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JANUARY 2003 18
JIT納品――フォード・モーター
米フォード・モーターはベルギー・ゲンク工場でユニークな生
産システムを導入している。 工場に隣接するサプライヤーズ・パ
ークに部品メーカー各社の物流センターを進出させる。 そこから
コンベアを通じて生産ラインに直接、モジュール化した部品を供
給させる仕組みだ。 それによって、フォードは部品の無在庫化を
実現。 乗用車1台当たり38ドルのコストダウンに成功した。
企業城下町をコンベアで結ぶ
ベルギー・フランダース州リンブルグ県ゲンク市
――。 二〇〇二年のW杯で活躍したサッカー日本代
表の鈴木隆行選手が所属するプロチームの本拠地とし
て一躍有名になった人口七万人足らずの小さな工業
都市に、大手自動車メーカーの米フォード・モーター
が組み立て工場(ゲンク工場)を構えている。 年間生
産台数は約四七万台。 世界各地に展開するフォード
の工場の中で最大の生産能力を誇る。 現在、主に欧
州市場向けに「モンデオ」などの乗用車を生産してい
る。
このゲンク工場の特徴は「ダイレクト・オートマチ
ック・デリバリー(DAD)」と呼ばれる生産システ
ムを導入している点だ。 工場に隣接するかたちで「フ
ォード・サプライヤーズ・パーク」を建設。 そこに部
品ベンダーの物流センターを進出させている。 部品ベ
ンダーはフォードの生産計画に従って、物流センター
で部品をモジュール化した後、それをコンベアを通じ
て直接フォードの生産ラインに供給する。 フォードは
各部品ベンダーから送られてくるモジュール部品を順
番通りに車体に組み付けていく、という仕組みだ。 新
車種投入で生産ラインを切り替えた二〇〇〇年一〇
月、新たにこのシステムを採用した。
一般に自動車メーカーの組み立て工場と部品ベンダ
ーの間で展開されるJIT(ジャスト・イン・タイ
ム)納品にはトラックによる配送が伴う。 当然、配送
頻度や納品リードタイムに応じて、ある程度の部品在
庫を確保しておく必要がある。
これに対して、DADはコンベアを使用するため、
でトラック配送の必要がない。 ランニングコストはほ
とんど掛からない。 部品ベンダーの物流センターと工
場が隣接しているので、部品在庫の欠品も発生しない。
工場側で部品在庫を管理する手間も省ける、といった
利点がある。
ただし、生産システムへの投資額が大きく、常に大
量生産体制を維持しないとペイしない。 また、工場と
部品ベンダーの物流センターを集積させるために広大
な土地を確保しなければならないなどの制約もある。
そのため日本市場では導入が進んでいないというのが
実情だ。
一方、欧米メーカーはDADの導入に積極的だ。 フ
ォードではゲンク工場のほかに、小型車を生産するス
ペインのバレンシア工場でも展開中。 さらに米ゼネラ
ル・モーターズ(GM)もブラジルの組み立て工場で
同様の生産システムを稼働させているという。
十二分毎に生産ラインに投入
現在、ゲンク工場では主要モジュール部品約三〇ア
イテムをDADの対象としている。 このうち、ワイヤ
ーハーネスを供給する矢崎総業は日系部品メーカーと
して初めてサプライヤーズ・パークに進出した。 延べ
床面積五〇〇〇平方メートルの物流センターを用意。
そこで複数の部品を手作業で組み立ててモジュール化
し、フォードの生産ラインに投入している。
もともとゲンク工場ではワイヤーハーネスの在庫を
二日分確保していたが、新体制移行後は在庫ゼロを
実現している。 物流センターの管理責任者である矢崎
ヨーロッパのエルグン・タン・オペレーションマネー
ジャーは「オーダーを受けてから三五分以内に納品を
済ませなければならない。 オペレーションの条件は非
常に厳しい。 しかし、部品在庫削減に貢献することで、
フォードとの関係は深まっている」と説明する。
矢崎総業の物流センターでのオペレーションはこう
CASE STUDY
