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NOVEMBER 2004 12
多国籍企業のサプライチェーン戦略
グローバル・ロジスティクスの戦略はサプライチェーン上
の立場によって違ってくる。 チャネルの主導権を握る自動車
メーカーなどが世界規模の統合を急ぐ一方、グローバルリテ
ーラーとの取引をメーンとする消費財メーカーは顧客別に組
織したチームのグローバル展開を進めている。 (岡山宏之)
グローバル化を後追いする物流部門
「過去の日産が欧米で事業を展開するときには、意
思決定のプロセスやビジネスモデルを現地主導で形づ
くってきた。 だが今後グローバルで活動していこうと
したら、どこの国の顧客から見ても、同じ品質で、同
じ納期で、同じ魅力を感じてもらえるようにすべきだ。
だからこそグローバルのSCMという一つの価値軸を
置く必要があると思った」
日産自動車・SCM本部の小山彰VPは二〇〇一
年十二月にSCM本部を発足した狙いの一つをこう
振り返る。 新たな組織には、従来は生産部門に属して
いた「物流統括部」も組み込まれた。 いま日産は世界
で通用するビジネスモデルを作るという観点から、グ
ローバル・サプライチェーンを再構築している。
世間では国際化に成功したと見られている企業でも、
ことグローバル・ロジスティクスについては課題を抱
えているケースが多い。 彼らは新たな地域に進出する
たびに試行錯誤を重ねながら最適解を模索している。
こうした企業にとってグローバル・ロジスティクスと
は?歩きながら考える〞べき業務といえる。
米ウォルマートの日本市場での動向からも、それが
伝わってくる。 米国では物流や情報システムを武器と
している同社だが、日本に進出した当初から同じこと
はできない。 勝ちパターンを熟知している市場であれ
ば、ドミナント戦略に基づいてまず物流センターを整
備し、その周辺に集中的に出店していけばいい。 しか
し、未知のマーケットで成功できる確証がない以上、
状況を見極めながら対応していくしかない。
トヨタ自動車も似たような経験を重ねながらグロー
バル化を進めてきた。 同社は八〇年代に米国での現地
生産に乗り出したが、当時のトヨタの物流部門は、北
米だけで後に二つも三つも工場を作ることになるとは
考えてもいなかった。 ただでさえ当初は部品の大半を
日本から送り込むノックダウン生産だった。 現地調達
率を高めて本来の現地生産に移行するまでの国際物
流は、いわば過渡期な業務に過ぎなかった。
このように事業の国際化が発展段階にあるとき、物
流部門にできることは限られている。 そこで物流マン
が実際に手掛けている業務は、必要とされるモノの移
動のために最善の判断を下すことだけだ。 物流コンペ
を催して最適な協力物流業者を選ぶ、事業の変化に
即応できる契約を交わす、リスクを回避できる在庫の
持ち方を策定する――。 いずれも、進出する地域での
物流活動を最適化しているだけで、グローバルなロジ
スティクス戦略を遂行しているわけではない。
一歩先を行くヤマハ発動機の部品物流
もっとも、グローバルに統合したロジスティクス戦
略が欠かせない事業領域もある。 世界規模で製品を
販売しているメーカーによる補修部品の供給は、その
典型的な分野といえる。 補修部品のロジスティクスは
本業の将来を左右する戦略的なテーマだ。 取扱製品
が顧客にとって必需品であればあるほど、故障時の修
理に要する時間やコストが製品のブランドイメージに
直結する。 事業を成功させたければ、本業に先駆けて
アフターサービスに注力する必要がある。
世界第二位の二輪車メーカーであるヤマハ発動機は、
約一五〇カ国で営業を展開する日本有数のグローバ
ル企業だ。 しかし、八〇年代前半まで同社の補修部
品のグローバル・ロジスティクスは単純なものだった。
日本で生産した製品を世界各地に一方的に輸出し、補
修部品も同様に日本から出荷する。 典型的な一極集
中型の管理体制をとっていた。
解説
13 NOVEMBER 2004
特集 中国シフトで変わる国際物流
メイド・イン・ジャパンの製品が海外で圧倒的な競
争力を誇っていた時代にはそれでもよかった。 ところ
が八五年のプラザ合意を受けて一気に円高が進むと、
ヤマハ発動機は海外への生産活動の移転を急加速し、
これに伴って補修部品の供給ルートも世界規模で複
