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SEPTEMBER 2004 26
見せる物流から安い物流へ
ロジスティクスの現状とICタグ実証実験の進捗状
況を確認する目的で、今年六月に欧州を訪ねた。 私
が物流の視察で海外に足を運んだのは一九七三年以
降、約三〇年間で計八〇回を数える。 ちなみに最初
のツアーは欧州と米国を同時に視察するという豪華な
内容だった。
欧米の物流現場でオーダーマチック、Aフレーム、
スピーカーソーターといったマテハン機器を初めて見
た時はとても興奮した。 物流センターでマテハン機器
が動いている様子は当時のヒット映画「二〇〇一年
宇宙の旅」を見ているようだった。 当時の日本の物流
は欧米の足下にも及ばないレベルで、マテハン機器も
ほとんど導入されていなかった。
それから三〇年の間に、二度のオイルショック、高
度経済成長、バブル経済の崩壊を経て、日本の科学
技術、特にIT(情報技術)は目覚しい発展を遂げ
た。 それに連動するかたちで物流のエンジニアリング
とマネジメントも進化した。 そして日本の物流は欧米
先進国のレベルに追いつき、遂に追い越した。 最近、
私はそう確信している。
現在、日本の失業率はおよそ五%。 これに対して欧
州は八%前後となっている。 失業率が高まれば当然、
賃金も安くなる。 その結果、かつて欧米の物流は高価
なマテハン機器を駆使した「見せる物流」だったが、
現在ではマテハン投資を極力抑える「安い物流」へと
シフトしている。
欧州は雇用に関する規制が厳しい。 そのため労働市
場が硬直化している。 それが物流の労働装備率にどう
関係しているのか。 私には解明できないが、欧州では
十数年前から物流の自動化やロボット化がほとんど進
んでいないというのが実情だ。
完全雇用の状態にあったスウェーデンはかつて物流
視察にうってつけの場所だった。 スウェーデンの物流
現場にはロボットがあり、ICタグも導入されており、
見どころがいっぱいあった。 エルゴノミクス(人間工
学)にも優れていた。 日本にとってスウェーデンの物
流現場はよいお手本で、学ぶべき点が多かった。
しかし十数年前からスウェーデンの景気は後退し、
今では失業率が八%に達している。 それに伴い、「ス
ウェーデンの物流センターで新しい機器が導入され
た」というニュースを聞くことがなくなった。 現在、
スウェーデンの物流現場では自動化のための機器やロ
ボットが次々と撤去されている。 半自動、もしくはマ
ニュアルともいえるピック・ツー・ベルトでさえ姿を
消しつつある。
このように欧州で自動化につながるマテハン機器の
撤去が相次いでいるのは、?フレキシビリティ(柔軟
性)に欠ける、?メンテナンスに費用が掛かる、?マ
テハンを制御するプロセスコンピュータの刷新に莫大
なコストが掛かる、?ダメージのバックアップができ
ない――ためだ。
脱・マテハンがトレンド
日本のようにピース単位での処理を求められる物流
現場ではマンパワーだけでは不十分だ。 どうしてもマ
テハン機器とITの力を借りざるを得ない。 しかし、
日本に比べ流通の寡占化や店舗の大型化が進み、ケ
ース単位での物流が主流になっている欧州では、フォ
ークリフトなど最低限のマテハン機器でオペレーショ
ンに対応できる。
世界一の小売業者であるウォルマートの米国でのマ
ーケットシェアは六%弱、日本ではコンビニエンスス
“脱・マテハン”進む欧州の現場
欧州の有力小売りの物流センターからマテハン機器が消えつ
つある。 ケース単位での処理が主流になったことで、マンパワー
中心のオペレーションが可能になったためだ。 それに伴い、各社
とも従業員教育などソフト面の拡充に力を注いでいる。
サン物流開発 鈴木準 代表
第3部
第4部
第5部
KEY PERSON
Case Study
27 SEPTEMBER 2004
特集 物流の 現場力
トアのセブン―イレブンが三%強にすぎない。 これに
対して、スウェーデンのICA社のマーケットシェア
は三三%、英国のテスコ、ドイツのメトロの食品マー
ケットでのシェアは二五%を超える。 実際、欧州では
物流現場から高度な物流機器が消えつつある。
今回の欧州視察では、ドイツの通販会社「オットー
(
OTTO
)」、英国のドラッグストア「ブーツ(Boots
)」、
英国の小売業「テスコ(TESCO
)」と「マークス&ス
ペンサー(Marks & Spencer
)」の各物流センター、
ベルギーの「カトゥーナシー(Katoen Natie
)」とい
う3PLの物流センターなどを訪問した。 このうちオ
ットーとブーツは労働装備率が高かった。 ただし両社
の物流センターへの設備投資には正当性があり、過剰
投資という印象は受けなかった。
一方、他スーパーの食品系物流センターの構造は非
常にシンプルだった。 極端に言えば、屋根と床がある
だけ。 採用しているマテハン機器はパレットローダー
