ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2004年11号
keyperson
入江仁之 ベリングポイント ヴァイスプレジデント

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

1 NOVEMBER 2004 KEYPERSON グローバル経営の進化論 ――ここにきてグローバル・ロジステ ィクスが新しい段階に入ってきたよ うに感じます。
単なる輸出入のオペ レーション管理ではなく、グローバル なロジスティクスの統合というテーマ に直面し始めた。
「ようやく『トランスナショナル戦 略』の段階に移ってきたということ でしょう」 ――それ、聞いたことがありますね。
「以前にもアナタに説明したことが ありますからね。
(本誌二〇〇二年一 月号三二〜三六頁参照)どうせ覚え ていないでしょうから、おさらいして おくと、多国籍企業の組織には発展 段階があります。
日本企業の場合は、 これまでグローバル化といっても実態 ます。
各国のニーズに合った多様な 製品を供給するために、権限を現地 に分散します。
食品やファッション など地域性や嗜好性の強い産業で多 く用いられてきました」 「グローバル戦略とマルチドメステ ィック戦略には、それぞれメリットと デメリットがあります。
それに対して 『トランスナショナル戦略』は双方の メリットだけを活かす。
ハイブリッド 化して『良いとこ取り』しようとい う狙いから開発された、グローバル な全体最適のモデルです」 ――思い出してきました。
しかし、ト ランスナショナル戦略は最終的なビ ジョンとして想定されているだけで、 具体的には実現されていない。
理念 に過ぎないという意見もあるようです。
「確かに、そう主張する経営学者も いるようですね。
しかし学者が何と 言おうと、実際のビジネスでは既に トランスナショナル戦略が実行に移 されています」 ――日本企業にとってもグローバル 化は円高が始まった八五年以降、一 貫して進んできています。
それが今 になって新たな段階に進みつつある のはなぜですか。
「直接的なトリガーになったのは 『9・11』でしょう。
米国政府が輸 出入貨物のセキュリティに関する法 規制を強めた。
以前のようなマネジ メントの精度では対応できなくなっ た。
一方でそれぞれの企業において もグローバル化のレベルが進んだ。
ま た在庫を絞ってパフォーマンスを向 上するという改革を続けてきた結果、 グローバル・ロジスティクスにおいて もリアルタイムのマネジメントが求め られるようになってきた」「日本企業も既に国内のサプライチ ェーン改革は完成の域に近づいてい ます。
しかし海外との連携という部 分は、これまでほとんど手がつけられ ていなかった。
従来はグローバル・ ロジスティクスと言っても、せいぜい 物流業者を叩いて輸送コストを削減 するという程度で、今やそれも限界 にきている。
そこでいよいよグローバ ルな全体最適が俎上にのぼるように としては日本で作ったものを海外に輸 出するというシンプルな形でした。
生 産を海外に移した場合でも意思決定 は本国に集中していた。
『インターナ ショナル戦略』と呼ばれる段階です」 「しかしその後、世界各国に活動が 拡がっていくと、グローバルな『統 合』が課題になってくる。
それを実 現しようとするのが『グローバル戦 略』です。
本社がグローバルなハブ になり、その下に各国の組織が横並 びになる中央主権型のモデルです。
世 界同一商品で生産も特定の国に集中 させる。
主に半導体のようなスケー ルメリットが求められる産業で用い られます」 「一方、グローバル戦略の対極にあ るのが『マルチドメスティック戦略』 です。
『マルチナショナル』とも呼び 入江仁之 ベリングポイント ヴァイスプレジデント THEME 「 ト ラ ン ス ナ シ ョ ナ ル 企 業 を 目 指 せ 」 多国籍企業の経営は本国を中心とした中央集権型から、世界規模で最 適化を図るネットワーク型に進化している。
「トランスナショナル」と 呼ばれるモデルだ。
従来は理念先行で実現不可能と言われていたモデル が今や実施に移されている。
その最新事情を本誌のかつての人気連載 「アングロサクソン経営入門」の続編として入江氏に解説してもらった。
(聞き手・大矢昌浩) NOVEMBER 2004 2 なった。
もちろん企業の業績が上向 いてきて、改革に必要な投資ができ る状況になってきたことも背景にな っています」 定石はシェアードサービス ――トランスナショナルを実現する上 で、どのような投資が発生するので すか。
「今や多国籍企業のサプライチェー ンでは原材料や完成品、サービス部 品、あるいは試作品といった様々な レベルのモノが、グローバルかつ複雑 に動いています。
こうしたモノの動き、 何がどこからどこへ運ばれているのか というデータを一元管理するシステ ムを構築する必要があります。
これ までは、それができていなかった」 ――情報システムを構築して在庫ス テータスを見えるようにした上で、具 体的にはどのような改革を行うので すか。
「もちろんプロセスを見直すんです。
例えばこれまで国内だけで回してい たサプライチェーンをグローバルに展 開しようとすれば、貿易のプロセス を改めて検討する必要が出てくる。
一 般に輸出入のプロセスには三〇もの 異なる組織が関わり、二〇〇項目以 上のデータが記載された四〇種類も の書類がそこでやりとりされている。
調べてみるとプロセス全体では、三 〇項目データが三〇回以上も重複し て処理されている。
また全体の六〇 〜七〇%のデータが再入力されてい る。
こうしたムダをなくすために、ド キュメンテーションの自動化という テーマで新しい仕組みを作っていく」 ――ずいぶん細かい話ですね。
それは 荷主企業が自分で改革する必要があ りますか。
フォワーダーや通関業者 に任せればいいのでは? 「そこまで自分で手を突っ込んでコ ストを削減しようという荷主企業が 増えてきているんです。
確かにそうし た輸出入業務はこれまで総合商社や 通関業者が手掛けてきました。
