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FEBRUARY 2003 42
文具店との共存共栄モデル
かつて日本の文具業界の流通は、一部のメ
ーカーを頂点とする保守的で固定化された構
造になっていた。 文具販売店は、ごく一部の
大企業に対して?御用聞き〞的なサービスを
提供する以外は、店舗で需要が発生するのを
待つ。 それが一般的なスタイルだった。 しか
し、こうした専門店は、急速に販売力を伸ば
したコンビニエンスストアなどにその座を奪
われ、八〇年代から九〇年代にかけてどんど
ん廃業に追い込まれてしまった。
その一方で、企業向け営業に注力すること
で生き残りを図ろうとしていた文具販売店に
とっては、顧客への配送業務が負担になり始
めていた。 大手文具メーカー、プラスの社内
で、カタログ通販を手掛ける一事業部門とし
てアスクルが誕生した九三年は、文具業界が
揺れ動いていたときで
もあった。
アスクルのビジネス
モデルは多くの点で革
新的だった。 文具流通
の常識だった多段階流
通にメスを入れ、メー
カーと消費者の間にア
スクルだけが入るシン
プルなサプライチェー
ンを構築。 「明日来る
(アスクル)」の社名が
調達先メーカーと情報を共有して
欠品率の改善と在庫削減を両立
文具通販で急成長を遂げたアスクル。 物量
増に応じて物流拠点を新設してきた結果、
2001年には在庫管理が破綻の危機に瀕した。
これを「需要予測の高度化」と「発注業務の
自動化」でクリアすると、今度は一気に攻め
に転じ「SYNCHROMART(シンクロマート)」
と呼ぶSCMシステムを稼働。 取引先メーカ
ーと川下情報を共有することによって、サプ
ライチェーン全体の高度化を図った。
アスクル
――SCM
1,000
800
600
400
200
0
4.5
4.0
3.5
3.0
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
0
98年
図1 アスクルの業績の推移
107
226
471
753
924
売上高(億円)・経常利益(百万円)
経常利益率(%)
99年 00年 01年 02年
た。 通常、メーカーと消費者を直結させる通販ビジネスでは、卸や販売店などの流通業者
を?中抜き〞することで流通効率化のメリッ
トを享受しようとする。 これに対してアスク
ルは、既存の文具流通の機能を徹底的に分解
し、文具販売業者とアスクルが役割を分担す
るというユニークなモデルを打ち出した。
アスクルとエージェント契約を交わした販
売店は「営業活動」と「与信管理」だけを担
当する。 営業ターゲットである事業所にアス
クルのカタログを配布し、首尾よく登録事業
所として契約を交わすことが決まると、月間
の利用限度額をエージェントの責任において
設定する。 そして、その後の受注業務や配送
業務は全面的にアスクルが引き継ぐ。
もっとも与信管理がエージェントの役割と
はいっても、一カ月単位で発行される請求書
の発行作業はアスクルが行う。 現実の代金回
収業務も、自動引き落としや銀行振替などが
大半のためアスクルのシステムのなかで動い
ている。 請求書の振込先こそエージェントの
口座が指定されているが、金銭トラブルでも
発生しない限りエージェントの出番はない。
この関係をアスクルは、「互いの長所と短
所をカバーし、有効な機能だけを結び合わせ
る共存共栄の画期的な流通システム」と説明
している。 確かにエージェントという考え方
は、文具販売店を従来の?待ち〞の営業から
?攻め〞に転じさせたという意味で斬新なも
のだった。 通販業者に不足しがちな信用力を、
示す通り、翌日配送を明確なセールスポイン
トに掲げた。 そして規模が小さいために、従
来は文具販売店の御用聞き営業の対象にはな
っていなかった中小事業所を営業ターゲット
に据えた。
それまで顧客に配られていた文具に関する
カタログは、メーカーごとに商品を羅列した
だけの、販売価格すら入っていない代物だっ
た。 これをアスクルはプラス以外の商品まで
幅広くカタログ上に揃えることで、文具の総
合通販という新たな業態を生みだした。 しか
も提示した販売価格は、一般の文具店のそれ
よりも大幅に安く設定されていた。
そして、アスクルのビジネスモデルの最大
の特徴であり、その後の成功要因にもなった
のが?エージェント(代理店)〞の存在だっ
43 FEBRUARY 2003
すでに地域に根付いていた既存文具店を活用
することで見事に補完したのである。
物流拠点を毎年のように新設
その後のアスクルの快進撃は周知の通りだ。
九七年にプラスから独立した時点で、すでに
