2005年3月号
ケース
ケース
カシオ計算機――コスト削減
MARCH 2005 36海外生産品のリ ドタイム短縮カシオ計算機は 二〇〇五年十二月までに新たに東京と大阪に物流拠点を設置する 東京の拠点の延べ床面積は約一万五〇〇〇平方メ トル 大阪が一万平方メ トル程度の規模を予定しており いずれも港湾地区に設ける 同社の国内の物流拠点は現在 札幌・東京・甲府・鈴鹿・大阪・福岡の全六カ所ある このほかに生産・販売子会社も物流拠点を構えているが これらを最終的に 東京と大阪に新設する二拠点と 札幌・福岡の既存二施設の計四カ所に集約していく方針だ 九〇年代前半のカシオは国内に一〇カ所の物流拠点を構えていた 当時の販売物流は代理店を経由するル トが主流で 同社も地域ごとに在庫拠点を設けて製品配送を行う必要があ たため 北海道・東北・関東・首都圏・中部・近畿・中四国・九州の各ブロ クの主要都市に配送センタ を設けていた だが こうした物流形態は九〇年代後半になると見直しを余儀なくされた 代理店は在庫を持たなくなり また大手家電量販店などが指定する物流センタ への一括納品方式が増加 カシオの側から見ると 配送先の件数が減 て一件あたりの取扱ボリ ムが大きくなり 従来の拠点体制は上手く機能しなくな た そうでなくともこの体制は 拠点の分散が在庫の偏在を招き 販売機会ロスが生生産の海外シフトに応じ物流再構築拠点集約と在庫管理で10億円削減へ生産の海外シフトに対応して、海外拠点から短いリードタイムで必要な製品を国内市場に供給できる体制を整えてきた。
国内で4カ所の物流拠点へ集約を進めると同時に、在庫管理の見直しをグローバルで推進。
一連の取り組みによって10億円近いコスト削減を目指している。
カシオ計算機――コスト削減37 MARCH 2005じやすいという課題も抱えていた そこで同社は物流ネ トワ クの再構築に乗り出した 九九年に広島の配送センタ を廃止して 中四国地区の配送を大阪センタ に集約 これを手始めに名古屋 仙台 高崎のセンタ を相次いで廃止した 現時点で残 ている六拠点のうち 甲府と鈴鹿はほかの四拠点の上流の拠点として位置づけられている 甲府は工場に隣接した国内生産品の出荷拠点であり また鈴鹿は海外で生産する輸入品の受け入れ基地とな ており 国産品も輸入品も それぞれ甲府と鈴鹿からほかの四拠点へ供給されて市場に出るかたちをと ている 今回は この鈴鹿の流通センタ を廃止して 輸入品の物流経路を変更する これは 生産の比重が日本国内から海外へ大きくシフトしたことによるものだ 現在 同社の海外生産品は 名古屋港 または空港 で陸揚げした後 鈴鹿流通センタ を経由して札幌・東京・大阪・福岡の各配送センタ へと搬入されている これを新体制では 東京と大阪の港湾地区に設ける新設拠点で直接 輸入を受け入れ 札幌へは東京から 福岡へは大阪からそれぞれ横持ちするかたちに変える 陸揚げを東西二カ所に分けることで国内での輸送距離が縮まる しかも鈴鹿流通センタ の経由を止める結果 陸揚げ後の輸送リ ドタイムを一 二日短縮できる 入出庫などハンドリングの省略も手伝 て 大幅なコスト削減が可能になる この物流ネ トワ クの再構築に伴 て 拠点の機能も一新する 従来の配送センタ は 保管する場所 の性格が強か た だが今では在庫を極力持たずに 必要なものだけを生産するかたちに変えつつある 物流拠点も 集約して出す場所 という位置づけに変えていく必要がある と物流部の瀧原俊幸次長は説明する そのために東京と大阪に新設する拠点には バ コ ドと無線LANを活用した入出荷管理システムを導入する予定だ 製品の外装に ロケ シ ン番号や製品名・個数を印字したバ コ ドラベルを添付し 入荷時にハンデ タ ミナルでバ コ ドを読み取 て入荷予定デ タと照合 出荷時にもバ コ ドをチ クしながら同時に検品を行う ソフト開発は自社で行 た 将来の状況の変化に対応できるように 