ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2004年12号
特集
物流マンのIQ SCMマネジャーの作り方

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

DECEMBER 2004 16 改革の成功率は三四% 米国では九〇年代後半から有力企業による企業内 大学(コーポレート・ユニバーシティ)の設立が相次 いでいる。
現在、フォーチュン五〇〇社のうち約四割 が企業内大学を設置しているという。
そこでは教育予 算がコストではなく投資として認識され、事業展開に リンクした戦略的な教育が指向されている。
日本ヒューレット・パッカードでロジスティクスを 担当する業務統括本部物流本部には現在、約二〇人 の正社員がいる。
オペレーションは全て近鉄エクスプ レスを始めとした3PLに委託し、ロジスティクス部 門の役割は3PLの管理と業務改革やパフォーマンス の改善に特化させている。
そして「ロジスティクス改革を担うスペシャリスト の育成が、物流部門のマネジャーとしての私の最大の 使命となっている」と、同社の米津敏男物流本部国 際物流部部長はいう。
西濃運輸グループや旧ニチメン などで国際物流業務を経験して同社に転職した米津 部長は、入社当初、HPのカルチャーや人事制度がそ れまで馴染んできた日本企業とあまりに違うので面食 らったという。
同社では各期の始めに社員一人ひとりについて、そ の期の個人パフォーマンスを評価するための測定項目 と目標を設定する。
同時に目標の達成に必要な能力 要件を整理して、それをカバーするためのトレーニン グ計画を立てる。
そのための人材開発費として昨年は グループ全体で約三〇〇億円を投じている。
各国内で開催する専門研修のほか、米国本社で作 成した世界共通のeラーニング・コースを用意してい る。
「eビジビリティ」や「関税評価」「インコターム ス」など、ロジスティクス分野だけでも現在、四五の プログラムがある。
各プログラムの内容は環境の変化 と必要に応じて毎年、アップデートされる。
スタッフはカリキュラムの中から、自分に求められ ている能力要件を満たすために必要なプログラムを選 んで受講する。
世界のどこでもパソコンを通じて講義 を受講できる。
単に聞くだけではない。
授業の途中に いくつか講師から選択式の問題が出される。
受講者は パソコンのキーボードを叩いて解答を打ち込む。
する と授業の終わりには、その日の自分の点数が分かると いう双方向の仕組みになっている。
総勢一万九〇〇〇人という巨大なSCM部隊を抱 えるIBMも、SCMの専門教育のための階層別の 研修制度を社内に備えている。
スタッフ全員を対象に した基礎講座として四時間のeラーニング・プログラ ムを設けているほか、約一九〇〇人のSCMマネジャ ー向けに、インターネット上で電子会議を開催できる 「アクション・ネット」という仕組みを持っている。
さらに世界各地から選抜した四〇〇〜五〇〇人の テクニカルリーダーに対して毎年、米国のオーランド で三日間にわたる集合研修を行っている。
そこでは、 エンジニアとしての技術的問題よりもむしろモチベー ションの向上や人的なネットワークの形成に重きが置 かれている。
それこそがサプライチェーン改革の成否 を握るカギになると目されているからだ。
米CHAOSリサーチの二〇〇三年の調査による と、ITプロジェクトの成功率は三四%に過ぎないと いう。
途中で計画が破棄され、完全な失敗に終わった ものが全体の一五%。
残りの五一%のプロジェクトは、 コストやスケジュール、品質面で目的を満たせていな い。
原因としては経営幹部のサポート不足を筆頭に、 改革キーマンの不在など?ヒト〞の問題が上位を占め ている。
SCMマネジャーの作り方 サプライチェーン改革の過半数は失敗に終わっている。
理論上 は正しいはずの手法が現実には機能しない。
主な原因は“ヒト” にある。
現場で陣頭指揮を執って改革を成功に導く新しいタイプ の中間管理職が求められている。
