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OCTOBER 2004 12
サプライチェーン統合の「方式」
トヨタ方式
VS
花王方式
花王のサプライチェーンの最大の特徴はメーカーに
よる直接販売だ。 他の日用雑貨品メーカーが特約店
を始めとした卸を介して商品を小売業者に供給してい
るのに対し、花王は販売会社を通じて直接、小売業
者とアクセスしている。 中間流通のモデルは一般の日
雑メーカーよりも、むしろ自動車メーカーに近い。 そ
のためかつては花王も売れた分だけ供給するという、
かんばん方式的な発想でサプライチェーンを管理しよ
うとしていた。
かんばん方式を上手く機能させるためには最終需要
のコントロール、すなわち売れ行きの平準化が条件に
なる。 実際、トヨタは販売活動や値引き率の調整によ
って売れ行きの平準化を図っている。 そうした取り組
みなしに、上流工程を毎日の販売動向の変動にそのま
ま同期化させようとすれば、サプライチェーンの最も
弱い部分にしわ寄せが集中する。
しかし日雑メーカーが最終需要をコントロールする
には限界がある。 自動車と日雑では商品特性や商慣
習が全く異なる。 日雑はアイテム数が膨大である上、
欠品していれば他メーカーの製品に代替されてしまう
ため、店頭在庫を切らすことが許されない。 そして季
節性や日々の需要変動が極端に大きい。
しかも系列ディーラーを組織している自動車メーカ
ーと違って、日雑メーカーは資本関係のない小売業者
が直接的な顧客になる。 消費者に対する販売の決定
権は小売業者が握っている。 メーカーの都合で日々の
物量を平準化することができない。 そのために、これ
まで日雑を始めとした大量消費財いわゆるグローサリ
ーメーカーでは、かんばん方式のようなPULL型の
SCMが上手く機能していなかった。
花王でも「販売部門、生産部門、そして物流部門
がそれぞれ異なった計画数字に基づいて行動していた。
販売計画には販売部門の?意志〞が入っている。 そ
の意志を忖度して生産部門は生産計画を立てる。 物
流部門もしかり。 各部門の計画には担当者の勘と経
験による人為的な判断が働いていた。 その結果、部分
最適に陥っていた」と、同社の松本忠雄ロジスティク
ス部門統括執行役員はいう。
課題は同期化だった。 各部門が独自の判断に基づ
いて動くのでなく、一つの?意志〞、一つの数字に基づ
いてサプライチェーン全体が歩調を合わせることで、
部分最適の壁は取り払うことができる。 かんばん方式
では実需を?意志〞として実際の販売を合図に、各
プロセスが足並みを揃える。 しかし日雑品のような大
量消費財の場合、末端の販売動向に生産工程を連動
させるというやり方は現実的ではない。 大量生産を前
提とした設備は、実需に合わせた柔軟な段取り替えを
容易には受け入れない。 原材料の調達リードタイムも
長い。 デルのような受注生産も不可能だ。 商品は成熟
しており、しかも単価は低い。
そこで花王はトヨタ方式ともデル方式とも違う、大
量消費財という商品特性と日本の市場環境に適合し
た「花王方式」とも呼ぶべきサプライチェーンのモデ
ルを構築することに挑んだ。 物流拠点の出荷実績デー
タから導き出したアイテム別の需要予測を?意志〞と
して、生産活動を含めた全体のロジスティクスを動か
す仕組みだ。
人の思惑が入った「見込み」ではなく、科学的な予
測に基づいて全体を計画し実行する。 これによって同
社は、新しい仕組みが稼働した九七年度から現在の
二〇〇三年度までの間に、在庫金額四〇%削減、欠
品件数六〇%削減、物流コスト二〇%削減という改
売った分だけ作る「トヨタ方式」、そして受注生産による無在
庫化を目指す「デル方式」――SCMの定石とされる2つのモデル
は、いずれも単価の安いマスプロダクトには馴染まない。 そこで
花王は日用雑貨品に適応した第3のモデルに挑んだ。 需要予測の
下に全体の活動を統合する「花王方式」の確立だ。 (大矢昌浩)
解説
特集
13 OCTOBER 2004
善成果を上げた。
物流管理の階層を上げる
新方式が稼働する以前から花王は物流先進企業と
してトヨタと並び称される存在だった。 実際、電子商
