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45 DECEMBER 2004
半導体のワンストップ・ショッピング
「日本の半導体・電子部品の流通モデルを
変革する」――。 二〇〇一年に起業したベン
チャー企業、チップワンストップは、創業時
に掲げたこの事業ビジョンを一歩ずつ実現し
てきた。 半導体不況のあおりで当初の目論見
より多少、時間を要したが、創業三年目には
黒字に転換。 四年目の今年は累積損失を一掃
し、二億円を超す経常利益を残せる見込みだ。
この一〇月には東証マザーズへの上場も果た
し、新たな事業フェーズに入っている。
チップワンストップという社名は、同社の
サイトを訪れれば?ワンストップ.つまり一
回の買い物で、すべての?チップ=半導体.
を調達できるというビジネスモデルに由来し
ている(図1)。
半導体というのは特殊な商品だ。 数百万点
もの種類が存在するばかりか、めまぐるしい
技術革新によって製品の改廃が激しい。 しか
も原料を仕入れてから製品に加工するまでに
数カ月かかるため、必ず流通在庫が発生する。
この在庫負担を、半導体メーカーか、中間流
通か、需要家の三者のいずれかが引き受けな
ければならない。
現実には三者がそれぞれに負担とリスクを
分担しているのだが、とりわけ中間流通を担
う半導体商社の役割が大きい。 そして、この
半導体商社のビジネスモデルは日本と海外で
はまったく様相が異なっている。 欧米には
半導体の流通モデルを変革する
カギは無駄な物流をやらない工夫
インターネット上で半導体・電子部品
の購買サイトを運営する設立4年目のベ
ンチャー企業。 原則として商品在庫を持
たず、サプライヤーの在庫情報を使って
商売を営んでいる。 ビジネスモデルあり
きのネットベンチャーが姿を消すなかで、
しっかりと利益を出せる体質を構築。 今
年10月には東証マザーズに上場した。
チップワンストップ
――ビジネスモデル
「メガ・ディストリビューター」と呼ばれる大
手商社がいてフルラインに近い品揃えをして
いる。 これに対して、日本市場にはこうした
プレイヤーが存在しない。
日本の半導体流通は、この業界に特有のテ
リトリー制によって細分化されている。 半導
体メーカーの系列や製品タイプなどによって
取り扱う商社が分かれているためだ。 このた
め一つのプリント基板に乗せる複数の半導体
を、一社の半導体商社から入手するのが過去
の日本では事実上、極めて困難だった。
ここにチップワンは目をつけた。 過去には
不可能だった半導体のワンストップ・ショッ
ピングを、インターネットを駆使して実現し
ようとしたのである。 同社の高乗正行社長は
こうアピールする。
「たとえばパソコンの基盤を試作するときに
は、たった一つの半導体が足りないだけで全
ての作業をストップせざるを得ない。 従来、
こうした部品を入手したければ半導体商社の
二次、三次代理店に頼むケースが多かった。
ところが使い勝手が悪く、場合によっては秋
葉原まで買いに行った方が早いなどということも少なくな
かった。 当社のサイトに来て
もらえれば、五〇〇万種類を
超すデータベースの中から必
要な半導体を選び、実際の手
配までできる」
手本は金型販売のミスミ
どんな半導体でも調達でき
るというのがチップワンの売
りだが、自ら大量の在庫を抱
えているわけではない。 サイ
ト上で表示する在庫情報の多
くは、同社が提携している六
〇〇社余りのサプライヤーの
在庫に関する情報だ。 半導体
流通のなかでチップワンは、
顧客の要望に応じて複数のサ
プライヤーから製品を調達し、
これを一括して届ける?購買
代理商社.として機能してい
る。
購買代理商社という言葉は、
金型やFA部品の分野で流通
革新を実現したミスミによって一躍有名にな
った。 日本の一般的な専門商社は、その多く
がメーカーの販売代理店という位置付けにな
っている。 これに対して購買代理商社は、あ
くまでも顧客の視点に立って商品を仕入れる。
高乗社長はミスミを徹底的に研究しており、
