ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2003年2号
CLO
アングロサクソン流マネジメント

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

もっとも多くの日本人は、依然とし て旧来の考え方から抜けだせずにいる。
とくに日本で記憶能力だけを問われる 教育を受けてきた人たちは、いまだに 「中長期的に見ると‥‥」などという ことを平気で言っている。
だが現実の 世の中は、もはやそんな悠長なスピー ドでは進んでいない。
そこで今回は 「アングロサクソン流マネジメント」の 特徴を、私の経験を交えながら具体 的に紹介したい。
アングロサクソン流の経営者が「中 長期的な」案件に投資したがらないの は、今できるようにしなければ意味が ないと考えているためだ。
だからこそ 米国では、四半期単位で成果をチェ ックし、期間内に結果が出ないのであ れば、できないと結論づけてしまう。
FEBRUARY 2003 58 短期的な利益ばかりを追求している イメージの強い米国企業だが、決して それだけではない。
投下資本を素早く 確実に回収したいと考えているからこ そ、ビジネスの前提となるルール作り に時間を費やし、社外スタッフを動員 して将来ビジョンを練り上げる。
彼ら のこうした行動様式を見ずに、本場の ロジスティクスを理解するのは難しい。
今回はアングロサクソン流の思考パタ ーンに焦点を当てる。
最初にルールを決める米国企業 米国企業に代表される?アングロ サクソン流〞の経営手法は、一般に 短期的な利益ばかりを追求していると いうイメージが強い。
一方の日本企業 は中長期を見据えて経営に取り組ん できたと言われる。
そして一九九〇年 頃までは、どちらかという言うと日本 流が勝っていた。
ところがバブル期を 境に、日本流は間違っていたのではな いかというふうに風向きが変わりつつ ある。
これは、なぜなのか。
極端な言い方をすると、アングロサ クソン流の経営者というのは、「今で きないことが明日できることはない」 と考える。
これに対して日本流の経営 者は、「今できなくても明日になった らできるかもしれない」と思う。
しか し、今できないことは、たいてい明日 になってもできない。
そんなことを言 っていた日本企業が没落していったた め、日本流からアングロサクソン流へ のシフトが急速に進んだ。
そのうえで、できない理由を徹底的に 追究し、担当者を変え、仕組みを変 えることで実現するというのが彼らの 一般的な行動パターンだ。
また、アングロサクソン流の経営者 は、まず?ルール作りありき〞で行動 する。
最初にルールもしくは明確な方 針を作ってしまい、これに照らして現 状が上手くいっているのかどうかを判 断する。
そして、仮にこのルールが上 手く機能しないのであれば、ルールを 一気に作りかえることも厭わない。
こうしたルール作りは、最初はある べき姿を描くことから始まる。
例えば ロジスティクスの分野であれば、まず 「在庫ゼロ」という究極的な姿を描き、 そのために必要な管理ルールを定める。
これはビジネスに限らず、軍事分野に 味の素ゼネラルフーヅ 常勤監査役 川島孝夫 アングロサクソン流マネジメント 《第3回》 59 FEBRUARY 2003 も通ずるアングロサクソン流の絶対的 なやり方といえる。
実際、国際会計基 準もITの国際基準も、もとはアング ロサクソンが決めたルールだ。
その辺 を理解していない日本人が彼らと話し ていると、まったく話が通じなくなっ てしまうことが少なくない。
コンサルタントは戦略パートナー 私が米クラフトフーヅを見ていて感 心するのは、二年先くらいの企業の組 織図やファンクション(機能)を経営 トップが明示してしまう点だ。
例えば、 二カ所ある工場を二年後に統合して 一カ所にするといったことを、トップ が自ら宣言してしまう。
そして二年後 の結果を見ていると、ちゃんとそうな っていく。
正直いって、これには驚か された。
また、こうした将来像を描くときに コンサルティング・ファームが重要な 役割を担っていることも、アングロサ クソン流の特徴といえるだろう。
経営 コンサルタントの活用方法は、日米で まったく異なる。
日本のように日常実 務に入ってきてもらうという使い方を 彼らはしない。
クラフトの場合は、大 手コンサルティングファームのATカ ーニーを将来ビジョンを描くための社 外スタッフと位置づけて、完全に戦略 パートナーとして機能させている。
こうしたスタッフを社内に置くか、 社外に持つかという選択の問題でもあ るのだが、社外の人間に委ねた方が、 余計なしがらみに囚われずに?ベスト プラン〞を得られる可能性が高まる。
少なくてもクラフトはそういう判断を しており、そうやって描いた将来ビジ ョンを経営会議などでトップが決定し、 社内報などで公表している。