取引や一貫パレチゼーションの導入を始めとした流通
効率化、物流技術の開発では常に日本企業の先頭を
走ってきた。 管理レベルは群を抜いていた。 その上に、
さらに大幅な効率化を重ねることができたのは、物流
管理の方法論を根本的に改めたからだ。
「従来から当社には物流のエキスパートがたくさん
いた。 A地点からB地点まで安く運ぶ方法や、庫内
作業のやり方などは誰よりも熟知していた。 しかし個
別のプロセスの中だけでの改善は、もはや限界に来て
いた。 本来、物流という実務を滞りなく動かすために
は、その上にある情報、つまり計画階層に一貫性が必
要だ。 それまでの当社の物流管理にはそこが抜け落ち
ていた」と松本執行役員は説明する。
図1は花王のロジスティクス管理の概念図だ。 従来
の物流管理は、この図にあるPDCAサイクルのうち
「実行(Do)」と「評価(Check
)」が対象だった。 営
業部門の販売計画や工場の生産計画に基づいて、物
流を設計するという流れだ。 「見直し(Action
)」も個
別のプロセス内の業務に留まっていた。
これに対して現在は各部門の計画階層の上部に、ロ
ジスティクス部門が分析した需要予測が置かれている。
工場では営業部門の販売計画ではなく、ロジスティク
ス部門の需要予測を元に日々の生産計画を立てる。 輸
送計画や在庫計画も需要予測から落とし込む。 その
結果をモニタリング(C)し、そして個別のプロセス
ではなく全体の仕組みを見直す(A)。 この方法で花
王はサプライチェーンの統合を果たした。
――九三年に松本さんが生産技術畑か
ら現在のロジスティクス部門へ異動に
なったのは、本人の希望だったとか。
「そうです。 ゼロから始められるとい
うことに魅力を感じました。 当時は物
流の枠組みがまだ決まっていなかった。
だから裁量の余地も大きい。 面白い仕
事ができると思ったんです」
――しかし、以前から花王は物流先進
企業として有名でした。
「もちろん当社には物流の実務につい
てはエキスパートがたくさんいました。
しかし実務ではなくマネジメントの視
点から見ると、当社には活用されない
まま埋もれている情報がたくさんあった。
そうした情報を物流管理に活用するこ
とでサプライチェーン全体を統合でき
ると考えました」
――情報活用というのは?
「毎日のトランザクションデータ、伝
票の一行一行の情報を全てデータベー
スに蓄積することから始めました。 それ
まで当社には部門間の壁があった。 例え
ば販社の取引情報であれば月の平均値
や合計値といった形でしか物流部門に
は把握できなかった。 それを誰もがデー
タマイニングができる形にして貯め込ん
でいきました」
――何のために?
「実は当初はそれによって具体的に何
ができるか、はっきりイメージできてい
たわけではありませんでした。 しかし検
討すべき問題が持ち上がった時に、過
去に遡って事実を振り返ることのでき
る環境は作っておきたかった。 いわばフ
ライトレコーダーです。 それがないと物
流における結果と原因を結びつけるこ
とができない。 マネジメントするにも手
のつけようがなかった」
――その後、九七年当たりから在庫水
準や物流コストが目に見えて改善して
いきました。
「その頃から蓄積したデータを色々と
活用することができるようになったんで
す。 とりわけSCMにとって大きかっ
たのは需要予測です。 それまでの販売
計画や生産計画には人の思惑や努力目
標などの情緒的な要素が多分に含まれ
ていた。 そうしたものを一切排除した
仕組みを作りたかったんです。 需要予
測システムが完成したことで我々の仕
事は全く変わりました。 今や当社にと
ってロジスティクスは未来を予測する
科学になりました」
調達計画
ベンダー 生 産 輸 送 拠 点 流 通
計画(P)
実行(D)
評価/見直し
(C/A)
生産計画 積送計画 在庫計画 販売計画
需要予測
モニタリング 仕組みの見直し
図1 花王は需要予測を軸にサプライチェーンの統合を成し遂げた
「事実に立脚して未来を予測する」
松本忠雄 花王 ロジスティクス部門統括執行役員
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