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NOVEMBER 2004 52
海運最大手である日本郵船の株価は堅調
ではあるが、二〇〇三年秋以降、大手三社の
中で最も低位にとどまるなど、相対的に厳し
い評価を受けている。 海運業界を取り巻く良
好なファンダメンタルズの恩恵を受けて、会
社計画では今期に過去最高益の更新を見込
んでいるが他社に比べ増益率が見劣りしてい
るためだ。 物流や客船といった関連事業で苦
戦を強いられていることが株価推移に大きく
影響している。
ここ数年、同社は関連事業の強化に経営の
主眼を置いてきた。 現在、関連事業の売上構
成比は全体の四割弱を占めており、同業他社
の二割弱という水準を大きく上回っている。
関連事業の育成に力を注いでいることは、「財
務の健全性」と並んで同社の特徴の一つと言
える。 いまでこそ、関連事業は市場でマイナ
スの評価を受けているが、今後の進むべき方
向性としては間違っていない。
八〇年代後半以降のアジア系海運会社の
台頭といった経営環境の変化に対応するため、
単体人員の削減や外国人船員の積極活用、不
経済船の入れ替えと船隊大型化による輸送費
削減などコスト構造改革を進めてきた。 それ
によって業界内での競争力が高まり、一定水
準の期間損益を計上できるようになったこと
で、海運業中心の事業戦略から、陸上および
航空を含めた総合的な物流サービスの提供へ
と事業戦略を転換できるようになった。
現行の経営計画「Forward120
」(〇三〜
〇四年度)においても、バルク&エネルギー
輸送のグローバル化とともに、総合物流事業
の強化を重点課題の一つに掲げている。 とり
わけ、グローバルサプライチェーンの大動脈
としてのコンテナ輸送部門、部材のアイテム
単位での管理・輸配送を担う物流部門に加
え、裾野の広い業態である自動車輸送部門を
組み合わせることで、複合的なソリューショ
ンを提供できる体制を目指している。
今春に発表した物流セグメントの中期経営
計画「LSP―?」(〇四―〇六年度)」は、中
期的な収益のカギを握るものとして注目度が
高い。 その中で同社は中国での自動車関連ビ
ジネスの拡大を課題の一つに挙げている。 具
体的には上海・大連・天津・広州といった
拠点を軸に、中国国内での輸送を効率化する。 さらに将来は集荷や通関業務にまで事業領域
を拡げ、完成車・部品輸出を含む一貫輸送
体制を構築する計画だという。 中国では日系
メーカーによる現地生産の拡大が予定されて
おり、ビジネスチャンスは拡がっていくので
はないだろうか。
関連事業強化を打ち出す
物流セグメントの〇四年三月期の経常利益
は三二億円だった。 子会社の航空フォワーダ
ー、郵船航空サービス(以下、YAS)の利
益貢献が六七億円であったのに対し、その他
の物流子会社は三五億円のマイナスとなった。
これを〇七年三月期にYASで七五億円、そ
第7回
日本郵船
日本郵船の当面の課題は、海運事業と物流セグメントのシナ
ジー効果の拡大や客船ビジネスの再建策などによって、関連事
業の収益力を向上させることだ。 他社に比べ見劣りする増益率
の改善が進めば、株式市場での評価も高まる。 市況に左右され
にくい新たな収益基盤づくりが求められている。
一柳創
大和総研
企業調査第一部アナリスト
53 NOVEMBER 2004
の他の物流子会社で七五億円の計一五〇億
円まで改善することを目標としている。
しかし労務コストの現地化、人的資源の確
保、投資負担の増大といった点が今後の課題
として残されており、目標値の達成にはやや
不安が残っている。 当面の課題はYASを除
くその他の物流子会社の収益改善となりそう
だ。 得意とする自動車物流の拡充や、アセッ
ト整備での先行メリットがあることが、海運