年商一〇〇億円の規模があったが、その後も
倍々ゲームで売り上げを伸ばし続けた。 規模
の拡大にともない成長率こそ鈍化したものの、
二〇〇二年五月期の売上高は九二四億円(前
期比二二・八%増)と依然として拡大を続け
ている。 今期も二桁成長を見込んでおり、ス
タートから一〇年を経ずして売上高一〇〇〇
億円を達成するのは確実な情勢だ。
順調に業績を伸ばす一方で、ビジネスモデ
ルの改善も進めている。 当初は電話とファク
スによる受注だけだったのを、インターネッ
トによる窓口をいち早く充実させることで、
顧客と自社の双方の利便性を高めた。 顧客と
直結しているメリットを活かして、コールセ
ンターに寄せられる利用者の声をもとに品揃
えやサービスレベルの向上を図っている。
そして、とりわけアスクルが力を入れてき
たのが物流業務の効率化だ。 九五年に初めて
の専用物流拠点として埼玉県に「所沢物流セ
ンターを」稼働すると、翌九六年には関西に
「大阪センター」を設置。 その後は東西二拠
点の機能を拡充する一方で、仙台、福岡、横
浜と毎年のようセンターを立ち上げてきた。
二〇〇二年二月には狭隘化した東京センター
1995年 5月
1996年 8月
1997年 7月
1998年11月
1999年 7月
2000年 9月
2001年 4月
2002年 4月
同年 6月
埼玉県入間郡に「所沢物流センター」を設置
(97年7月に「東京センター」へ移転)
大阪市住之江区に「大阪センター」を設置
東京都江東区辰巳に「東京センター」を移転
「大阪センター」を規模拡大のため移転
宮城県仙台市に「仙台センター」を設置
福岡県糟屋郡に「福岡センター」を設置
神奈川県横浜市に「横浜センター」を設置
東京都江東区青海に「DCMセンター」を設置
予定通り「東京センター」(辰巳)を閉鎖し、
「DCMセンター」(青海)に統合
1
2
2
2
3
4
5
6
5
図2 アスクルの物流拠点の設置状況
時期 時期 拠点数
しかも調達先メーカーに発注をかけた時点で、こうした商品はすべてアスクルの買い取り在
庫になる。
「(メーカー在庫をセンターに置く)預かり
在庫のようなことをすれば、アスクルの在庫
水準を減らすのは簡単だ。 しかし、流通全体
を考えると、これは絶対に効率的ではない。
当社はアイテム別の販売数量を正確に把握し
ているし、販売予測もできる。 当社が適正な
発注をかければ、それが一番いいに決まって
いる」と鈴木リーダー。 こうした姿勢は、ア
スクルの商品の仕入れ原価を抑えるうえでも
有効に機能しているようだ。
ただ自社で在庫リスクを抱える以上は、的
確な調達業務が欠かせない。 実際、九〇年代
のアスクルは、調達業務を担当する社員が販
売動向をみながら発注を行うことで、在庫水
準を二週間分程度に保っていた。 一般的な小
売り業者が店頭在庫を保有していることや、
在庫回転率の決して高くない文具という商品
を扱っていることを考えれば、この水準は悪
くない数字だ。
しかし、毎年のように物流拠点を新設し続
けた九九年頃から、こうした管理体制が綻び
始めた。 約八〇〇〇点の商品を東西二カ所で
管理していたときには、一万六〇〇〇通りの
需要予測や在庫管理を行っていればよかった。
ところが拠点数が四カ所になり、アイテム数
も一万二五〇〇まで増やした結果、五万通り
もの管理業務が必要になってしまった。
ただでさえアスクル
は、季節や販売動向に
応じて各商品の拠点ご
との在庫量をかなり頻
繁に見直している。 拠
点数の増加はそのため
の横持ち業務も一気に
複雑なものにしてしま
った。 それまでエクセルなどのソフトを使っ
て業務を処理していた約一〇人の調達担当者
たちは、繁忙期には夜中の二時、三時までの
残業を余儀なくされるようになった。 今にも
破綻しかねない状況が生まれていた。
この状況から脱却しようと、同社は二〇〇
〇年に需要予測システムの高度化に着手した。
従来の属人的な発注管理をコンピューターに
置き換える狙いで「DCM(デマンドチェー
ン・マネジメント)プロジェクト」を発足。
統計処理などの手法を幅広く検討した結果、
約三億円を投じて米i2テクノロジーズ社の
需要予測ソフトを導入することを決めた。 あ
らかじめコンピューターで需要を予測してか
ら、最終的に担当者がチェックする体制へと
転換を図ったのである。
プロジェクトを進めている間にも、同社の
在庫管理業務は綱渡りともいえる状況を続け
た。 拠点数が五カ所になった二〇〇一年春に
は、最も懸念していた欠品が増えだしてしま
った。 これに対応するため、それまでは二週
間分だった在庫を、約一カ月分まで積み増し
FEBRUARY 2003 44
を拡充・移設するため、約二〇億円を投じて
