ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2004年10号
道場
物流ABCにまつわる誤解

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

OCTOBER 2004 60 生真面目そうな相談者が訪ねてきた 物流ABCの導入を計画中だという 大先生の事務所の窓から、秋の澄み切った青空 が見える。
街路樹の銀杏の葉も色づいてきた。
い い季節になった。
大先生は青空に誘われて、近くの 神社に散歩に出掛けていってしまった。
美人弟子 がお供だ。
そろそろ相談者が訪れる時間だ。
事務所に戻る よう女史は大先生の携帯に電話を入れた。
すぐに 大先生の机の上で呼出音が鳴る。
「まぁ」と呆れな がら女史が美人弟子の携帯に掛け直す。
すぐ戻る よう伝えて電話を切った途端、事務所の扉が開き 相談者が入ってきた。
今日の相談者は、あるメーカーの物流担当者だ。
「物流ABCの導入を考えていて、コンサルを受け たいのですが、その前にお話しをお聞ききする機 会を設けていただけるでしょうか」と電話を掛け てきて、今日の会合が設定された。
お茶を出しながら、女史が、大先生の戻りが遅 れている旨を詫びると、「私の方は一向に構いませ ん。
お気になさらずに」と生真面目な返事がかえ ってきた。
見るからに几帳面な性格のようだ。
そこに、大先生と美人弟子が戻ってきた。
反射 的に相談者が立ち上がる。
「いやー、今日はいい天気だ。
どうです、ちょっ と散歩にでも行きますか?」 冗談なのか本気なのかわからない大先生の物言 いに、相談者は言葉が出ない。
名刺を交換し、大 先生が座るように促した。
今回は美人弟子が同席 だ。
大先生はなぜか楽しそうな顔で相談者を見て いる。
今日は機嫌がよさそうだ。
大先生とまとも に目を合わせた相談者が、慌てて切り出した。
「実は、物流ABCを導入しようと思っておりまし て、先生のご指導を受けたいと考えています。
そ のための承認を上司から得るのに説明しなければ ならなくて、本や雑誌で少し勉強したのですが、わ からないことがいろいろ出てきてしまいました。
そ こで、ご指導いただければと、今日お伺いさせて いただきました」 「物流ABCなんぞで、そんなに疑問が出ること自 体が疑問だな」 《本連載について》 主人公の“大先生”はロジスティクスに関するコンサルタントだ。
コ ンサル見習いの“美人弟子”と“体力弟子”とともに多くの企業を指導 してきた。
本連載の「サロン編」では大先生の事務所で起こるさまざま なエピソードを紹介している。
通称“大先生サロン”と呼ばれる相談コ ーナーを訪れる相談者の悩みに、その場で大先生がアドバイスを与える という設定である。
今回は、「物流ABC」に対する筋違いの批判に反 論できず、どうやって周囲を説得し導入にこぎつけようかと悩むメーカ ーの物流担当者の疑問に答える。
湯浅コンサルティング 代表取締役社長 湯浅和夫 湯浅和夫の 《第 30 回》 〜サロン編〜 〈物流ABCにまつわる誤解〉 61 OCTOBER 2004 大先生が独り言のように呟く。
戸惑った表情を 見せる相談者に、美人弟子が「どうぞ」と先を促 した。
相談者は気を取り直すかのように頷くと、鞄 を開け、中から分厚いシステム手帳を取り出した。
相談者がページを繰るのを大先生と美人弟子が興 味深そうに見ている。
びっしりと手書きのメモで 埋まっているようだ。
相談者がペンケースから取 り出した筆記具は外国製の万年筆だ。
使い古した 感じで、いい艶をしている。
準備が整った。
「使えないという意見がありますが‥‥」 質問に苦笑しつつ大先生が諭す 「物流ABCについて書かれたものを読んでいます と、ABCは物流では使えないという意見もあり ます。
あっ、私がそう思うということではなく、そ ういう意見を言う人もいるということです‥‥」 「そんなことはどうでもいいけど、そもそもAB Cというのは原価計算の技法だよ。
原価計算が使 えない世界なんぞあるわけがない。
使えないのでは なく、使い方を知らないんじゃないの?」 いきなり大先生に突き放されて、相談者は二の 句を継げなくなってしまった。
すかさず美人弟子 がフォローする。
「使えないというのは、具体的にどんな意見なんで すか? だいたい見当はつきますけど‥‥」 あっさりと切って捨てられた話を詳しくしても いいものなのか迷って、相談者が大先生の顔色を うかがう。
大先生が頷くのをみて安心したのか、分 厚い手帳を手に話し始めた。
