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NOVEMBER 2004 56
自社の将来方向を検討したいという
物流事業者の会議に出席する大先生
「先生に当社の会議にご出席いただき、ご指導い
ただくということは可能なのでしょうか?」
ある物流事業者からの電話での問い合わせに、大
先生事務所の事務を一手に取り仕切る女史は「は
い、もちろんです」と二つ返事で引き受けた。
今日の午後、その物流事業者の本社で幹部を集
めた会議が開かれることになっている。 午前中か
ら大先生の機嫌はあまりよくない。
「なんで、こっちから出掛けて行かなきゃならね
えんだ」
女史が辛抱強く対応する。
「何度も言ってますように、あちらは一〇人くらい
が参加する会議ですので、こちらに来られても入
りきれません。 困ってる会社があれば、可能な限
り何でも支援してやるといつもおっしゃってるでし
ょ。 先生の方から出掛けて行かれるのは、可能な
限りの範囲内だと思いますが?」
「まあ、それはそうだけど‥‥それで、行くのは
おれ一人か?」
「はい、お二人はお仕事で外出してますから‥‥と
ころで、お昼はどうしますか。 外に行きますか。 そ
れとも何か買ってきましょうか?」
女史が巧みに話題を変えた。 大先生は事務所で
食事をし、女史に背中を押されるように出掛けて
いった。
「おたくのように業界どっぷりでは‥‥」
大先生のきつい皮肉が飛んだ
大先生に指導を依頼した物流事業者の役員会議
室には、すでに社長をはじめ役員全員と主だった
部長など一〇人ほどが集まっていた。 いまや遅し
と大先生の到着を待つ室内には、どことなく緊張
感が漂っている。
それもそのはずだ。 誰も大先生とは本格的な面
識がない。 以前、社長が何かの会合で名刺を交換
した程度だ。 社内で実力者と目されている専務が、
平静さを装うかのようにゴルフの話をし、数人の
役員が気のない返事で応じている。
この会社は、トラック輸送から物流センター業
《本連載について》
主人公の“大先生”はロジスティクスに関するコンサルタントだ。 コ
ンサル見習いの“美人弟子”と“体力弟子”とともに多くの企業を指導
してきた。 本連載の「サロン編」では大先生の事務所で起こるさまざま
なエピソードを紹介している。 いつもの場面設定では“大先生サロン”
と呼ばれる相談コーナーを訪れる相談者の悩みに、その場で大先生がア
ドバイスを与えている。 しかし、今回は、大先生が自ら相談企業の会議
に出席する。 将来の事業ビジョンを決めかねている、ある中堅物流事業
者の幹部会議の現場で指導を行う。
湯浅コンサルティング
代表取締役社長
湯浅和夫
湯浅和夫の
《第
31
回》
〜サロン編〜
〈3PLに挑戦する物流事業者―1〉
57 NOVEMBER 2004
務まで事業を展開している中堅の物流事業者であ
る。 先月の幹部会議で、会社の将来方向に話がお
よび、ロジスティクスやSCM、アウトソーシング
などが話題に上がったのだが、まったく議論にな
らない。 当然、何も答えは出なかった。
このときの様子を憂えたある部長が、後日、社
長に大先生の招聘を進言した。 社長の一存で、そ
の部長が大先生事務所に電話で問い合わせたとこ
ろ、断られるだろうと思っていたのが簡単に女史
から了解の返事をもらってしまった。 その旨を知
らされた幹部会のメンバーは、そのときから何と
なく落ち着かない雰囲気に包まれていた。
定刻の数分前に、大先生が女子社員に案内され
て会議室に現れた。 社長以下、全員が立ち上がって大先生を迎える。 会議机の三方に役員や部長が座り、一方に大先
生が一人で対峙する形になった。 大先生の正面に
座った社長が、お礼と会議の趣旨を述べる。 大先
生が頷く。 それを見て社長が問題提起をしようと
したとき、隣に座っていた専務が突然口を挟んだ。
社長がむっとした顔をする。
「先生は、これまで、物流業者の経営に関係なさ
ったことはおありなんでしょうか?」
専務は『現場を知らないやつが何を言うのか』と
出鼻を挫くつもりだったのかもしれないが、そんな
牽制は大先生には通じない。
「別にありませんが、それがどうしたと言うんで
すか?」
大先生に逆に質問された専務は言葉に詰まって
しまった。 大先生は機嫌が悪い。
「会社の将来を考えるのに、物流事業者特有のし
がらみだとか慣習だとかについての知識はまった
く必要ありません。 論理的に本来あるべき姿を突
き詰めていけばいいのです。 そのとき、物流事業
はそんなものじゃないという経験からの反論があ