「DCMセンター」(東京都江東区青海)を稼
働させている(図2)。
通販事業にとって物流コストは、販売管理
費のなかでも大きな割合を占めている。 とは
言え、コスト削減だけを追求すればいいとい
う単純なものでもない。 アスクルでロジステ
ィクス業務の責任者を務める鈴木博之ECR
(エフィシェント・カスタマー・レスポンス)
ネットワークリーダーは、「お客様は当社の
ビジネスモデルや物流の高度化など望んでは
いない」と強調する。
「もっと単純に、欲しいものがカタログに載
っていて、それが簡単に注文でき、確実に届
くことを期待している。 品切れや配送ミスが
起きないようにするには、調達業務から現場
オペレーションにいたる全体の作業精度を高
めていくことが欠かせない。 そうやって全体
の仕組みを高度化するのが我々の使命だ」
破綻しかけたビジネスモデル
順風満帆で事業を拡大してきたかにみえる
アスクルだが、過去には苦い経験もしている。
急速に伸びる業績に作業体制が追いつかず、
オペレーションが破綻しかけたのである。
アスクルの最新のカタログには一万三四〇
〇品目の商品が掲載されている。 同社は即日
配送など迅速なデリバリーサービスに対応す
るため、これだけの数の商品を全国五カ所の
物流拠点にすべてフルラインで在庫している。
アスクルの鈴木博之ECR
ネットワークリーダー
ある。 需要予測の見誤りや発注ミスなどアスクル側に原因がある場合と、納期遅延や製造
不足など調達先メーカーの側に原因のある場
合だ。
DCMシステムを導入する以前は、アスク
ル側に原因があって発生する欠品と、メーカ
ーの都合で発生する欠品の比率はほぼ半々だ
った。 これが自動発注システムを導入したこ
とによって、大きく変化した。 アスクル側に
原因のある欠品は四分の一に減り、代わって
メーカー側の理由による欠品が約九割を占め
るようになってしまったのである(図3)。
こうして浮き彫りになったメーカー側に起
因する欠品を減らすため、アスクルは二〇〇
二年五月に「SYNCHROMART
(シンクロ
マート)」と呼ぶ新たなシステムを稼働した。
それまでアスクルの社内だけで活用していた
販売実績や需要予測に関する情報を、インタ
ーネット経由で調達先メーカーに提供し、こ
れによってアスクル向け商品の在庫管理を高
度化してもらうというものだ。
シンクロマートへの参加を決めたメーカー
が、アスクルのWebサイトで固有のIDを
入力すると、自社製品に関するエリア別・時
期別の販売実績や販売予測をつぶさに見るこ
とができる。 しかも情報の利用料は月額、数
万円だけ。 各メーカーが費やしている営業コ
ストを考えれば、手頃な利用料だった。
「過去に手作業で調達業務やっていたとき
から、一部の取引メーカーとは紙ベースでは
て対応せざるを得なくなっていた。
それでも二〇〇一年九月にDCMシステム
が稼働すると、状況は劇的に改善した。 欠品
を起こす頻度はシステム稼働前の四分の一に
激減し、在庫水準も一気に〇・七カ月分まで
減らすことができた。 「当社は顧客と直結し
ているために本当の需要が読める。 エクセル
を使って当たらないような需要予測であれば
i2を導入しても難しかったはず」とプロジ
ェクトを主導した鈴木リーダーは振り返る。
本格化する調達メーカーとの協働
需要予測にコンピューターを導入したのに
続き、発注業務の自動化も図った。 正確に予
測ができるのであれば、その情報をそのまま
自動発注にも使えばいいという理屈だ。 こう
した効率化の甲斐あって、アイテム数を一万
三四〇〇品目に増やした現在でも同社の調達
業務はまったく混乱していないという。
需給調整の
システム化は、
新たな課題も
浮かび上がら
せた。 調達先
メーカーの納
品精度の問題
だ。 アスクル
にとって欠品
の発生原因は
大きく二種類
販売情報などのやりとりをしていた。 だが、
人手に依存するこの手法では頻度に限界があ
った。 情報のばらつきも避けられない。 それ
が発注業務を機械化したことによって、サプ
45 FEBRUARY 2003
51.0%
49.0%
11.2%
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
88.8%
システム
導入後
システム
導入前
図3 自動発注システムの導入による欠品原因の変化
メーカー側の理由による欠品
(納期遅延、製造不足など)
アスクル社側の理由による欠品
(販売見込み不足、発注遅れなど)
35
30
25
20
15
10
5
0
5.3
27.9 25.8 20.3 15.8
4.0
4.3
4.1
図4 シンクロマートを導入した
取引先Aメーカーの在庫状況の推移
図5 取引先Aメーカーの
