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SEPTEMBER 2004 36
拠点統廃合の弊害
佐賀市の中心部に局舎を構える「佐賀中央
郵便局」は田口俊彦にとって最後の赴任先と
なる可能性が高い。 今年で五八歳。 定年退職
まで残り二年となった。 ?役人〞生活もいよ
いよラストスパート。 郵便局長としての有終
の美をどうやって飾ろうか。 そんなことを考
えながら、田口は昨年七月、地元関係者への
挨拶回りを始めた。
県知事、市長、そして財界トップ。 面会し
た地元の有力者たちが決まって口にするのは
「最近、郵便が遅くなった」というお叱りの
言葉だった。 もちろん初耳だった。 詳しく聞
けば、もともと佐賀市では市内宛ての郵便物
はポストに投函した翌日に確実に配達されて
いたが、昨年四月以降、地域によって翌々日
の配達にずれ込んでいるという。
「すぐにピーンときたね。 あれが原因だと。
佐賀に赴任する前に局長を務めていた大和郵
便局(神奈川県大和市)でも同じような現象
が起きていた。 郵政公社発足の前後から全国
で進められてきた地域区分局の統廃合。 この
政策の負の側面が出てきたに違いない」
もう少し詳しい説明が必要だろう。 地域区
分局とはハブ拠点で、郵便物の仕分け業務を
担当する郵便局を指している。 現在、全国に
約七〇カ所設置されている。 そしてこの地域
区分局の統廃合とは、ある特定のエリア内で
隣接する二つないし、三つの区分局を一カ所
物流畑出身の局長が発案した
全国初の即日配達サービス
ハブ拠点再編の影響で市内宛て郵便物
の配達が翌日から翌々日に。 地元住民か
ら「郵便が遅くなった」というクレーム
が相次いだ。 ポストからの郵便物の収集
や、区分局での仕分けといった作業の改
善に取り組み、集荷〜配達までのスピー
ドアップを実現した。 その結果、翌日配
達を飛び越え、即日配達も可能になった。
佐賀中央郵便局
――現場改善
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に集約するという取り組みである。 拠点の集
約で無駄なコストを削減するのが狙いだ。 た
だしこの試みには大きな落とし穴があった。
「地域区分局が従来よりも離れた場所に移
ると、エリアによっては翌日配達に間に合わ
せるため、ポストから郵便物を収集する時間
を前倒ししなければならなくなる。 例えばユ
ーザーはこれまで午後七時までにポストに投
函すれば翌日配達に間に合っていたが、それ
が午後五時の締め切りとなる。 午後五時以降
ポストに投函された郵便物は翌朝に収集され
るため、配達は翌々日となってしまう」
統廃合の波は佐賀県にも押し寄せていた。
もともと佐賀県には「佐賀中央郵便局」と
「佐賀北郵便局」という二つの地域区分局が
あったが、このうち「佐賀北」の機能の一部
が昨年四月に福岡県の「久留米東郵便局」に
移管された。
それによって佐賀市内で投函された郵便物
の一部は福岡を経由することに。 その分、収集〜配達までのリードタイムが長くなった。
当然、翌日配達の対象となる収集の締め切り
時間も大幅に前倒しされた。
「拠点の再編は郵便局側の都合であって、お
客さんにはまったく関係がない。 道路事情や
人口分布などの変化に応じて郵便ネットワー
クを見直していくことは大切だ。 しかし自分
たちの都合で拠点を減らした結果、サービス
レベルの低下を招き、お客さんに迷惑を掛け
てしまうのでは元も子もない」
とはいえ地域区分局の統廃合は本社(郵政
公社の本部)が決めた政策である。 これをひ
っくり返したり、無視するわけにはいかない。
「郵便が遅くなった」というクレームには今
後もひたすら頭を下げ続けるしかないのか。
田口にはそれが我慢できなかった。
「本社の政策に逆らうことなく、できる限
りのことはやってみよう。 そう決意した。 サ
ービスレベルを戻すことはそれほど難しいこ
とではない。 はじめからできないと思ってい
るからできないだけだ。 やろうと思えば何で
もできる。 オレが同じような悩みを抱えてい
る全国の郵便局の手本になってみせる」
実は田口には大和郵便局長時代から温めて
いた、ある秘策があった。
顧客のわがままに応える
挨拶回りを終えた田口は局内にプロジェク
トチームを立ち上げた。 そのチームが最初に
取り掛かったのは収集から配達までの作業の
流れや、市内で動く郵便物の一日当たりの量、
郵便物の種類などを把握することだった。 い
つどこでどんな郵便物が投函されて、それが
どのように処理されているのか。 それを徹底
的に調べ上げた。 その結果、市内宛ての郵便
物であれば、従来のように、どのエリアから