今年三月には田口弘ミスミ前社長をチップワ
ンの社外取締役として迎え入れたほど手本と
している。
もっとも、同社はミスミを模倣しただけの
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図1 チップワンストップのビジネスモデルとサービスイメージ
●500万種以上のデータベース
●少量・多品種対応
●クイックデリバリー在庫
●One to One マーケティング
●生産中止・互換品情報
●データシート仕様情報
●EDAライブラリー情報
一括納品 一括仕入れ
サプライヤー
600社以上と連携
電子デバイスメーカー
電子デバイス商社
海外商社
ユーザー会員
エンジニア(技術者)
購買担当者
情報共有機能
部品表一括管理
在庫検索
見積依頼・注文
スピード見積
クイックデリバリー
柔軟な決済方法
在庫・納期・価格情報
預託在庫・引当在庫
キャンペーン製品情報など
トレーダー 営業担当
短期間で開発に必要な
半導体・電子部品を
ワンストップで調達可能
敏速な見積回答と顧客サポート 口座開設等新規・継続取引支援
エンジニア向け
技術情報
生産中止情報
互換品情報
注文履歴
見積履歴
会員情報
多種・多様な 在庫情報
顧客情報蓄積
データベースシステム化された膨大な情報リソース
会員登録
「当社が手掛けるビジネスへの
参入障壁は高い」というチップ
ワンストップの高乗正行社長
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会社ではない。 チップワンのビジネスモデル
で巧妙なのは、本来であれば競合関係になっ
てもおかしくない半導体商社を戦略パートナ
ーとして自陣営に引き入れている点だ。
日本の大手半導体商社には、前述したテリ
トリー制とともに、主に大口取引しか扱って
いないという特徴がある。 五、六兆円とされ
る日本の半導体市場のうち約九割は、家電や
パソコンといったデジタル製品を作る工場で
使われているため、こうした大口だけでもビ
ジネスが成り立つためだ。
製品の開発や試作段階で発生する小口取引
は、前述した通り大手商社の二次、三次代理
店の領分だった。 当然のことながら代理店の
経営規模は小さく、テリトリー制もあって取
扱品目はしれている。 このことが、電機メー
カーの開発担当者やエンジニアが必要な半導
体を調達するときに、かなりの手間を要する
という不便につながっていた。
こうした縦割り構造から脱却するため、チ
ップワンは最初から複数の大手半導体商社を
戦略サプライヤーとして同社のビジネスに巻
き込んだ。 大手商社と提携し、彼らの在庫情
報を使って商売をするというユニークなビジ
ネスモデルを編み出したのである。
チップワンが狙うのは約四〇〇〇.五〇〇
〇億円の小口市場のため、直接大手商社とは
競合しない。 しかも小口市場は大手がターゲ
ットとしている量産段階の前段に位置してい
るため、将来的な大口営業のターゲットでも
ある。 また大手にとっては、これまで手付かずだった一部顧客の要望に応えることにもつ
ながる(図2)。
このように周到に考え抜かれたビジネスプ
ランを引っさげて、高乗社長はチップワンへ
の出資企業を集めた。 その結果、独立系の半
導体商社としてはトップクラスの加賀電子と
丸文が戦略パートナーとして資本参加。 さら
にCADシステム大手でエンジニア向けに技
術情報の提供もしている図研などが出資に応
じた。 総額四億五〇〇〇万円という豊富な資
本を元手に、チップワンは二〇〇一年にビジ
ネスを本格化した。
三四才の青年実業家
チップワンの高乗社長は、この記事の取材
をした時点でまだ三四才。 世の中では楽天の
三木谷社長やライブドアの堀江社長などが脚
光を浴びているが、高乗社長も彼らに劣らな
い青年実業家だ。 神戸大学を卒業後、日商岩
井に入り二〇代で米国に赴任。 シリコンバレ
ーに駐在していた九九年に日商岩井米国のベ
ンチャーキャピタル子会社、アントレピアの
設立を主導し副社長に就いた。
このときの投資業務で高乗社長は「数十人
