ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2003年1号
道場
代役で講師を頼まれた新春講演会

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JANUARY 2003 64 代役で講師を頼まれた新春講演会 大先生の独りよがりの熱弁が続く 「物流に限らず、企業内のあらゆる活動は、美し くなければなりません。
美しいということは、その 活動が理に適っているということです。
理から外 れた不要、不純な動きがないということなのです」 ボリュームを一杯に上げたマイクを通して、大 先生の声が会場中に響き渡っている。
あるホテル で開かれた某団体の新年賀詞交歓会の特別講演で ある。
当初予定していた講師が暮れに風邪をひき、 肺炎をこじらせて入院したため、その代役を大先 生がつとめている。
その団体では、新年になってから代役に誰をも ってくるかの検討を行ったのだが、候補はすぐに 決まった。
一週間後の賀詞交歓会の日に予定がな くて、つまり暇で、突然の依頼でも何も聞かずに 引き受けてくれるような人。
そんな余人をもって 代え難い人材は、たった一人しかいない。
その人 こそ、誰あろう大先生であった。
案の定、大先生は条件を一つ付けただけで、二 つ返事で講演を引き受けてくれた。
その条件とは 「演台のうしろに金屏風を置くこと」。
その団体も、 二つ返事でこの条件をのんだ。
会場では相も変わらず大先生の独りよがりの話 が続いている。
「理に適ったものは美しいのです。
美しいものは理 に適っているのです。
この真理を決して忘れては いけません」 「絵画にしろ、彫刻にしろ、陶芸にしろ、また建築 物にしろ、はたまた人間にしろ、美しいものは、す べて理に適っているのです。
ただし、人間の場合、 見栄えではありません。
理に適った行動、所作が 美しさを醸し出すのです」 結構、マジにやっている。
これがいつまで続く か。
「大阪は中之島、そこに東洋陶磁美術館がありま す。
例の安宅コレクションを収蔵、展示している ところです。
そこに、国宝が二つあります。
その うちの一つに『飛び青磁花生け』と呼ばれる青磁 があります。
茶道の世界でいう花入れつまり花瓶 です。
といっても、ただの花瓶ではありません。
買 《前回までのあらすじ》 本連載の主人公でコンサルタントの“大先生”は、ある大手消費財メーカ ーの物流部の相談にのっている。
大先生に叱られたり、なだめられたりして いるうちに、クライアントの物流部員たちの自覚は確実に高まってきた。
彼 らがみずから問題解決に取り組みはじめた以上、もはや今回のコンサルは成 功したも同然だ。
その安心感からか、大先生は在庫管理やABCの導入とい った実務の指導は2人の愛弟子に任せて、すっかりマイペースの日々を送って いる。
ひょんなことから講師を引き受けた某団体の新年賀詞交歓会の会場に は、ここぞとばかりに気勢を上げる大先生の姿があった。
湯浅和夫 日通総合研究所 常務取締役 湯浅和夫の 《第十回》 65 JANUARY 2003 えば高い花瓶です」 無料の?ただ.にひっかけたつもりなのかも知 れないが、誰も笑わない。
三〇〇人は入れる会場 ではあるが、出席者はまばらだ。
しかも、そのう ちの多くは舟を漕いでいる。
新年賀詞交歓会への 出席者の多くは、この後の宴会から集まるのであ る。
もっとも大先生の目には満員の聴衆しか見え ない。
決して空席は見ないのだから‥‥。
何も気にせずに大先生は続ける。
「私は、世の中にこれほど美しい造形物はほかには ないと思っております。
なぜ、それほど美しいの か、その答えは明らかです。
形状に対して人間が 認識しうる究極の理がそこに存在するからです。
そ の曲線、肌に飛ばされた黒の斑点の絶妙なバラン スがまさに理に適っているのです。
曲線が少しで も違っていれば、また斑点の飛ばし方が若干でも 異なれば、理は失せます」 この時点で、もはや顔を上げている聴衆は誰も いない。
文字どおり、大先生の独り舞台である。
「ところで、皆さん‥‥」 大先生は、会場にいる人の頭上を通り越して、 壁の向こう側に見える大聴衆に向かって呼びかけ る。
いよっ、大先生、本領発揮! 「ここで思い致さなければならないことは、この 比類なき美を作り出したのは、人間だということ です。
決して神が創り給うたものではないのです。