大掛かりな投資を避け 省力化効果を重視した仕組みにした 今後 札幌と福岡の既存センタ にも これに準じたシステムを導入して機能を強化していく方針だ 大手量販店を中心に顧客の物流面での要望は日に日に高度化している 一連の物流再構築によ てカシオは 国内での輸送リ ドタイムの短縮を実現し 受注の締め切り時間を延長するなど顧客ニ ズに応えられる体制を整えようとしている 中国に物流センタ を開設海外でも物流の再構築を進めている カシオは八〇年代にまず 日本から東南アジアや韓国 台湾への生産シフトを行 た 当時は国内での生産比率がまだ高か たものの 九〇年代に入ると中国やタイ ベトナムへのシ図1 国内物流の主な取り組み 1981年 1982年 1985年 1991年 1994年 7月 1994年 10月 1999年 6月 2000年 8月 2001年 1月 2002年 4月 東部配送センターを東京に設立 西部配送センターを大阪に設立 北海道配送センター札幌、東北配送センター仙台、 中部配送センター名古屋、中四国配送センター広島、 九州配送センター福岡を設立(全国7拠点体制) 鈴鹿流通センターを鈴鹿に設立 鈴鹿流通センターを鈴鹿に設立 関東配送センターを高崎に設立 中四国配送センター廃止、西部配送センターに統合 中部配送センター廃止、西部配送センターに統合 東北配送センター廃止、関東配送センターに統合 関東配送センター廃止、東部配送センターに統合 全国5拠点体制 札幌、東京、大阪、福岡、鈴鹿 カシオ計算機・物流部の瀧原俊幸次長フトを急加速 現在では 全取扱製品の八割以上を海外で生産している なかでも中国での比重が高い このような生産移転に伴い 海外の物流体制の整備を進めてきた まず九一年に 東南アジアの国々で生産したものを集約し 欧州市場などへ送り出すための配送センタ をシンガポ ルに設けた さらに九四年には 中国での生産に対応して香港にも物流センタ を開設 この間 欧州や米国の消費国側にも ロンドン ハンブルグ アントワ プ シカゴなどの主要都市に配送センタ を設けて 日本やアジアの拠点で生産した製品を集約してそこから配送を行う形を順次整えてい た その後 二〇〇〇年に入ると 中国での生産が増えたことから 香港の物流センタ を廃止 代わりに中国の深にある福田保税区に物流センタ をオ プンした 以来 中国各地で生産した製品は 深物流センタ を経由して日本や欧米市場へ供給するかたちにな ている 中国での拠点整備が一息ついた後は 海外から日本国内をはじめ世界各国の市場に対して 過剰在庫や欠品を起こさず いかに売れる製品を必要なだけ供給するかが 同社の物流の大きな課題とな た カシオではこの頃から SCM サプライチ ン・マネジメント システムの構築にも乗り出した それまで資材の調達期間を入れると生産に半年以上もかか ていたのを 一カ月以内に短縮し 計画のサイクルを速めることによ て製品を市場へ出すまでのリ ドタイムを短くし 販売機会ロスを防ぐことを狙 たものだ 同社の販売する製品は 電卓やキ ボ ド 時計からハンデ タ ミナル 情報機器まで多彩で これらを製造する工場は国内外に数十カ所もある カシオは生産計画の策定を本社主導で行 ている ヨ ロ パ 米国 アジアの各地域の販売統括拠点で各地の販売計画をまとめ この情報を日本に集約 本社の事業部で各工場の生産能力や資材調達計画などをもとに調整を行 たうえで 生産計画を確定し 各国の工場に生産指示を出すというかたちをと ている 一連の業務の流れを効率化するために 同社ではSCMシステムを導入し 計画の短サイクル化を図 てきた これが現在 二週間単位のサイクルで回せるレベルまでにな ているのだという ただし 海外生産比率が急速に上がるなかでのSCMの高度化は容易ではない 海外での生産は資材調達にどうしても時間がかかるため 日本国内で完結するサプライチ ンとは違う 現地生産の進展とともに 