「はい、よく言われるところでは、物流ABCでは Illustration􀀀ELPH-Kanda Kadan OCTOBER 2004 62 スペース費や設備機器費のような固定費までコス トに入れているけれど、これでは処理量によって 単価が変動してしまって使えないとか、作業効率を コストが反映しない、といったものがあります ‥‥」 相談者がちらっと大先生の顔を見る。
「またか」 という顔をしたが、意外にも大先生は楽しそうだ。
ただし、言葉は辛辣だ。
「もし、そういう意見で物流ABCがわからなくな ってしまったというのなら、あんたの勉強不足っ てことだな。
まあ、それはいいとして、単価が変動 して使えないというけど、何に使えないって言っ てるわけ? 変動するのがいやなら、数カ月間の 平均単価を出すとかで変動を収斂させればいいの さ。
作業効率とからめて使うのなら、人件費だけ を使えばいい。
いずれにせよ物流ABCが使えな いという理由にはなっていない。
使い方を知らな いだけのことさ」 相談者はメモも取らずに神妙な顔で聞いている。
こんな程度の話でメモを取ったら、それだけで怒 られそうな雰囲気がそうさせているようだ。
頷い ているだけの相談者に、大先生が先を促した。
「それから、どんな意見があった? この際だか ら、どんどん疑問を出してしまった方がいい」 そう言われて安心したのか、相談者はあらため て手帳に目を落とした。
「えーと、こういう意見もあります‥‥あっ、こ れです、これです。
また怒られるかもしれませんが、 物流ABCは販売物流には使えない、販売物流は 複雑だから細かいコスト計算には適さないという ものです。
複雑というのは、なんか、顧客の注文 次第で作業のパターンがいろいろあるとか、バラ ピッキングといっても取る個数がそのつど変わる とか、そういうことをいうようです。
はい‥‥」 苦笑しながらも、大先生は簡単にコメントした。
「顧客の多様な注文に合わせて作業が多様化する。
それは当たり前のこと。
そのコストを計算するの は物流ABCの本領。
多様化した作業に合わせてアクティビティを設定すればいいだけで、何も難 しいことはない。
これをやるためにこそ物流AB Cがあるといってよい。
ところで、ピッキングの個 数が変わるというのは何を言ってるんだ?」 「はぁ、平均値は意味がないということを言ってる ようです。
具体的に言いますと、えー、たとえば バラピッキングで一〇アイテムを一個ずつ一〇個 取るのと、一アイテムを一回で一〇個取るのとで は、同じ一〇個でも生産性が違う。
だからこれらを 一緒にしてバラピッキング一個当りの平均値など 出しても意味がないということのようです‥‥」 「意 味がないって、何の意味がないっていうんだ?」 「はぁ、生産性が違うから平均値は意味がないって ことしか‥‥」 「要するに、その平均値をどんな管理に使うかによ って、意味があるとかないとか言える。
管理目的 が重要なのさ。
物流ABCは、バラの注文はケー スの注文よりコスト負荷が大きいという認識を前 提にしている。
だから、バラの注文をケースの注 文に移行していくことが必要であり、その方向に 持っていけという管理を念頭に置いている。
また、 顧客別のコストは、これらコスト負荷の違いを反 63 OCTOBER 2004 映する形で取ることが必要になる。
そうだろう?」 頷きながら相談者はメモを取っている。
メモのた めの時間を与えようというのか、ここで一呼吸おき、 大先生は再び話し始めた。
「このような管理においては、そのコスト負荷の 違いを、どのレベルでとらえるかという線引きが重 要になる。
仮に、バラピッキングで、先ほどのよう な個数差に効率の差を反映させたければ、一個の 場合、二個の場合、三個の場合の単価という具合 に、あらゆる場合の単価を設定することが必要にな る。
ただ、このような区分は、実際のデータ把握と いう点で現実的ではないし、管理目的からすれば、 そこまでしなくてもバラピッキングはひとまとめに していいと線引きすればそれで話は済む。
それが原 価計算の基本的な考え方」 相談者の様子を見ながら続ける。
「あるいは、バラピッキングというアクティビティ を『取り出す』というアクティビティと『棚間を移 動する』というアクティビティに分けて設定しても いい。
こうすれば、一個ずつ一〇個取っても、まと めて一〇個取っても、取り出す時間に差は出ない。
つまり、先ほどの平均値は意味がないという議論自 体が成り立たなくなる」 相変わらず相談者は懸命にメモを取っている。
ち ょっと間を置いて、大先生が声を掛ける。
「わかるかな? バラピッキングを一つのグルー プととらえれば管理上十分だということなら、それ でいい。
