ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2004年11号
ケース
雪印乳業――SCM

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

NOVEMBER 2004 42 戦略的に不可欠だったSCM 雪印乳業が二〇〇三年度の連結決算で四 年ぶりの経常黒字化を達成した。
同社は集団 食中毒事件と子会社による牛肉偽装事件の影 響で経営不振に陥り、二〇〇一年三月期から 三期連続で経常赤字になっていた。
それが二 〇〇四年三月期には三十三億円の経常黒字 を確保。
経営再建がそれなりに進んでいるこ とを結果で示した。
雪印は事件後、経営体制を一新するととも に「新再建計画」を進めてきた。
主力事業の 市乳部門をはじめアイスクリーム、冷凍食品 などの事業部門を切り離し、本体に残ったバ ター・チーズなどの乳食品(乳製品)事業の 収益改善によって経営再建を果たすという内 容だ。
そのなかで再建への一里塚としてきた のが「二〇〇三年度の黒字化」だった。
この目標を達成するために同社は、事業構 造改革などの経営改革の一環として昨年、S CMシステムを構築した。
工場で製造してか ら店頭へ出すまでのリードタイムを短縮し、 在庫の圧縮や、賞味期限切れによる廃棄ロス の防止を図る。
それによって収益力を高め、 当面の経営目標である「二〇〇三年度の黒字 化」に貢献していくためだ。
さらに中長期的な視点としては、短いリー ドタイムで市場に商品を供給できるオペレー ションを確立することで、より賞味期限の短 い商品を新たに市場に投入するための基盤を 再建の切り札はサプライチェーン改革 物流体制の見直しで在庫偏在を解消 雪印乳業は昨秋、SCMシステムを導入 した。
それからわずか半年でプロセスチー ズ・マーガリンの在庫を4割減らし、廃棄 ロスも7割削減。
大きな成果を上げて4年 ぶりの黒字決算に貢献した。
今年は賞味期 限のより短い商品群のリードタイム短縮に 取り組み、一層の収益力アップに挑む。
雪印乳業 ――SCM 43 NOVEMBER 2004 整備する狙いもあった。
こうした新規需要の 開拓による売り上げ拡大という側面からも、 再建への道筋を開くうえで欠くことのできな い要件としてSCMを位置づけている。
SCM構築の実務は、SCM企画グループ という専任組織が担っている。
同社は二〇〇 二年七月に組織改革を行い、乳食品事業部 の生産管理部、酪農資材部、物流部、生産 技術担当の各部門を「需給調整部」に統合し た。
これによって調達・生産管理・需給調 整・物流機能を同部に一元化し、このときに SCM企画グループも発足した。
その半年後の二〇〇三年一月には、「需給 調整部」を二つの部署に分割。
需給調整や在庫配分などを担当する「SCM推進部」と、 物流企画や地域の物流組織の管轄にあたる 「ロジスティクス部」を発足し、SCM企画 グループがSCM推進部に属する現在の組織 になった。
「日遅れ品」と「欠品」に重点 SCM構築の初年度だった昨年は、SCM システムの対象として、乳食品事業の商品群 からプロセスチーズとマーガリンを選んだ。
家庭用と業務用を合わせて五〇〇〜六〇〇品 目の商品群だ。
横浜、厚木、関西など本州の 四工場で生産されている。
同社では、まず二〇〇三年一〇月にこれら のカテゴリーにSCMシステムを導入し、そ の稼動によって二〇〇四年三月期決算までの 半年間に、対象商品の在庫を五割削減し、棚 卸資産を一〇億円削減するという目標を掲げ た。
つまり「二〇〇三年度の黒字化」という 目標に向けて、短期間で大きな成果を上げる ことが求められていたのだ。
昨年一〇月、雪印は予定通りSCMシステ ムを稼動させた。
このシステムは、計画サイ クルを従来の月次から週次に短縮し、毎週、 三カ月先までの製品の需要予測を日別に行っ て生産・出荷計画を立て直すというものだ。
システム開発費は最小限に抑えた。
実際の業務では、SCMシステムが算出し た予測値を、営業や生産などと情報を共有し ながら固めていく。