が一生暮らせるくらいの利益を会社に残した」
と豪語するほどの実績を積んだ。 そして赴任
地がシリコンバレーだったこともあり、半導
体ビジネスに関する情報にも数多くふれた。
米国での大手販売会社と独立系販売会社の
役割分担などを知るうちに、「メガ・ディス
トリビューターのいない日本で、皆がウィン
―ウィンになる仕組みを作れないか」(同)と
考えるようになったのだという。
当初、高乗社長は投資家の視点でこのビジ
ネスの可能性を探っていた。 ところが誰も手
掛けようとしておらず業を煮やしていたとこ
ろ、当時の日商岩井米国の上司から「それな
ら自分でやったらどうだ」と促されて起業を
決断した。 こうした経緯があったため、同社
の株主には双日とアントレピアも名を連ねて
図2 既存の半導体商社がカバーできない顧客がターゲット
準大口・中規模
量産
超大口
量産
中小口
デザインハウス
量産
保守
保守
保守
試作
試作
試作
試作 量産 保守
電子デバイス製品の顧客数と量産規模
半導体・電子部品全体の
国内消費市場
約5〜6兆円
当社の国内標的市場
約4〜5000億円
(グレーの部分がチップワンの事業領域)
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いる。
高乗社長はシリコンバレーでITバブルの
絶頂と暴落の両方を経験した。 それだけにチ
ップワンはITありきのビジネスモデルとは
一線を画している。 「我々はあくまでも半導
体商社であって、ネットありきのeビジネス
をやっているわけではない」と強調する。 た
しかに同社のビジネスは、ネットベンチャー
というよりは、流通ベンチャーといった方が
的を射ている。
チップワンのIT活用で特筆すべきは、イ
ンターネットよりむしろ五〇〇万種もの半導
体を網羅するデータベースだ。 実は高乗社長
は九〇年代半ばに、通産省(現経済産業省)
が手掛ける取り組みのなかで電機業界におけ
る部品情報のデータベース化に携わった経験
を持つ。 チップワンの大株主で、技術情報の
相互利用などで協力し合っている図研とは、
この当時からの付き合いなのだという。
それだけに「(部品情報に関する)データ
ベース・マネジメントでは、たぶん日本一の
ノウハウを持っていると思う。 これを賢くや
っていることが、ある意味で当社の競争優位
になっている」と胸を張る。 たいていJAN
コードが付いている消費財と違って、半導体
にはバーコードが付いていない。 これをチッ
プワンは独自の仕組みで管理している。
この種のデータベースの価値は、利用者が
増えて使用履歴が蓄積されるほど高まる。 最
先端の開発業務に携わるエンジニアが注目し
ている部品情報などが、どんどんここに貯ま
っていく。 また、すでに一万人を超えている
会員情報は、これからチップワンが半導体・
電子部品以外の商材を取り扱っていくうえで
貴重な武器にもなる(図3)。 その意味で同
社のビジネスモデルは、文具通販で急成長し
たアスクルにも通じている。
物流は本社の一角に倉庫を設置
顧客向けに商品を発送する物流業務を、チ
ップワンは本社内の一角で手掛けている。 デ
ータベース上で検索可能な五〇〇万種の品揃
えのうち、実際に在庫を持っているのはメー
カーの預託在庫を含めても約一万種に過ぎな
い。 それ以外の商品については注文が発生す
る都度、サプライヤーから取り寄せて、検品
を済ませてから出荷している。
倉庫での作業を一言でいえばクロスドッキ
ングに近い。 まず午前中に入荷する商品を、
検品してオーダーごとに仕分ける。 たいてい
のオーダーは複数の入荷先をまたいでいるた
め、必要に応じて部品を顧客ごとに荷合わせ
する。 異なる日付でバラバラと部品が入荷す
るオーダーについては、必要な部品がすべて
図4 3年目で黒字化し4年目で累損を一掃した
01年12月期
(10カ月決算)
02年12月期 03年12月期 04年
(見込み)
25
20
15
10
5
0
−5
売上高(億円)
経常利益(億円)
0.67
4.63
8.12
19.95
2.67
