ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2003年2号
道場
大先生との総括検討会に備えて弟子たちによる指導が始まった

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

FEBRUARY 2003 78 大先生との総括検討会に備えて 弟子たちによる指導が始まった 神妙に座っている物流部員に向かって?体力弟 子〞が声をかける。
「ABCを導入したことで、どんなことが見えてき ましたか? 思いつくままで結構ですから、どん どん出してください」 会議室には、物流部長をはじめ「ABC」導入 と「在庫管理」導入の両プロジェクトチームのメ ンバーが全員、集まっている。
次回の大先生との 検討会を前に、これまでの活動のまとめとして最 後の打ち合わせ会が進められている。
体力弟子の質問に、物流センターの課員が勢い よく答えた。
「作業が効率的に行われているかどうかが見えてき ました」 物怖じぜずに自分の意見を言う雰囲気ができあ がりつつある。
いい雰囲気だ。
体力弟子が、その 雰囲気を壊さないように流れを作っていく。
「整理する意味で聞くのですが、作業の効率性は どのように見えるようになりましたか」 センターの課員が、待ってましたという感じで 流暢に答える。
「はい、アクティビティに人件費を配分するために、 アクティビティごとにどのくらいの作業時間をか けているかというデータを取りました。
そのデータ を『一ケースあたりピッキング時間』とか『一梱 包当り時間』という単位当りの時間に落とし、そ れぞれの標準時間と比較しました。
その差が無駄 な動きと言えます。
それらの無駄がどのくらいあ るのかが時間で見えるようになったわけです。
あ とは実際の作業を標準作業に近づけていけばいい だけで、センターではすでにその作業を開始して います」 体力弟子が確認の質問をする。
「標準時間の測定方法については説明できます ね」 「はい、標準時間の測定方法としては主に‥‥」 センター課員が、また待ってましたという感じ で答えようとするのを体力弟子が止める。
「説明は結構です。
わかっていればいいのです」 《前回までのあらすじ》 本連載の主人公でコンサルタントの“大先生”は、ある大手消費財メーカ ーの物流部の相談にのっている。
最初は不可能に思えた「物流コストの3割 削減」という目標だったが、ずさんな在庫管理の実態を物流部員たちが自覚 した現在、充分に目標を達成できる可能性が出てきた。
具体的な改善手法と して導入する「在庫管理」と「ABC(アクティビティ・ベースド・コステ ィング)」に関する指導を、大先生の事務所の女性アシスタント2人(美人弟 子と体力弟子)が務めることになった。
物流部員は在庫チームとABCチーム に分かれるが、それぞれの勉強会には全員が出席することも決まった。
湯浅和夫 日通総合研究所 常務取締役 湯浅和夫の 《第十一回》 79 FEBRUARY 2003 何となく不満そうな顔をしているセンター課員 に、美人弟子がやさしく聞く。
「素朴な質問ですが、ABCの特徴を一言で説明 していただけますか?」 なんとなくABCの技術的な側面に偏って理解 している、という印象を受けた美人弟子が発した 本質的な質問だった。
それまで元気のよかったセンター課員の声が小 さくなる。
「えーとですねぇ」 何と答えようか戸惑い周囲を見回すが、誰も助 け舟を出そうとしない。
意を決したように答える。
「アクティビティを設定するというところに特徴が あります‥‥」 「もう少し具体的に説明してくれますか」 美人弟子の意を汲んだ体力弟子が質問を続ける。
センター課員が徐々に追い詰められていく。
「アクティビティを設定することで、たとえばケ ースピッキングを一ケースやると、いくらかかると いう単価が出てきます。
このような単価を使うこ とで、いろんなコストを出すことができます」 センター課員の声がだんだん大きくなる。
自信 を取り戻したようだ。
その自信に体力弟子が水を かける。
「そういう技術的なことを聞いているのではありま せん。
質問を変えれば、ABCとはどんな原価計 算ですかと聞いているのです」 センター課員は黙り込んでしまった。
それを見 た体力弟子が他のメンバーに質問を振る。
「どなたでも結構です。
お考えを聞かせてください」 ちょっと間を置いて、物流センター長がそっと 手を上げた。