とフォークリフトのみというセンターが多かった。 ち
なみにドイツで訪問したウォルマートの物流センター
はかつて駐留イギリス軍が使っていた兵站(ロジステ
ィクス)拠点だった。
WMSの世界同一化
訪問先のWMS(倉庫管理システム)の仕組みは
日欧ともほとんどその違いは見られなかった。 そして
各社のWMSの構造や使い方にも大きな違いは見られ
なかった。 欧州と日本の物流現場で採用されているW MSの違いは言語くらいなもの。 つまりWMSは世界
同一化の傾向にあるようだ。
入荷から出荷までのオペレーションでキーワードと
なるのは事前出荷通知(ASN)、ハンディターミナ
ル、バーコード、無線の四つ。 いずれも人間依存のシ
ステムをバックアップして人為ミスを防止するために
導入されている。 これらのシステムはソフトを含めた
IT(情報技術)によって支えられている。
WMSの工程は次の通り。
?事前出荷通知(ASN)
?バーコードスキャナーつき無線ハンディターミナル
を使ったJAN(EAN)またはITFを利用した
検品
世界のGDP対比物流コスト
地 域 国 国内総生産 物流コスト GDP対比
単位:US Billion $(十億ドル)
出所:21st Century Logistics Michigan State University 1999
D.J. バワーソックス、D.クロス、T.P.スタンク
北アメリカ カナダ 658 80 12.1
メキシコ 695 106 15.3
アメリカ 8083 849 10.5
計 9436 1035 11.0
ヨーロッパ ベルギー 240 27 11.4
デンマーク 123 16 12.9
フランス 1320 158 12.0
ドイツ 1740 228 13.1
ギリシャ 137 17 12.6
アイルランド 60 8 14.0
イタリア 1240 149 12.0
オランダ 344 41 11.9
ポルトガル 150 19 12.9
スペイン 642 94 14.7
イギリス 1242 125 10.1
計 7238 884 12.2
環太平洋 中 国 4250 718 16.9
インド 1534 236 15.4
香 港 175 24 13.7
日 本 3080 351 11.4
韓 国 631 78 12.3
シンガポール 85 12 13.9
台 湾 308 40 13.1
計 10063 1459 14.5
南アメリカ ブラジル 1040 156 15.0
ベネズエラ 185 24 12.8
アルゼンチン 348 45 13.0
計 1573 225 14.3
その他の国 9690 1492 15.4
総 合 計 38000 5095 13.4
SEPTEMBER 2004 28
?検品と同時に入荷情報を入力
?コンピューターからフォークリフトに搭載する無線
端末に保管ロケーションを指示
?ピース・ケース・異形品または重量物に分けて、モ
バイル搭載のカートピッキング、もしくはDPS
(摘み取りまたは種まき)とシールピッキング
?JAN、ITFによる検品
?バーコードつき荷札を貼付
?ロールボックスパレットやトラックに積み込む前に
荷札のバーコードをハンディターミナルでスキャン
して出荷
この工程は世界中どこでも同じだ。 金太郎飴のよう
によく似ている。 それだけ物流は成熟したということ
だろう。 一時期、物流はコストセンターからプロフィ
ットセンターへと変化したと言われたが、成熟期を迎
えたことでプロフィットセンターからコストセンター
へと回帰したのではないか。
ケース自動倉庫は人気
一般に欧米ではグロサリー(食品を含めた日用雑
貨)物流センターのケース処理でのミス率は一〇〇〇
分の一が目標である。 これに対して日本ではピース処
理でのミス率が一〇万分の一がスタンダードとなって
いる。 ここに日本の物流がもはや世界一であるといえ
る所以がある。
日本では不況の中でも物流センターの建設が続けら
れてきた。 そして機械化の度合いを示す労働装備率が
高い企業が多かった。 例えば、その代表格は大手食品
卸の菱食だ。 同社は数十億円を投じて神奈川県と兵
庫県に新センターを建設した。 両センターに導入され
ているマテハン機器を含めた最新の物流システムは、
欧米の物流現場で採用されているそれをはるかに凌駕
している。
世界的な傾向として最近のWMSは「人と道具と
コンピュータ」が主体となって構成されている。 その
典型的なシステムがカートピッキングとデジタルピッ
キングシステム(DPS)だ。 現在、日本の物流現場
では両システムの導入が進んでおり、例えばJTの物
流子会社の新しいセンターでは現在使用しているAフ
レーム系のピッキング装置にかえて、DPSを採用し
ている。
もっとも三〇数年前に開発されたAフレームは今で
も化粧品や医薬品の業界では根強い人気がある。 今
回訪問した英国「ブーツ」の物流センターにもAフレ
ームが導入されていた。