アクティビティを分ければ、個数差による 時間差など存在しなくなる。
いずれにしろ、それ以 上の区分は必要ないということ。
まあ、バラとかケ ースという括りで平均値を出して、そのコスト格 差を顧客別のコスト格差として反映させれば十分 に管理目的は果たせるな」 大先生に代わって美人弟子が答える 「注文件数を考えないことはありえない」 大先生がたばこを取り、火をつけた。
相談者は、わ が意を得たりといった感じで大きく頷くと、今度は 自分の頭のなかを整理するかのように話し出した。
「ちょっとよろしいでしょうか。
えー、コストと いうのは前提条件をもとに計算されるものだと思 いますが、その前提条件というのは管理目的で決 められるものだと思います。
つまり、この管理のた めには、このレベルのコストで十分だと線引きす ればそれでいいということになる。
この管理目的 を考えずに、前提のところだけをつついても、その 議論は意味がない‥‥という風に理解しましたが、 これでよろしいでしょうか?」 頷きながらも、美人弟子が念を押した。
「コストをどのレベルでとるかという点では、お っしゃるとおりです。
ただ、先ほどの物流ABC は使えないといういくつかの理由については、批 判として当っていないということです。
使えないで はなく、それをどう使っていくかという前向きの取 組みが重要です」 「はい、それについてはよくわかりました。
私の 理解不足でした。
ありがとうございます」 相談者は嬉しそうに頭を下げた。
しばらく一人 で頷きながら手帳のページをめくっていたが、新 たな質問をした。
OCTOBER 2004 64 「もう一つよろしいでしょうか。
なかには、注文 件数を反映させないところが物流ABCの弱点だ という指摘もあるようですが‥‥」 もう結構、という感じでたばこを喫いながら、大 先生は天井を見つめたままだ。
代わって美人弟子 が質問した。
「あなたは、それについてどう思っているのです か?」 なぜか嬉しそうに相談者が答えた。
「はい、私は、その指摘は当たってないと思いま す。
物流ABCは注文件数に対応したアクティビ ティを設定していますので」 美人弟子は同意すると、さらに質問を重ねた。
「おっしゃるとおりです。
もともと注文件数を反 映しないで、顧客別コストを取るなんてことはで きません。
注文件数を反映しないABCなどあり えないわけです。
まあ、そんなことはいいとして、 御社は、どんな目的で物流ABCを使おうと思っ ているのですか?」 「はい、先生が、いつもおっしゃっている?正統〞 な目的で使おうと思ってます」 相談者が「正統」に力を入れる。
美人弟子が微 笑む。
こいつは何を言い出すんだという顔で大先 生が相談者を見るが、いっこうに意に介さない。
結 構、乗ってきたようだ。
「私どもでは、現場の作業効率化のためにこれを使 おうとは考えていません。
そこでは、大したコスト 削減はもはや期待できないからです。
そうではな くて『物流コスト責任の明確化』と『顧客別コス トの算定』という物流ABC本来の使い方をした いと思ってます。
私は、物流管理においてABC は、ここにこそ威力を発揮すると確信しています。
また、ここでのコスト削減効果はかなりのものに なると思ってます」 こう言うと相談者は、美人弟子に向かって微笑 んだ。
すかさず大先生が口を挟む。
「そんなにコスト削減の効果が大きいのなら、導入のコンサル料もかなり取れるな」わざとらしく顔を歪めたが、相談者の表情には 余裕がある。
その顔を見た大先生は、もう一言つ け加えた。
「それよりも、コンサルなんか頼まなくて大丈夫 だよ。
その手帳を見ながらやれば自分でできるさ」 すると相談者はムキになって、わけのわからな いことを言った。
「この手帳には、自分でやるというメモはありま せん」 さすがの大先生も絶句する。
イタズラに成功し た子供のような笑顔が相談者の表情にひろがった。
美人弟子の明るい笑い声が事務所に響いた。
*本連載はフィクションです ゆあさ・かずお 一九七一年早稲田大学大学 院修士課程修了。
同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経て、二〇〇四年四月に独立。
湯 浅コンサルティングを設立し社長に就任。
著 書に『手にとるようにIT物流がわかる本』 (かんき出版)、『Eビジネス時代のロジスティ クス戦略』(日刊工業新聞社)、『物流マネジメ ント革命』(ビジネス社)ほか多数。
湯浅コン サルティングhttp://yuasa-c.co.jp PROFILE

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