かつて八九年にクラフトとゼネラル フーヅが、同じフィリップモリス傘下 の企業として経営統合したときにも、 ATカーニーは大きな役割を果たした。
一般的な企業合併では、主導権を握 る企業の仕組みに他方が合わせるとい うケースが多いのだが、このときは全 米でもトップレベルの食品メーカー二 社の統合だっただけに、どちらか一方 のやり方に合わせるという選択は現実 的ではなかった。
仮にある地域にクラフトの物流セン ターが二カ所と、ゼネラルフーヅの拠 点が三カ所あったとする。
考えてみれ ば当然の話なのだが、こうした場合に は、どちらかの拠点に集約するよりも、 いったんすべてを売却して最適の拠点 を新たに一カ所だけ設置した方が効率 はいい。
こうしたソリューションをフ ィリップモリスはATカーニーから受 け取り、少なくても私の見る限り、その通りに作業を進めていた。
結果として、このときの経営統合で 米国国内のクラフトの工場数は、従来 の二社合計の数に比べて約三分の一に 減った。
物流センターの数も四分の一 くらいになった。
その後、フィリップ モリスは、ヨーロッパでの経営統合に ついても、同じようにATカーニーを 活用しなから大胆な合理化を進めた。
これは少し脇道にそれる話かもしれ ないが、こうやってアングロサクソン 流の行動様式を検証していくと、日 本のマスコミが最近、日系食品メーカ ーが欧米の大手メーカーに買収される のではないかと言っていることが杞憂 に思えてくる。
第一、日本の食品メー カーの経営規模は、グローバル企業の 合併対象としては小さすぎる。
アングロサクソン流の経営者たちは、 買収とか合併をするからには、情報シ ステムやロジスティクスなどの固定費 を短期間で削減できなければ意味はな いと考えている。
日本のように五年も 一〇年もかけて効果を出すなどという 話はありえない。
話を単純化するため、売上高一〇 〇〇億円のメーカーを買収するとしよ う。
これくらいの規模の食品メーカー の固定費がどれくらいあるかというと、 一般的なケースであれば、従業員に支 払っている人件費が売り上げの一割 くらいある。
他に間接コストとして情 報システムやオフィス代といった経費 が一割くらいかかっている。
つまり、 だいたい二割が固定費になっているは ずだ。
ここに自社単独でやっているために 効率の悪い業務なども加えると、売り 上げの約三割、三〇〇億円くらいが、 FEBRUARY 2003 60 いわゆるオーバーヘッドコストになっ ていると想定できる。
普通に考えれば、 合併による業務の見直しで削れるコス トは、この三〇〇億円のうち二割くら い、つまり六〇億円程度となり、これ が合併の短期的な効果となる。
欧米のビジネスの常識では、この固 定費の削減によって買収に必要な経 費をペイバックする必要がある。
しか も買収先の規模の大小にかかわらず、 買収後に投じるコストや、労務問題 のわずらわしさに大差はないため、あ る程度の企業規模がないと買収のメ リットは生まれない。
アングロサクソ ン流の経営者の常識では、だいたい五 〇〇〇億円くらいの売り上げがなけれ ば、グローバルレベルでの買収対象に はなり得ない。
採算性に見合わない投 資は存在しないのである。
米国流の人材育成術 人材育成のためのトレーニング(研 修)の内容にも、日米間で大きな差 がある。
アングロサクソン流の研修で は、あらかじめ目指すべき方向性や到 達点が明確に定められていて、これに 参加すると否応なく必要なスキルが身 に付くように設計されている。
私が何 回か参加した研修も、クラフトの社内 研修であろうと、社外に派遣されて受 講した研修であろうと、基本的なカリ キュラムの進め方は共通していた。
そもそもアングロサクソン流の研修 では、日本の一般的な研修会のよう に座学で教えっぱなしというのはあり 得ない。
午前中に座学をやったら、昼 からはグループ単位でディスカッショ ンを行う。
そして、午前中に学んだ知 識を使って、あらかじめ与えられた課 題を解決するためのソリューションを グループで作り、これを次の日に発表 しなければならない。
どんなコースで も、だいたいこのパターンで進められ ていた。
とくにクラフトの研修の場合は、社 内の専用トレーニングセンターで学ぶ 前段として、社外の基礎コースへの参 加を義務づけられることが少なくない。
ある程度の知識がなければ、クラフト で実際にやっていることを理解できな いためだ。
そのうえで必ず最後に、「じ ゃあ、その知識を日本でどう使うつも りか?」と一日がかりで問いただされ るというパターンだった。
より具体的に説明すると、私が一 九七八年に約半年間、参加した情報 システムの研修では、まず最初の三週 間はIBMが主催する社外トレーニ ングに出席した。
四週目にゼネラルフ ーヅ(現クラフト)本社の社内トレー ニングに参加して、ここで情報システ ム部門のマネージャーに「どうだっ た」とレビューを受けた。
続いて彼の 部下十数人と五日間くらいを一緒に 過ごしながら、ゼネラルフーヅの標準 がどうのとか、具体的にITを業務に どう活かしているのかといった点を徹 底的に教え込まれた。