SCMの普及によってロジスティ クス・マネジャーの能力要件は大きく変化した。
(大矢昌浩) 第2部 日本HP/IBM/アクセンチュア/JILS 特集1 17 DECEMBER 2004 とりわけSCMプロジェクトは、各種のプロジェク トのなかでも成功率が低いと言われる。
その理由とし て米IBMのブライアン・エック・シニアテクニカル マネージャーは「SCMのプロジェクトは部門を横断 した取り組みになる。
部門が違うと意見を共有しにく い。
プロセスを変えることに対する心理的な抵抗も大 きくなる」と指摘する。
九〇年代の後半以降、日本でも多くの企業がサプ ライチェーン改革に乗り出している。
巨費を投じてE RP(統合業務パッケージソフト)やSCP(サプラ イチェーン計画ソフト)を導入し、需給調整機能の強 化による在庫削減を図った。
しかし期待された成果を 実現できないでいる企業が少なくない。
ITは刷新し たものの、本来の目的であるサプライチェーンの統合 に失敗しているケースが目立つ。
アクセンチュアでSCM部門を統括する稲垣雅久パ ートナーは「サプライチェーン改革が組織に定着する かどうかは現場のスタッフのSCMに対する理解にか かっている。
とくに自分の担当以外の業務、販売の担 当なら製造や物流の業務をどれだけ理解しているかで 決まる」という。
基本的に在庫を削減するには、?情報を一元管理 できる体制を整えた上で、?需給調整機能を統合し、 最後に?物流ネットワークを最適化するという手順を 踏む必要がある。
このうち?情報の一元管理は最も投 資を必要とするプロセスだが、ITベンダーやコンサ ルタントの助けを借りることができるうえ、意見調整 の苦労は少ない。
しかし、それだけでは在庫は減らない。
?需給調整 機能の統合と?物流ネットワークの最適化に進んで、 初めて具体的な改善効果はあらわれる。
需給調整機 能の統合には、生産計画と在庫配置を決定する権限 の移譲が欠かせない。
また物流ネットワークの最適化 には、サービスレベルに関する取引条件の問題がつき まとう。
そこで課題になるのは大胆な権限の移譲を後押しす る経営層のサポートと、サプライチェーンの全体最適 化に対する関係者の理解だ。
それを社外の専門家に 頼ることはできない。
多くの場合、ロジスティクス・ マネジャーが関係者の意見調整と意識改革の旗振り 役を任されることになる。
コペンハーゲン・ビジネススクールのブリッタ・ガ メルゴー助教授とアイオワ州立大学のポールD . ロー ソン助教授は「SCMのためのロジスティクスのスキ ルと能力」というタイトルの調査研究論文を共同でま とめている。
これによると今日のロジスティクス・マ ネジャーにとって最も重要なスキルは「チームワーク」 だという。
以下、「課題解決」「サプライチェーンに対 する認識」「全体を見る力」と続く(図1)。
この調査結果から浮かび上がってくるのは、ビジョンを掲げて組織を改革へと導く、チェンジリーダーと してのロジスティクス・マネジャーの姿だ。
伝統的な 物流管理がロジスティクスに進化し、さらにSCMと いう新たな経営コンセプトが定着したことによって、 ロジスティクス・マネジャーはオペレーションの管理 から改革の実行へと役割を変えた。
スペシャリストを五年で育成 従来型のOJTや一般的な研修制度では、こうし た能力要件の変化をカバーできない。
しかも時間的な 余裕はない。
その点で現在、ベンチマークの対象にな っているのがアクセンチュアだ。
「当社ではSCMの エクスパートを五年で育てている。
これは通常の倍以 上のスピードだろう」と稲垣パートナーはいう。
