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AUGUST 2004 10
ゴーンに捨てられた会社たち
ゴーン改革で独立を余儀なくされた2つの物流子会社が
順調に業績を伸ばしている。 株式公開も秒読み段階に入り、
企業価値は急上昇している。 物流子会社に独立資金を提供
する未公開株ファンドの投資意欲も旺盛だ。 それでも後に
続く目指す物流子会社は出てこない。 (大矢昌浩)
系列の破壊で物流共同化が進展
一九九九年に仏ルノーからカルロス・ゴーンが派遣
されるまで、日産自動車は七〇八の関連会社を傘下
に抱えていた。 二〇〇四年三月末時点で、その数は
二四七に減っている。 消えた四六一社のうちの二つは
物流子会社だ。 生産物流のバンテックと完成車輸送
のゼロ(旧・日産陸送)がそうだ。
二社はいずれも、親会社が保有する株式を子会社
の経営陣が買い取るMBO(マネジメント・バイ・ア
ウト)と呼ばれる手法を使って、日産との資本関係を
断ち切っている。 親からの独立といえば聞こえはいい
が、実態としては切り捨てられたといったほうが近い。
実際、ゴーンが打ち出した再建計画「日産リバイバ
ルプラン」では当初、四社を残して関連会社を全て売
却することが予定されていた。 現状を見る限り、売却
する会社数にはブラフも混じっていたことになるが、
その目的だった二万一〇〇〇人に及ぶ人員削減と、資
産売却による有利子負債の削減は予定より一年前倒
しで実現している。
一連の系列破壊によって日産が劇的なV字回復を
遂げたのは周知の通りだ。 一方、破壊された側の物流
子会社では何が起きたのか。 「労働強化と大量の退職
者の発生」を労働組合は訴える。 事実、約二〇〇〇
人いたバンテックの従業員数は現在約一五〇〇人ま
で減った。 一方のゼロもMBO以降、約五〇〇人の
人員削減を実施している。 子会社時代と比べて給与
水準も大きく下がった。
とりわけ日産から子会社に転籍した幹部社員に対
し、MBOは過酷な試練を突きつけた。 親会社時代
のキャリアは白紙に戻された。 新しい人事評価制度の
下で、なかには警備員に降格された部長もいる。 現場
のプロパー社員も日産系列という安定性に魅力を感じ
て入社したものがほとんどだ。 親会社のブランドを失
ったことの寂しさは否めない。
それでも、九九年に日産の取締役からバンテックの
社長に赴任してMBOを主導した奥野信亮現会長兼
CEOは「確かに一連の改革で多くの人が会社を去
っていった。 失うべくして失うものはあったが、残し
ておくべきものは何一つ失ってはいない。 改革は成功
だった」と胸を張る。
強気の発言の背景には好調な業績がある。 二〇〇
四年三月期の同社の連結売上高は約八四〇億円で九
九年の一・四倍に拡大した。 それまで年間三億円程
度だった営業利益も昨年度は約三三億円を稼ぎ出し
ている。 MBOによる買収を実施した二〇〇一年時
点で一〇〇億円だった企業価値も跳ね上がり、今や
「一部上場の基準とされる株式時価総額五〇〇億円も
見えてきた」と奥野会長はいう。
ゼロも同様だ。 二〇〇三年六月期の売上高は四七五億円で、前年と比べて一五億円の増収。 営業利益
は一七億五〇〇〇万円を確保した。 同社の岩下世志
社長は「リバイバルプランによる業績的なダメージは
二〇〇三年六月期で完全に払拭できた。 今年六月期
も一〇億円〜一五億円程度の増収を確保した。 当面
は売上高六〇〇億円を目標にする。 予定通り株式の
公開も来年の前半には実現できそうだ」と説明する。
リバイバルプランによってゼロが日産向けに実施し
た料金値下げは二五%とも三〇%とも言われる。 当
時、ゼロの業績は売上高四六〇億円、営業利益五億
円という水準だった。 そのうち日産向けが年間約一六
〇億円。 三〇%の値下げで約四〇億円の売り上げが
消えた計算だ。 しかも日産向けの値下げは他の荷主に
も波及した。 結局、リバイバルプランはゼロにとって
11 AUGUST 2004
総額で約六〇億円の減収要因になった。
その穴を同社は物流事業における系列の破壊によっ
て埋めた。 トヨタ自動車系列で完成車輸送を担うトヨ
タ輸送との交換輸送を実施。 日産の車を運んだ帰り
荷に、トヨタの車を運ぶことで積載率を大幅に高めた。
三菱自動車の完成車輸送も受託。 同社の完成車輸送
の約二〇%を現在はゼロが運んでいる。 日産という親