雑に錯綜するようになった。 同社はこの国際物流を約
二〇年かけて段階的に整理してきた(図1)。
まず第一段階では、生産活動の海外分散に合わせ
て補修部品の管理を分散化した。 各地のサービスレベ
ルを高めるためには、部品在庫が増えることを覚悟の
上でこうした体制をとるしかなかった。
第二段階では、世界規模で情報を一元管理できる
情報システムを構築した。 それまでは各地で個別のシ
ステムを使っていたため、複雑に行き交う情報を統合
的に管理できずにいた。 当時はまだインターネットが
普及していなかったため、国際VANなどを使って日
本で情報を統合管理できる体制を整えた。
さらに第三段階では、情報面では世界を一つの市
場と見なしながらも、物流面では世界を六エリアに分
けて管理する体制への移行を進めた。 各エリア内には
現地事情に対応した「地域統括センター」を設置し、
そこに部品基地としての物流拠点も置く。 中国や中
南米といった新興地域にも統括センターを配置する体
制を、二〇〇五年をメドに完成させる予定だ。
文字通り全世界を網羅するこの物流ネットワークは、
グローバル・ロジスティクスの一つの完成形といえる。
今後、ヤマハ発動機は、統括センターを設置した国が
戦争に巻き込まれるといった事態でも発生しない限り、
たいていの変化に現体制で対応していけるはずだ。
日本航空とボーイングのVMI
同じ補修部品のグローバル・ロジスティクスでも日
本航空と米ボーイングは異なるビジネスモデルを採っ
ている。 日航は二〇〇一年一〇月に、同社の主力旅
客機の供給メーカーであるボーイングと、補修部品に
関するVMI(ベンダー主導の在庫管理)契約を締
結した。 これによって従来は日航の資産だった部品在
庫を、段階的にボーイングの資産に置き換えていき、
ベンダーの主導による在庫管理の適正化を図っていく
取り組みをスタートした。
この契約を交わしたことで、日航にはサービス利用
のための手数料の支払いが発生した。 それでも見返り
として、在庫の管理負担の軽減や、未使用部品の資
産劣化といったリスクの回避が期待できる。 一方、ボ
ーイングは複数の航空会社に同様のサービスを採用し
てもらうことで、航空会社ごとに重複している補修部
品の在庫をグローバルに最適化できるようになる。 い
わば航空産業における世界規模の製販同盟である。
スタートから三年が経過したが、両社は互いに満足
のいく成果を上げているという。 在庫金額にして五〇億円分に相当する五万アイテムの部品の管理がすでに
ボーイングへと移った。 部品の保管場所は従来通り日
航の社内にあるため、メンテナンス現場の作業は以前
と変わらない。 そして在庫量が増えていないにもかか
わらず、補修部品を即座に用意したことを示す「サー
ビス率」は、以前の九八%弱から九九%超へと一ポイ
ント以上改善された。
「このレベルでの一ポイントは大きい。 常に突発的
に発生する補修部品の需要予測はきわめて難しい。 に
もかかわらず在庫を増やさずに『サービス率』を改善
できたのは、この世界を熟知するボーイングだからこ
そ可能だった」。 この取り組みを推進してきた日本航
空インターナショナル・整備本部の日吉和彦品質管
理部業務グループ長はそう強調する。
MC
日本集中生産型(星形流通システム)
MC
海外分散生産型(情報分散システム)
MC
海外分散生産型(情報集中システム)
MC
地域統括センター型
図1 約20年かけてグローバル・ロジスティクスを整備したヤマハ発動機の部品事業
過去の生産・流通体型 第1段階
1989〜1997年
第3段階
2003〜2005年完成
第2段階
1998〜2002年
殆どの製品を日本から
輸出。 流通システムと
しては非常にシンプル
(星形)
プラザ合意後の大幅円
高により、グローバル生
産体制へ移行。 同時に
部品流通も日本集中型
から、海外分散型(ロー
カライズ)へシフト
ローカライズ完成後の
第2段階として情報を
中央に集中させる。 情
報集中型(セントライ
ズ)への移行
日本・米州・欧州・ア
ジア中近東・中国・中
南米6統括センターに
よる地域マネジメント
体制を展開。 2003年
アジア中近東、2005
年までに中国・中南米
を完成予定
NOVEMBER 2004 14
この事例は航空機のサプライチェーンだからこそ成
立したという特殊な面もある。 大型旅客機メーカーと
して欧州のエアバスと世界を二分しているボーイング