資材メ カ のほとんどが中国に進出してはいるが まだ東南アジアや日本から調達するしかない部品も残 ている 部品が一つ欠けても生産ラインはスト プしてしまう また いかにITのサポ トがMARCH 2005 38ロケーション 指定場所に 格納 図2 中装・外装へのバーコードの添付 HOST EDI倉庫事務所 検品端末管理 LAN無線DB商品マスタ 入荷予定データ 在庫データ 出荷予定データ 事務所端末 入 荷 検 品 出 荷 検 品 入荷予定データ 入荷データ 出荷予定データ 出荷データ 照 合 ロケーション番号 02‐022‐01 商品名:オレンジ 個数20 ピッキングと同時に出荷検品ができる 商品に貼付け 39 MARCH 2005あ ても 精度の高い予測を行うのは難しく 予測にブレが生じた場合の調整など人手に負う部分はいまだに少なくない 在庫を上流の工場に移すカシオは SCMシステムの導入とは別の切り口からも在庫問題の改善に取り組んだ 二〇〇二年からサプライチ ン上の在庫配置の見直しに着手し 生産に近い上流工程に在庫の比重を移してきたのである 消費地側には最小限の在庫だけをもち 売れた分だけを生産拠点から補充する 生産地側で在庫を持つことによ て無駄を省き ト タル在庫の削減を進めるという考え方である 同社の製品は国ごとの仕様がほとんど変わらない このため 生産拠点側に在庫を持つことによ て 国によ て販売動向にバラツキがある場合でも 同梱するマニ アル 使用説明書 などを変更するだけで出荷できる これが消費地近くで製品在庫の偏在が発生するのを防ぐことにつながる これに伴い 中国の物流体制も再度見直した 各地の生産拠点に倉庫を併設し 深物流センタ にあ た在庫を こうした工場倉庫へ移すことにしたのだ 各工場の倉庫からは 日本や欧米の消費地で売れた分だけを出荷し 深物流センタ でまとめて消費地へ送る形へと変えた それまで中国では 工場で生産した製品をただちに深物流センタ へ送 て保管するかたちをと ていた このため工場では どうしても計画通り生産することにばかり関心が向き 在庫に意識が回らなか た だが 物流センタ から工場に保管場所が移 たことで 工場では毎日 在庫の動きを目の当たりにすることができるようにな た システムではじき出した数字だけ見ていてもなかなか実感はわかないが 実際に目の前に在庫の山ができているのを見れば 誰でも意識が変わる そもそもSCMの本質は 目で物を見て考えることにあると思う と瀧原次長は言う 工場で計画どおりに生産を行 ても 予測が外れて計画どおりに売れなければ 工場倉庫からは出荷できない このため 売れ行きの鈍 たモデルは倉庫に在庫がたまる 工場ではこれを見ながら 市場での回転が悪い製品だから生産を抑制しよう という判断を独自にするようにな た 月次の生産計画のなかで柔軟に生産変更を行い 在庫の回転の早いものから優先して生産するとい た対応を自主的に行うようにな たのだ 工場で生産したものをすべて深物流センタ へ入れていた頃は ピ ク時には三万平方メ トルものスペ スを確保していた だが今ではピ ク時の在庫の山がずいぶん小さくな てきている と 瀧原次長はその変貌ぶりを強調する 変わ たのは在庫に対する意識だけではない 輸送コストに対する意識も著しく向上してきた 船便と航空便とでは当然 輸送コストに大きな差が出る 例えば中国から欧州向けの場合には 船便は航空便の一五分の一から二〇分の一のコストでしかない 当初は航空便で運ぶ計画でも 現地で在庫状況を見て緊急性が低いと判断すれば 船便への変更も柔軟に行うようにな た 図3 海外物流の主な取り組み 1991年 10月 1992年 8月 1993年 8月 1993年 8月 1993年 10月 1994年 4月 1995年 11月 1996年 1月 1998年 4月 1999年 10月 2000年 2月 2000年 11月〜 2001年 7月 