まず、この予測値を営業部門が支店別に作 成した販売計画と照らし合わせて、乖離して いる場合には、企画グループの「アナリスト」 と称する担当者が主催する生販調整会議で調 整して計画を確定する。
この確定値をもとに 日別の生産計画・在庫移動計画を作成し、さ らに生産管理システムとの連動によって、工 場の日別・時間別・ライン別の生産計画に落 とし込んでいくという流れになる。
システム開発に当たって最も重視したのは 「日遅れ品」と「欠品」の防止だった。
「日遅 れ品」とは、顧客に納入可能な期限を過ぎて しまった商品のことをいう。
商品には賞味期 限があるが、小売りチェーンでは店頭での販 売期間を考慮して、メーカーや卸に対して、 納入期限を賞味期限の三分の一から四分の一 以内に設定している。
この期限を過ぎた「日 遅れ品」は、出荷することができず廃棄処分 するしかない。
また「欠品」の発生も販売ロ スにつながる。
これらを防ぐために、SCMシステムで毎 週、一カ月先の製品の動きをシミュレーショ ンして、「日遅れ」や「欠品」になりそうな 商品をアラームで知らせるようにした。
アラ ームの出た商品については、生販調整会議で 生産・販売・輸送の調整を行い、翌週の計画 を修正する。
こうした工夫によって「日遅れ 品」や「欠品」が出ないようにした。
そして、このSCMシステムは、稼動から ■SCM推進部の創設による組織改革 SCMアナリスト SCMプランナー (チーズ担当/油脂担当) SCM推進部 資材調達担当 営業部企画担当 各工場生産計画担当 乳食品営業部・業務製品営業部 わずか一カ月足らずで早くもその真価を問わ れる機会に遭遇することになる。
優勝セールで力量示す 昨年の一〇月下旬、福岡ダイエーホークス がプロ野球リーグ戦で日本一になり、ダイエ ーの全国の店舗で優勝セールが行われた。
そ の対象品に、雪印の商品のなかでは比較的販 売量が少なく、工場の生産能力の弱い商品も 含まれていた。
これまでなら大幅な販売数の 変動で大混乱に陥るところだったが、SCM システムによって短時間で生産変更や在庫の 移動配分を行うことができたため、他店への しわ寄せもなく迅速に対応できた。
「あの一件で、SCMシステムに大変な力 があることを社内に強く印象づけることがで きた」とSCM推進部企画グループの松本卓 夫課長は振り返る。
さらに、販売のピークとなる年末商戦への 対応でもSCMシステムが威力を発揮した。
ピーク時の販売量が工場の生産能力を超える ため、例年であれば、一〇月ごろから各工場 が増産体制に入り、早くから在庫の積み増し を行っていた。
しかも、ピーク時に欠品が生 じるのを恐れて多めに生産する傾向があった ため、年明けにはいつも在庫が余っていた。
年末商戦の前後には在庫の山ができる、とい う現象が常態化していたのだ。
だが昨年は違った。
シミュレーションによ って在庫の推移を見ながら十一月まで増産開 始のタイミングを先送りすることができた。
しかも年明けに過剰在庫を抱えることもなか った。
このため商品の鮮度は上がり、保管料 も節減できた。
システムが稼動した当初こそ、「日遅れ」や 「欠品」のアラームがしばしば出ていたが、や がてその回数は減り、生販の調整にも時間が かからなくなった。
SCMシステムは軌道に 乗った。
そして半年後の決算までには、ほぼ目標通 りの成果を上げることができた。
まず在庫に ついては、システムの管理対象品の平均在庫 数量が前年比で六割となり四割減った。
主力 品では前年比で五割を切っており、目標以上 の数値を達成した。
予想以上に効果が大きかったのが「日遅れ 品」の削減だった。
システムの導入によって 前年同期より七割も削減することができた。
通常の商品については、ほとんどゼロに近い 水準になっている。
残る三割は、そもそも需 要予測が困難な新商品で、初回投入数を読み 誤って在庫が余ってしまうケースだ。
この他にも、「数字ではとらえにくいが、欠 品防止による売り上げ増の効果もかなり大き かったはず」と松本課長は分析する。
SCMシステムの導入後、欠品も大幅に減 った。
