 59 AUGUST 2004 「部長の役割については?」 大先生の問いに、部長は首を傾げながら言いに くそうに答えた。
「物流サービスの向上と、物流コストの削減をい かにバランスさせるか。
それが課題だというような ことは言われましたが‥‥」 「具体的に何のことやらわからない?」 大先生の突っ込みに部長が頷く。
その様子を愉 快そうに眺めてはいるものの、大先生の目は笑ってない。
「はー、きっと、それはからかわれたんでしょ。
サ ービス向上とコスト削減のバランスなんか実務的に はありえません。
そういうことを言うのは、物流も 管理も知らない輩のたわごと‥‥あっ、もしかした ら、前任の部長は物流も管理も知らない人だった の?」 たまたま顔を上げた主任に問い掛けると、主任 は反射的に頷いてしまった。
隣に座っている部長 が苦笑しながら主任を見る。
上目遣いに部長を見 ながら、主任がぺこりと頭を下げた。
「すみません、つい‥‥」 なかなか楽しい二人だ。
こういう相談者が相手 だと、大先生は饒舌になる。
「物流コストと物流サービスのバランス などありえない」と大先生が断言した 三人は冷たい飲み物で喉をうるおすと一息入れ た。
相談者たちもだいぶ落ち着いてきたようだ。
「要するに、今日の相談は、物流部長として何をす ればいいかってことですか?」 Illustration􀀀ELPH-Kanda Kadan AUGUST 2004 60 「はい、恥ずかしながら、そういうことです。
よ ろしくお願いします」 「ちっとも恥ずかしいことではないですよ。
わか らないままで、本来の部長の仕事をしていない連中 よりよっぽどいい。
物流管理がきちっとできるよう に物流のコンサルがいるんだから、遠慮なく聞けば いい」 部長が安心したように頷き、大先生に質問する。
「物流サービスのことですが、物流関係の雑誌な どを読みますと、日本の物流管理はコスト削減ば っかり言っていて、サービスの管理をなおざりにし ている点がダメだという意見もありますが、どうな んでしょうか?」 いつもの大先生なら中途半端な質問に突っ込む ところだが、今日は妙に優しい。
新任の部長とい うことで指導型の会話に入っている。
「その意見に同調するためには、ある前提が必要 になると思う。
それは後で説明するとして、あなた の会社では、物流サービスをコントロールできます か? 上げたり、下げたり」 「いえ、できません。
物流部では不可能なことで すし、営業でも無理だと思います。
ほとんど、お客 さんの要求するサービスを提供せざるをえない立場 にあります」 部長が即答する。
頷きながら大先生が質問を続 ける。
「もう一つ聞きますが、あなたの会社では、物流 サービスで他社と差別化することができますか?」 「それは考えられません。
うちはメーカーですか ら、物流サービスはコア・コンピタンスたりえない と思います。
物流サービスは、結局、同業他社と 同じような内容になってしまいますから‥‥」 見かけだけでなく、なかなか賢い部長だ。
よく物 流の実態をとらえている。
大先生は楽しそうだ。
た ばこを手に取りながら、また質問をした。
「どうして日本の場合、物流サービスは顧客の都 合ばかりが反映されたものになってしまうんでしょ うね?」 この質問にも、部長は即答した。
「顧客側で自分たちの懐が痛まないからだと思い ます。
どんな要求をしようが、仕入価格に変わりが ないわけですから、自分たちに都合のいい要求を出 してくるのだと思います‥‥」 「物流サービスをコントロールできない、物流サ ービスは他社との差別化の要因にはなりえない、要 求されるサービスを価格に反映することができない、 つまりビジネスライクな関係は存在しない‥‥これ が物流サービスの実態です。
こういう状況では、物 流サービスを管理することなどできはしません。
あ なたは、よくわかっているじゃないですか」 「いえ、ご質問に答えているうちに整理された、と いう感じです」 部長が謙虚に答える。
隣では主任が懸命にメモ を取っている。
視線を感じて顔を上げた途端、大 先生につかまった。
「そうなると、物流部門がやることは何?」 「は、はぃ。
要求されている物流サービスを前提 にして物流コストを下げること、かと思いますが‥ ‥」 主任は緊張した面持ちで答えた。
笑顔で頷きな 61 AUGUST 2004 がら大先生が言葉をつぐ。
「そう。
そうなると、物流コストと物流サービス のバランスをとるなんて、実際はありえないという ことになる。
物流サービスを前提に物流コストを下 げる取り組みをするというのが、妥当なアプロー チ」 そう言い切る大先生の言葉に対して、部長と主 任が大きく頷いた。
一つの結論が出た。
物流サービスの条件を有名無実化 するのは顧客ではなく社内の営業 「ところで、そうは言っても、コントロールでき ないからといって物流サービスを放置しておくわけ にもいかない。
違いますか?」 主任がさかんに同意している。
大先生が何を言 わんとしているかわかっているようだ。