IllustrationELPH-Kanda Kadan
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れば、そのギャップをどう埋めるかを次のステップ
で考えればいいだけです。 わかりますか?」
意外に素直に専務が頷く。 大先生が続ける。
「コンサルタントに業界の知識など必要ないのです。
それについてはあなた方に聞けばいいだけです。 逆
に、業界どっぷりのコンサルタントだと、業界を
知っているそのことが制約となって革新的な発想
は出てきません。 あなたがたと同じように‥‥」
何とか無難な発言が続いていたが、最後に痛烈
な皮肉が出た。 さすがに今度は、専務がむっとし
た顔をする。 隣で社長が愉快そうに小さく頷いて
いる。 すでに社長は、ここは自分が主導などせず、
流れに任せようという気持ちになっているようだ。
専務の顔を直視しながら、大先生が本題に踏み
込んだ。
「あなたは、この会社の成長に大きな貢献をなさっ
てきたと思いますが、今後さらに成長させるため
に何をする必要があると思ってますか?」
突然の核心を突いた質問に、専務が戸惑った表
情を見せる。 すぐに答えが出ない。 ちらっと周り
を見るが、他の連中は知らん顔を決め込んでいる。
意を決したように、専務は持論と思われる言葉を
吐き出した。
「それは、荷主様のご要望を最大限に受け入れて
いくことかと、思いますが‥‥」
抽象的でありきたりの答えに大先生がどんな反
応を示すのか、社長はじめ全員が興味深々といっ
た様子で見守っている。 きつい言葉が返るかと思
いきや、大先生が意外な返事をした。
「そのとおりです。 それが、この業界で成長が期
待されている業態と言われるサードパーティ・ロ
ジスティクス、つまり3PLの本質です」
本気で同意されているのか、単にかまわれてい
るだけなのか理解できないまま、専務は伏し目が
ちに頷いている。 これ以上突っ込まれたらかなわ
んとばかりに下を向いたままだ。 他の誰も発言し
なくなってしまった。
「物流活動の管理など物流部はすべきでない」と大先生が持論を展開する
その沈黙を破るように、末席から遠慮がちな声
がした。
「ちょっと、よろしいでしょうか?」
大先生と社長が頷く。 後でわかったことだが、こ
の声の主が社長に大先生の招聘を進言した部長だ
った。
「間違ってましたら、ご指摘いただきたいのです
が、私の理解では、3PLにつきましては、人に
よっていろんな解釈があるように思います。 先生
は、荷主の物流管理を代行することが3PLだと
おっしゃってますが、そのように理解してよろしい
でしょうか‥‥」
沈黙の重圧から逃れるためだけの、その場しの
ぎの質問だ。 ここで大先生に「はい」と答えられ
たら、それで終わってしまう。 だが、またしても大
先生はやさしかった。 発言者の意を汲んで、議論
が展開する形の返事をした。
「いろいろな解釈って、たとえばどんなもの?」
その場の緊張をほぐそうとしてか、大先生の口
調がくだけたものに変わってきた。 部長がほっと
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した感じで、すぐに答える。
「はい、たとえば、1PLが荷主主導で、2PL
が物流業者主導で、3PLはそれ以外の第三者主
導で物流をやるものだという解釈がありますが、こ
れだと物流業者の出番はないということになってし
まいます」
「へー、そんな解釈があるんだ? 戯言としか言
いようがないな。 他には?」
「えー、輸送だけでなく、物流センター業務にま
で受託範囲を拡大するのが3PLだ、などというわ
けのわからないものもあります‥‥」
「へー、そんなのもあるのか。 おもしろい。 まあ、
ちょっと擁護すれば、それらの解釈は大間違いって
わけではないな。 でも本質を突いてはいない。 それ
はいいとして、本当は、3PLなど議論するほどの
ものでもないんだけど‥‥」
ここで、大先生が全員を見回す。 社長が何か言
いたそうだ。 大先生が社長に質問する。
「社長は、3PLについてはどうお考えですか?」
「はい、これは私の意見というわけではなく、先
生のご意見に私も同感だということなんですが、つ
まり、3PLの本質は、荷主以外の誰かがその荷
主の物流とその管理を代行するところにあるという
ことだと、思いますが‥‥」
社長の意見に例の部長が大きく頷いている。 そこ
に役員の一人が言わずもがなの言葉を挟んだ。
「つまり、3PLとは物流のアウトソーシングを
受託するということですな」