日本HPの米津敏男業務 統括本部物流本部国際 物流部部長 図1 重要度の高い技能 チームワーク 7.75 問題解決 7.59 サプライチェーンの理解 7.59 全体を見る力 7.50 リスニング 7.50 話すこと/会話力 7.43 優先順位の判断 7.29 モチベーション 7.27 機能横断の理解 7.25 リーダーシップ 7.25 意思決定 7.16 論理分析 7.16 書くこと/文章力 7.13 時間管理 7.07 信用 7.06 自己鍛錬 7.04 チェンジマネジメント 7.04 技能分野 重要度 重要度の尺度 0=なし 1=とても低い  5=中くらい 9=とても高い HPではeラーニング を活用して、統一カリ キュラムをグローバル に展開している ロジスティクス分野だ けでも現在、45コー スを設けている DECEMBER 2004 18 同社にコンサルタントとして入社した新卒社員は、 まず「アナリスト」という肩書きでプロジェクト・チ ームの一員としてデータ分析や課題の洗い出しなどに 従事する。
アナリスト時代には基本的に専門領域は持 たず、様々な領域と業種を経験させることが原則とな っている。
各アナリストには、それぞれ先輩の社員が 「カウンセラー」として割り当てられる。
カウンセラ ーは担当するアナリストの?メンター〞としてキャリ アプランやメンタル面での個人的な相談に乗る。
その後、二〜三年の実務を経てアナリストは「コン サルタント」に昇格する。
具体的な課題解決を任せら れるようになる。
この階層からSCMを始めとした専 門領域の教育も本格化する。
同社はSCMの教育カ リキュラムを九八年に体系化、内容のアップデートを 重ねながら二〇〇〇年頃からeラーニング・プログラ ムとして展開している。
既に一万四〇〇〇人が受講し ている。
二〜三年の実績を積んだコンサルタントは「マネジ ャー」として独り立ちする。
チームリーダーとしてプ ロジェクトの責任者を務めるようになる。
マネジャー は担当プロジェクトの進捗と結果を、規定のフォーマ ットに基づいて「ナレッジ・エクスチェンジ」と名付 けられたグローバルな情報共有基盤データベースに登 録する義務を負っている。
こうして世界四七カ国、約八万人のコンサルタント によって蓄積された膨大なナレッジが同社の大きな差 別化手段になっているデータベースに必要なソリュー ションが見当たらない場合でも、課題に直面したコン サルタントが質問を登録すると社内の専門家からアド バイスを受けられる。
誰も返答していない質問があれ ば、データベースの管理担当者によって適切な担当者 にメールで回答を指示する仕組みになっている。

欧米の理論では対応できない 一連の社内用SCM教育プログラムを同社は「サ プライチェーン・アカデミー」と名付けて現在、社外 にも販売している。
プログラムの日本語化も随時、進 めている。
また日本ロジスティクスシステム協会でも 三年前から「ロジスティクス経営士」と名付けた新た な資格制度を設立し、経営改革の担い手となり得る リーダーの育成に取り組んでいる。
そこでは企業経営 の視点でロジスティクスをとらえ、財務諸表の分析か ら一般理論、ケーススタディ演習などの研修が行われ ている。
同講座の講師も務める味の素ゼネラルフーヅの川島 孝夫常勤監査役は「ロジスティクスを教えるためのカ リキュラムはようやくある程度、形になってきた。
し かしSCMとなるとこれからだ。
SCMに関しては欧 米の理論は日本に適用できない。
サプライチェーンの 構造自体が全く違っているからだ。
日本型SCMの 理論は自分たちで構築するしかない。
大きな課題だ」 という。
欧米のSCM理論はウォルマートとP&Gの取り 組みを始め、基本的に大企業同士の直接取引をモデ ルにしている。
実際、メーカー側と小売側の双方で寡 占化と上位集中の進んでいる欧米市場では、大手企 業同士の取引が全体の過半のシェアを占めている。
それに対して日本ではイオンやイトーヨーカ堂クラ スでも、メーカーにとっては売り上げ全体の数%を占 めているに過ぎない。
流通外資の参入などによって今 後、日本で市場の寡占化が進んだとしても、欧米並に なるとは考えにくい。
日本のSCMマネジャーを育て るためにも日本市場型のSCM理論とコンテンツが必 要になっている。
アクセンチュアのS CM部門を統括する 稲垣雅久パートナー

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