2001年 10月 2001年 12月 2002年 2月 2002年 4月 2002年 9月 2002年 12月 2004年 12月 国際営業シンガポール配送センター設立 欧州営業シンガポール配送センター設立 ロングビーチ配送センター設立 メキシコ物流センター設立 香港物流センター設立 東欧向けハンブルグ配送センター設立 青海輸出センター設立 アントワープ欧州配送センター設立 東欧向けハンブルグ廃止 アントワープに統合 メキシコ物流センター閉鎖 インドネシア生産開始と同時にPDC併設 中国PANYU工場内にPDC併設 塩田PPR配送センター設置 深 国際配送センターの設立 マレーシア物流拠点 JBとPKをペナンに統合 香港物流センター廃止、中国深 福田保税区に深 物流センター設立 欧州営業センターと海外システムセンターをシンガポールにて統合 名古屋配送センター(現販)及び平和島配送センター(直轄/欧州)を青海へ統合 マレーシア(JB)に国際楽器、海外システム配送センターを移管(シンガポールより移管) MARCH 2005 40物流部ではこれまで 現地のオペレ シ ンを管理するため アジアをはじめとする海外の拠点に社員を派遣してきた それらの人材のスキルがここ何年かで飛躍的に上が たことも 管理レベルの向上につなが た と瀧原次長は見る 製品だけでなく 資材の輸送費についても同じことが言える 同社では 日本などから海外の生産拠点へノ クダウン部品の輸送も行 ている 製品よりもかさ高で輸送費はかえ て高くつく この資材の輸送についても 生産のタイミングにあわせてなるべく安いコストで運ぶことを考えるようにな た これは二〇〇三年十二月の組織改定で それまで本社直轄だ た物流部が生産資材本部に組み込まれたことが契機にな ている 従来の物流部はどちらかと言えば営業サイドに近い組織だ たのだが 二〇〇三年十二月以降は資材調達の動きまで日常的に把握できるようにな た そのうえで 日本や香港の拠点に部品を集約しセ トしてから生産拠点へ送るル トの整備を進めてきた カシオの売上高に占める物流コストの比率は 二〇〇〇年三月期を一〇〇とすると 四年後の二〇〇四年三月期には六〇まで落ちている 拠点集約などのほかに とりわけ輸送費削減による効果が大きい みんながコストを下げるために真剣に考えるようにな たことがこの成果につなが たと思う 意識の変革がなか たらも と時間がかか ていただろう 瀧原次長 BOLERO と接続も国際間の電子デ タ化を促進するため 今年から BOLERO BillofLandingEurope との接続を進める方針だ BOLERO とは 貿易手続きを迅速化するために インタ ネ トを利用してB/L 船荷証券 などの書類の受け渡しや代金決済の電子デ タ通信を行うサ ビス 九九年に欧州でスタ トした 船社やフ ワ ダ 通関業者などが加入 税関のシステムともつなが ており カシオのように輸出入取引を行う企業が国内外の拠点で BOLERO と接続すれば 物流業務処理から決済までを一元化することができる 同社では四月をめどに 名古屋税関と通関デ タの交換を試験的に開始する 日本で書類の作成が不要になり 輸入通関などにかかる時間を四八時間程度短縮できると見ている またフ ワ ダ が管理する輸送中の在庫情報とのアクセスも進める さらに国内拠点の集約が完了した後は 東京と大阪の新拠点を BOLERO と接続し BOLERO 経由で中国の生産拠点に国内の在庫情報などを提供することも検討している 先に述べたように 四カ所に集約する国内拠点は必要最小限の在庫しか持たずに運用することにな ている 通信ネ トワ クによ て 中国の生産拠点でも日本側の情報を見ることができるようになれば 必要な製品を効率よく生産することができ 中国側での在庫削減やオペレ シ ンの効率化にもつながる 拠点の集約とともに こうした効果が期待通りに現れれば 年間ト タルで一〇億円近いコスト削減も可能と物流部ではみている フリ ジ ナリスト・内田三知代 図4 「BOLERO(Bill of Landing Europe)」の概念図 BOLERO 国際電子商取引に関するプラットフォームのことで、国際電子商取引をペーパーレスで行う事を可能とする。