出される郵便物でも翌日配達できる体制に戻
せることが分かった。
田口の秘策とは「早朝収集」だった。 一般
に郵便物のポストからの収集は午前七〜八時
頃にスタートする。 これに対して田口のアイ
デアは午前五時、もしくは午前六時に収集を
開始、午前中に仕分け作業を済ませて午後に
配達することで、前夜の最後の収集後に投函
された郵便物も翌日配達扱いにしてしまおう
というものだった。
従来は前日の最後の収集から翌朝一番の収
集までの間にポストに溜まった郵便物を、第
二便、第三便で収集した郵便物と一緒に処理
していた。 そのため、前夜に投函された郵便
物の配達が翌々日までずれ込んでしまってい
たという。
実はこの早朝収集の狙いは翌々日配達を翌
日配達に戻すことだけではなかった。 早朝に
投函された郵便物をその日のうちに配達する
「当日配達」の実現も目指していた。 同市町
村宛ての郵便物を当日配達するというサービ
スは全国で初めての試みだった。
「前夜に投函したユーザーにとっては翌日
佐賀県にも地域区分局統廃合の波が押し寄せ
た(写真は佐賀中央郵便局)
配達。 さらに日付が変わって早朝から午前八
時までに投函したユーザーからすると、郵便
物を当日配達してもらったことになる。 翌々
日配達から一足飛びに当日配達へ。 ユーザー
はサービスレベルが劇的に改善されたという
印象を受けるはずだ」
新サービスを展開していくうえで障害とな
りそうなのは、収集業務そのものよりもむし
ろ収集後に発生する作業だった。 いくら早い
時間に収集を済ませても後の工程でもたつい
てしまっては意味がない。
「郵便はネットワークビジネスだ。 収集、仕
分け、配達に関係する全ての郵便局の協力が
なければ効率化は実現できない。 各局にその
ことを理解してもらい、行動に移してもらう
までに時間が掛かった。 しかし佐賀市の局員
たちは非常に協力的で、プロジェクトを進め
やすかった」
翌日・当日配達サービスの収集から配達ま
でのフローはこうだ。 収集は午前六時にスタ
ートする。 八〜一〇台のトラックで市内に設
置されている一七〇本のポストをまわる。 収
集車一台当たり一〇〜二〇本のポストを担当
する計算だ。 収集は午前八時までに終える。
収集後、「佐賀中央郵便局」と「佐賀北郵
便局」はそれぞれ配達ルート別に郵便物を仕
分ける。 佐賀中央が担当する配達エリア分の
郵便物を佐賀北から佐賀中央に。 反対に佐賀
中央から佐賀北に郵便物を渡す。 ここまでの
作業を午前中いっぱいで済ませて、午後には
配達業務に取り掛かる、という仕組みだ。
トライアルなどを経て、翌日配達および当
日配達サービスの本格導入に踏み切ったのは
昨年一〇月のことだった。 そして現在、新サ
ービス開始からおよそ一年が経過したが、市
民からの評判は悪くない。 郵便サービスの現
状に不満を漏らしていた地元有力者たちも満
足している様子だ。 佐賀市内に暮らす、ある
タクシー運転手も「最近、確かに郵便が届く
のが速くなった」と太鼓判を押す。
佐賀市では午前八時までにポストに投函す
れば、その日のうちに配達してもらえるとい
う。 当初、田口は早朝に市内各地から収集す
る郵便物約一万通のうち、当日配達分は四〇
〇〜五〇〇通程度だろうと弾いていた。 しか
し新サービスの利便性が新聞等で紹介される
と、たちまち一〇〇〇通に膨れ上がったとい
う。 田口にとってはうれしい誤算だった。
「遅い時間にポストに投函しても翌日に配
達してもらいたいというお客さんのわがまま
に応えることができた点を評価してほしい。
郵便が用意したサービスを市民に利用しても
らうのではなく、市民の要望に合わせてサー
ビスを用意する。 郵便にはこれまでそういう
発想が欠けていた」
アルバイトから郵政省職員に
佐賀中央郵便局に赴任して以来、田口は
数々の現場改善を手掛けてきた。 例えば、郵
便局の窓口ではこれまで受け取った郵便物を
そのまま麻袋に入れて収集作業員に手渡して
いたが、これを改め、方面別に仕分けしてか
ら作業員に手渡すというルールを新たに設け
た。 仕分け作業を前倒しすることで、その後
の作業工程の負担を軽くしたのだ。
さらにルート集荷が終わった後に窓口に持
ち込まれた郵便物を、局前にあるポストに投
函してから各局員には帰宅してもらうように
した。 局内に郵便物を滞留させないためだ。
ポストに投函されれば、郵便物はその日の夜
の最終もしくは翌朝に収集される。 ところが、
局内に残したままだと、その後の処理が遅れ
て配達が翌々日までずれ込んでしまう。
収集方法の見直しにも着手した。 従来は収
集に専用の車両を用意していたが、これを郵
便物の配達を終えたバイクや軽四輪をそれぞ
れ担当エリアの近くの郵便局に立ち寄らせる