しか し、それを自動化すれば、まず商社 に払う手数料がいらなくなる。
実際、 日本でも大手メーカーの多くが既に 商社を切って自分で貿易業務を処理 するようになっている」 「さらに各国の関税や所得税が全体 最適になるように、グローバルなモノ の動きをコントールすることでキャッ シュフローを改善できる。
例えばタ イで作ったものをアメリカで売るとい った場合、アメリカ側で大半の利益 が出る形で輸出入業務を処理してい ると、大半が税金で持って行かれて しまう。
それを改めて、移転価格税 制に抵触しない形で税率の低いシン ガポールやドバイなどで利益が出る ようにすることで税コストが下がる。
これまでもヨーロッパ域内などでは、 そうした運用がされてきましたが、そ れをグローバルに行う」 「またドキュメンテーションの自動 化にはブランドイメージが傷つくこと を回避しようという狙いもあります。
輸出入業務の実行にはコンプライア ンスの問題、法令準拠の問題が絡ん できます。
軍事防衛上の法規制や、欧 州の環境規制に違反すると会社のイ メージだけでなく、多額の損害を被 ることにもなり兼ねない。
実際、日 系の某大手メーカーで一〇〇億円近 い損失を被ったケースもあると聞い ています」 ――そうしたトランスナショナルのお 高 低 高 世界規模の統合 地域別の統合 ※集中管理・生産統合 ※多国間ネットワーク ※本国中心、製品輸出 ※地域別独立 グローバル戦略 トランスナショナル戦略 インターナショナル戦略 マルチナショナル戦略 KEYPERSON 3 NOVEMBER 2004 手本になるような企業も既に現れて いるのですか。
「サプライチェーンの領域について はまだこれからです。
我々が現在、着 手している最中です。
しかし、経理・ 財務・人事・給与そして貿易処理と いったバックオフィスの領域では、例 えばGMはシェアードサービス企業と してACS社(Affiliated Computer Services )を設立し、そこに人材を移 管してグローバルに業務を集約してい ます。
同様にフォードもバステラ社 (VASTERA)に移管しています」 ――ロジスティクス機能も対象にな りますか。
「もちろんロジスティクス業務も今 後はこうしたシェアードサービスの対 象になってきます。
実際、欧米の荷 主企業はそのニーズを表明している。
これまでの国別、リージョン別のロ ジスティクス管理は必ずしも効率が 良くない。
ロジスティクスの領域で も『BRICs(ブラジル、ロシア、 インド、中国)』に移管できる業務は、 国やリージョンを超えて移管したほ うがいい。
それによって二〇〜三〇% のコスト削減が実現できる。
業務を シェアード化してグローバルに統合 することで、地球規模で最適なオペ レーションが実現できる。
まさにトラ ンスナショナルです」 統合と分散のコントロール ――業務をグローバルに統合しよう とすると、各地域の事情に合わせた カスタマイズをどうするかという問題 に必ず直面します。
トランスナショ ナル・モデルでは、そこはどうクリア されるのでしょうか。
「そのためにシェアードサービス企 業を親会社から切り離して事業会社 として独立させるんです。
多くの場 合、ACSやVASTERAのよう に株式を公開する。
そして独立した シェアードサービス企業は複数の会 社にサービスを提供する。
複数の会 社で重複して行っている業務を集約 することでコスト効率が高くなると いうロジックです。
つまりシェアード 化には業務の標準化と他社との共同 化という二つの側面があり、それを 両方実現しなくてはなりません」 「ただし、その場合でも何を統合し て、何を分散処理するかという議論 は出てくる。
そこで、まずサプライチ ェーンの全ての業務を『アクティビ ティ・ディクショナリー(活動辞書)』 と呼ばれるモデルに洗い出す。
その うち意思決定を支援する必要のある イベント・ベースの業務以外は基本 的にシェアード化の対象になり得ると判断できる。
後はそれぞれの活動 について、それがグローバルに統合で きるのか、それともリージョンで共有 するか、国別か、あるいはアウトソー シングするのかといった評価をしてい きます」 ――シェアードサービスによって共同 化が進めば、その領域では差別化は できなくなります。
「確かに環境は常に変化するため 『出口戦略』も重要になります。
いっ たんアウトソーシングした業務を、環 境次第で改めて社内に戻せるように、 アウトソーシング契約の段階で明確 にしておく必要がある。
実際、戻す ケースは出てきています。
その場合 でもシェアード化によって効率化が 進んでいれば、改革のメリットはあ ったということになる」 「もっとも機能が事業ごとに分断さ れている旧態依然とした会社では、シ ェアードサービスのような改革自体 が実行できない。
そういう会社に我々 がプロジェクトを提案しても無理。
だ から提案しない。
できる会社にだけ 私は提案する」 ――そんな。
冷たい。
「だから、そうした遅れた会社は部 門横断の改革を実行できるような組 織を作るところから始めればいいん です」――となると一般的なSCMのプロ ジェクトを一段落させて、次に進も うという段階で初めてトランスナシ ョナルがキーワードになって来るわけ ですね。
「そうなりますね。
本誌の中心読者 であるロジスティクス担当者やロジ スティクス業者も、今後はそうした 文脈の中で自分の仕事を位置付ける 必要が出てくると思いますよ」 いりえ・ひろゆき ベリングポイン トヴァイスプレジデント産業事業 本部(Products LOB)統括任者。
ハーバード大学留学後、外資系大手 コンサルティング会社を経て現職。
日本におけるSCM分野の第一人者 として認識されている。
公認会計士。
システム監査技術者。
主な著書訳書 に「市場をリードする業務優位性戦 略:実践サプライチェーン」(ダイ ヤモンド社)「インターネット資本 論:21世紀型の資産形成」(富士通 経営研修所)などがある。

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