唯一有価証券であるB/Lの権利移転の機能を持っている。
各企業がBOLERO接続のインターフェースを作るだけで全ての企業が繋がるようになる。
bolero。
netaccelerating global trade銀 行 税 関 船会社 生産拠点 配送センター 保険会社 領事館 現地販売会社 米国、ドイツ、UKフォワーダ 通関業者 販売代理店 世界各国 カシオシンガポール カシオ香港 インターネット
国内で4カ所の物流拠点へ集約を進めると同時に、在庫管理の見直しをグローバルで推進。
一連の取り組みによって10億円近いコスト削減を目指している。
カシオ計算機――コスト削減37 MARCH 2005じやすいという課題も抱えていた そこで同社は物流ネ トワ クの再構築に乗り出した 九九年に広島の配送センタ を廃止して 中四国地区の配送を大阪センタ に集約 これを手始めに名古屋 仙台 高崎のセンタ を相次いで廃止した 現時点で残 ている六拠点のうち 甲府と鈴鹿はほかの四拠点の上流の拠点として位置づけられている 甲府は工場に隣接した国内生産品の出荷拠点であり また鈴鹿は海外で生産する輸入品の受け入れ基地とな ており 国産品も輸入品も それぞれ甲府と鈴鹿からほかの四拠点へ供給されて市場に出るかたちをと ている 今回は この鈴鹿の流通センタ を廃止して 輸入品の物流経路を変更する これは 生産の比重が日本国内から海外へ大きくシフトしたことによるものだ 現在 同社の海外生産品は 名古屋港 または空港 で陸揚げした後 鈴鹿流通センタ を経由して札幌・東京・大阪・福岡の各配送センタ へと搬入されている これを新体制では 東京と大阪の港湾地区に設ける新設拠点で直接 輸入を受け入れ 札幌へは東京から 福岡へは大阪からそれぞれ横持ちするかたちに変える 陸揚げを東西二カ所に分けることで国内での輸送距離が縮まる しかも鈴鹿流通センタ の経由を止める結果 陸揚げ後の輸送リ ドタイムを一 二日短縮できる 入出庫などハンドリングの省略も手伝 て 大幅なコスト削減が可能になる この物流ネ トワ クの再構築に伴 て 拠点の機能も一新する 従来の配送センタ は 保管する場所 の性格が強か た だが今では在庫を極力持たずに 必要なものだけを生産するかたちに変えつつある 物流拠点も 集約して出す場所 という位置づけに変えていく必要がある と物流部の瀧原俊幸次長は説明する そのために東京と大阪に新設する拠点には バ コ ドと無線LANを活用した入出荷管理システムを導入する予定だ 製品の外装に ロケ シ ン番号や製品名・個数を印字したバ コ ドラベルを添付し 入荷時にハンデ タ ミナルでバ コ ドを読み取 て入荷予定デ タと照合 出荷時にもバ コ ドをチ クしながら同時に検品を行う ソフト開発は自社で行 た 将来の状況の変化に対応できるように 大掛かりな投資を避け 省力化効果を重視した仕組みにした 今後 札幌と福岡の既存センタ にも これに準じたシステムを導入して機能を強化していく方針だ 大手量販店を中心に顧客の物流面での要望は日に日に高度化している 一連の物流再構築によ てカシオは 国内での輸送リ ドタイムの短縮を実現し 受注の締め切り時間を延長するなど顧客ニ ズに応えられる体制を整えようとしている 中国に物流センタ を開設海外でも物流の再構築を進めている カシオは八〇年代にまず 日本から東南アジアや韓国 台湾への生産シフトを行 た 当時は国内での生産比率がまだ高か たものの 九〇年代に入ると中国やタイ ベトナムへのシ図1 国内物流の主な取り組み 1981年 1982年 1985年 1991年 