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動き出した新たな製販同盟
イオンや西友といった一部小売りがメーカーとの直接取
引を本格化している。 他方、メーカーによる販売戦略の見
直しも慌ただしい。 流通上の綱引きにも見えるが、実は両
者の動きは密接に関連しており、ここから新時代の製販同
盟が生まれようとしている。
ジャーナリスト野澤正毅
明治屋身売りの引き金は取引制度改革
二〇〇四年一〇月、流通業界に相次いで激震が走
った。 小売業界では、ついにダイエーが産業再生機構
の活用を決めた。 また食品卸業界では名門、明治屋
が業績不振の続く主力の食品卸事業を分離し、これ
を三菱商事と合弁で設立した新会社に譲渡。 事実上、
三菱商事への身売りを決断した。
現在、食品卸業界では、小売業界を上回る勢いで
淘汰と集約が進んでいる。 日本アクセス、伊藤忠食品、
西野商事を擁する伊藤忠商事グループと、菱食を筆
頭に明治屋をも完全に陣営に引き入れた三菱商事グ
ループ、独立系の国分が三つ巴の争いを展開。 これを
三井食品を中核とする三井物産グループが猛追する
構図だ。 この?三強プラスワン〞を盟主としながら、
地方卸や専業卸の系列化が加速している。
一方、食品メーカーの間では、オープン価格制への
移行という画期的な変化が起きている。 ビール業界で
はキリンビールを皮切りにアサヒビール、サッポロビ
ール、サントリーの大手四社が、二〇〇五年一月から
揃って希望小売価格、応量リベート(売上高に応じ
た割戻金)の撤廃に踏み切る。 菓子業界でも、明治
製菓、江崎グリコが来春から応量リベートの打ち切り
を表明。 これまで食品取引を支えてきた建値制とリベ
ート制が一挙に崩壊へと向かっている。
実はこれらの一連の動きは、密接に関連している。
小売業界の再編を震源として、戦後の食品流通を支
配してきた製配販のトライアングルがほころび始め、
代わって大手メーカーと大手小売りの間で新たな?製
販同盟〞が生まれつつある。 言い換えれば、メーカー
も小売りもその取引姿勢を、全方位外交から、パート
ナーの選別へと方向転換しつつある。
ビール業界の取引制度改革が明治屋にとどめを刺
した、との見方が食品業界でささやかれている。 明治
屋の取扱商品は酒類の比重が大きい。 キリンの母体だ
ったこともあり、利幅の薄いビール・発泡酒への依存
度がとりわけ高かった。 他の大手卸の攻勢もあって苦
戦を強いられていた明治屋が、二〇〇四年二月期の
決算で七期連続の経常赤字が確実となったとき、救
済に乗り出したのが三菱商事だった。
このとき三菱商事は、明治屋、旭食品など地域の
有力卸四社とともに「アライアンス・ネットワーク」
の設立を発表。 表向きの目的はシジシー(地域有力ス
ーパーの共同仕入れ機構)の一括物流など小売り向
けの共同事業である。 ところが「参加した卸はほとん
どが同族企業で、トップはお山の大将。 各論に入ると
利害が対立して話がまとまらない」(三菱商事関係者)
状態が続き、具体的な事業は一向に進まなかった。
明治屋の救済を巡る動きの背景に、当時すでに水
面下でオープン価格制への移行を検討していたキリン
の存在があったことは明らかだ。 キリンの取引制度改
革が現実のものとなれば、明治屋は応量リベートを失
う。 そればかりか、他の大手卸に比べて物流、情報な
どのシステム整備が遅れているため、応量リベートに
代わる機能評価リベートも期待できない。
結局、明治屋は、自主再建を断念せざるを得なく
なり、食品卸事業を手放すことで同社の看板と、オー
ナーの磯野家の資産を保全する道を選んだ。 かつて虎
の子だったキリンに引導を渡されたかのような結末は、
明治屋にとって皮肉というほかない。
イオンと西友が進める直接取引
大手食品メーカーは近年、リベートの削減に躍起に
なっているが、必ずしも販促費全体を圧縮しようとし
Report
特集2
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ているわけではない。 ある食品メーカーの幹部はこう
本音を明かす。 「自動的に出ていく応量リベートがな
くなれば、それだけ手元で自由になる資金を確保でき
る。 これを機動的に投じて本来の販促に役立てたい」
ただ、こうしたメーカーの動きは、巨額の応量リベ