SCMシステムを使えば、欠品が起こ りそうな商品を事前に察知したうえで、生産 数量をどれだけ増やすと日別の在庫水準がど うなるかを、わずかの時間でシミュレーショ ンすることができる。
このため計画の変更が 容易で、工場も情報をもとに生産量を変える 判断ができ、欠品に対して迅速に対応できる ようになったためだ。
?親倉庫〞経由の補充で逆転防止 もっとも半年という短期間でこれほどの成 果を上げることができたのは、情報システム だけの力ではない。
SCMシステムの稼動に 先立って実施した、物流体制の大幅な見直し によるところが大きい。
同社では従来、支店ごとの独立採算制のも とで、支店が独自に在庫管理を行いながら工 場に対して補充要求を行ってきた。
プロセス チーズやマーガリンは、四工場で生産した後、 北海道・東北・関東甲信越・中部・近畿中 四国・九州の六地域の統括支店が、それぞれ 全国六カ所の外部委託倉庫に保管し、販売先 へと出荷していた。
だが、こうした分散管理方式では在庫の偏 在が起こりやすい。
しかも日付管理の必要な NOVEMBER 2004 44 SCM推進部企画グループの松本 卓夫課長 45 NOVEMBER 2004 同社の商品の場合、偏在によるロスはより大きくなる。
地域によって商品の売れ行きに差 が出て、仮にある商品が関東で欠品を起こす 一方で、東北では在庫が余るという現象が生 じたとしても、関東で先に売れたものよりも 日付が古ければ、東北の在庫を関東に回すこ とはできない。
地域間の在庫偏在を在庫移動 によって解消することが難しく、このことが 「日遅れ品」の発生要因にもなっていた。
そこで、支店に分散していた在庫管理を、 SCM推進部に一元化して集中管理方式に 切り替えるとともに、日付の逆転が起こらな いように供給ルートの変更を行った。
従来は四工場から六カ所の拠点へそれぞれ 供給していたのに対して、新方式では供給を 東西に分け、六カ所のうち関東と関西地区の 拠点を東日本と西日本の親倉庫とし、工場か ら親倉庫を経由してその他の四つの拠点(子 倉庫)へ供給するかたちにしたのだ。
子倉庫 へは設定した基準値をもとに補充を行う。
こ の方法なら、あとから補充する商品の日付の 方が必ず新しくなり、日付のバラツキを解消 できる。
また各地の在庫も設定値をもとに一 元管理しやすくなる。
雪印では、昨年の八月から一カ月かけて子 倉庫となる地方の倉庫の在庫を調整し、それ 以前には二〇〜三〇日分あった在庫を、五日 分まで減らした。
この在庫日数を子倉庫の基 準在庫に設定した上で、九月一日に新物流体 制を一斉にスタートした。
つまり物流を新体 制に切り替えた時点ですでに、在庫圧縮がか なり進んでいたのだ。
この新体制によってあらかじめ基準在庫を 大幅に減らしたうえで、一〇月から満を持し てSCMシステムが稼働した。
SCMシステ ムでは、このスタート時の五日という在庫日 数を管理目標に運用して、在庫が増えないよ うに絶えず監視を行い、倉庫を経由して補充 する仕組みのなかで日付管理を徹底しながら 「日遅れ品」を排除してきた。
SCMシステ ムが機能を発揮して充分な成果を上げるうえ で、新しい物流体制への切り替えは欠かせな い要件だったわけだ。
親倉庫から子倉庫への横持ち輸送が新たに 発生した分、輸送コストは上昇した。
だが 「在庫削減や日遅れ品排除などによるコスト 削減効果は、それをはるかに上回った」と松 本課長は言う。
クロスドッキングも採用 今年四月にはこの体制をさらに進め、中部 の在庫を全廃し、関西の西日本倉庫(親倉 庫)からクロスドッキング方式で直接配送す るようにした。
実はこれは、在庫管理をSC M推進部に一元化するのに伴う当初からの構 想だった。
ただ当初は、在庫を撤収される側の支店に 売れ筋商品を安定確保できなくなるのではと いう不安があった。