第1特集
19 JANUARY 2003
だ。 まずフォードからその日の生産計画に基づいてコ
ンピュータ経由で納品指示書が送られてくる。 ?納品
すべき生産ラインの場所、?納品時間、?納品すべき
部品の種類・色――などが細かく指示されており、そ
れを基にピッキングリストを作成する。
作業員はリストを見ながらラックやカゴの中から必
要な部品をピッキングした後、モジュール化のための
組み立て作業を施す。 最後にモジュール部品に生産ラ
インでの検品で使用するバーコード付きシールを貼り、
指示された順番通りにコンベアに載せていく。 十二分
に一回のペースで生産ラインへ部品を投入する。
矢崎総業は物流センター内でのオペレーションをす
べて3PLにアウトソーシングしている。 委託先はカ
ナダに本社を置くTDS社だ。 自動車産業のロジステ
ィクス、とりわけ部品物流の分野に強い3PLとして
知られており、ゲンク工場では矢崎のほかに、部品メ
ーカー十三社から物流業務を任されている。
部品メーカーが物流オペレーションを3PLに丸投
げしているのは、各社にとってロジスティクスはコア
コンピタンスではないと判断しているからだ。 大口取
引先からの要請とはいえ、特定の工場向けに専用物
流センターを用意する余力を持たない部品メーカーに
とって、3PLの利用は「コストを掛けずに、顧客か
らの要請にきちんと応えるための有効な手段」(矢崎
ヨーロッパのエルグン・タン・オペレーションマネー
ジャー)として支持されている。
フォードも運営を外注化
実はフォード自身もDADの管理をCSG
(
Conveyor Services Genk
)社にアウトソーシングし
ている。 CSG社はゲンク工場と各部品ベンダーの物
流センターを結ぶコンベアを所有・運用する専門会社
で、九九年十一月に設立された。 フォードからの生産
計画を受信し、それを基に各部品ベンダーに納品指示
を振り分けたり、フォードの生産ラインで組み立て作
業が円滑に進むようベンダー各社の部品供給をコント
ロールする役割を担う。
部品ベンダーの管理は徹底している。 コンベアに不
具合が発生し、生産ラインが止まった場合にはフォー
ドに対してペナルティーを支払わなければならないか
らだ。 同様に、CSGは部品ベンダーに「オーダー後
一定時間内に納品できなかったり、ライン投入の順番
が間違っていた場合はペナルティーを課している」(ジ
ャキ・ドレーセン・ゼネラルマネージャー)という。
CSG社はコンベアの建設費用として約三一〇〇
万ユーロ(約三七億二〇〇〇万円)を投じた。 これを
回収するための主な収入はフォードから支払われる管
理委託料だ。 組み立て作業が終わり、生産ラインから
完成車が出た時点で、車両価格の数%がCSGの売
り上げとして計上されるという契約を交わしている。
ゲンク工場ではDADの導入で部品在庫をゼロ化。
さらに納品トラックを一日当たり二七〇台削減。 それ
によって、乗用車一台当たりの生産コストを三八ドル
削減することに成功した。 フォード出身で、ベルギー
の経済団体の一つであるAGORIAのヒュゴ・マリ
ス・インダストリアル・エリア・マネージャーは「物
流コストや部品在庫負担も軽減できるDADは自動
車業界に広く普及していくだろう」と分析する。
乗用車の低価格志向は年々強まっており、大幅な
コストダウンが期待できるDADは新たな生産手法と
して定着する可能性が高いと言えるだろう。 ただし、
前述した通り、現段階ではDADに対する業界内の
評価は二分している。 それでも、フォードでは今後、
他工場での導入も前向きに検討していくという。
矢崎ヨーロッパの
エルグン・タン氏
右上;コンベアを制御するコンピュータ室
右下:部品をモジュール化する作業員
左上:生産ラインに向かうコンベア
左下:コンベア投入前のモジュール部品
ゲンク工場のDADシステム
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