は、VMIサービスを通じて日航との関係強化を図っ
た。 日航としてもボーイングとの良好な関係を一歩押
し進めて自社の経営効率化につなげた。 ここでは前述
したヤマハ発動機の事例とは異なる、世界規模でのサ
プライチェーン競争が繰り広げられている。
ただし日航と手を組んで以降も、ボーイングはすぐ
にVMIの対象企業を拡大しようとはしなかった。 か
なり手間のかかる業務提携だけに、日航との取り組み
の結果を見守る意識が強かったようだ。 それが最近の
成果を受けて積極的にサービス対象を拡大しはじめて
いる。 すでにKLMオランダ航空やデルタ航空などと
も契約を結び、成功体験を横展開する段階に入った
模様だ。
日航としても、さらなる成果の上積みを狙っている。
実は機体メーカーであるボーイングの取り扱い部品は、
航空機を構成する数百万点とも言われる部品のごく
一部でしかない。 しかも日航とVMI契約を交わした
部品は、消耗部品がメーンで総じて単価が安い。
「部品在庫の圧縮を進めていこうとしたら、もっと
高額の部品に管理対象を拡大していく必要がある」と
日本航空インターナショナル・整備本部の丸山僚部
品企画グループ課長補佐は考えている。 ボーイング以
外のパーツサプライヤーを巻き込んでいくことも視野
に、この取り組みを発展させていく考えだ。
クラフトとP&Gのカスタマー戦略
食品や日用品のような地域性の強い商品についても、
エリア単位でロジスティクス戦略を考えるだけでは足
りなくなっている。 ウォルマートに代表されるグロー
バルリテーラーと構成するサプライチェーンでは、た
とえ供給側が強大な多国籍企業であっても実質的に
ロジスティクスの枠組みを決定するは小売事業者だ。
米国で最大の食品メーカーであるクラフトフーヅや、
世界最大の日用品メーカーであるP&Gは、同時に
世界有数の多国籍企業でもある。 世界各地で事業を
展開しているが、最近の彼らはグローバルレベルで自
分たちのロジスティクスネットワークを一元化しよう
などとは考えていない。 ロジスティクスの戦略は、あ
くまでも顧客ニーズありきで決められている。
クラフトの営業組織の歴史的な変遷をたどると、そ
のことがよく理解できる。 同社は九〇年代末に「グロ
ーバルカスタマー戦略」と呼ぶ考え方に基づいて組織
を抜本的に見直している。 従来はエリア別に管理して
いた組織を、ウォルマートやカルフールなど世界の大
手取引先二〇社に対応するカンパニーに再編。 営業
からマーケティング、ロジスティクスなどの機能を主
要顧客ごとに垂直統合した(図2)。 それ以前のクラフトにはCLO(ロジスティクス最
高責任者)が二人いた。 米国市場を担当するクラフト
フーヅに一人、そして世界市場を担当するクラフトフ
ーヅ・インターナショナルに一人である。
これが「グローバルカスタマー戦略」に基づく新た
な組織に移行してからは、顧客ごとのカンパニー単位
でCLOを置く体制へと変わった。 つまりクラフトは
このとき、従来はエリア単位で管理していたロジステ
ィクスを、顧客単位に括り直したのである。 ひたすら
広域での統合管理を目指してきた従来のロジスティク
ス戦略が、この時点から?顧客〞という軸を中心に動
き出した。
この際に個別管理の対象とした顧客の中には、スー
パーバリューのような大手卸売業者も含まれている。
日本航空インターナシ
ョナルの日吉和彦品質
管理部業務グループ長
日本航空インターナシ
ョナルの丸山僚部品企
画グループ課長補佐
図2 クラフトフーヅのグローバルカスタマー戦略
顧 客
(Retailer)
対応(Influence)
クラフト
(Kraft)
※ここから主要顧客ごとに管理するという考え方
(Key Account Level)をスタート
店舗別
(Store By Store)
グローバル一元管理
(Global)
国際的管理
(Multi-national)
国別
(Country Level)
地域別(Regional/Area)
1980年代
2000年
15 NOVEMBER 2004
典型的な強者連合であり、これによってグローバルレ
ベルでのサプライチェーン競争に一層、本腰を入れた
と見ることができる。 寡占化が遅れている日本市場で
は馴染みの薄い組織戦略だが、ウォルマートなどを主
な販路とする多国籍メーカーの間では、九〇年代末か
