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事例で学ぶ
現場改善
日本ロジファクトリー
取締役 黒澤明
NOVEMBER 2004 74
贅沢な保管スペースが仇に
今回はゴム製品の製造卸売業D社の物流改善
をご紹介する。 まず、D社の概要について説明
しよう。 売り上げ規模は約四〇億円。 生産体制
は関西本社工場で約六割を生産し、残り四割を
中国の外注工場で生産している。 物流拠点は関
西本社工場に併設された関西物流センターのほ
か、関東と九州にそれぞれ在庫型物流センター
を設けている。
関西本社工場で生産した製品は関西物流セン
ターを経由して、関東・九州それぞれの物流セ
ンターに輸送する。 また中国で生産した製品の
うち、大ロット品はそれぞれ現地から三センタ
ーに直送。 それ以外の比較的取り扱い量の少な
い製品については関西物流センターに在庫し、必
要に応じて関東・九州に送る。
基本的に九州地区の配送先については九州物
流センター、九州を除く西日本地区が関西物流
センター、東日本地区を関東物流センターが受
け持っている。 ただし、関東・九州物流センタ
ーで欠品している注文には関西物流センターか
ら顧客に直送する場合もある(図1)。
今回、当社NLFがD社から依頼されたのは、
基幹センターとなっている関西物流センターの
業務の見直しとコストダウンだった。 事前のヒ
アリングによると、それまで売り上げの伸びにし
たがって場当たり的にスペースを増設してきた
が、業務プロセスの見直しなどはほとんど行っ
ていなかった。 その結果、物流品質の低下とコ
ストアップを招いている、とのことだった。
実際に現地を視察してまず感じたのは、敷地
の広大さとその贅沢な使い方である。 関西本社
工場および関西物流センターの敷地面積は、あ
わせて一万五〇〇〇坪。 その中に三棟の工場、延
べ約四〇〇〇坪を擁している。 三棟の工場ごと
第23回
実在庫と理論在庫が合わない。 注文を引き当てるのに、いちいち倉庫まで行
って商品を確認する必要があった。 しかも在庫は広大な敷地に点在している。
自転車を使って敷地を走り回る受注担当者。 非効率の原因は物流品質にあった。
投資抜きのアナログな改善が始まった。
製造卸売業D社の物流品質改善
図1 � 勅劼諒��詰�
九州物流センター 関東物流センター
中国外注工場 関西本社工場
関西物流センター
顧客(小売店)
関西本社工場からの物流
中国外注工場からの物流
75 NOVEMBER 2004
筆者が視察した十時過ぎ時点では、電話・F
AXで入ってくるオーダーを女性事務員が忙し
そうに受注入力を行っていた。
オーダー締め切り時間の午前十一時が過ぎ、オ
ーダーの集計が終わり内容を確認すると、女性
事務員のひとりがコンピュータ画面を切り替え、
在庫の引き当てを開始した。 その事務員はオー
ダーの引き当て表をプリントアウトして、席を
立ち上がり「在庫の確認に行ってきます!」と
一言告げて、事務所の前に止めてあった自転車
にまたがり颯爽と走っていった。
もうひとりの女性事務員にたずねてみると、コ
ンピュータ上の在庫はあまり当てにならないの
で、在庫の残りが少ない製品については実際に
倉庫に確認しに行くことがよくあるという。 結
局、自転車で事務所を出て行った女性事務員が
数アイテムの実在庫の確認をして戻ってきたの
は、およそ二〇分後のことだった。
コンピュータ上の在庫と実在庫に差異があり、
引き当てのために実際に在庫を確認している企
業は少なくない。 しかし図2に示したとおり、D
社の倉庫は一万五〇〇〇坪という広大な敷地に
点在している。 例えば本社事務所から一番遠い
ところに位置する「S3」までは直線距離でも
一〇〇メートル以上ある。
在庫を確認に行く作業だけでも大きな負担と
なっているようだった。 その後、ようやく在庫の
引き当てが済み、出荷指示がかけられたのは正
午をまわってからのことだった。 お昼休みの約
一時間、プリンターは休みなく出荷指示書をは
きだしていた。
そして午後、視察は「出荷」の工程へと入っ
に保管用スペースが併設されている。 このほか
中国生産分の保管スペースとして二棟、計五棟・
約一八〇〇坪の倉庫が設けられていた(図2)。
D社物流課長の説明を受けながら、広大な敷
地内を見学した。 通常、物流現場の視察を行う
場合、まず敷地内をサッと一周して事務所・倉
庫・出荷レーンなどの大まかな位置関係を把握
する。 その上で、「受注」→「出荷指示」→「出
荷」といった一連の物流の流れに沿って視察を
進めていく。 今回はサッと一周するのに約二〇
分を要した。
その後、「受注」の工程から視察を始めた。 物