恐らく、過半は偶然の作用でしょう。
人間が意図 してつくりだせるものではないからです。
ただ、こ こで忘れてならないのは、それを可能ならしめた 人間の技なのです。
理を追求しつづけた人間の技 なのです。
すなわち、理への飽くなき探求心が、偶 然と合致して、理を究めたものを結果として生み 出したということなのです」 「言うまでもなく、理への探求心なき凡人には、 どのような恵まれた偶然が作用しようとも、決し て美しきものを生み出すことはできません。
理に 接近できない者は、美とは無縁の存在だからです」 乗ってきた。
完全な自己満足、いや独りよがり の世界だ。
大先生は、ここでおもむろにコップに水をつぎ、一気に飲み干す。
「うまいっ」 たしかに?うまい.かもしれないが、こういう 場では普通、口には出さない。
もっとも大先生は 決して普通ではない。
「物流マンは美の追究者たれ」 この言葉で講演は締め括られた 「この、理に接近する活動、これこそが、修行、 であり、勉強、であり、努力、なのであります。
こ れが、辛い、辛い試練なのであります。
この辛さ を乗り越えた者だけが理に接近することができる のです。
この辛さに耐え切れず、挫折した者が凡 人と言われる存在なのであります」 「言うまでもなく、このような凡人に物流を語る資 格はありません。
たかが物流ではありますが、そ れを美しきものにするための努力を怠ってはなり ません」 「かつて優れた経営者が数々の名言を残してきま したが、これらの経営者が例外なく言及する真理 が、たったひとつあります。
それは、経営は論理 JANUARY 2003 66 である、というものです。
理をベースにした経営 こそが、ゆるぎない企業を作り出すのです。
理に 適わない行動をした企業は必ず破綻するのです。
最 近、破綻した企業の例を見れば、それは明らかで す」 結構いいこと言ってるなあ‥‥自己陶酔に浸っ ている大先生。
それでも、聞き手に合わせて話し を現実化することは忘れない。
「よろしいですか。
物流を理に適ったものにするこ とがあなた方の使命なのです。
それでは、物流に おける理とは何でしょう。
言うまでもなく、市場 への適合です。
決して生産、仕入、販売という各 部門の都合への適合ではありません」 「物流を市場の動きに合わせること、これが理に適 った物流です。
生産、仕入を含めた供給活動を市 場に合わせること、これがロジスティクスなので す。
そして、さらに取引で関連しているすべての 企業の供給活動を市場に合わせること、これがサ プライチェーン・マネジメントといわれるものなの です。
これが、物流に理を求める発展的ステップ なのです。
みなさんが追求すべき理なのです」 「理論、論理、理知、理解、これら、かくあるべ しという方向を指し示す言葉は、すべて理がベー スになっているのです」 「理への飽くなき探求心こそが最も望ましい姿、 すなわち美への接近を可能ならしめるのです」 「物流に美を‥‥、これが物流を預けられたあな たがたに課せられたテーマなのです。
いま皆さん が持たなければならないことは、理すなわち美へ の飽くなき探求心なのです。
新春にあたり、美の 追究者たれ‥‥この言葉をみなさんに贈りたい ‥‥」 誰も聞いていない中で、大先生の大演説は終わ った。
「ご静聴‥‥ありがとう」 大先生の尊大な締めの言葉に即座に反応して、 会場後方から大きな拍手が起こった。
あまりのそ の拍手の大きさに、ぐっすりと眠っていたわずかな聴衆が叩き起こされ、わけがわからないまま、つ られて拍手をする。
いま大先生のコンサルを受け ている大手消費財メーカーの物流部長、物流企画 課長など五人も、このために来たとばかりに手を 真っ赤にして拍手している。
大先生は、両手を上げて、拍手に応えながら壇 を下り、出口に向かう。
出口に近づくと、最初に 後方から大きな拍手をした?美人弟子.が駆け寄 り、扉を開ける。
鷹揚に頷いて、大先生は会場か ら姿を消す。
美人弟子が後に続く。
こうして、大 先生の新春特別講演は終わった。
「今度、色紙に書いてやろう」 講演後の大先生は上機嫌だった 講演後のパーティで、大先生と美人弟子が二人 ぽつんとビールを飲んでいる。
「後ろから見てて、どうだった。
今日の客はちゃん と聞いてたか?」 大先生が講演の後に必ず聞く定番の質問である。
めっぽう酒に強い美人弟子がビールを一気に飲み 干して、これまた定番の答えをする。