ら現在に至るまで、同様の組織はもはや常識となって
いる。
こうした流れを生み出した一つのきっかけが、九三
年にP&Gがウォルマートと実施したECRである。
日本市場がそうだったように、世界でも八〇年代まで
は、サプライチェーンの高度化を主導するのはメーカ
ーの役割だった。 しかし、この力関係は九〇年代を通
じて完全に逆転した。 ウォルマートの台頭はその象徴
的な事例であり、この事実をメーカー側が認めたこと
で勃興したのがECRをはじめとする複数企業間のサ
プライチェーン競争だった。
九三年に新たな製販同盟の可能性を見出したP&
Gは、多国籍メーカーに先駆けて顧客ごとに組織を最
適化する戦略を採用した。 さらに九六年には日本法
人でも「CBD(カスタマー・ビジネス・デベロップ
メント)」と呼ぶ新たな販売組織を導入し、主要顧客
に対して営業やIT、ロジスティクスといった複数の
機能を備えたチームで対応する体制を整えた。 米国で
の取り組みとはスケールこそ異なるが、日本において
も強者連合への流れを加速している。
こうした組織を有する企業には、ロジスティクスを
世界規模で一元管理しようという発想はない。 各地で
のロジスティクスの実務は、サプライチェーンの最適
化という原則論に基づいて運営される。 そこでは、メ
ーカーの工場と小売店との中間には一つだけ在庫拠点
を配置するのが最適だ、といった合理性の追求が前面
に押し出されることになる。
今後、グローバル競争を経て世界規模で市場の寡
占化が進めば、同種の製品を扱うサプライチェーンは
似たような構造に収斂していかざるを得ない。 そこで
決定的な役割を果たすのが、標準化された情報システ
ムの存在だ。
ITが加速するサプライチェーンの統合
二〇〇〇年前後に喧伝されたIT革命は、証券市
場で発生したITバブルの崩壊によって後退したかに
みえる。 しかし、これによって、近年の情報技術の革
新が産業界に与えるインパクトは幻想に過ぎなかった
と考えるのは早計だ。 前述したような先進企業であれ
ば、なおさら情報システムに牽引されたサプライチェ
ーンの高度化にも余念がない。
日本でも一部の大手流通業者や外食チェーンなど
は、eマーケットプレイスを使って従来とはまったく
異なる商品の調達方法に可能性を見出しつつある。 こ
うした取引は、過去には店舗で使う什器や蛍光灯などの備品にだけ利用されるニッチなものに過ぎなかった。
ところが最近では、店舗で販売する商品の調達にも適
用されて大きな成果を上げている。
日本でもウォルマートの「リテールリンク」と同様
の新しい取引インフラが着実に根付きつつある。 こう
した取引が一般化すれば、日本市場のグローバル化は
一気に加速する。
そこでは、地区ごとに物流管理を高度化しようとし
てきた従来のグローバル・ロジスティクスとは異なる
戦略が求められる。 過去に特殊であるがゆえに閉鎖さ
れ、守られてきた産業ほど激しい変化を免れない。 改
めて自社のサプライチェーンを総点検し、変化を主導
する立場にあるプレイヤーの動向を注視する必要があ
る。 変化のスピードは予想外に早い。
特集 中国シフトで変わる国際物流
クラフトのグローバルカスタマーとは
・グローバルカスタマー20社ごとの組織
(20 International Customer Business Teams)
・グローバル規模での契約と交渉
(Global Negotiation and Contract)
・グローバル規模での販売効率の向上
(Global Sales Effectiveness Team)
・グローバル規模でのベストプラクティスの追求
(Global ECR“Best Practices”)
※標準化の推進(Industry Initiative GMA/GCI)
グローバルカスタマー戦略の狙い
グローバルカスタマー20社
米国TOP10
カルフール、メトロ、レーヴェ、
テスコ、エデカ、タンジェル
マン、セインズベリー、ルク
レール、マークス&スペンサー、
JCペニー
欧州TOP10
ウォルマート、クローガー、ア
ルバートソンズ、アホールド、
フレミング、アメリカンストア、
ミリタリー、ウィンディキシー、
セーフウェイ、スーパーバリュ
(2001年現在)
本誌2003年7月号「CLO実践録」より再掲
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