流課長の説明によると、D社は基本的に午前十
一時でオーダーを締め切り、当日午後から出荷
する当日発送、いわゆる「D1方式」をとって
いた。 顧客(各店舗)からのオーダーには電話・
FAX・EOSの三つの方法がある。
図2 � 勅卷楴匚�譴�茲喨��札鵐拭捨��
本社
事務所棟
第1工場 第2工場
第3工場
出荷レーン
S1 S2
S3
S4 S5
ていった。 出荷業務は男性社員八人で対応して
いた。 この八人の午前中の作業内容を物流課長
に確認すると、以下のような説明を受けた。
●関東物流センター・九州物流センターへの出
荷
●中国からの入荷
●敷地内の本社工場からの入荷
●その他の雑務
それを聞いて筆者は「午前中の業務も次の段
階では改善対象になりそうだ」と考えながら出
荷作業を眺めていた。
職人芸のピッキング
D社の出荷の概要は以下の通りとなっている。
D社取り扱いアイテム数:約五〇〇〇SKU
一日平均出荷量 ケース出荷:約六〇〇ケース
ピース出荷:約一五〇〇ピー
ス
一日平均オーダー件数:約一六〇件
一日平均オーダー行数:約八〇〇行
保管:S1からS5の倉庫はそれぞれカ
テゴリーごとアイテムごとにロケーション
管理の下に保管されている
出荷指示書には「納品先」「出荷明細」「ロケ
ーション番号」が載っていた。 物流課長の説明
では一件ごとのシングルピッキングで行われてい
NOVEMBER 2004 76
になっている。 在庫差異が多発する原因を訊ね
ると、物流課長は「ピッキングミスが多く発生
しているためだ」という。 こうした場合には確
認作業自体を効率化するのではなく、在庫差異
の根本であるピッキングミスを少なくすることに
より在庫差異を最小限に食い止める必要がある。
通常、投資が可能であるならピッキングミス
を減らすには、HT(ハンディ・ターミナル)に
よるバーコード検品の導入が考えられる。 しか
しD社の製品は小売店へ流通しているものの、J
ANコードおよびバーコードが付いていない。 そ
の場合でもDPS(デジタル・ピッキング・シ
ステム)なら対応できるが、今回D社には投資
の考えがなかった。
そこでアナログな改善に取り組んだ。 まず、ピ
ッキングミスの数値化を行った。 それまでD社
では物流品質の指標が数値化されていなかった。
ピッキングミスが多いという感触はあっても、そ
れが具体的にどれだけ発生しているかは集計し
ていなかった。 もっとも現時点で必要以上に詳
細に調査しても時間ばかりかかってしまう。
とりあえず物流課長へのヒアリング等により
一日あたりに発生するピッキングミスを、一~
二件と弾いた。 一日平均オーダー行数が約八〇
〇行であることから現状のピッキングミス率は
〇・二五%ということになる。 これを現状の数
値として、〇・一%以下に低減するという改善
目標を立てた。
それから具体的な改善策を打ち出した。 まず
ピッキングミスが起こりそうな類似商品のロケ
ーションを変更した。 また朝礼で過去に起こっ
たピッキングミスを事例で紹介したり、ピッキ
ングミスの件数と原因を個人別・商品別に集計
し掲示するといった取り組みを進めた。 目標を上回る改善効果
次に「問題点2」の改善と併せて出荷指示書
の出力順をロケーション順に変更した。 これに
よって作業員は職人芸的な判断をする必要がな
くなり、指示書どおりに作業を行えばよくなっ
た。 ピッキングの漏れや重複の可能性を減らす
ことができた。
ピッキング方法も修正した。 「問題点3」に挙
げたように「カテゴリー毎・アイテム毎」という
保管方法を、シングルピッキングで処理すると、
ピッキング一件当たりの作業動線、すなわち歩
く距離は長くなる。 その結果、作業者は慌てた
状態で作業を行うことになり、疲労も進む。 そ
るようだ。 ある出荷作業員に注目して出荷の流
れを把握しようと様子を伺った。
その出荷作業員はS1倉庫から二ケース、S
2倉庫に移動して別の製品を二ピースと六ピー
ス、S3倉庫から六ケース、S5倉庫から五ピ
ースをピッキングした。 次にピース単位の製品
を一ケースにまとめ、方面別出荷レーンにパレ
ットを置き、その上にそれらのケースと出荷指
示書を置いた。 そして次の出荷指示書を持って
またS1倉庫へ向かっていった。
一回のピッキングの総移動距離はざっと一〇
〇メートルといったところだ。 しかも、出荷指示
書の出力順はロケーション番号順ではなく商品
コート順に出力されている。 それを出荷作業員
は器用に順不同でピッキングしている。 ベテラ
ン作業員の「たくみの技」を見た気がした。 こ
の他にも同センターには多くの改善すべき課題
が見られた。 そのうち今回取り上げた問題点だ
けをここでまとめてみよう。
問題点
1
.