会社の看板を外したことで系列を超えた事業展開が
可能になった。
岩下社長の目線は既に体質改善から事業拡大に移
っている。 「リバイバルプランを生き抜いたことで価
格競争力が身に付いた。 これを活かして新規荷主の開
拓に本腰を入れる。 中古車輸送や海外の車両輸送な
ど、まだまだ取り込める市場は残っている。 中国国内
の完成車輸送にも進出する。 IPOによって得たキャ
ッシュも物流会社の買収に充てる」という。
未公開株ファンドの役割
一般に企業のリストラはコスト削減と資産の売却に
よる応急的な止血に始まり、事業の選択と集中へと
進む。 各事業をコア・コンピタンスとそれ以外のノン
コアに分類し、それぞれの事業価値を評価して施策を
決定する。 その基本的なスキームを一橋大学大学院の
安田隆二教授は下図のように整理している。
物流子会社の多くは図の中の「価値中立―コア関
連」に分類される。 収益的にはトントンで、コア事業
に関連した機能を担っている事業を指す。 この場合に
用いられる施策として売却とMBOがある。 MBOの
場合、子会社の経営陣は個人資産を投じるだけでな
く未公開株投資を対象としたファンド(プライベー
ト・エクイティ・ファンド)から出資を仰いで、親会
社の株式を買い取るケースが一般的だ。
未公開株投資は大きく、MBOを手掛けるバイア
ウト系の他、ベンチャーキャピタルと、破綻企業向け
の「ディストレスト」の三つに分類される。 このうち
ベンチャーキャピタルは株式公開(IPO)がファン
ドにとっての出口になる。 ベンチャー企業が一〇〇〇
社あってもIPOできるのは三社程度と言われるほど
成功率は低い。 そのため投資形態も、ベンチャーキャ
ピタルは薄く広くが原則だ。
一方、ディストレストは一〇〇億円から三〇〇億
円規模の大型投資が中心だ。 捨て値で買い取った破
綻企業にファンドが乗り込み、不要な事業と従業員を
カットして、いわば?更地〞にした上で他の事業会社
に転売する。 その手法から俗に?ハゲダカ〞ファンド
とも呼ばれる。
これに対してバイアウト系ファンドは、一定の事業
基盤を持った中堅クラスの企業が投資対象になる。 ベ
ンチャー投資やディストレストに比べてリスクは小さ
いが、既存事業を運営しながら収益性を改善していかなければならないため、ファンド側が出資した会社の
経営に深く関与する場合が多い。 つまり手間がかかる。
投資リターンは年率二〇%〜三〇%が目安とされる。
外資系ファンドでゼロのMBOを担当し、その後、
国産バイアウトファンドとして独立したJBFパート
ナーズの杉野泰治代表は「バイアウト系は日本企業が
最も悩んでいる領域だが、これまでは専門家がいない
ために、ベンチャーキャピタルやディストレストと比
較して出遅れていた手法だった」と説明する。
MBOによる物流子会社の独立は通常の売却とは
異なり経営陣の入れ替わりがない。 そのため既存従業
員の雇用を維持しやすく、事業の継続性にもメリット
がある。 子会社の売却方法としてはソフトランディン
グだ。 親会社から独立しただけではコスト構造は変わ
JBFパートナーズの
杉野泰治代表
AUGUST 2004 12
らないため、MBOの実施後に業態革新が必要になる
が、雇用への配慮や子会社売却後の物流オペレーショ
ンの安定を重視する日本の大手メーカーには馴染みや
すいスキームと言える。
バンテックとゼロは物流子会社の独立という意味だ
けでなく、日本におけるMBOの先行事例としても注
目されている。 そして現状を見る限り、両社のMBO
は順調に推移している。 昨年八月、バンテックは二度
目のMBOを実施した。 最初のMBOに出資した英
国系投資ファンドのスリーアイが保有するバンテック
の全ての持ち株(発行済株式の六一・七%)を、新
たにみずほキャピタルパートナーズが買い取った。
このセカンドMBOの買収金額は二〇〇億円程度
と推測される。 最初のMBOでスリーアイが購入した
金額は約六七億円と言われる。 MBOから二年余り
で株価が三倍になった計算だ。 スリーアイはこの転売
によって、極めて高い投資利回りを享受したことにな
る。 成功事例を目の当たりしたことで、他の多くの投資ファンドも物流子会社のMBOに意欲を示すように
なっている。
しかし、肝心の親会社と物流子会社に動きが見ら
れない。 むしろ最近ではMBOと比較してハードラン
ディングであるはずの通常売却のほうが目立っている。