体力弟子に促されて、センター長が 答える。
「物流センターに投入されている人やスペースなど のコストをアクティビティに集めるという点に大 きな特徴があるのではないかと思います‥‥」 体力弟子が頷くのを見て、センター長が続ける。
「これまで私どもでは、人件費やスペースなどのコ ストは捉えていましたが、実際のところ、そのようなコストは管理のためには使えませんでした。
と ころが、これらのコストを?活動〞に集めると、い ろんなことが見えてくるようになりました」 コストをアクティビティに集めると 無駄や業務の責任区分が見えてくる ここでセンター長は一息ついた。
体力弟子も美 人弟子も興味深そうな顔で聞いている。
自信を持 った感じでセンター長が続ける。
「たとえば人件費を社員とパートに分けて捉えても、 それだけでは人件費を下げるためにどうすればい いのかはわかりません。
パートの単価を下げるく らいしか手は考えられませんでした」 「ところが、ケースピッキングや梱包という活動ご とにコストを集めることで、どの活動にいくらの 人件費がかかっている、スペースのコストがいく らかかっているということが見えてきます。
そうす ると、なぜ、この活動にこんなに人件費がかかっ ているのだろうという疑問が湧き、その解明のた めに、さきほど彼が説明したような分析に展開さ せることができます」 FEBRUARY 2003 80 さすがセンター長だ。
部下を立てながら自分の 意見を述べる。
美人弟子が質問をする。
「おっしゃるとおり、活動に原価を集めるという点 がABCのポイントです。
でも、そんな当たり前 のことが、なぜこれまではやられてこなかったので しょうか?」 センター長が、「うーん」と首を傾げながら、正 直に答える。
「そのような発想がなかったというのが正直なとこ ろです。
私の立場からすれば作業の効率をいかに 上げるかということが重要な課題で、ABCのよ うな形でコストを使うという発想はありませんで した。
いま考えれば、活動のコストもわからずし て何を管理するのかということになるのですが、実 際、先生方にABCの指導を受けるまでは考えも しなかった。
ABCを知って私は衝撃を受けまし た‥‥」 センター長の率直な話が、会議室に和やかな雰 囲気を作り出している。
物流センターを管轄している業務課長が手を上 げた。
体力弟子が頷くのを見て、業務課長は立ち 上がり、話し出した。
「私もセンター長の気持ちがよく理解できます。
以前、先生方に物流センターを視察していただい たとき、センターの効率性を証明するデータを出 せと言われて、何も出せませんでした。
実はその ときの私は、それがどんなデータなのかさえわかり ませんでした。
しかし、ABCの導入実験をして、 そこから出てくるデータに私も衝撃を受けました。
これまで見えなかったものが見えてきたという驚 きです。
これはセンター長も同じ思いだと思いま す」 業務課長がセンター長の方を見る。
センター長 も同感だというように頷く。
業務課長が続ける。
「私の立場からすると、最も衝撃的だったのは、 物流センターコストについての責任区分が明確に 見えたことです。
これまでは、物流センターのコ ストはすべて自分たちの責任だと思っておりました。
ところが、ABCを導入して、その結果が出 たとき、先生から、『物流が責任を負うのはアクテ ィビティ単価ですよ』『アクティビティ単価に掛け る量は作り方、売り方で発生するわけですから、そ の結果出てくるコストは物流の責任ではありませ んよ』と説明していただき、まさに目からうろこ というのを実感しました。
自分たちには管理でき ないことを、一生懸命管理しようとしていた自分 の愚かさを知りました。
ABCのおかげで物流を 管理するということが何なのかわかったような気 がします‥‥」 正直な告白は重要なことではあるけれど、何と なく会議室の雰囲気がしんみりとしてしまった。
体 力弟子が次にどう展開させようかと戸惑っている と、おもむろに企画課長が立ち上がった。
「私どもが担当しております在庫管理の導入は、 社長のご指示をいただき着々と進んでいますが、業 務課長と同じように、ABCの結果を見て私もコ ストの重要性に気づかされました。
そこで、いま 私は、市場が必要としない在庫を動かすことで発 生している無駄をコストで示したいと思ってます」 在庫管理チームの面々が頷いているのを見て、企 81 FEBRUARY 2003 画課長は満足そうな顔をしている。