ようにした。 各局の窓口から出る郵便物を回
収させるためだ。 配達車両の帰り荷を活用す
ることで、輸送効率を高めるのが狙いだ。
「現場改善は積み重ねが大事だ。 局や地域
によって抱えている課題は異なる。 改善に定
石はない。 できる範囲内で、それぞれが色々
なことにチャレンジすればいい」
田口は高校卒業後、アルバイトとして東京
中央郵便局に入局した。 その後、大学に通い
ながら同局で勤務を続けた。 その働きぶりが
認められ、当時の上司に採用試験の受験を勧
められた。 そして見事に試験をパス。 郵政省
職員となった。 本省では購買系システムの開
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発など主に情報関係の業務に従事した。 物流
システムの構築に携わった経験もある。
「バイトを経験しているせいか、現場のこと
には自信があった。 物流は得意なほうだった。
本省でオレよりも物流に詳しい職員はいない。
それは言い過ぎかもしれないが、そのくらい
郵便の物流について熟知しているつもりだ」
現在、埼玉県の越谷郵便局ではトヨタ生産
方式を活用した現場改善が進められている。
作業手順や作業動線の見直し、マテハン機器
の改造などによって現場の生産性は一年間で
約二〇%向上。 さらに単位時間当たりの作業
処理スピードは従来に比べ二七%高まるなど
大きな成果を上げている。 これを受けて、郵
政公社では越谷での取り組みをモデルに、カ
イゼンの輪を全国の郵便局に拡げていきたい
意向を示している。
本省の政策を批判するつもりはない。 ただ
し、世間で高い評価を受けているトヨタ式の
改善にも現状の取り組みでは限界があること
をきちんと認識しておいたほうがいいと田口
は釘を刺す。
「越谷での改善活動は、局に入ってくる大量の郵便物をいかに効率的に処理するかに重
点が置かれている。 これに対して佐賀はCS
(顧客満足)を高めるためには何をすればい
いかを考えたうえで現場改善に取り掛かった。
越谷と佐賀ではアプローチがまったく異なる。
どちらも間違ってはいない。 ただし、お客さ
んにとって仕分け作業のスピードが向上した
云々という話はどうでもいいこと。 お客さん
は届けてもらいたい時間にきちんと郵便が届
いているかどうかしか見ていない」
物量のピークを作らない
田口は、郵便システムの効率化には区分局
に運び込まれる物量の山をできるだけ小さく
することが不可欠だと指摘する。 波動をなく
し、局に集められる物量を常に一定にする。
郵便物を?溜めない〞体制を構築することが
コスト削減への近道だという。
全国の区分局では昼間に収集した郵便物を
夕方にまとめて処理している。 つまり物量は
夕方にピークを迎えている。 そして区分局は
このピーク時の物量に合わせて作業員や仕分
け施設を用意している。 その結果、無駄なコ
ストを発生させているというのが実情だ。
これに対して、区分局に運び込まれる郵便
物の一日当たりの物量を一〇〇とする。 この
一〇〇を一回で処理するのではなく、五回に
分けて二〇ずつ処理すれば、作業員の数を減
らすことができるし、局舎の仕分け処理施設
のスペースも小さくて済むだろう、というの
が田口の発想だ。
「物流は溜めて処理するストック型よりも、
溜めずに処理するスルー型のほうが低コスト
だ。 佐賀中央郵便局はすでに作業の平準化に
成功している。 『早朝収集』には収集の回数
を増やすことで、ポストに溜まる郵便物の量
を減らすという目的もあった」
こうした田口流の現場改善ノウハウを参考
にする郵便局が徐々に全国で増えてきている。
佐賀県内ではすでに田口イズムが浸透してお
り、県内ほぼ全域で同市町村内宛て郵便物の
当日配達サービスが展開されている。
しかし田口は満足していない。 佐賀だけで
はなく、全国どこでも、取扱量の多い東京で
も、本来であれば、当日配達サービスの提供
が可能であると確信しているからだ。
「民間企業なら当然のように実施されてい
ることがまだ郵便局にはできない。 現場改善
の進め方を知らない局長さんも少なくない。
佐賀まで聞きにきてくれれば、いつでも喜ん
でノウハウを伝授するつもりだ。 物流改善を
難しく考える必要はない。 やる気さえあれば
誰にでもできるはずだ。 全国の郵便局長たち
は現場改善に失敗してしまったときのことを
恐れて、第一歩を踏み出せないでいるだけだ」
郵便サービスにはまだまだ改善の余地が残
されている。 田口のような現場のリーダーた
ちの奮闘に大きな期待が寄せられている。
=文中敬称略(刈屋大輔)
佐賀中央郵便局の田口俊彦局長
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