この発言を受けて、大先生の講義が始まった。
「どうでもいいことですけど、正確に言うと、荷
主が物流全般をアウトソーシングするという物流
のやり方を3PLというのです。 そのアウトソー
シングされた物流を事業として受託する事業者を
3PL事業者と呼ぼうということです」
大先生の指導を受けた役員が怪訝そうな顔をし
ながらも頷いている。 今度は別の役員が発言した。
座が活発になってきた。
「そうなりますと、荷主の物流や物流管理のどの範
囲を受託するのかという業務範囲が問題になりますね?」この質問に大先生はすぐには答えずに黙ってい
る。
誰も何も言わないのを確認するかのように少し
間を置いて、さきほどの部長が答えた。
「先生は、物流活動にかかわるものはすべてアウト
ソーシングしてしまえ、あっ、こういう言い方では
ないと思いますが、物流活動がアウトソーシング
の対象だとおっしゃっています。 そうなると、えー
と‥‥」
ここで、ちょっと口ごもった。
「それで?」と大先生が先を促す。
「はー、そうなりますと、いまの荷主の物流部が
やってること全部がアウトソーシングの対象にな
ってしまいますね‥‥」
大先生が嬉しそうに頷き、さらに煽る。
「つまり荷主の物流部は、その程度しかやっていな
いということが言いたいんだ?」
「いえ、とんでもありません。 そんな大それたこ
とは‥‥」
「まあ、それはいいとして、本来、物流活動の管理
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なんて物流部でやる仕事ではない。 それは、物流
事業者がやればいいこと。 ただ、これまでの物流
事業者が、その任に堪えられなかっただけ。 だか
ら、荷主みずからがやらなければならなかったわけ
だ。 だから、それをできる事業者が出てきたのな
ら、そこからアウトソーシングしてしまえというの
が私の意見」
みんな、大きく頷いている。 大先生のペースに
乗ってきたようだ。 さらに続ける。
「ところで、一応、このようにアウトソーシング
の範囲を示しているけど、これは、理解を助ける
ために示しているだけであって、実は、範囲なん
てどうでもいいこと。 この意味がわかりますか?
ここからが専務の言う実務の世界です‥‥」
専務がぎくっとした顔をする。 だが大先生は専
務には答えを求めず、たばこに火をつけた。 その
とき、また末席から手が上がった。 例の部長では
ないが、この人も部長のようだ。 大先生が首を縦
に振って発言をうながす。
「実務的には、荷主がアウトソーシングしたいと
思うのなら、その範囲は決める必要がない。 その
範囲は、どこまで受託できるかという3PL事業
者側の能力にかかっているという理解で、よろし
いでしょうか?」
「正解!」
大先生が嬉しそうに頷いた。
「3PLと言っても、実務的には、ここまでアウト
ソーシングしたいというニーズとここまでなら受託
できるという受託側の能力で、その範囲が決まっ
てくる。 どちらが決め手になるかというと、受託
側の能力だな。 ここまで受託できますという提案
があって、はじめて荷主側でアウトソーシングの範
囲を考えることができるわけだから。 その意味で、
さっきの専務の、ご要望にできる限り応えるとい
う言葉が、3PLの本質だということ」
「なるほど、よくわかりました」
社長が、ようやく腑に落ちたという顔で苦笑しながら答えた。 なぜか専務も苦笑している。 社長
は時計を確認すると、みんなの顔を見ながら提案
した。
「そうなると、次の課題は、当社は一体どんな受託
能力を持っているのかということになる。 できる限
りご要望に応えるといっても、できなければ受託
しようがない。 ちょっと、ここで休憩して、それか
らこの点について議論したい。 先生、よろしいで
しょうか?」
大先生が無言で頷き、会議は休憩に入った。
*本連載はフィクションです
ゆあさ・かずお
一九七一年早稲田大学大学
院修士課程修了。 同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経て、二〇〇四年四月に独立。 湯
浅コンサルティングを設立し社長に就任。 著
書に『手にとるようにIT物流がわかる本』
(かんき出版)、『Eビジネス時代のロジスティ
クス戦略』(日刊工業新聞社)、『物流マネジメ
ント革命』(ビジネス社)ほか多数。 湯浅コン
サルティングhttp://yuasa-c.co.jp
PROFILE
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