それを見て、 大先生が主任に言葉を投げ掛けた。
「どうすればいい?」 ちょっと戸惑った顔をしたが、主任は思い切っ たように話し始めた。
「先生の受け売りのようになってしまいますが、よ ろしいでしょうか?」 大先生が頷くのを見て、主任は身を乗り出した。
「以前、私どもでは、物流サービスについて、た とえば注文の締め切り時間や納期などに一定の条 件を設定して、これを遵守してもらうよう営業に働 きかけたことがあります。
お客様に文書でお願いも しました。
ところが、これは、まったくの有名無実 化してしまいました。
例外が多発したのです。
例外 というよりも、今まで通りのサービス要求が続いた ということです。
その原因は、お客ではなく、当社 の営業にありました。
この件ついてお客から問い合 わせがあると、当社の営業が、そんなの気にしない でくださいと返事をしてたのです。
それが実態です ‥‥」 隣で部長が興味深そうに聞いている。
先を促す 大先生の言葉を受けて、主任が話を続ける。
「そういう経験からしましても、物流サービスを 管理するなど現実的には不可能ですし、意味がありません。
そこで、ここから先生のお説になってし まいますが、物流サービスについては、まず顧客別 にサービス要求を反映させたコストを把握すること がどうしても必要になります。
顧客別の物流コスト をつかんで、顧客別の出荷金額に対する割合など を出して、採算性という視点からメスを入れて行 くことが必要だと思います。
当社のようなメーカー の場合、いくら物流サービスを上げても売上増に 結びつくわけではないのですから、採算性を切り口 にするのがいいと思います」 この主任も、結構しっかりしている。
隣の部長 も「なるほど」と感心したように頷いている。
いい 雰囲気になってきたと思いきや、大先生が水をさ した。
「そのとおりだ。
で、顧客別コストは計算してみ た?」 「いえ、まだやってません‥‥」 「なぜ? いい考えを持ってても、それをやらな いのでは考えがないのと一緒じゃないか」 「はぁ、今日、ここで先生にお話を伺ってから、 部長に提案しようと思ってたものですから‥‥」 AUGUST 2004 62 部長が苦笑しながら、主任に問い掛けた。
「そうか、しきりに先生にご相談しろと言ったの は、自分のやりたいことを先生に後押ししてもらお うという狙いもあったのか?」 「はぁ、すみません。
それもありました」 「まあ、悪いことではないから、それはいいけど ‥‥」 部長はそう言うと大先生の方に向き直った。
そ して自分の考えを整理し、確認するかのように話 し始めた。
「コントロールできないとはいえ、物流サービス を放置することはできない。
そこで、顧客別に物流 サービスのコストを把握して、採算性という視点か ら顧客別に物流サービスを検討の俎上に載せる。
採 算性のデータが明確に示されれば、担当の営業と しても動かざるを得ない。
いくらお客は大事だと言 っても、採算に問題がある顧客は放置しておくこ とはできない。
こういう展開で物流サービスにメス を入れていくアプローチが必要だということです ね?」 「そう、それでいい。
物流サービスを管理するた めには顧客別にかかっているコストを把握すること が第一歩。
そのコストもわからずに、物流サービス の管理などありえない」 部長は頷きながらメモを取る。
大先生が続ける。
「さっき物流サービスを前提にすると言ったけど、 そのアプローチで採算に合わないサービスが是正さ れていけば、その前提となるサービスが変わってく る。
その結果、物流センターなどの配置や機能も 変わってくる可能性がある。
部長としては、それを 視野に入れておくことが必要だ」 部長がメモをしながら、大きく頷く。
それを見て 大先生が話題を変えた。
「一方でその取り組みをしながら、同時に物流コ スト削減も行う」 部長が待ってましたという感じで大先生に質問 する。
「はぁ、そのコスト削減ですが、それはどう展開 すればよろしいのでしょうか。
正しい取り組み方と いうのはあるのでしょうか?」 「もちろん、ある。
論理的に取り組めばいいのさ ‥‥」 もう外は暗くなってきた。
今日の相談はもう少 し時間がかかりそうだ。
外出している弟子たちも、 もうじき帰って来るだろう。
そうなると、きっと相 談会は宴会に変わるに違いない。
そう思った女史 が準備のために立ち上がる。
いつもながらの事務所 の光景だった。
*本連載はフィクションです ゆあさ・かずお 一九七一年早稲田大学大学 院修士課程修了。
同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経て、二〇〇四年四月に独立。
湯 浅コンサルティングを設立し社長に就任。
著 書に『手にとるようにIT物流がわかる本』 (かんき出版)、『Eビジネス時代のロジスティ クス戦略』(日刊工業新聞社)、『物流マネジメ ント革命』(ビジネス社)ほか多数。
湯浅コン サルティングhttp://yuasa-c.co.jp PROFILE

購読案内広告案内