今年に入って既に雪印乳業、富士通、TDKといっ
た大手メーカーが物流子会社の実質的な売却に動い
ている。 いずれも買い手として名乗りを上げたのは勝
ち組とされる有力物流専業者だ。 うち富士通では外
資系物流企業が売却先となった。
富士通は六月、一〇〇%子会社の富士通ロジステ
ィクスの全株式を英国系大手3PLのエクセルに売
却した。 富士通ロジスティクスの売上規模は約四〇〇
億円。 買収金額は七五億円だった。 エクセルは今後も
――仮にバンテックがMBOで日産から独立していな
かったとしたら、今どうなっていたと思いますか。
「売り上げはゼロですね。 つまり会社がなくなってい
た。 少なくとも従来のコストのままだったら、日産から
の注文は全て消えていたはずです」
――バンテックは親会社の日産の物流に深く食い込ん
でいる。 そう簡単には切れないはずです。
「そんなことはありません。 事実、コンペで失った日
産の仕事はたくさんある。 当社は完成車輸送に特化し
たゼロのように特殊な設備を使ってサービスを提供して
いるわけではありません。 取り替えが効かないわけでは
ない」
――確かにバンテックとゼロという二つの子会社の日
産における位置付けは随分違ったようですね。
「日産にしてみれば日産陸送より当社を売却したいとい
う気持ちのほうが強かった。 そもそも日産陸送のほうは、
手放すつもりはなかったと思います。 しかし当社は違っ
た。 その後の仕事の心配がいらないので、日産から見れ
ば一円でも高く売却できればいい。 MBOである必要
もなかった。 実際、売却の入札には大手物流会社も参
加していました。 そのまま彼らが落札すれば当社は赤の
他人の手に渡っていました。 そのため私は日産から切ら
れるのを待つのではなく、自分からMBOをしかけてい
ったんです」
――結局、MBO
で日産は何を得た
のでしょうか。
「大きく二つあ
ります。 まずオペ
レーションコスト
が大きく下がった。
三割下がりました。
そして売却
益を得た。
資本金を超
える含み益
を現実に懐
に入れるこ
とができ
た」
――バンテックには失ったものもありますか。
「全くありません。 失うべくして失ったものはありま
したが、残しておくべきものは何一つ失っていない。 最
も重要なのは人です。 一連の改革で当社を去った人は
少なくありません。 実際、能力に劣る人に対しては私
自身、厳しい処置もした。 しかし残って欲しい人は残
った。 結果をみる限りMBOは大変に上手くいったと
思います」
――バンテックとゼロのMBOをきっかけに物流子会
社のMBOが続くように見ていたのですが、今のとこ
ろ全く予想が裏切られています。
「カルロス・ゴーンのような発想をする経営者が日本
にはまだそれほどいないからでしょう」
――業績的にまだ余裕があるからでしょうか。
「とんでもない。 かつての日産以上にせっぱ詰まって
いる企業はたくさんあります。 しかし、どうしたらいい
のか分からない。 マネジメントを知らない。 そうしてい
るうちに時間が経ってしまって、経営が破綻する。 そう
なってしまえば売却したくても一文にもなりません」
「実際、物流子会社を売却したら明らかにプラスになる
会社に当社が買収を持ちかけても、先方は『まだそこ
までは考えていません』という。 そこまで売るのがイヤ
なら、後は潰れるしかない。 そのことを私は繰り返し説
明していますが、理解してもらえないようです」
「MBOしなければ当社は消えていた」
バンテック
奥野信亮
会長兼CEO
近著『サバイバルプラ
ン』近代出版(1500
円+税) MBOの内幕
を解説している
13 AUGUST 2004
引き続き日本の大手メーカーの物流子会社を主なター
ゲットとして新たな買収を模索していく方針だ。
同様にDHLやUPSなどの国際インテグレーター
も水面下では日本企業の買収交渉を活発化させてい
る。 親会社にとって有力物流専業者への子会社売却
は、現金収入を得るだけでなく、物流費の削減とサー
ビスレベルの向上を両立する特効薬としても期待され
る。 売却先が国際インテグレーターともなれば、グロ
ーバルな3PLの導入も可能になる。
物流子会社は誰のものか
ただし、売却される物流子会社が、MBOで独立
する以上の犠牲を強いられるのは必至だ。 トップを含
め幹部社員の多くは肩書きを失う。 遠からず退職を迫
られることさえ覚悟しておかざるを得ない。 それを承