1994年 7月 1994年 10月 1999年 6月 2000年 8月 2001年 1月 2002年 4月 東部配送センターを東京に設立 西部配送センターを大阪に設立 北海道配送センター札幌、東北配送センター仙台、 中部配送センター名古屋、中四国配送センター広島、 九州配送センター福岡を設立(全国7拠点体制) 鈴鹿流通センターを鈴鹿に設立 鈴鹿流通センターを鈴鹿に設立 関東配送センターを高崎に設立 中四国配送センター廃止、西部配送センターに統合 中部配送センター廃止、西部配送センターに統合 東北配送センター廃止、関東配送センターに統合 関東配送センター廃止、東部配送センターに統合 全国5拠点体制 札幌、東京、大阪、福岡、鈴鹿 カシオ計算機・物流部の瀧原俊幸次長フトを急加速 現在では 全取扱製品の八割以上を海外で生産している なかでも中国での比重が高い このような生産移転に伴い 海外の物流体制の整備を進めてきた まず九一年に 東南アジアの国々で生産したものを集約し 欧州市場などへ送り出すための配送センタ をシンガポ ルに設けた さらに九四年には 中国での生産に対応して香港にも物流センタ を開設 この間 欧州や米国の消費国側にも ロンドン ハンブルグ アントワ プ シカゴなどの主要都市に配送センタ を設けて 日本やアジアの拠点で生産した製品を集約してそこから配送を行う形を順次整えてい た その後 二〇〇〇年に入ると 中国での生産が増えたことから 香港の物流センタ を廃止 代わりに中国の深にある福田保税区に物流センタ をオ プンした 以来 中国各地で生産した製品は 深物流センタ を経由して日本や欧米市場へ供給するかたちにな ている 中国での拠点整備が一息ついた後は 海外から日本国内をはじめ世界各国の市場に対して 過剰在庫や欠品を起こさず いかに売れる製品を必要なだけ供給するかが 同社の物流の大きな課題とな た カシオではこの頃から SCM サプライチ ン・マネジメント システムの構築にも乗り出した それまで資材の調達期間を入れると生産に半年以上もかか ていたのを 一カ月以内に短縮し 計画のサイクルを速めることによ て製品を市場へ出すまでのリ ドタイムを短くし 販売機会ロスを防ぐことを狙 たものだ 同社の販売する製品は 電卓やキ ボ ド 時計からハンデ タ ミナル 情報機器まで多彩で これらを製造する工場は国内外に数十カ所もある カシオは生産計画の策定を本社主導で行 ている ヨ ロ パ 米国 アジアの各地域の販売統括拠点で各地の販売計画をまとめ この情報を日本に集約 本社の事業部で各工場の生産能力や資材調達計画などをもとに調整を行 たうえで 生産計画を確定し 各国の工場に生産指示を出すというかたちをと ている 一連の業務の流れを効率化するために 同社ではSCMシステムを導入し 計画の短サイクル化を図 てきた これが現在 二週間単位のサイクルで回せるレベルまでにな ているのだという ただし 海外生産比率が急速に上がるなかでのSCMの高度化は容易ではない 海外での生産は資材調達にどうしても時間がかかるため 日本国内で完結するサプライチ ンとは違う 現地生産の進展とともに 資材メ カ のほとんどが中国に進出してはいるが まだ東南アジアや日本から調達するしかない部品も残 ている 部品が一つ欠けても生産ラインはスト プしてしまう また いかにITのサポ トがMARCH 2005 38ロケーション 指定場所に 格納 図2 中装・外装へのバーコードの添付 HOST EDI倉庫事務所 検品端末管理 LAN無線DB商品マスタ 入荷予定データ 在庫データ 出荷予定データ 事務所端末 入 荷 検 品 出 荷 検 品 入荷予定データ 入荷データ 出荷予定データ 出荷データ 照 合 ロケーション番号 02‐022‐01 商品名:オレンジ 個数20 ピッキングと同時に出荷検品ができる 商品に貼付け 39 MARCH 2005あ ても 精度の高い予測を行うのは難しく 