ートを既得権益としてきた大手卸や小売りチェーンか
ら猛烈な反発がでると予想された。 それをかわすため、
多くのメーカーが一部の大口得意先への優遇措置を
講じている。 たとえばビールメーカーは、大手卸向け
には新しい特別リベートを設け、また大手小売りチェ
ーンには販促費の上積みなどで減少分を穴埋めすると
しながら理解を求めている模様だ。
複数のメーカー関係者によると現在、大手食品メー
カーの平均的な販促費のウエートは、卸向けの一〇〇
に対して、小売向けは二〇〇〜二五〇になっていると
いう。 粗利益ベースで見ると、卸は約一〇%の粗利益
率のうち二〜三%、小売りは約二五%のうち約五%
を販促費に頼っている計算になる。
しかも消費者との直結を志向するメーカーは、その
ウエートを卸向けから小売り向けへとシフトしている。
一方の小売りは、スーパー首位のイオンと、ウォルマ
ート傘下の西友をリーダー格としながら、新たな「製
販同盟の形成」(岡田元也・イオン社長)を謳い文句
に自社戦略へのメーカーの組込みを目論んでいる。
このことが卸を介在させない食品メーカーとの直接
取引として表面化してきた。 そこでは原価引き下げの
みならず、欧米流の製販同盟の実現が目的となってい
る。 その斬り込み隊長ともいうべき存在がイオンだ。
イオンは二〇〇一年から大規模な自社物流網の整備
に着手し、これらをベースに二〇〇四年までに加工食
品の五〇%を直取とする戦略物流構想を推進中だ。
卸業界と特約店制度を守りたい大手メーカーから
猛烈な抵抗を受けて、現状では計画は遅れている。 だ
が徐々に拡大していることも事実だ。 二〇〇五年二
月期上期にはメーカー約四〇社(日雑含む)がイオン
との直取に応じ、全取引額のうち二五%(PB含む)
が直物流で、うち約五割が決済についても卸を通さな
い真正直取(直物流のみは疑似直取)となった。
ウォルマート流の取引が日本でも本格化
イオンの直取に関する話題は大いにマスコミを賑わ
したが、実は同社よりはるか以前から直取に注力して
きたのが西友である。 同社は一九六九年に東京都府
中市に自社物流センターを立ち上げ、ここで一足早く
直取を試みた。 経営再建に追われるようになってから
は直取も停滞を余儀なくされたが、現在でも既得権益
は手放していない。 いまだに「首都圏では加工食品の
約三分の一が真正直取」(西友関係者)だという。
西友の直取メンバーとして名を連ねるのは、飲料、
菓子、調味料などのトップ級のメーカーだ。 物流、情報などの優れた機能を有し、オープン価格制など先進
的な取引制度を採用している企業が目立つ。 イオンの
直取メンバーとも多くがオーバーラップしている。 直
取を取引原理とするウォルマートが西友のフィジビリ
ティー・スタディ(事業化検討作業)を実施した際、
この点がお眼鏡に適ったことは想像に難くない。
西友は五カ年再建計画で、二〇〇六〜二〇〇七年
に現行の物流体制を刷新し、ウォルマート流の自社物
流体制を敷く方針を明らかにしている。 手始めに首都
圏の物流拠点を東西二カ所に集約する方針だ。 二〇
〇六年中をメドに埼玉県三郷市に新センターを稼働、
府中市の旧センターの復活も検討している。
これにともなって再び直取の拡大にも意欲を見せて
おり、大手卸に外注していた物流業務を段階的に引
施設の全国配置図 ※()内は稼働時期
札幌RDC/XD/PC(04.5)
盛岡XD/PC(03.11)
秋田XD/PC(03.7)
仙台RDC/XD/PC(01.6)
新潟XD/PC(03.8)
信州XD/PC(04.7)
北陸XD/PC(03.10)
静岡XD/PC(02.11)
関西NDC/NXD/RDC/XD(03.3)
京都XD/PC(04.3)
兵庫RDC/XD/PC(02.7)
四国XD/PC(03.5)
広島RDC/XD/PC(04.3)
沼津RDC/XD/PC(検討中)
関東NXD/RDC/XD/PC(02.11)
青森XD(03.5)
沖縄RDC/XD/PC(03.9)
九州RDC/XD/PC
(02.11)
2001年稼働 2002年稼働 2003年稼働 2004年稼働 ※本誌2003年3月号より再掲
NDC(ナショナル・ディストリビュション・センター)
NXD(ナショナル・クロスドック・センター)
季節商品並びに商品回転率の遅い商品など全社