0.2
▲1.27 ▲0.68
※2004年6月30日現在
図3 個人会員の数は右肩上がりで増え続けている
会員数
5,000名突破
Web会員数(左軸) 注文実績有りWeb会員数(右軸)
会員数
10,000名突破
12,000
10,000
8,000
6,000
4,000
2,000
0
3,500
3,000
2,500
2,000
1,500
1,000
500
0
02/01 02/07 03/01 03/07 04/01
2003/1/1〜2003/12/31(12カ月間)
購入実績会員1,526名(約1,000社)
2004/1/1〜2004/6/30(6カ月間)
購入実績会員1,704名(約1,250社)
2003年度通期
2004年度通期
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揃うまで倉庫内で一時保管する。 こうして部
品を管理しながら、一日に四〇.一五〇箱ぐ
らいの出荷作業をこなしている。
従業員の総数が四五人と小所帯なこともあ
って、チップワンには独立した物流部門はな
い。 倉庫内の作業は「業務支援スタッフ」と
呼ばれる二、三人の担当者が手掛けており、
スタッフたちは情報システム及びマーケティ
ングを担当するセクションに所属している。 倉庫内で手掛けている物流実務は複雑なもの
ではないが、そこにはチップワンならではの
工夫が凝らされている。
言うまでもなく、同社が顧客に提供してい
る最大の価値は物流サービスではない。 配送
リードタイムを重視するのは当然だが、これ
は他のサービスを補完する一項目に過ぎない。
チップワンの最大の強み
は、前述した通りワンス
トップで品揃えできるこ
とと、これを一括して納
品できること、そして納
期や品質を顧客に代わっ
てしっかりと管理するこ
とだ。
一見、当たり前の話に
思えるが、生産財の世界
では案外これが難しい。
とくに半導体流通では、
小口取引を扱っている販
売代理店の情報システム
が未整備なこともあって、
過去にはこうした顧客ニ
ーズに応える術がなかっ
た。 そこでチップワンは、
オペレーションを管理す
る情報システムを独自に
構築。 バーコードを使っ
て在庫管理や作業管理
を行うシステムを、ゼロから開発した。
こうした仕組みを自ら開発した理由を、高
乗社長は次のように説明する。 「我々とまっ
たく同じビジネスを手掛けている人たちは世
の中には存在しない。 当社の商売では新しい
取引先が毎日のように増え、会員も増え続け
る。 物流の管理にも半導体ならではの特色が
ある。 ビジネスが初期段階にあって変化しつ
づけている間は、業務を最もよく理解してい
る我々がシステムまで作るのが一番いい。 そ
れをできるのが当社の強みでもある」
たしかに同社の物流活動には特殊な作業が
多い。 たとえば五〇〇〇個がワンセットの商
品に対して、一〇〇個の注文があったとする。
この場合、チップワンは一〇〇個分だけ切り
離して販売するわけだが、そうすると残りは
四九〇〇個の商品になる。 つまり商品の品番
は同じなのに、物流管理という意味ではSK
Uがどんどん増えてしまう。 しかも取り扱っ
ているのはピンの数だけが違う半導体など、
素人目には区別すらつかないような商品だ。
決して簡単に管理できる業務ではない。
チップワンは在庫をもたないビジネスモデ
ルによって、ある意味で?物流を極力発生さ
せない.流通を実現した。 その一方で、どう
しても発生する物流管理については、旧来の
やり方とは異なる合理的な仕組みを持ち込ん
だ。 見方によっては、これぞ?物流ありき.
のビジネスモデルという言い方もできるので
はないだろうか。
(岡山宏之)
2〜3人のスタッフが物流実務を処理する
本社2階にある60平方メートルほどの倉庫スペース
それぞれの商品を3つのバーコードで管理
定型化した保管箱を活用して半導体を管理自社開発したオペレーションシステムが頼り
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