コンピュータ在庫の信憑性が低いために受注
の際に倉庫まで行って在庫があるか確認する
作業が行われている
2
.
出荷指示書の出力順がロケーション番号順で
はなく商品コード順に出力されている
3
.
S1からS5の倉庫はロケーション管理の下
に、カテゴリーごとアイテムごとに保管され
ており、出荷はそれぞれの倉庫からシングル
ピッキングで行われている
「問題点1」の確認作業は在庫差異の発生が元
図3
本社
事務所棟
第1工場 第2工場
第3工場
出荷レーン
《改善前のピッキング動線》
S1 S2
S3
S4 S5
このように敷地全体を移動して行っていたピッキングが、S5倉
庫に在庫を集約することによってピッキング作業の約90%が
S5倉庫内で完結するようになった。
77 NOVEMBER 2004
れがピッキングミスを引きおこす原因の一つに
なっていることが推測できた。
そこでミスの削減と作業効率の向上のため、S
5倉庫を新たにピッキングゾーンに変更。 各倉
庫の主な製品の一日出荷分相当を始めにS5倉
庫に移動し、集中的にピッキングできるように
ロケーションを改めた。
ここまでの改善策をまとめると次のようにな
る。
1
.
ピッキングミスの数値化
2
.
ピッキングミスが起こりそうな類似商品のロケ
ーションの変更
3
.
朝礼でのピッキングミス事例報告
4
.
ピッキングミスの件数と原因を個人別・商品
別に集計し掲示
5
.
出荷指示書の出力順をロケーション順に変更
6
.
S5倉庫をピッキングゾーンに変更(各倉庫
の主な製品の一日出荷分相当をS5に設置)
このうち1~5までの改善策によって、一年
後にはピッキングミス率は当初目標として設定
した〇・一%を凌ぐ〇・〇八%まで改善された。
これによってコンピュータ在庫と実在庫の差異
が改善され、女性事務員が在庫の引き当てを行
う前に、実際に倉庫に在庫を確認しに走り回る
といったこともなくなった。
また6の改善策によって主な製品のピッキン
グは、ほとんどS5倉庫だけで完結し、ピッキ
ング一件当たりの動線は約六〇%短縮した。 そ
の結果、以前は出荷量の多いときには物流課長
まで駆り出し、作業員が残業して処理していた
ものが、出荷量の多いときでも定員の八名で定
時以内に作業が終了するようになった。 さらに
出荷量の少ないときには一~二人少ない人数で
も対応できるまでになり、時間外の残業や休日
出勤として支払われていた人件費年間約六〇〇
万円が削減された。
D社の物流改善はこの後もS5倉庫のピッキ
ングゾーンのロケーションを半年ごとに見直し
を行っている。 これと並行して調達物流の見直
し、三カ所の在庫型物流センターの在庫配置の
見直し、物流センターから小売店への配送の集
約化など、継続的に大小さまざまな改善活動を
行い、成果を出している。
ロケNo 商品No 品名 数量
図4
改善前
従来のピッキングリスト
1
2
3
4
5
A
B
C
D
E
商品No. 品名 数量
ロケーションに連動させた棚番地表示付ピッキングリスト
による作業動線の短縮
シミュレーション?:リスト出力順にピッキングを行う
動線が複雑に入り乱れ、総移動距離が長くなる
動線は単純で総移動距離は短くなる
改善後
ロケーションに連動させた棚番地表示付ピッキングリスト
シミュレーション?
B D E A C
B D E A C
a-1 a-2 a-3 a-4 a-5
a-1 2 B
a-2 4 D
a-3 5 E
a-4 1 A
a-5 3 C
くろさわ・あきら 一九六四年生まれ。 大阪電気通信大
学中退。 学生時代に数々のベンチャービジネスを行い、
八六年ICSサプライ株式会社入社。 法律事務所、会計
事務所向けOA機器・サプライ用品等の営業活動に携わ
る。 八九年 関西定温運輸有限会社(福岡運輸グループ)
に入社、九四年 日本フード物流株式会社(日本ハム株
式会社物流子会社)設立参画を経て、日本ロジファクト
リーの創業メンバーとなる。
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