的に在庫を集中した方が効率的な商品を保管。
各地のクロスドック・センターを経由して全国
の店舗に商品を供給
商品在庫保管機能は有さず、全国に供給する経
由形商品を集約し、全国のクロスドック・センター
を経由して全国の店舗に供給
RDC(リージョナル・ディストリビュション・センター)
XD(クロスドック・センター)
商品回転率の速い商品の保管と担当エリアの店
舗に担当エリアのクロスドック・センターを経
由して商品を供給
商品の在庫保管機能は有さず、NDC/NXD/RDC
からの供給商品と所在エリア商品の荷受けと店配送
PC(プロセス・センター)
生鮮食品の製造加工並びにインストアー商品の
原料を併設のクロスドック・センターを経由し
て供給
展開施設のタイプ
中部NXD/RDC/XD/PC(02.11)
北関東XD/PC
(04.1)
イオン中部RDC(日本トランスシティ)
イオン関西NDC(日立物流)
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き上げていこうとしている。 現に四月には「ウォルマ
ートとのポリシーの違い」を理由に、主力卸の一角だ
った菱食との取引(約一〇〇億円)を停止。 さらに
既存の直取メーカーに対しても、エリア拡大を働きか
けるなど地ならしを始めた。
一方で西友は、経営効率化に欠かせない道具で、か
つ製販同盟の架け橋ともなる、ウォルマート流の情報
システムの導入にも全力を挙げている。 二〇〇四年十
二月までに店舗情報管理システム「スマートシステ
ム」を直営全店に配備し、これと連動するウォルマー
トの基幹商品情報管理システム「リテールリンク」に
は取引先約六〇〇社が参加する見込みだ。 これによっ
て生鮮品以外の取引高の約九割をカバーし、店頭の
販売動向や在庫状況を逐一把握できるようになる。
このシステムによって取引先も、自社の商品情報を
ほぼリアルタイムで入手できるようになる見込みだ。
「これまでは店頭情報を収集するために小売りチェー
ンに多額の対価を支払っていた。 無料になるメリット
は大きい」(総合食品メーカー幹部)と好意的な見方も
少なくない。 ただし、データ集積に時間がかかるのと、
西友の経営規模では情報量が不足しているため、まだ
「即戦力には結びつかない」(同)という。
西友は二〇〇五年から加食の自動発注を開始する。
これに対してイオンは、すでに加食部門で本格稼働し
ている商品自動発注・補充システム「オープンデータ
ベース・マーチャンダイジング・システム」が軌道に
乗ったため、来期からはいよいよ日雑部門でCPFR
(共同商品需要予測・生産計画)をスタートする。
さらにイオンは「メーカーとのコラボレーションは
(直取拡大などの)量から質の追求に重点を移す」(岡
田社長)として、ウォルマートと同様のカテゴリー・
マネジメント(CM)も導入していく。 この制度では、
小売りが取引メーカーの中から選抜したカテゴリー・
マネージャーが、担当するカテゴリーについて競合商
品まで含めて小売りから情報を得る代わりに、棚割り
や売場管理などで小売りをサポートする。
すでにイオンは、菓子、洋風調味料などのカテゴリ
ーで、直取メーカーとCMの実験に着手している。 今
後はこれを進化させて、二〇〇五年二月期中をメドに
自動棚割りシステム「インタクティクス」を利用した
本格的なCMへと移行させていく考えだ。
西友もCMの準備に入っている。 新たな取引形態
「ジョイント・ビジネスプラン(JBP)」を開始。 来
年中に、直取メーカーを中心に取引先を約七〇社に拡
大する。 従来、西友とメーカーは、バイヤーと営業担
当者との商談で取引内容を決めていた。 これがJBP
では、営業だけでなく、担当役員を筆頭に経理、物流
などの各部署のスタッフを集めて、互いに組織したチ
ームで決める。 このチーム間で販売額、在庫量、粗利
益率などの共通目標を設定し、陳列方法の検証や物
流効率化などを進め、取引に関わる改善策を共同で
見出していく。
この取り組みへの参加メーカーは、たとえば飲料で
は伊藤園、サントリーフーズ、日本コカ・コーラなど
だ。 「現状は枠組みができただけで、従来の取引実態
と大きくは変わっていない」(食品メーカー幹部)と
参加者は口を揃えるが、成果への期待は高い。
販促費はメーカーの生命線
新しい製販同盟のインフラは、すでに完成しつつあ