知で売却に踏み切る親会社は、日産以上にドライな
判断を下していることになる。
今後、景気が回復しても選択と集中を実行できない親会社がゆっくりと沈んでいくのは明らかだ。 株主
価値の最大化をゴールとする現代の経営で、ノンコア
事業の切り捨てが教科書通りであることは間違いない。
他の多くの日本メーカーが現実を直視せず問題の先送
りを繰り返しているのと比べて、子会社の売却を断行
した親会社の経営者は勇敢かつ賢明とも言える。
しかし、物流子会社も、座して死を待つ必要はない
はずだ。 一定規模の子会社であれば独立資金を集める
ことは今やそれほど難しくはない。 親会社もソフトラ
ンディングは望むところだ。 いくら先送りの目立つ親
会社でも、有効なリストラの提案に耳を傾けるぐらい
の問題意識は備えている。 ただし、物流子会社が主導
しない限りMBOは実現しない。 物流事業のスキル以
上に、今は経営力が問われている。
――通常売却もあり得たバンテックと違って、ゼロの
場合は日産側がMBOにこだわったようですね。
「当社がメーンとする完成車輸送は自動車メーカーにと
って最終的にディーラーに商品を届ける生命線です。 そ
こを荒らされたくないという気持ちが日産側にあった。
実際、日産は当社の株をファンドが二次売却する場合
には日産の了解を得ることをMBOの条件にしました。
日産にとってマイナスになるような相手に株が渡ること
のないようにリスクヘッジしたわけです」
――当時のゴーン社長の指示ですか。
「違いますね。 日産に残った他の日本人経営陣の意向
です。 ゴーン改革で当社は大幅な値下げを要請されま
した。 その結果、当社にもう日産の仕事はやらないと
開き直られてしまうことを彼らは恐れた」
――日産陸送に完成車輸送を外注できなくなると、後
はライバルのトヨタ輸送かホンダ系の日本梱包運輸倉
庫に頼むぐらいしかありませんからね。
「その通りです。 実際、買収交渉の土壇場になって、
日産の日本人経営陣から日産陸送の売却にストップを
かけようという動きが出ました。 そこで私が説明に出向
いて、当社が日産を袖に振るようなことをすれば、この
業界では生きてはいけない。 荷主を裏切ったり無視し
たりすれば、それが評判になって他の仕事もできなくな
ると説得した記憶が
あります」
――しかし、MBO
を実施した後、ゼロ
はトヨタ輸送との共
同運行も開始しまし
たね。
「当社とトヨタが
共同化を進めれば、
効率化が進むのは明らかです。 しかし、これまでは系列
の縛りが強くてできなかった。 日産から当社が独立し、
社名からも日産色が消えたことで、そうした話を皆受
けてくれるようになりました。 結局タイミングが合わな
くて断念しましたが、一時は第三者割当増資でトヨタ
さんに当社の株を持ってもらうという話も実現しかけた
ぐらいです。 他に三菱自動車さんの仕事も開始しまし
た」
――三菱にも物流子会社があるはずですが。
「確かにありますが、傭車がメーンで車両やドライバ
ーを自分ではあまり抱えていなかった。 そのためダイム
ラー経由でコスト削減に協力して欲しいという依頼を
受けて、全体の二割ぐらいの物量を当社が扱うことに
なったんです。 これによって三菱自動車さんは従来と比
べて輸送費を大幅に下げることができました」
――改革の痛みもあったはずです。
「もちろんです。 まずスポットの傭車は全部切りまし
た。 残りは外注といっても協力会社ですので実質的に
は労務費です。 これを削減するのは痛みが伴う。 実施
できたのは退路を完全に断ったからです。 社員の給与
にも手を付けました。 組合員が一五%削減。 幹部職員
が二〇%。 役員が三〇%で私は四九%です。 降格した
幹部もたくさんいます。 一方で昇格した三〇代〜四〇
代の中堅には意欲を持った人材が出てきました」
――ファンドの資金を導入した以上、株の公開は必須
課題になりますね。
「ファンドのためだけでなく、会社の知名度を上げる
ためにも、社員のモチベーションのためにも上場は必要
だと考えています。 当初のプラン通り来年の五月か六
月には上場できるように準備を進めています。 IPO
によって得たキャッシュは買収に使うつもりです。 ター
ゲットは物流子会社です」
「上場利益で物流子会社の買収を進める」
ゼロ(旧・日産陸送)
岩下世志
社長
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