予測にブレが生じた場合の調整など人手に負う部分はいまだに少なくない 在庫を上流の工場に移すカシオは SCMシステムの導入とは別の切り口からも在庫問題の改善に取り組んだ 二〇〇二年からサプライチ ン上の在庫配置の見直しに着手し 生産に近い上流工程に在庫の比重を移してきたのである 消費地側には最小限の在庫だけをもち 売れた分だけを生産拠点から補充する 生産地側で在庫を持つことによ て無駄を省き ト タル在庫の削減を進めるという考え方である 同社の製品は国ごとの仕様がほとんど変わらない このため 生産拠点側に在庫を持つことによ て 国によ て販売動向にバラツキがある場合でも 同梱するマニ アル 使用説明書 などを変更するだけで出荷できる これが消費地近くで製品在庫の偏在が発生するのを防ぐことにつながる これに伴い 中国の物流体制も再度見直した 各地の生産拠点に倉庫を併設し 深物流センタ にあ た在庫を こうした工場倉庫へ移すことにしたのだ 各工場の倉庫からは 日本や欧米の消費地で売れた分だけを出荷し 深物流センタ でまとめて消費地へ送る形へと変えた それまで中国では 工場で生産した製品をただちに深物流センタ へ送 て保管するかたちをと ていた このため工場では どうしても計画通り生産することにばかり関心が向き 在庫に意識が回らなか た だが 物流センタ から工場に保管場所が移 たことで 工場では毎日 在庫の動きを目の当たりにすることができるようにな た システムではじき出した数字だけ見ていてもなかなか実感はわかないが 実際に目の前に在庫の山ができているのを見れば 誰でも意識が変わる そもそもSCMの本質は 目で物を見て考えることにあると思う と瀧原次長は言う 工場で計画どおりに生産を行 ても 予測が外れて計画どおりに売れなければ 工場倉庫からは出荷できない このため 売れ行きの鈍 たモデルは倉庫に在庫がたまる 工場ではこれを見ながら 市場での回転が悪い製品だから生産を抑制しよう という判断を独自にするようにな た 月次の生産計画のなかで柔軟に生産変更を行い 在庫の回転の早いものから優先して生産するとい た対応を自主的に行うようにな たのだ 工場で生産したものをすべて深物流センタ へ入れていた頃は ピ ク時には三万平方メ トルものスペ スを確保していた だが今ではピ ク時の在庫の山がずいぶん小さくな てきている と 瀧原次長はその変貌ぶりを強調する 変わ たのは在庫に対する意識だけではない 輸送コストに対する意識も著しく向上してきた 船便と航空便とでは当然 輸送コストに大きな差が出る 例えば中国から欧州向けの場合には 船便は航空便の一五分の一から二〇分の一のコストでしかない 当初は航空便で運ぶ計画でも 現地で在庫状況を見て緊急性が低いと判断すれば 船便への変更も柔軟に行うようにな た 図3 海外物流の主な取り組み 1991年 10月 1992年 8月 1993年 8月 1993年 8月 1993年 10月 1994年 4月 1995年 11月 1996年 1月 1998年 4月 1999年 10月 2000年 2月 2000年 11月〜 2001年 7月 2001年 10月 2001年 12月 2002年 2月 2002年 4月 2002年 9月 2002年 12月 2004年 12月 国際営業シンガポール配送センター設立 欧州営業シンガポール配送センター設立 ロングビーチ配送センター設立 メキシコ物流センター設立 香港物流センター設立 東欧向けハンブルグ配送センター設立 青海輸出センター設立 アントワープ欧州配送センター設立 東欧向けハンブルグ廃止 アントワープに統合 メキシコ物流センター閉鎖 インドネシア生産開始と同時にPDC併設 中国PANYU工場内にPDC併設 塩田PPR配送センター設置 深 国際配送センターの設立 マレーシア物流拠点 JBとPKをペナンに統合 香港物流センター廃止、中国深 福田保税区に深 