アスクル向け商品の「品切れ率の推移」
約4割減
アスクル側の在庫
メーカーA社の在庫
1.6
1.4
1.2
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0
10
月
2002年7月 8月 9月 10月
11
月
12
月
1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10
月
2001年 2002年
在庫金額(単位:
百万円)
0.22%
0.85
1.48
0.77
0.81
0.87
0.31
0.70
1.16
0.13
0.08
0.18
0.08
2002年5月末から
シンクロマートに接続
ライチェーン上の情報を関係者がタイミング
よく共有できる前提が一気に整った」と鈴木
リーダーは説明する。
シンクロマートを導入した成果はすでに出
ている。 ある取引先は二〇〇二年七月の時点
でアスクル向けの在庫枠を二七・九億円分か
かえていた。 これをシンクロマートで提供さ
れる情報をもとに圧縮した結果、四カ月後の
一〇月には一五・八億円まで在庫を減らすこ
とができた(図4)。 しかも、かつて一%前
後あったアスクル向け商品の欠品率は、七月
以降〇・一%前後に安定している(図5)。
まだ定量的なデータを取り始めて間もない
うえ、取引先の管理の都合で効果を数値化で
きないケースも少なくない。 それでもシンク
ロマートの導入を悪く言う声は、今のところ
まったく聞こえてこないという。 消費者に直
結しているアスクルが発信する川下データを、
サプライチェーン全体で共有する先進的な試
みが、確実に成果を生みだしつつある。
進化する日本型サプライチェーン
現状ではシンクロマートの利用は、在庫管
理などオペレーション面がメーンだ。 だがア
スクルとしては、将来的には商品を取引先メ
ーカーと共同開発したり改良するマーケティ
ングツールとしても期待を寄せている。
「成熟している現在の日本のマーケットで
は、少しでも成長する分野はメーカーにとっ
て非常に貴重。 我々のやっているB
to
Bには
FEBRUARY 2003 46
メーカーに
とって未知
の部分が残
されており、
ある意味で
新しい市場
で
も
あ
る
。
例えば、フ
イルムや電
池が一〇〇本単位で売
れる販売チ
ャネルなど
は、これま
でごく一部の特殊なルートでしかあり得なか
った」(鈴木リーダー)
将来的には、コールセンターに寄せられる
顧客の声を商品開発に活かしたり、これを先
行販売することで他社と差別化を図ることを
視野に入れている。 今はこうしたコラボレー
ションを実現するための、いわば?土俵〞を
整備している段階だ。 それでもシンクロマー
トの導入実績は、「当社の総売上の五〇%を
カバーするまでになった。 年内には七、八
〇%まで持っていきたい」という。
こうしたビジネスモデルの改良と並行して、
物流現場を始めとするオペレーションの高度
化にも積極的に取り組んできた。 物流現場の
運用は協力業者に委託しなからも、管理面で
はかなりの部分を自前で行っている。 各部門
が数え切れないほどの管理指標(KPI)を
独自に開発して、日頃の業務を細かく管理し
ている。
物流分野のコスト効率を示す指標として最
も重視しているのは売上高物流費比率だが、
これは日常活動の結果として出てくる数字に
過ぎない。 現場レベルでは、「欠品率」や「荷
物一個当たりの物流コスト」、「一梱包当たり
の梱包効率」の推移などを日常的に追いかけ
て、変動があったときにいち早く手を打つ体
制を整えている。
そして、いざKPIに動きがあったときに
は、たいていの場合に原因まで特定して対処
することが可能なのだという。 「場合によっ
ては、新しい要因が出てきていて原因を特定
できないこともある。 そんなときは、さらに
KPIを分解していく必要がある。 そうやっ
て、これまで管理体制を組み上げてきた」と
鈴木リーダーは胸を張る。
需給調整のシステム化を図り、シンクロマ
ートを稼働したことで、アスクルのSCMを
構成するパーツは大枠では揃いつつある。 現
在、同社はオペレーションをさらに高度化す
るための新たな一手を打とうとしている。 需
要に応じて在庫を変動させるだけでなく、物
流センター内での作業人員の配置や供給まで
を需要に同期化させようと考えている。 この
取り組みが軌道にのれば、現状で二〇・五%
のアスクルの販売管理費は、もう一段押し下
げられることになるはずだ。
(岡山宏之)
「アスクルDCMセンター」(東京都江東区)での出荷風景
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