る。 物理的な直接取引の進展を待つまでもなく、すで
に大手メーカーと大手小売りチェーンの間では、特売
などの販促内容に限らず、一部では定番品の納価など
も直接交渉で決定している。 CMについても、多くの
初のスーパーセンター実験店、
西友沼津店
ウォルマート流を加速する西友の木内政雄CEO(中央)とジ
ェフ・マカリスター取締役(右)
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大手メーカー幹部が「手掛けてみたい」という。
ところが、こうした製販同盟の資金源となる販促費
は、現状では大半が特売などの利益補てんに回されて
いる。 ある大手飲料メーカーは約二百億円の販促費を
拠出しているが、そのうち約八割が特売協賛金に回っ
てしまうという。 このメーカーの幹部は、「心血注い
で開発した商品のダンピング競争に荷担するなどバカ
げている。 可能であれば、商品を大事に育成してくれ
る小売りとだけ取引したいのが本音だ」と漏らす。
自社商品の値崩れを防ぎたいメーカーと、EDLP
(エブリデー・ロープライス)を目指すイオンや西友
を先頭に低価格志向を強める小売りチェーンとの間で、
取引条件を巡る攻防戦が激しさを増している。 追い詰
められているメーカーが、最後の生命線として死守し
ようとしているのが販促費だ。 ある大手菓子メーカー
幹部は、「販促費はいらない、その代わりに納価を即
引きしろと迫る小売りチェーンが後を絶たない。 だが
リベート分はともかく、その他の販促費については性
質が違うと突っぱねている」状況なのだという。
メーカー側にまだ余力が残っている現状では、販促
費を武器にして、メーカーがディスカウント型小売り
チェーンの動きを止めることも場合によっては可能だ。
その好例が、西友のウォルマート型長期販促企画「ロ
ールバック」の挫折だ。
この販促企画は、商品を約三カ月間値下げし、店
頭の大量陳列などでキャンペーンを行うというものだ。
西友はその値下げの原資として、メーカーに特売同様
の協賛金を要請した。 だが大手メーカーの多くは「特
売でなく、定番価格の値下げ」と見なして要請を拒否、
もしくは中途で企画から離脱した。 結局、西友は企画
を維持できなくなり「ロールバック」を「三カ月特売」
に宗旨替えせざるを得なくなった。
メーカー主導で販促費を有効活用する道筋を作る
動きも起きている。 カゴメは二〇〇三年六月に取引先
の反対を押し切り、野菜飲料の特売協賛金を大幅カ
ット、出荷価格を実質的に値上げした。 カゴメの寺田
直行・営業推進部長は「当初は風当たりが強く減収
で苦心したが、理解を示す取引先が増えた二〇〇四
年からは増収基調となった。 利益率も好転した。 薄利
でシェア獲得に躍起にならなくても、競争力のある商
品で収益を拡大する自信がついた」という。
機能が卸の命運を決める
流通再編と小売り業界の経営改革はもはや止まら
ない。 新時代の製販同盟の取り組みは、曲折を経なが
らも着実に進展していくはずだ。 そこでは、優れた商
品開発力と機能、それに進んだ取引制度をもったメー
カーと、こうしたメーカーからパートナーとして選ば
れた小売りチェーンの存在感が増すことになる。 その
一方で卸の地盤沈下は避けられないが、優れた中間流通機能をもつ卸は存在価値を保ち続けるはずだ。
大手小売りチェーンが卸に求める機能は物流サービ
スなどに限定されていく。 しかし、地域スーパーなど
中小小売りにとっては、卸の商品調達機能や棚割り
提案といったサポート機能は頼みの綱だ。 スーパー上
位一〇社のシェアが一〇%にも満たない日本では、メ
ーカーにとって卸経由のチャネルがメーンであること
に変わりはない。 地域の中小メーカーの立場からみて
も、全国に商品供給できる卸の存在は不可欠だ。
今後も「卸機能を活用する余地は多い」と大手メ
ーカーは見ている。 例えば、前述したカテゴリー・マ
ネジメントの精度は卸も参画した方が高まる。 こうし
た機能を磨き、的確にビジネスに生かす卸の未来は決
して暗くはない。
特集2
※「ロールバック」
値下げした商品の3カ月キャンペーン。 ずっと値下げしっ放しで、
期間を過ぎると定番価格に戻るのが特徴。
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