物流センター設立 欧州営業センターと海外システムセンターをシンガポールにて統合 名古屋配送センター(現販)及び平和島配送センター(直轄/欧州)を青海へ統合 マレーシア(JB)に国際楽器、海外システム配送センターを移管(シンガポールより移管) MARCH 2005 40物流部ではこれまで 現地のオペレ シ ンを管理するため アジアをはじめとする海外の拠点に社員を派遣してきた それらの人材のスキルがここ何年かで飛躍的に上が たことも 管理レベルの向上につなが た と瀧原次長は見る 製品だけでなく 資材の輸送費についても同じことが言える 同社では 日本などから海外の生産拠点へノ クダウン部品の輸送も行 ている 製品よりもかさ高で輸送費はかえ て高くつく この資材の輸送についても 生産のタイミングにあわせてなるべく安いコストで運ぶことを考えるようにな た これは二〇〇三年十二月の組織改定で それまで本社直轄だ た物流部が生産資材本部に組み込まれたことが契機にな ている 従来の物流部はどちらかと言えば営業サイドに近い組織だ たのだが 二〇〇三年十二月以降は資材調達の動きまで日常的に把握できるようにな た そのうえで 日本や香港の拠点に部品を集約しセ トしてから生産拠点へ送るル トの整備を進めてきた カシオの売上高に占める物流コストの比率は 二〇〇〇年三月期を一〇〇とすると 四年後の二〇〇四年三月期には六〇まで落ちている 拠点集約などのほかに とりわけ輸送費削減による効果が大きい みんながコストを下げるために真剣に考えるようにな たことがこの成果につなが たと思う 意識の変革がなか たらも と時間がかか ていただろう 瀧原次長 BOLERO と接続も国際間の電子デ タ化を促進するため 今年から BOLERO BillofLandingEurope との接続を進める方針だ BOLERO とは 貿易手続きを迅速化するために インタ ネ トを利用してB/L 船荷証券 などの書類の受け渡しや代金決済の電子デ タ通信を行うサ ビス 九九年に欧州でスタ トした 船社やフ ワ ダ 通関業者などが加入 税関のシステムともつなが ており カシオのように輸出入取引を行う企業が国内外の拠点で BOLERO と接続すれば 物流業務処理から決済までを一元化することができる 同社では四月をめどに 名古屋税関と通関デ タの交換を試験的に開始する 日本で書類の作成が不要になり 輸入通関などにかかる時間を四八時間程度短縮できると見ている またフ ワ ダ が管理する輸送中の在庫情報とのアクセスも進める さらに国内拠点の集約が完了した後は 東京と大阪の新拠点を BOLERO と接続し BOLERO 経由で中国の生産拠点に国内の在庫情報などを提供することも検討している 先に述べたように 四カ所に集約する国内拠点は必要最小限の在庫しか持たずに運用することにな ている 通信ネ トワ クによ て 中国の生産拠点でも日本側の情報を見ることができるようになれば 必要な製品を効率よく生産することができ 中国側での在庫削減やオペレ シ ンの効率化にもつながる 拠点の集約とともに こうした効果が期待通りに現れれば 年間ト タルで一〇億円近いコスト削減も可能と物流部ではみている フリ ジ ナリスト・内田三知代 図4 「BOLERO(Bill of Landing Europe)」の概念図 BOLERO 国際電子商取引に関するプラットフォームのことで、国際電子商取引をペーパーレスで行う事を可能とする。
唯一有価証券であるB/Lの権利移転の機能を持っている。
各企業がBOLERO接続のインターフェースを作るだけで全ての企業が繋がるようになる。
bolero。
netaccelerating global trade銀 行 税 関 船会社 生産拠点 配送センター 保険会社 領事館 現地販売会社 米国、ドイツ、UKフォワーダ 通関業者 販売代理店 世界各国 カシオシンガポール カシオ香港 インターネット