最後を引き取って物流部長がまとめた 「物流をもっと美しくしていきたい」 さらに自説を展開しようとする企画課長に、美 人弟子が待ったをかけた。
「そのようなコストを取って何をなさるんです か?」 美人弟子の言葉に怒りが混じっている。
企画課長が戸惑いながら同じ言葉を繰り返した。
「いかに無駄が発生しているかをコストで示すこと が必要かと‥‥」 美人弟子の大先生譲りの突っ込みが始まった。
「誰に示すのですか? 何のために?」 「はぃ、関係者に‥‥」 「関係者って誰ですか?」 「‥‥」 「その無駄を管理するのは誰ですか?」 「はぃ、私どもですが‥‥」 これ以上、追及するのはかわいそうだと思った のか、ここで美人弟子が収拾に向かう。
「あなたがたには、もう無駄が見えているでしょ う。
これ以上、何を見るというんですか。
在庫を 見るだけで十分です。
在庫の量を評価指標にすれ ばいいのです。
わざわざコストをつかむ必要など ありません。
なんかコストをつかむというと無条 件で必要なことのように思いがちですが、それは 誤りです。
コストをつかむためにはコストがかかり ます。
わかりますか? 必要のないコスト把握は、 それこそ無駄以外のなにものでもありません」 FEBRUARY 2003 82 ここで美人弟子が一呼吸おいた。
みんな神妙に 聞いている。
美人弟子が結論を言う。
「在庫の場合、あなた方はすでに管理できる立場 にあるのです。
コストを示して、その管理の必要 性を訴える必要はないのです。
つまり、コストな どわざわざ取る必要などないということです。
コ ストを取るときには、何のために取るのかという 目的に、意味があることが絶対に必要です。
もっ と簡単に言うと、コストを取ることで得られる利 益がなければいけない。
違いますか?」 企画課長が頷く。
ただ、言葉が出てこない。
痛 いところを突かれたという思いが顔に出ている。
そ のとき、これまで黙って聞いていた物流部長が引 き取った。
「これまでの話にあったように、ABCは管理のた めに使えるコスト算定というところに大きな意義 があると私は考えています。
私どもでも、これま では一般に言われている方式で物流コストを算定 してきました。
しかし、実際のところ、それを管 理のために使うことはできませんでした。
輸送費 はいくら、保管費はいくらということはわかりま すが、わかっただけで、それで終わりです」 「このたびABCを導入してみて?わかる〞と ?見える〞の違いがわかりました。
見えるからこ そ手が打てるのです。
さきほど企画課長が言った コストはわかるだけで、見えることは何もない。
そ の意味で、取っても意味のないコストと言ってよ いと思います」 物流部長が禅問答のような説明で結論を下した。
そして、まとめに入った。
「このたびの在庫管理とABCの導入を通じて、 私たちの物流がいかに無駄だらけだったかよくわ かりました。
?美〞とは無縁の存在だったと思いま す。
これから、これらの技法を駆使して、もっと 美しい形に持っていきたいと思います」 美人弟子が、部長にニコッと微笑んだ。
大先生 が新年の講演会で話した「美の追究者たれ」という言葉を、部長は実践しようとしている。
また、大 先生の弟子が一人生まれた。
最後に体力弟子が、次回の検討会の心構えを話 す。
「今度の先生との検討会では、いまお話いただい たようなことを中心にご報告してください。
技術 的なお話は一切いりません。
ABCを導入したこ とで御社の物流管理がどう変わるかという点を中 心にお話しいただければと思います」 こうして大先生との検討会の準備は終わった。
し かし次回、大先生との検討会はまったく違った形 で展開することになる。
さすがの弟子たちも、大 先生の思いを読み切ることまではできなかったの である。
(次号に続く) *本連載はフィクションです ゆあさ・かずお 一九七一年早稲田大学大 学院修士課程修了。
同年、日通総合研究所 入社。
現在、同社常務取締役。
著書に『手 にとるようにIT物流がわかる本』(かん き出版)、『Eビジネス時代のロジスティク ス戦略』(日刊工業新聞社)、『物流マネジ メント革命』(ビジネス社)ほか多数。
PROFILE

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