前述した通り、欧州ではここ数年、「脱・マテハン」
によって物流の労働装備率が低くなりつつあるが、ミ
ニストレージと呼ばれるケース自動倉庫の導入はむし
ろ盛んだ。 今回訪問した「オットー」の物流センター
には収容能力約一二〇万ケースの大型自動倉庫が設
置されている。 また「ブーツ」も一万ケース規模の自
動倉庫を用意していた。
多品種少量での物流を強いられる日本でもケース自
動倉庫の導入はセンターの生産性向上にとても有効で
あると認識されている。 実際、日本にもケース自動倉
庫を設置する物流センターは少なくない。 ただし、欧
米とは規模が異なる。 日本では収容能力三〇〇〇ケ
ース程度のケース自動倉庫が主流だ。 近年、日本では
大手食品卸の菱食がケース自動倉庫を積極的に導入
している。
盗難防止でICタグ導入
欧州の物流現場ではICタグの導入も進んでいる。
欧米の物流現場から高度な物流機
器が消えつつある
左上)オットーの自動倉庫。 120万
ケース収容可能
29 SEPTEMBER 2004
今回の訪問先であるウォルマート、メトロ、テスコ、
マークス&スペンサーはいずれもICタグの導入に熱
心だった。 一般にICタグ導入の目的は物流品質の
向上や、在庫最少・売り上げ機会損失の減少などと
されている。 しかし欧州の場合はとりわけ従業員によ
る商品盗難で発生するロスをなくすことを目的として
いる。
メトロではICタグ導入の狙いを「在庫が不透明で
あることによる売り上げの機会損失をなくすこと」と
説明していた。 ところが実際には従業員による商品の
盗難が多いことに頭を悩ませているというのが本音の
ようだ。
ウォルマートはICタグ導入効果を五八億ドルと弾
いている。 その大部分は入出庫検品に掛かる人件費と
シュリンケージ(商品逸失)を減らすことで得られる
という。
現在、各社のICタグ関連プロジェクトは実証実
験の段階だ。 メトロでは今秋から実験の対象を仕入先
一〇社、二七〇店舗に拡大する。 テスコも今年一〇
月に実験を強化。 マークス&スペンサーは日配品のプ
ラスチックトレイ三五〇万個にICタグを貼付、誤配
防止に役立てる。
ちなみにマークス&スペンサーではインチサイズの
トレイをメートルサイズのものに刷新する。 その数は
ちょうど三五〇万個。 一個一〇〇〇円で三五億円の
投資となる。 ICタグを一個一〇〇円と計算すると
三億五〇〇〇万円。 投資額は合計で四〇億円に達す
るという。
3PL利用が主流に
欧州の物流現場は生産性と物流品質の向上を目的
とした従業員教育にも熱心に取り組んでいる。 例えば、
マークス&スペンサーから物流業務を請け負っている
3PLのGIST社ではヒューマンリレーションシッ
プ(人間関係)を重視する。 現場のあちらこちらに掲
示板を用意し、従業員の結婚、出産といった出来事
を写真入りで紹介するなど、従業員とのコミュニケー
ションを図っている。
テスコの3PLとして機能している英エクセル社で
は「オープンドア方式」と呼ばれる制度を設けている。
これは物流現場のワーカーでも、いつでも上級の管理
職に面会できるという仕組みだ。
社内資格試験制度も充実している。 従業員は資格
試験に合格すれば、学歴に関係なく役職に就くことが
できる。 実際、管理職の中には現場経験者が少なくな
いという。
日本の物流コストは世界一高いと言われ続けてきた。
しかし実際には四半世紀も前から日本の物流コストは
諸外国に比べ割安だった。 GDP対比、売上高対比
ともに、日本の物流コストは米国よりも低い水準にある。 サービスの品質も悪くなかった。
運賃を比較した場合、日本の小包の運賃は近距離
だとオランダやドイツらとともに世界でも安いグルー
プに属する。 日本の運賃が欧米よりも割高なのは長距
離の分野となる。 しかも割高となっているのは、高速
道路料金や燃料にかかる税金が高かったり、トラック
の積載重量が小さいためだ。
今回、欧州で大手小売業の物流センターを視察し
たが、英国のブーツを除く全ての小売業者が物流業務
を3PLにアウトソーシングしていた。 マークス&ス
ペンサーは3PLという言葉が日本に上陸する二〇年
以上も前からGIST社(元BOC)に物流業務を
委託したという。 すでに欧州では3PLへの委託が主
流になりつつあるようだ。
特集 物流の 現場力
欧米ではICタグ関連の投資が
活発だった
すずき・じゅん58年東京経済大学
卒業、62年セーラー万年筆に入社。
70年長崎屋入社、物流部長、電算部
長、物流子会社社長などを歴任。 92
年に独立し、物流コンサルティング
会社のサン物流開発を設立した。 小
売業を中心に物流センター構築など
のプロジェクトに数多く参画する。
欧米の物流センターに詳しいコンサ
ルタントとして知られている。
左)メトロに導入されている
RFIDスキャナー
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