市況の変動リスクを吸収できるか。 諸施策の
進捗状況を見極めていきたい。
もう一つのポイントは、客船事業の建て直
しであろう。 SARS等によるクルーズ需要
の低迷から、〇三年度の経常利益は前年度
比四六億円のマイナスとなり、六六億円の赤
字を余儀なくされた。
〇四年度はコスト削減
効果などにより、三二
億円の改善が見込まれ
るものの、三四億円の
赤字となるもよう。 旅
客需要の回復の遅れか
ら、期初計画を下回っ
ている点と併せて、留
意する必要がある。 同
事業の位置付けを含め
て、今後の戦略を見直
す時期に差し掛かって
いるではないだろうか。
主力の海運セグメン
トの収益水準は着実に
切り上がっている。 経
常利益は〇二年度が四二九億円だったのに対
し、〇三年度は七六九億円、〇四年度は会社
計画で一一二九億円と業績回復は顕著であ
る。 欧米の堅調な消費動向に加え、中国によ
る鉄鉱石・石炭・原油需要などの高まりを背
景に、海上貨物の荷動きが拡大基調を維持し
ていることが船腹需給のタイト化につながっ
ており、高水準での市況推移を支えている。
日系荷主による中長期契約を主体としてき
たバルク&エネルギー輸送では、鉄鉱石輸送
を主とするケープサイズバルカーやLNG船
の三国間輸送の強化といったかたちで、成長
が見込まれる中国・アジア市場、そして事業
ウェイトが相対的に低かった大西洋地域への
積極展開が進められている。 コンテナ船事業
も、総合物流の一翼を担うものとして、存在
感を増していることから、今後も増収基調を
維持するものと考えている。
〇四〜〇七年度の累計新規投入船隊は一
三一隻、船価総額六〇〇〇億円強を予定し
ている。 〇六〜〇七年頃までの造船所の建造
キャパシティが概ね埋まっていることから、
建造コスト自体が高止まりする可能性がある
こと。 その一方で想定外の供給増につながる
リスクは小さくなった点が指摘できる。 船価
上昇局面に先駆けて実施した新造発注、既
保有船隊の価値上昇などを通じ、競争力のあ
る船隊整備や安定収益源の拡充が進むと判
断している。 また、継続的な合理化施策によ
り、過去五年間で三六〇億円、今期も八〇億
円程度のコスト削減効果が得られる見通しで
あることも収益基盤強化に結びついている。
先々の海運市況を占うことは難しいが、中
国を起因とする輸送需要拡大、世界景気の
回復、国際的な水平分業・適地生産の流れ、
資源エネルギー分野での調達ソースの遠隔化、
港湾・陸上インフラのキャパシティ不足によ
る港での滞船といった事業環境の変化は指摘
できよう。 また、世界の主要造船所で今後数
年分の手持ち工事を有しているという供給サ
イドの問題もプラス材料ではないだろうか。
船腹需給から見て、海運市況はいずれ軟化局
面を迎えることを想定しているが、上述のよ
うな構造要因により、緩やかな調整にとどま
るものと判断している。
本来、収益変動の大きいコンテナ船事業を
はじめとした海運市況の変動リスクに対して、
積極的な船隊整備と、それに伴う安定収益源
の積み上げ、合理化努力などによって、収益
基盤強化を図るという基本的な枠組みは変わ
らないだろう。 同社が現在求められているの
は、海運業の強化に加えて、物流セグメント
とのシナジー効果拡大や客船ビジネスの再建
策など、関連事業の収益貢献を増していく施
策ではないだろうか。 これらを着実にこなし
ていくことが、同社の評価をより高めること
につながると考えている。
日本郵船の過去10年の株価推移
ひとつやなぎ・はじめ
九七年三月早稲田大学理
工学部土木工学科卒。 同
年四月大和総研入社、企
業調査部インフラチーム
に配属。 九九年から物流
担当に。
著者プロフィール
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