これを一カ月間の基本的なスケジュ ールとして繰り返しながら、毎月一冊 くらいずつテキストを修了していった。
結局、修了したテキストが一五冊くら いあったことからも、米国流の研修の 密度の濃さを想像してもらえるのでは ないだろうか。
その後、八五年にロジスティクスの 研修を受けたときにも、基本的なスタ イルは同じだった。
まずATカーニー が主催する研修で三週間くらいかけて ロジスティクスの基礎知識を学んだ。
次にゼネラルフーヅの社内で、同社に おけるロジスティクスの現状と導入手 順について詳しい説明を受けた。
このときは工場見学にも出向いた。
ゼネラルフーヅは実際に研修で教えた 通りのやり方をしている、生産計画な んて工場ではやってない、ロジスティ クスから指示を出している、嘘だと思 うのなら工場で自分の目で確認してみ ろ――というわけだった。
半信半疑のまま二泊三日くらいのスケジュールで 工場に出かけていったが、確かに彼ら の言っていた通りだった。
現場で生産をコントロールしている 製造部長とか工場長に、どうやって生 産の指示がくるのか尋ね、コンピュー タの画面とか、紙のアウトプットを確 認したが、クラフトの工場では確かに ロジスティクス部門が作った生産計画 とおりに生産を行っていた。
工場が担 61 FEBRUARY 2003 っているのは基本的にロス管理だけで、 その結果を報告するだけという体制が、 すでに八五年の時点で完璧に機能し ていた。
まあ、こうやって工場は考えないで よろしい、ロス管理だけしながら言わ れた通りに作りさえすばいい、という ところまで日本が進むかというと、私 は将来的にも大いに疑問があるとは思 っている。
高学歴社会の日本では、あ る範囲のところまでは現場で考えても らった方が生産性が上がるという事情 があるためだ。
しかし、八五年の時点 では、この米国流のロジスティクスの 考え方に反論できるだけの材料を私は 何も持ち合わせていなかった。
こうして納得づくの研修を受けたか らには、日本に帰ってから何もしない わけにはいかない。
ロジスティクスの 導入ステップまで詳細に教わった手前、 具体的な計画を出す必要があった。
研 修ではファーストステップは一年ぐら いでやれと言われていたから、帰国後 しばらくは、「いつスタートするんだ?」 と矢のような催促が続いた。
もう、ご まかしようがなかった。
軍隊のノウハウを使う民間企業 こうしたアングロサクソン流の経営 手法、とりわけ米国企業のロジスティ クスには、軍隊の影響が色濃く反映 されていることはよく知られている話 だ。
私もクラフトの幹部が「アメリカ 軍の考え方を企業管理に置き換えて 導入している」と言うのをハッキリと 聞いたことがある。
米軍の軍事技術というのは、単に 机上で考えられているだけのものでは ない。
湾岸戦争やアフガニスタンでの 空爆といった非常時に、それまで研究 してきたことを試す場が生まれ、そこ で実証されるということを繰り返しな がら進化してきた。
しかも、そうやっ て研究を続けている人材がずっと軍に 居るかといえば、そんなことはない。
湾岸戦争のときに陸軍中将だった パゴニスという人物は、その後、大手 小売りチェーン、シアーズのCLOの ような立場に就いた。
軍隊で培われた マネジメントのノウハウが、そのまま 企業活動でも利用されているのである。
このこともアングロサクソン流と日本 流の大きな違いと言える。
さて、読者の皆さん。
本コーナーは 現職のCLO(ロジスティクス最高責 任者)や、こうした立場を目指してい る方に、ロジスティクスに関する実践 的な情報を提供することを最大の狙い としている。
すでに連載三回目となるが、ここまでは私のバックボーンや、日 米のビジネス環境の違いを中心に、米 国流のロジスティクスを導入するため の?前提〞ともいうべき話をしてきた。
次回からは、米国で学んだロジステ ィクスを導入したことによって、味の 素ゼネラルフーヅ(AGF)の在庫を 五年間で六割以上減らした経緯を具 体的に紹介していく。
ロジスティクス の導入ステップとは一体どのようなも のなのか、導入を阻む要因は何なのか、 どう対処すればいいのか――。
いよいよ次号から?実践編〞です。
(かわしま・たかお) 66年大阪外語大学ペルシャ語 学科卒業・米ゼネラルフーヅ(GF)に入社し人事部 配属、73年GF日本法人に味の素が50%を出資し合弁 会社「味の素ゼネラルフーヅ(AGF)」が発足、76 年AGF人事課長、78年情報システム部課長、86年情 報物流部長、88年情報流通部長、90年インフォメー ション・ロジスティクス部長、95年理事、2002年常 勤監査役に就任し、現在に至る。
日本ロジスティク スシステム協会(JILS)が主催する資格講座の講師 なども多数こなし、業界の論客として定評がある。

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