「みなさん、結構感動して聞いていらっしゃいまし 67 JANUARY 2003 たよ。
うんうん頷いて聞いておられましたから、き っと目からうろこが落ちたのではないでしょうか」 目からうろこは、大先生の好きな言葉である。
大 先生は満足そうに頷き、酒に弱いのに一気にビー ルを飲み干す。
「うまいっ! 一仕事した後のビールはうまいな」 いかにも満足そうである。
そこにコンサルを受けているメーカーの部長以 下五人が大先生に挨拶に来た。
先日のキックオフ・ミーティングのお礼を言い、講演の感想を述 べる。
「大変すばらしいご講演でした。
お世辞抜きで、 私、感動しました。
美の追究者たれというお言葉 を物流部の座右の銘にしたいと思います‥‥」 あれ、部長は本気でお世辞抜きのようだ。
そば にいる課長をはじめ全員が、同じ想いを表すよう に大きく頷いている。
本当に感動したような全員 の表情に大先生は満足そうに調子に乗る。
「それなら、今度行ったとき、その言葉を色紙に書 いてやろう。
それを毎日拝めばいい」 部長が、戸惑いを見せながらも「はぁ、ありが とうございます」と返事をする。
大先生の横では 美人弟子が声を出して笑っている。
それをちらっ と見て、珍しく大先生の方で話題を変える。
「ところで、プロジェクトの方はどうなっている」 在庫管理とABCの二つのプロジェクトは、二 人の弟子が指導しており、大先生には逐一報告が なされている。
大先生は話題を変えたかっただけ のようだ。
大先生の問い掛けに部長が真剣に答え る。
JANUARY 2003 68 「はい、おかげさまで、お二人の先生のご指導によ り、順調に進んでいます。
実は、今日もABC導 入のプロジェクトが開かれています‥‥」 美人弟子が頷く。
以前から決まっていた?体力 弟子.が指導するプロジェクト会議と、後から入 った大先生の講演会とがバッティングしたのであ る。
どっちに出るかという企画課員の質問に部長 は、怒ったように、「選択の余地はない。
講演会に 決まっている」と即答した。
部長は賢明な選択をした。
その部長に大先生が 聞く。
「それで、プロジェクトはどんな結果が出た?」 「はい、興味深い結果が出ています。
以前、先生 がおっしゃった、物流センターの効率化を端的に 示す数字も出てきました。
物流部と生産や販売な ど他の部との責任区分もはっきりしてきました。
プ ロジェクトメンバー全員が興奮して作業していま す‥‥」 部長が興奮気味に話す。
それを受けて課長が続 ける。
「在庫につきましても社内の役員会で報告しまし た。
役員全員が絶句していました。
社長から在庫 の統合管理を物流部でやるように指示されまして、 いま着々と管理システムを先生のご指導を受けな がら構築しております。
あの在庫実態はかなりの 衝撃を与えました」 課長が美人弟子の方を見ながら、これまた勢い 込んで話す。
それを大先生が素直に引き取る。
「よし、それでは、時間を見つけて、その検討会に 出てやろう。
でも、空いてる日があったかなぁ、 日程の調整をしてくれ」 大先生に指示された美人弟子は、「調整するほど のスケジュールはないのに」と思いながらも素直 に答える。
「わかりました。
明日、スケジュールを見て、お 伺いできる日をお知らせします」 話の合間を見つけて「お名刺をっ」と言って誰かが割って入ってきた。
部長以下の面々は、これ 幸いとその場を去っていく。
大先生と名刺交換を したいらしい人が何人か並んでいる。
それを見て、 美人弟子はほっとする。
名刺交換の人数が少な いと、後で必ず大先生の機嫌が悪くなるからであ る。
ビールでも飲もうとグラスに手を伸ばしかけた 美人弟子に、後ろから声が掛けられた。
振り向 いた瞬間、美人弟子の顔色が変わった。
美人弟 子と名刺交換をしようと並んでいる人数の方が、 大先生より明らかに多かったからである。
これは 二次会で一波乱ありそうだ。
美人弟子はため息 を漏らした。
(次号に続く) *本連載はフィクションです ゆあさ・かずお 一九七一年早稲田大学大 学院修士課程修了。
同年、日通総合研究所 入社。
現在、同社常務取締役。
著書に『手 にとるようにIT物流がわかる本』(かん き出版)、『Eビジネス時代のロジスティク ス戦略』(日刊工業新聞社)、『物流マネジ メント革命』(ビジネス社)ほか多数。
PROFILE

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