このため支店間で、欠品 が出た商品の販売数量の割り当てや、日遅れ ■新物流体制の導入前と導入後 導入前 販売計画 導入後 販売計画 お取引先 生産計画 出荷転送計画 お取引先 東日本 生産工場 西日本 生産工場 東日本 生産工場 西日本 生産工場 ?工場 [製造] ?工場 [製造] ?地方倉庫 [保管] ?倉庫 保管 在庫調整 ?基幹倉庫 保管 在庫調整 東日本 倉庫 西日本 倉庫 北海道 倉庫 東北 倉庫 中部 倉庫 九州 倉庫 NOVEMBER 2004 46 品の処理費用分担などについてのルールを決 め、これに則って半年間、SCMシステムを 運用し、システムへの信頼性が実証されたう えで実施に踏み切った。
関西に中部地区の在庫も持つことになるた め、その分在庫が増えることも予想していた が、実際には需給の調整範囲が広がって変動 を吸収しやすくなり、撤収した分がそのまま 在庫削減につながった。
この結果、見込みの 二倍近いコスト削減効果が出たという。
今年 の秋には東北地区の在庫も同様に、関東地区 に集約する予定だ。
さらにリードタイム短縮へ 一方、SCMシステムの構築も今年、第二 ステージに入った。
舞台を本州から同社の主 力工場が集まる 北海道に移し、 ナチュラルチー ズやバターの商 品群でスタート した。
すでにシステ ムが稼働してい るプロセスチー ズの代表的な商 品「スライスチ ーズ」は賞味期 限が二七〇日あ る。
これに対し て、ナチュラルチーズは総じて賞味期限が短く、なかには「フレッシュチーズスノーブラ ン」のように六〇日という商品もある。
この 商品は小売店への納入期限が製造日から二〇 日以内。
従って製造してから一〇日〜二週間 で出荷しなければならない。
これまでもなんとかこのリードタイムでこ なしてはきたが、緊急便を仕立てるなど無駄 なコストの発生が避けられなかった。
負荷を かけずに、より短いリードタイムで高速回転 できるオペレーションを確立して、これらの 商品の収益力を高める必要がある。
そのため にこの商品分野でもSCMシステムの構築に 着手した。
「将来、もっと賞味期限の短い商 品でも市場に投入できる体力をつけたい」と いう松本課長の言葉通り、中長期的な狙いも ある。
第二ステージのSCM構築には、対象商品 の賞味期限の他にも難題が待ち受けている。
雪印の北海道工場では一般製品のほかに、 乳飲料などの加工原料となる業務用のバター や脱脂粉乳も生産している。
いずれも原料は 牛乳で、牛乳は年間契約によって生産者から 引き取る数量が決まっているため、SCMの 導入には難しい問題がからむ。
仮にSCMシ ステムがうまく機能して、ナチュラルチーズ など一般製品の在庫圧縮に成功したとしても、 原料の牛乳が余った場合には、代わりに脱脂 粉乳などの生産量を増やさなければならず、 その分の過剰在庫が発生してしまう可能性も ある。
従来は、業務用のバターや脱脂粉乳は自社 の市乳工場で加工乳などの原料として使って いたため、市乳事業との調整でバランスをと ることも可能だったが、経営再建の一環で同 事業を分割した現在では、もはやそれはでき ない。
再建に向けた事業の再構築によって、 雪印はこのジレンマを負うことになってしま ったのだ。
北海道工場のSCM構築は、これらの業務 用バターなども対象にしており、昨年の第一 ステージに比べてはるかにハードルは高い。
この問題はこれまで、原料配分をどう最適化 するかという、いわばSCMとは逆の発想で 取り組んできたテーマだ。
「課題が多く一筋縄ではいかない。
だが原 料の牛乳をどう配分すれば最も利益が上がる かというロジックに、市場にはこれだけ需要 があるという情報をぶつけて、最適な解を出 すためのベースになる仕組みを何とか構築し たい」と松本課長。
乳製品分野では今後、WTO交渉での関税 引き下げとそれに伴う輸入品との競争激化が 予想される。
経営再建を果たした後もなお、 同社にとっては険しい道のりが続くと見ざる を得ない。
屋台骨ともいえる北海道工場にお ける生産基盤の強化は緊急の課題だ。
SCM 構築の第二ステージには、その期待もかかっ ている。
(フリージャーナリスト・内田三知代) ■計画リードタイムの短縮 販売計画 製造 物流 1カ月 1週間

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